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知の運動神経 - 働きたくなるIT(7)

ちょっと前に朝日新聞の星浩さんが、「知の運動神経」という言葉を使っていた。ぼくは「仕事の運動神経」あるいは「仕事神経」ということも言っておきたい。運動神経の悪いヤツを「運動オンチ」という。だから、「仕事オンチ」というのもあるような気がする。

なんというか、例えば、ある仕事を命じられとき、普通ならある段取りで手際よくできるようなことでも、余計なことをやったり、肝心なことが抜けてたりとかするひとがいる。いくら言ってもまた同じことを繰り返す。あるいは、報告書を書かせても何を言いたいのかさっぱりわからず、結論も書いていないこともあるといった風に、一生懸命やっているんだけど、どこかしっくりしていないというか、合っていない感じである。そういうのを目の当たりにすると、こいつ仕事オンチじゃないのかとつい思ってしまう。

筆者は、運動神経はあるほうだと思っているが、音痴である。だから、カラオケで唄えと言われるのが嫌いなので、なるべくカラオケのない店に行く。それでもどうしても言われることがあるので、1曲だけ何とか唄える歌を用意してある。まあ。それであらかただいじょうぶなのである。音痴というのは、耳が悪いというか音を聴く能力が弱いからだと思っていて、従って、仕事オンチというのも自分の周りの仕事や会社の事業の状況だとかいったものがどう動いているかを感じ取る力が元来弱いのじゃないかと思う。

で、そうした人たちも生産性があがるような仕掛けってあるのだろうか。

実は、運動神経でいえば、スポーツ選手がみんながみんな運動神経がいいとは限らないし、全部の運動がまるでだめという人は少ない。例えば、キャッチボールもろくにできないのにスキーはすいすい滑るとか、逆上がりができないけどゴーカートを乗り回すとか、意外に得意技があったりする。また、運動によっては、ある型にはまったら、それで十分通用するというものもある。例えば、野球のバッティングなんかそうだと思う。

で結局、この意外な得意技を見つけてやることと型にはめることによって「仕事オンチ」のひとが救えるのじゃないかと考えている。ある意味、仕事というのは“おさまりがいい”というのが大事で、勘違いしている人がときどきいるが、変に特異性を発揮されても困るのであって、“おさまり悪い”ことは個人の生活でやるべきだと思う。「仕事オンチ」のひとも“おさまりよく”しようよねということです。

こうしたことも一種の多様性だと思うが、おそらくこの多様性を見つけて、生かすのはITの力をうまく活用することから達せられるのではないでしょうか。参加型のアーキテクチャ、情報駆動型プロセスなどがこうした手助けをしてくれるような気がする。

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コメント (1)

二宮いずみ(ぱぴこ):

本当にそのとおりだと思います。
うちの職場にも、学生が実習に来ます。
言われるまで動かない人なら、まだましで、言われたことも出来ない子もいます。
社会人としてそれでは何をやってもなかなか大変なんじゃないかなと思うのですが、でもその人たち自身は、個性があり、いい子なのですが・・・。
どんな人でも、得手不得手があるし、でもその中で苦手でも何でも働かないと生きていけないという環境になったのは、戦後からの経済成長期の頑張りが背景にあるのかもしれないですね。
今、私も「誰でもできる」をモットーに主人とビジネス展開をしています。
生きがい、自分らしさ、これって必要ですよね。

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2007年06月21日 09:51に投稿されたエントリーのページです。

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