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自動化のワナ

IT化というのは基本的には作業や情報伝達を自動化することとも言える。人間でしかできない仮説立てと判断を除いて自動化しようとする。場合によっては判断もルール化することで自動的に答えを導こうというアプローチもある。

ところで、本当に自動化ができるのだろうかと考えてみる。前述した判断の自動化という問題をとりあげると、自動化が可能な条件というのは判断の結果が許容できるものなのかになる。言い換えれば、割り切りができる程度の事象なのかどうかである。

昔工場で働いていたとき、発電所の選択遮断のデシジョンテーブルを検討したことがあるが、こういう場合は、最終的に系統を切られてもしかたがないという割り切りの世界なので、事前にその得失を吟味して設計しとけばよいことになる。

逆にプラントなんかだと定常状態では自動化はできるが、スタートアップやシャットダウンといった非定常作業は自動化が困難で人間が操作して行なう。

実世界でも同じなのだが、むしろ割り切れないケースが多く現れる。例えば一番わかりやすいのは、お客さんがいて何かトラブルがあって、それに対してルールどおり自動的に対処しましたから、といったところで納得いかないお客さんがいたらそれで終わりだ。

ですから、あらゆるケースを想定してルール化しようとしてもできないのでこうした例外が発生してしまうのである。

いま判断というアクションについて言ってきたが、それ以外でも様々な例外や異常を想定して自動化の仕組みにするコストが、自動化しないで対処する場合のコストを上回ったら、それはわざわざ自動化する必要はないのである。

おそらくそうした吟味はされず、何でも自動化に向かい、どうしてもできないものはやめておくかといった事態になっているのではないでしょうか。ですから、そこをも少し、人間の判断や操作も入れながらシステムを構成することが大事ではないかと思うのである。

システムトラブルでも復旧に時間がかかったりすることは、複雑な自動化が遠因となっていることもあるような気がする。

BPMでもBPA(Business Process Automation)というようないわれ方もされるが、そこのところをよく考えないとかえって使いにくいシステムになる危険性がある。

そういった意味で、これからはITと人間がうまく共生していく仕組みが求められていくのだろう。
 

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2008年09月17日 10:09に投稿されたエントリーのページです。

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