2012年02月04日

人口激減

経済学で唯一正しく予測ができるものに人口動態がある。なのに日本は予測できたにもかかわらず人口減や高齢化に右往左往している。情けない話である。ただ、予測できたとしてもどういう手を打ったらいいのかというのは難しい。少なくなるから増やせばいいじゃないかと簡単に言えないからである。こうした現象に対して移民で対応したらどうかというのが「人口激減」(毛受敏浩著 新潮新書)である。

日本の人口は2006年をピークに緩やかに下降して行き、2010年には1億2712万人、2030年には1億1522万人、2050年にはついに1億人を割り、9515万人になってしまうといわれています。本でも、単なる総数だけではなく、自治体の様相について書いてあって、例えば、2035年には、全国の自治体の5分の1以上が人口5千人未満になり、65歳以上の老年人口割合が45%以上の自治体が40%を超えるのだそうだ。

ただ素朴な疑問として、人口が減ることはなぜいけないことなのか。本では消費が増えないから内需が減り、活力が失われると言っているだけであまり詳しくは論及してはいない。生産年齢人口が減るので、国民総生産が減少してしまうのはわかるのだが、個人にとってみると国民ひとり当たりでみてどうなるかではないかと思ってしまう。

だから、本当はここのところ、つまり人口減少がどんなマイナスの影響を及ぼすかがあって、だからそのマイナスを埋める対策として移民を検討したらというロジックであるはずであるが、著者は日本国際交流センターに勤めているひとなので、そこのところをすっ飛ばして、移民が特効薬であるみたいな論を展開している。

今から、23年後の2035年を想定したネガティブ(鎖国編)とポジティブ(開国編)の両方のシミュレーションが書いてある。すなわち、移民受け入れに消極的である鎖国状態だと世界から取り残されて日本は没落してしまうという話と、外国人を受け入れることにより労働力不足や農村の嫁不足の解消や日本の伝統工芸も後継者があらわれるといったバラ色の世界が描かれる話が出てくる。

しかし、これは別に科学的でもないし、単にこうなってほしいという感情論だし、希望的観察に過ぎないように思える。それとともに、現実の成功例ということで、キムチで起業した韓国から嫁いできた女性の話とか、いろいろなNPO,NGOの活動を紹介しているが、その話と移民のこととはぜんぜん違うように思う。だいいち、移民受け入れとなると圧倒的に数の問題として今とはまるで違ってくるわけで、そのために発生する問題は過去に経験したことのないことになる。

やはり、ドイツやフランスなどの移民問題がどうなっているかという考察も含めて、願望だけで言われてもにわかに納得できないという感想である。冒頭の人口減がどういった現象を引き起こすのか、マイナス面だけではなくプラス面も含めてよく議論すべきであって、短絡的に移民を受けいれて人口増をはかればいいというのはどうかと思うのである。
  

人口激減―移民は日本に必要である (新潮新書)
毛受 敏浩
新潮社
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2012年02月03日

ホームページリニューアル

ワディットのホームページをリニューアルしました。
最初に作ったはいいがほとんど記事も載せていなかったので、このたびリニューアルと共に新着の記事も書いていこうと思います。先日お知らせしましたようにIT関連のものについては「wadit.blog」に移行させましたが、そこの記事は基本的にはHPのお知らせに転送するようにしました。

今年は、ワディットとしてのビジネス展開を拡張していこうと考えていて、そのための情報発信やサービス紹介なども積極的にやろうと思っています。まだ十分ではありませんが、徐々にブラッシュアップしていきますのでこれからもよろしくお願いいたします。
  

2012年02月01日

AlWAYS三丁目の夕日‘64

1964年(昭和39年)というと東京オリンピックの年である。ぼくはその年に高校へ入学した。そして日本中がオリンピックにわいて、日本の成長を実感したのである。前作「三丁目の夕日」で登場した鈴木オートの家族、小説家茶川竜之介の生活、その周りの住人たちの昭和39年が描かれる。

鈴木家の主人の則文(堤真一)とその妻・トモエ(薬師丸ひろ子)もいつものとおり仲のいい夫婦であり、長男の一平は電気ギターに入れ込み、住み込みで働く従業員の六子(堀北真希)は自動車修理の腕をあげ、後輩の従業員も入ってきた。茶川龍之介(吉岡秀隆)は小料理屋を営んでいたヒロミ(小雪)と結婚しお腹に子どもがいる。引き取った男の子古行 淳之介(須賀健太)ももう高校生になっている。

最近六子の様子がおかしい。毎朝おめかしして出ていくのだ。通勤途中の医者の菊池(森山未來)とすれ違い朝の挨拶をかわすためだったのだ。六子がやけどをした時に診てもらった医師である。しかし、その菊池によからぬ噂があって、周囲はヤキモキする。一方の茶川は「冒険少年ブック」の看板作家として連載を続けているが、新人小説家の作品に人気を奪われつつあった。そんなときある電報をヒロミが見つけてしまう。

という具合に映画は両家のエピソードを中心に展開していくが、その間にオリンピックの話題が挿入される。カラーテレビを買う話とか、東洋の魔女のソビエト(ソ連じゃなくて)との決勝戦、サッカーを見に行くシーンで、「何でサッカーなんだよ」「おもしろくないから券が手に入ったんだよ」「これはあんまりはやらないんじゃないの」みたいな会話が出てくる。ちょっと冗談っぽくっておもしろかった。

ぼくは高校ではサッカー部に入っていたから、オリンピックのサッカーの試合を楽しみにしていた。2度ほど見る機会ができた。最初は三ツ沢競技場で行われた予選リーグでのユーゴ対モロッコの試合で3-1でユーゴが勝った試合である。三ツ沢は狭いのでグランドがすぐ近くにあって、体がぶつかる音が聞こえるくらいで、しかも国際試合を見るのは初めてだったのですごく興奮した。

2度目は国立競技場で行われた3位決定戦で東ドイツ対アラブ連合共和国の試合で3-1で東ドイツが勝った。初めて国立競技場で見たのだが、こちらはスタンドのかなり上の方だったので選手が米粒のようでよくわからなかったが、その大きさに驚いたものである。ちなみに決勝は、ハンガリーがチェコを破って優勝した。このころは東欧勢がものすごく強かったのだ。日本は予選リーグで強豪アルゼンチンを破るという番狂わせを演じたが、準々決勝でチェコに負けてしまった。

映画を観ながらこんなことを思い出していた。オリンピックのことだけではなく、車もパブリカが出てきてそう言えばサッカー部の顧問の先生もこの車にのって学校にきていたなあとか、みゆき族っていうのもいたなあとか、感慨にふけってしまった。物語の続きは映画を観てください。

観客もぼくと同じような年配の方が多くきっと似たような感想だったのではないだろうか。ところが、ぼくの隣と後の方に中学生くらいの男の子の集団がいるのだ。これが不思議で思わず何がおもしろくて観ているのと聞いてみたくなった。まあ、あの時代の一平君や淳之介君つまりぼくらの子どもの時を知っておくのもいいかもしれない。

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2012年01月31日

街場の小経済学その18

ぼくが住んでいるところの近くに辻堂という街がある。ぼくの母親の生まれた土地で小さい時によく遊びに行った。この間もばあちゃんを連れて実家に行ってきた。そんな街が一変している。JR辻堂駅の北口というと昔は何もないところで、ほとんどの人は南口から海の方に移動する。

そんなところに昨年秋「テラスモール 湘南」というのがオープンした。何しろ広いし多くの店舗が入っている。ショップのカテゴリーとしては、ファッション、ファッション雑貨、ライフスタイル・雑貨、ドラッグ&コスメ、グルメ&フード、サービス・カルチャー・その他という風になっていて、全部で281店舗があるのだそうだ。

109シネマズ湘南も入っているので、ちょっと前に映画を観に行った。休みの日だったので大勢の人がいてびっくりした。ぼくは映画以外はほとんど興味がないのだが、食事をしなくてはいけないので物色して、3階に潮風キッチンというの名の湘南地域の選りすぐり銘店を集めたというフードコートに行った。入口で人が並んでいる。どこかと思えば「しらす問屋とびっちょ」である。江の島の店もいつも行列しているが、ここでも人気だ。

ぼくはしらすなら、江の島の「きむら」に行くので、他をあたると「野の実」というラーメン屋があるではないか。知らなかったのだが、この店はあの有名な佐野実が出した店で、そう言われると、店の名前もうなづける。そこで850円の塩ラーメンを食べてとりあえず満足する。

ここで食べ物の話をしようと言うことではなく、こうしたショッピングモールの乱立についてである。実は「テラスモール 湘南」のすぐ近くに同じようなモールが2つもあるのだ。「湘南モール FILL」と「MrMax 湘南藤沢ショッピングセンター」である。しかもこの二つは隣接している。

FILLとMrMaxができた時は驚いた。ホント道路一本隔てただけで全く隣合わせである。意図的にやったとは思えないので偶然そうなったのだろうか。お客さんの取り合いになるのではと思うのだが、それとも集客ができるから効果的だったのだろうか。何と昨年末には両店の2階を結ぶ連絡路ができたそうな。テラスモールに対抗するための呉越同舟っていうことのようだ。

それにしても、たかだか1.5Kmくらいのところに3軒の大型ショッピングモールがあるとはどういうことだ。まさか、東京や横浜殻のお客さんをねらっているわけではないだろう。確かに客層やショップの性格も若干ちがうので棲み分けはあるにしても3つは多いでしょう。さて、どうなることやら。
  

2012年01月29日

イノベーションにはITが不可欠

先週のテレ東のカンブリア宮殿でアニコムホールディングスという会社の創業者の小森伸昭さんという方が出ていた。この会社はペット保険という新しいジャンルの保険を開拓して急速に伸びている会社である。社長の小森氏は京都大学経済学部を卒業して東京海上に入ったエリートであるが、31歳で脱サラして会社を起こしたのである。

普通に考えるとずっと居れば将来を約束されていたにもかかわらず、茨の道を選んだわけだが、その理由が「保険会社はただ保険金を払うだけでいいのか、せっかく持っている事故などの情報を生かす方が、付加価値を生めるのではないか」と考えたことにある。

これまでの保険会社というのは、保険金を払っていさえすればいいとしか考えていない、つまり保険加入者である顧客のことなんて知らないでよくて、あわよくばできるだけ保険金を払わないですむことを考えていたわけである。それを、保険に入る人も保険金を払う保険会社も両者が喜ぶウィン-ウィンの関係をつくろうというのだ。

それをまずはペット保険という形で実行したのである。ペットのオーナたちが、健康保険と同じように病院の窓口で保険証を提示すると、診療費も自己負担が1~5割の支払いですむというものだ。そして、もっとすごいものに年に一度出す「家庭動物白書」というのがある。過去の保険金支払いデータを分析して、ペットがかかりやすい病気やケガなどを載せている。要するに「予防」に使ってくれというのだ。これは顧客もペットも動物病院もそして保険屋さんもみんながハッピーになれるのである。

この社長の話を聞いていて、既成のビジネスでも一見成熟して改革の余地なんかないだろうと思うが、そうではなくて思考停止に陥っているだけで、まだまだ改革するところがいっぱいあるのだなと思った。彼も言っているようにいま保険は大きな転換点にきているそうだが、ライフネット生命保険の岩瀬大輔さんもそうだが、こうした優秀な若者が硬直したビジネスモデルを破壊していくのだろう。その時の視点がただ物を売ろうというだけでないからいいのだ。

もうひとつ強調したいのは、小森さんも岩瀬さんもITを駆使していることである。もっと言えば、ITがなければ彼らのビジネスモデルは成立していないかもしれないということだ。だから、さっき言ったようにITがなかった時代のモデルで思考停止になっているのをITを使って変えていくのだと考えることによって、彼らのような若者がITを生かす革新的なモデルを創出する時代になった。

ライフネット生命保険は、保険の売買を保険屋のおばちゃんの手からインターネットへ変えていく仕組みが肝だし、アニコムは従来は契約者が一旦治療費を全額支払い、後で請求して払い戻していたのを病院が一括して請求する仕組みに変え、さらに病院の電子カルテと連動する保険請求システムを開発してしまったのだ。また、言ったように膨大な実績データの解析もオープンにしている。

こうした30代40代の若い経営者がだれも当たり前のようにITを利活用している動きを見ているとIT経営なんて言わずもがなという感じになる。もうすぐ彼らが主流になってくるわけだから、今のように経営者がITを知らなくてとか意識が低くてなんて言っていられなくなって、逆にもっと彼らの要求に答えられるように進化させなくてはいけないようになるのではないでしょうか。

ただ、くれぐれも間違えてはいけないのが、ちゃんとした革新的なビジネスモデルを作ったからITが生きるのであって、ITを使えば革新的なビジネスモデルができるわけではないのでここは気をつけましょう。

2012年01月28日

ジーン・ワルツ

医師ものの映画も「ジェネラル・ルージュの凱旋」とか「孤高のメス」とかけっこうあるが、「ジーン・ワルツ」は「ジェネラル・ルージュの凱旋」と同じ作者海堂尊の原作になる。監督が大谷健太郎で主演の女医役に菅野美穂、共演は田辺誠一、南果歩、浅丘ルリ子らである。

残念ながら、ジーンとくる映画ではなかった。映画の公式サイトの紹介では、「崩壊の 一路をたどる産科医療に潜む闇に迫るのは、主演・菅野美穂扮する<史上最強の女医>曾根崎理恵。(中略)体制に一人立ち向かう彼女の仕掛ける大胆なる計画。そして、そこに秘められた衝撃の真相が解き明かされるとき、想像を超えるクライマックスが押し寄せる。」とあるが、何が史上最強なのか、大胆なる計画、想像超えるクライマックスと言われてもさっぱりわからない。

ストーリーは、帝華大学病院の医師の曾根崎理恵(菅野美穂)は、非常勤で廃院寸前の小さな産婦人科医院「マリアクリニック」の院長代理を務めていた。この医院の院長の息子が手術のミスで逮捕されてしまうのが冒頭のシーンで出てくる。しかし、それとはあまり関係がなくて、産婦人科医は大変だねということぐらいである。

そこの医院に通うのはそれぞれ事情を抱えた4人の女性たちで、その中にタブー視されている遺伝子技術を用いた代理母出産を行おうとしているのを、同じく帝華大学病院に勤め、教授の地位が約束されたエリート医師・清川吾郎(田辺誠一)が嗅ぎつける。この二人の関係もよくわからない。

それで、2人が医学界を改革するんだ、私は外部から、あなたは内部からだとか言っているんだが、何が問題なのかも提示されていない。そして、クライマックスは台風が襲来した日に何と3人の妊婦が同時に出産なのだ。しかも病気で歩くこともできないので伏せていたマリア医院の院長(浅丘ルリ子)が急に元気が出てきて赤ん坊を取り上げてしまう。

あり得ないでしょう。観てるものをバカにするのもほどほどにしろと言いたくなる。多分原作はベストセラーになったくらいだから、きちんと作られていると思うが、映画はテーマがテーマだけにさばききれないという力不足がありありで全くひどい作品となってしまった。これだけ、酷評するのも珍しいのだがこのできではしょうがない。
  
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2012年01月27日

男の伝言板 - 男子厨房に入る

男子たるもの厨房に入るべからずというのはまだぼくらの頭の中に残っている。最近では弁当男子なんて言葉があるように男でも料理をする。共働きの夫婦でお父さんが子供の幼稚園の弁当を作るなんてこととは当たりまえかもしれない。

かくいうわが家の次男坊はいま駒沢公園の近くで一人ぐらしをしているが、どうも自分で料理をしているし、弁当も作っているらしい。行きつけの銀座の「M」のママからうどんやスパゲッティ、あるいはおかずをもらって喜んでいる。さて、ぼくの方はといえば、ヨメサンは他人が自分の台所を使うのを嫌がるせいもあって、家で料理なんぞやったことがない。

ところが、もう20年近く前になるが4年間の単身赴任をした時はちょっとやったことがある。社宅を借りてくれたのだが、いちおう食事は隣接の独身寮で食べられるようになっている。最初は、そこで食べていたのだが、問題は予約をしておかないといけないことで、きちんと帰ってくればいいのだが、だんだん会社を出ると飲み屋に直行なんてことが増えてくるとキャンセルばかりとなる。

そうなると、一回の食事代が倍もすることになりばからしくなって寮で食べるのをやめてしまった。社宅は普通に家族が住むところだからもちろん炊事ができるようになっている。飲み屋に行かない時は(めったにないが)、とりあえず刺身だとか、コロッケだとか、冬は鍋セットだとかすぐに食べられるものを買ってきて済ませていた。しかし、帰郷しない土日なんかは時間がたっぷりあるから料理でもしようかとなる。

そして、持ったこともない包丁や下げたことがない鍋を手にする。その時の得意は“煮物上手“で作るいか大根だった。でも作り過ぎて飽きる。あるとき何を思ったか、ボルシチを作ろうと思い立つ。タマネギ、ニンジン、キャベツ、牛肉、ソーセージなどを買い込みぐつぐつやったのはいいが、ちょっと油断していたら焦げ臭いにおいがするではないか。ものの見事に真っ黒焦げで、それ以来刺身とコロッケに戻ったのであります。

ところが、最近料理をし始めたのである。以前からぼくの母親の家の応接間を事務所代わりに使っていたが、その母親が昨年秋に老人ホームに入ったのでぼくひとりになってしまった。ぼくの食事は朝と夜はヨメさんが用意してくれるのだが、さすがに三食みなというのも可愛そうなので、昼は外食(社長と一緒にというケースも多い)というのがパターンであった。

ところが、台所が自由に使えるのだ。なら自分で作ろうかなと思っていた矢先に、知り合いの工務店の社長から郷里の鹿児島の米だといって5キロの新米をもらったのだ。よし、これからは自炊だと決心してみた。というわけで、ここのところ家にいるときはほとんど自分で作っている。昨日は、アジを買ってきて、塩焼きとなめろうを作り、これまた作り置きの豚汁と野菜いためを食べた。うまかったー。

ここで役に立つのが「COOKPAD」http://cookpad.com/ です。めちゃくちゃレシピが載っているので、好きなように、あるいは手元の材料に合わせて選んでいける。昔だと、料理本を買ってくるか、テレビの料理番組をメモするくらいだったのにずいぶんと便利になったものである。ぼくは、洗いものをするのが苦にならないから(子どもが小さい時やらされたので)、だんだん、凝りだしそうな気配だ。
 

2012年01月26日

あなたイズム

以前、「「応援したくなる企業」の時代」(アスキー新書)という本を紹介したが、同じ博報堂ブランドデザインというコンサルタント集団が書いた本「あなたイズム」(アスキー新書)を読む。副題が、“ムリなく、自分らしく、でも会社に愛される働き方“となっている。

いまは、社会人の3人に1人が現在の仕事に対して「つまらない」と感じているという。仕事だからつまらなくてもがまんしてやるものだとか、仕事っておもしろくないんだよねといった意識は昔からあったけど少なくとも高度成長期にはこんなに多くはなかった。

そんな感じを持つ要因には二つあるという。ひとつはその人の「適性」や「志向性」が合っていないこと。もうひとつはその人の「スキル」や「才能」が合っていないことがあげられる。個人の「志向性」が合っていなければ、その仕事も職場もつまらないし、「スキル」や「才能」がフィットしなければ、結果が出ず、やはりつまらないからである。

そして、著者は「志向性」と「スキル」が合わさったものが個人の“持ち味”であるという。個人もそうだが、組織にも同じように“持ち味”がある。それを組織の「らしさ」と呼んでいる。この「個人の持ち味」と「組織らしさ」の接点を見つけることが大切だと言っている。個人と組織のらしさの接点にある価値観を行動指針とすれば、自分の持ち味を活かしながら組織の貢献できることになる。

この行動指針を「イズム」と定義している。昔と違って自分の持ち味を前に出せるようになったし、また組織も企業理念などでらしさをだすようになってきたと思うが、現実的な眼で見てしまうと、うまく接点をみつけられたらいいが、もし見つけられなかった時はどうしたらいいのかと考えてしまう。

入る時にイメージしていた会社がいざ入社したら違っていてどうしても合わないなんてケースはよくあるわけで、そうした場合日本の社会で労働市場が硬直化しているから、「イズム」を発揮できる別の会社への転職もままならないという事態が問題なのである。理想論としてはあり得るかもしれないが、実際問題、結婚と同じようにぴったりとはいかないと思うので、そうしたことをやり直す、あるいは修正できる機会を作ることも同時にしていかなくてはいけなのだろう。

本の終わりの方で3人の人と対談をしているのだが、これがおもしろい。明治大学教授の野田稔は元野村総研でコンサルをやっていた経験から、自分のまわりに辺境を作り続けたというのが印象的だ。「変わった人と組む」ことで偶然が起こりそうな状況を計画的に作ることだそうだ。

元早稲田大学ラグビー部の監督の中竹竜二は、ビジョンへの行動指針が自分のスタイルでそれを持てと指導したという話は説得力がある。彼の言うスタイルとは、どんな逆境でもこれだけは譲らないという軸を意味するという。そして、このスタイルが確立している選手をレギュラーにしたという。監督は、うまい、強い選手だけを選ぶわけでななく、個性的なスタイルの集合体としていちばん機能する選手を選ぶのだそうだ。これはよくわかる。

最後は、あの星野リゾートの星野佳路で、旅館やリゾート施設の再建をする場合、総支配人を送り込むそうだが、その総支配人の条件が、3つあって、まず明るくて前向きなこと、2つ目が、コミュニケーション上手なこと、そして3つ目が判断力なのだそうだ。最後の判断というのは正しい判断をすることではなく、材料が揃わなくてもとにかく判断するということだという。このあたりはおもしろいですね。アジリティが大事なのですね。

ということで本で言っていることはある意味当たり前な組織論なのですが、まだまだ日本の企業のなかで実践しているところは少ないように思う。それは、終身雇用や年功序列の弊害が残っているからなのかもしれない。
  

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2012年01月25日

ブログのリニューアル

このブログも2006年から始めたのでもう5年半も経ちますが、このたびリニューアルしました。リニューアルといっても内容が変わるわけではなく、見栄えを変えたのと関連記事とかソーシャルネット対応とか少し機能を追加しました。

また、このブログではIT関係のものとその他が混在していましたが、分けることにしました。以前もそうしたのですが、徹底できなかったのでwaditのホームページのリニューアルに合わせて(もうすできます)IT関連は、「wadit.blog」のほうに移行します。

ということでこれからもよろしくお願いたします。再出発を記念して(おおげさか)今日の富士山を載せます。裾野の方まですっかり真っ白になっています。

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2012年01月24日

日本企業にいま大切なことを見直す(3)

「日本企業に いま大切なこと」(野中郁次郎、遠藤功著 PHP新書)から自分なりに日本企業にいま大切なことを考えるシリーズの第三弾は“傷ついた日本の「暗黙知」と「現場力」“である。本では、前章で遠藤氏が「経験もないのに仮説なんか考えても意味がない。まずは現場に行って何かを感じてきなさい」と日ごろ若い人に言っているという話題から入っていきます。

野中氏も仮説とは身体的経験から生まれるものであって、論理的な分析から仮説を立てる人は、それが現実と合致しなかったとき現実のほうを否定しがちになると戒めています。しかし、ぼくはちょっとした違和感があって、すなわちこの場合の経験とは何かということ、仮説を立てようとしている領域での経験を言っているのかそうでないのかが気になるのである。

もし、対象領域だけで言っているとするとそれは違うのではないかと思う。仮説が経験値に縛られ発想が狭くなる危険があるように思うからである。つまり、誰でも何らかの形で経験を積んできているわけで、それがたとえ異った領域であっても貴重なあるいは有為な経験をしたことが重要であって、それができた人はどこでもよい仮説を立てられると思うのである。むしろ、越境の発想として良い結果を生むだろう。

ちょっと話がそれたが、野中氏はマイケルポーターの5フォースなどのような「科学的」な競争戦略からはイノベーションは生まれないと考える人が出てきたと言っている。そしてイノベーションは平凡な日常からしか生まれないとも言う。すなわち、理論に基づく論理分析で「正解」を導き出す演繹的な手法ではなく、個別の具体的な現実から出発し、間違いを恐れずに新しい理論をうちたてようとする帰納法を薦めています。

多くの発明や発見は、論理的な分析がもたらす形式知から生まれるものではなく、経験から得た深くて多様な暗黙知とビジョン達成の強い思いをもち、新たな関係性を考えぬくことから生まれるという。そこで日本の強さを発揮するべきなのだが、この暗黙知がだんだん失われて行くのを心配している。

ただ、大方は賛成なのだが、世界のソフトウエア業界などを眺めてみると経験から得た深くて多様な暗黙知とはあまり関係がなさそうに思える。むしろ、ぼくは日本人のコンセプト形成力のなさを痛感する。コンセプト形成力というのは演繹的に概念化する能力でそれがないために欧米のソフトウエアの後塵を拝していると思う。

遠藤氏は「現場力」の再強化を訴えている。トヨタのリコール問題を例にグローバル化に伴う品質問題を指摘しています。それを避けるために「体格」ばかり追求するのではなく「体質」で勝負することを心がけるべきだという。確かに、日本の現場力は昨年の大震災でも大いに発揮されたし、現場力が強い企業が結果的に生き残っているように思える。

ただ、同じことの繰り返しになるかもしれないのですが、現場力だけではダメでそれを空回りせずに有効に威力を発揮させるためには、「本部」力とか、科学的、論理的な態度もあってこそ可能なので忘れないでほしいと思うのである。
   

  

プロフィール

和田正則。1948年神奈川県鎌倉市生まれ。 大手総合化学メーカーに勤務後、定年前に親子で (株)ワディット 創業。シニアITコンサルタントとして、プロセス中心アプローチによる業務システム構築の普及に努めている。

団塊世代の真っ只中ですが、何を言われようともまだまだがんばります。お楽しみはこれからだ!

IT関連のブログも執筆していますので、そちらも見てください。

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