昨日は、Web系の会社の人たちとミーティング。最初が、日本の草分けのような会社でそこでBPMの紹介とぼくが今やっているBPMS+CMS開発のことを少し説明する。最近は、こうしたWebの開発から入って、バックヤードの業務プロセスにつながる話が多くなっている。
やはり、顧客との関係性が重要になってきているということと、そこからのプロセスの効率性も問題になっているのだろう。
一昨日に行った通信系の会社でもショップでの応対作業のパフォーマンスを改善するためにプロセスの可視化をしたいという案件であった。
それが終わって、次もWeb系の会社の若い社長と呑むことになっていて、新橋の機関車の前で落ちあうことにした。こちらはぼくといつものUさんともうひとり名古屋から出てきたあるIT会社の役員で事業部長をしているTさんのおじさん三人組である。
そのTさんを待つっていたら、だれか近づいてくる。何だろうと思っていたら、「テレビ東京の者でですが、インタビューをお願いできますでしょうか」ときた。マイクとカメラをもった若い子も近づいてきた。
どうもUさんに向かってお願いしていたのだが、Uさんが固辞してしまった。結局あきらめてしまったが、いったい何のためのインタビューなのだろうかという話で、きっと株が暴落している事に関してじゃないのかということになった。
ところが、今朝の新聞をみたら、そうだノーベル賞のことだったのだと合点がいく。ただ、あのときノーベル賞のことを、聞かれても答えようがないなと思った。Uさんのそのあとの話で、以前にも街頭インタビューに会ったことがあって、そのとき大江健三郎がノーベル文学賞をもらったときだったという話だったから、よくよくノーベル賞に縁があるのだなあと感心した。
その若い社長は、中村祐介さんといって75年生まれです。もと記者で作家でもあります。「力道山」という本も出しています。ぼくは、この原作を元にして作られた映画を観ていたので、しばらくその話になる。
彼は、力道山を知らない世代なのに書けてしまうので大したものだ。でも逆に知らないからこそ客観的に見れるのでいいのかもしれない。ぼくらおじさんトリオは力道山世代だから、ひとしきり金曜日の夜はテレビのある家に見に行ったとか、三菱電機の掃除機がリングを掃除しているのをみてお袋がうちもあんなのがほしいなと言ったとか、そんな思い出話に浸る。
そこから、現代若者論みたいな話で、いまは出会いの場がぜんぜんない、ちょっと前まではナンパも一種の出会いだったのに今では怖くてナンパされなくなったということらしい。そうしたら、おじさんたちの得意技である、俺たちの時代はなあということにすぐに持ち込む。
おじさんたちの時代は、ナンパではなくダンパであり、合コンではなく合ハイだといったら、中村君はきょとんとしていた。ダンパはダンスパーティのことで、合ハイというのは合同ハイキングのことであると説明したら、かなり受けた。
でそんな話やら、日本のIT業界の黎明期に何があったのかをちゃんと残そうよねみたいな話だとかすごい盛り上がった。
ちょうど親子ほどの年齢差だが前にもこのブログでも書いたように、その親子の世代差のほうが分かりあえるのではないだろうか。なぜかというとぼくは、親と子として子供が小さいころから同じテレビを見、同じ歌を聞き、同じ景色を一緒に見てきたからではないだろうか。だから何となく波長が合うというか、理解の範囲内にあるのではと思うのである。
そんなわけで、親子ぐらい歳が違うひとたちとコラボレーションできたらいいなあと思っている。
