今から、通夜に行く。血はつながってはいないが、親戚となる女性が亡くなったのである。1日に亡くなったのでずいぶん経ってからの通夜になる。途中に友引をはさむのどうしてもこうなるのだろう。先日の伯母さんの時もそうだった。
この人は、ぼくの嫁さんの一つ上だから56歳である。いまの時代では若い。実は5年前に肺がんが見つかってそれからずっと闘病生活で力尽きて帰らぬ人となった感じである。ただ、死の直前までそんなに苦しむことがなかったらしく、家に戻っていたりして死の5日前くらいから容体が悪くなったそうだ。
死んだ日の翌日に、嫁さんと二人でお悔やみにうかがったのだが、穏やかな死に顔で早かったかもしれないが天命をまっとうした姿であった。ついちょっと前に「おくりびと」という映画を観たあとだったので、余計切なくなった。
この人は家は仏教なのだけれど、自分はクリスチャンであって、すごく優しい人で、まず自分のことより相手のことを気遣うようなところがある。夏に療養していた病院に見舞いに行ったときも、かなりつらいはずなのにちゃんと起き上がって応対してくれた。
そんな人だったから、おそらく時には痛かったり苦しかったりしたときでも表に出さずにじっとこらえていたにちがいない。ぼくは信仰するものは持っていないが、つくづく信仰するひとの強さを感じざるをえなかった。神がせめて苦しみを与えることなく死を迎えさせてあげたのではないだろうか。合掌。
