人口激減
経済学で唯一正しく予測ができるものに人口動態がある。なのに日本は予測できたにもかかわらず人口減や高齢化に右往左往している。情けない話である。ただ、予測できたとしてもどういう手を打ったらいいのかというのは難しい。少なくなるから増やせばいいじゃないかと簡単に言えないからである。こうした現象に対して移民で対応したらどうかというのが「人口激減」(毛受敏浩著 新潮新書)である。
日本の人口は2006年をピークに緩やかに下降して行き、2010年には1億2712万人、2030年には1億1522万人、2050年にはついに1億人を割り、9515万人になってしまうといわれています。本でも、単なる総数だけではなく、自治体の様相について書いてあって、例えば、2035年には、全国の自治体の5分の1以上が人口5千人未満になり、65歳以上の老年人口割合が45%以上の自治体が40%を超えるのだそうだ。
ただ素朴な疑問として、人口が減ることはなぜいけないことなのか。本では消費が増えないから内需が減り、活力が失われると言っているだけであまり詳しくは論及してはいない。生産年齢人口が減るので、国民総生産が減少してしまうのはわかるのだが、個人にとってみると国民ひとり当たりでみてどうなるかではないかと思ってしまう。
だから、本当はここのところ、つまり人口減少がどんなマイナスの影響を及ぼすかがあって、だからそのマイナスを埋める対策として移民を検討したらというロジックであるはずであるが、著者は日本国際交流センターに勤めているひとなので、そこのところをすっ飛ばして、移民が特効薬であるみたいな論を展開している。
今から、23年後の2035年を想定したネガティブ(鎖国編)とポジティブ(開国編)の両方のシミュレーションが書いてある。すなわち、移民受け入れに消極的である鎖国状態だと世界から取り残されて日本は没落してしまうという話と、外国人を受け入れることにより労働力不足や農村の嫁不足の解消や日本の伝統工芸も後継者があらわれるといったバラ色の世界が描かれる話が出てくる。
しかし、これは別に科学的でもないし、単にこうなってほしいという感情論だし、希望的観察に過ぎないように思える。それとともに、現実の成功例ということで、キムチで起業した韓国から嫁いできた女性の話とか、いろいろなNPO,NGOの活動を紹介しているが、その話と移民のこととはぜんぜん違うように思う。だいいち、移民受け入れとなると圧倒的に数の問題として今とはまるで違ってくるわけで、そのために発生する問題は過去に経験したことのないことになる。
やはり、ドイツやフランスなどの移民問題がどうなっているかという考察も含めて、願望だけで言われてもにわかに納得できないという感想である。冒頭の人口減がどういった現象を引き起こすのか、マイナス面だけではなくプラス面も含めてよく議論すべきであって、短絡的に移民を受けいれて人口増をはかればいいというのはどうかと思うのである。



