先日「「SOA ユーザ企業自身がデザインする、導入のかたち」とうタイトルのセミナーがあったので参加した。このタイトルからすると、なんかユーザがSOAの仕組みをばんばん作っているイメージになる。ところが、基調講演はよかったのだが、それ以外に5セッションあったが期待を裏切られた。
基調講演はカシオ計算機の事例であったが、これはすばらしい。SOAをきちんと理解し、しかも実践しているというところは見習うべきところがいっぱいある。しかも、Web2.0技術も積極的に取り入れている。
ぼくは今カシオの人たちといろいろ議論しているが、おそらく自分たちはSOAをやっていますという意識はないと思う。競争優位を得られるためのITはどうあるべきかということを追及した結果として、SOA的なものになったはずだ。
さて、なぜタイトルで「SOAは終わったのか」としたかというと、最初に言ったように、基調講演以外のものをながめたとき見るべきものがなかったからである。というより、「ユーザ企業自身がデザインする」と謳っておきながら、カシオ以外にちゃんとしたユーザ事例がないのだ。
これは何を意味しているのかというと、カシオの例で言ったようにビジネスユーザは意識してSOAをやろうなんて思わないのだ。だから、SOAだと言っているのは、システム部門がシステム基盤整備で構造化する場合か、ベンダーが製品を売らんがためのものでしかないということである。
そして、さらに言うと、SOAのサービスが定義されていなから、大きいものから小さいものから、何でもかんでもSOAと言っている。大きいところではコンポジットアプリケーションなんて言っているが、これはもうERPやパッケージを入れてしまったので、しかたなしにそういう概念を持ち出しているようにしか思えない。
よーく考えてみてください。まっさらからシステム構築しようとしたとき、はじめからそんな考え方を採りますか。だから無理がある。やるなら、既存アプリをスリム化してからつなぐことだ。
それから、システム機能をサービスと言うのもちょっと違うのではないかと思ってしまう。その辺は、フレームワークに埋め込んでしまえばいいんじゃないかということだ。
結局、ビジネスに貢献できるためにSOAはどうなんだを説明できていない。だから、ユーザ視点を失ったSOAは消えていかざるを得ない。
FlexibleでAdaptiveな構造の仕組みにしたら、それが結果的にSOAだったということでいいのではないだろうか。要するに、目的語から形容詞になったってことだと思う。
