第136回の芥川賞が青山七重の「ひとり日和」に決定した。早速文藝春秋を買ってきて読む。文藝春秋の新聞広告の大きいこと、しかも作者の全身写真付き、びっくりですね。まあ、最近は芥川賞掲載の文藝春秋の売上がすごいからつい力が入るのでしょう。何しろ、3年前の金原ひとみと綿矢りさのダブル受賞のときは何と118万部売れたそうです。
さてその「ひとり日和」ですが、石原慎太郎と村上龍が絶賛したように(山田詠美は退屈だと言っていたが)、久しぶりに力量のある作家の登場を予感させられる。芥川賞の受賞作は最近不作が多いとぼくは思う。例えば、大道珠貴の「しょっぱいドライブ」、吉村萬壱の「ハリガネムシ」、モブ・ノリオの「介護入門」なんてどこがいいんだろうと思ってしまう。前回の伊藤たかみの「八月の路上に捨てる」にしてもぎりぎりの受賞レベルだ。そこからいくとこの作者はすばらしい。
「ひとり日和」は、母娘の生活からひとりで東京にいる親戚のおばあさんの家に下宿する若い女性を描いている。いわゆるニートで将来に希望もあまりなく、何となく生きているけだるさやそこからの変化をおばあさんとの会話のなかでうまく表現し、またその筋立ても無理がない。ほんと都会で孤独におびえながら、でもそれから積極的に抜け出せない(出そうとしない)、いまの若者の姿がよくわかる。最後に正社員になる結末もリアルな感じですごくいい。ただ、河野多恵子が言っているが、「よい小説を書き得た体験は、その後にいつも通用するとは限らない」のでこれからの精進がみものである。
最初に言ったように、芥川賞は芥川ショーのようになっている。確かに商業主義的な要素は避けられないが、まだ世の中で認められていない作家の登竜門なのに騒ぎ立てるはどうかかとも思うが、これはプロ野球のドラフト会議なのだと思えば得心がいく。さあ、あなたは1位指名しましたから、プロ球界(文壇)で活躍してくださいということなのだ。期待に対する賞であって、実績に対するものではないという変な賞である。だから、プロ野球の場合も1位指名でドラフトされても活躍できなかったやつは山ほどいるのと同じように消えていく作家もいるわけです。
ぼくは最近の芥川賞はだいたい受賞作が決まるとすぐに文藝春秋を買って読むことにしている。やはり、そこには現状の典型のようなものが現れているので、今はどういう時代なのかを確認するのには格好のナビゲータかもしれないと思うからである。
