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呑み歩き隊の意外な展開

昨日、鎌倉の話を書いてまた今日も鎌倉の話です。前回の呑み歩き隊の例会を何気なしに鎌倉をやることになり、それが昨日あった。

ぼくが幹事ではないのでアドバイスするだけだったけど、結局ぼくの提案どおり、天気がよければ自転車を借りて、由比ガ浜から七里ガ浜を通り、江ノ島までの国道134号線サイクリングにすることに決定。帰りは、稲村ガ崎から、極楽寺を通って、長谷に抜け、大仏から市役所どおりを経て八幡宮という設定である。

ところがである。のっけから躓いた。11時ころ駅の隣のレンタサイクル屋さんに行ったら並んでいる。嫌な予感がしたんだけど、案の定、ぼくらのちょっと前で自転車がなくなってしまった。ほんのちょっとの差だったから、一番遅れてきた幹事に八つ当たり、お前がもう少し早く来ていれば借りられたのにというわけだ。

でしょうがないので、とりあえず腹ごしらえをしながら考えようということに。昼飯は、「天金」を予約していたので、そこでビールと鎌倉丼を食す。さてどういうコースにするか思案。そのまま、江ノ電でサイクリンコースをたどるか、北鎌倉の方にするのか、駅近辺でぶらぶらするか、しかし、昨日は人が一杯なので江ノ電も待たなければいけなくなりそうでやめて、じゃあ人力車にでも乗るかと思っても高くてこりゃだめだ。

で結局、「鶴岡八幡宮」の裏手のほうの鎌倉宮のほうはどうかということに。ぼく以外の3人のメンバーもそのあたりは行ったことがないと言う。さっそくコースつくりを行なう。その結果次のとおりにする。おおぼくも鎌倉公認案内人になれると思う。メンバーの一人は、月島のガイドの検定を持っているので、ぼくも取ろうかなと一瞬思う。

まず、八幡宮の境内から、右にそれて横浜国大付属中・小学校の脇をぬけ、「白旗神社」を横目に「源頼朝の墓」にいく。あの征夷大将軍にしては質素でこじんまりしているのに驚かされる。そのあとは清泉小学校の横を通り、日本3大天満宮の一つである「荏柄天神社」へ。ちょうどこの日は、絵筆塚祭で漫画家が数人来て似顔絵を描いたり、河童のエのコンクールなんかをやっていた。

そのすぐそばの「鎌倉宮」でお参りとちょっと一服して、今度は金沢街道沿いの「杉本寺」へ、ここは奈良時代に建立された鎌倉最古の寺である。荏柄天神が鎌倉最古の神社なので、これで神社と寺の最古のところにいったことになる。

途中、金沢街道は鎌倉に向かう道が大渋滞で歩いた方がよっぽど早い。ぼくらは絶対ここには車でこないが、他県ナンバーの車が並んでいた。

最後は、杉本寺からちょといったところにある「報国寺」である。このお寺は竹林が有名で、その竹林をながめながら抹茶をいただくというのが定番である。もちろんぼくらもいただく。落ち着いた雰囲気でいつきてもほっとする。

そこから、八幡宮戻って宮前にある「一茶庵」で呑むことに。結局3時間のウオーキングで歩いたのが1万歩であった。「一茶庵」では鎌倉ビールから始まって酒をあけ、暗くなったので最後にそばをいただき帰路についたのであります。

この店には3時ころ入ったのであるが、けっこう込んでいたが、帰るころになるとかなりすいていた。店の主人にたずねるとだいたい鎌倉は昼間が勝負なんですよ、夜はお客さんは来ませんとのこと。なるほど。

まだまだ込み合う小町通を、一緒に来た人が「和らく」で箸を買うのを付き合いながら、鎌倉駅まで驚きの目で歩いたのである。普段、休みの日に鎌倉駅周辺には行かないので、休日の込み具合を知らなかったのでびっくりだ。

さて、サイクリングができなかったリベンジを来年の春にすることを約して別れたのである。
 

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2008年10月13日 10:40に投稿されたエントリーのページです。

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