ぼくら子供のときのお正月の過ごし方は、定番の羽子板と駒回し、凧揚げである。そしてお年玉を抱えて、「はちまんさま」に行く。「はちまんさま」というのは、鶴岡八幡宮のことである。
そこには、いろいろな店が並んでいて、変なお菓子やお面を売っていたり、ヨーヨー、金魚すくいとかいった屋台がぎっしり出ている。時にはひよこを買っていって怒られたりする。
そこで、今でも忘れられないテキヤのおじさんのだましのテクニックの話をする。ルーレットみたいので当たると景品がもらえたり、紐で引っ張ると商品が釣れるようなものもあったが、だまされたのは万年筆のことである。
当時、ぼくのあこがれは万年筆をもつことだった。スポイトでインク瓶からインクを吸い上げ、すらすらと書くのが夢であった。でもまだこどもが買うには高いので中学生になったら買おうと思っていた。中学生になって買おうと思ったのはもう一つあって、それは腕時計である。でも腕時計は中学入学の時、オヤジがお祝いに買ってくれたのである。無茶苦茶うれしかった。
さて、万年筆である。境内から少し外れた空き地で人だかりがしているので行ってみると、テキヤのおじさんが口上を述べながら万年筆を売っていたのだ。思わず買いてーなあとながめていたので、言っていること、やっていることに魅入ってしまった。
何やら液体を皿に入れて置いてある。おそらく塩酸だったのではないかと思うのだが、数本の万年筆を取り出しては、その液体につけるのだ。ほとんどシューと音を出して溶けてしまうが、中の1本だけが溶けない。
おじさんは、これは本物の金だからだと大きな声で言った。その後はお決まりのように、“今日ここにいる人は運のいいひとだ。この正真正銘の金の万年筆を格安でおわけしましょう”となる。それがいくらだったか忘れてしまったが、おそらく数百円だったと思う。おお、ぼくも買えると思ったと同時にそれくださいと言っていた。
ところがである。すぐさまおじさんが言った言葉が、“さて今買ってくれたお客さんはさらに運のいいかたです。実はこちらにいま買っていただいたものより値段が何倍もする高級万年筆があります。それを、たった300円追加するだけで手に入るんですよ”だったのだ。
周りのひとが、おそらくサクラどもだろうが、こぞってお金を出してアップグレードしたのである。言うまでもなく素直なこどもは負けじと取り替えたのである。
いさんで家に返って、件の万年筆をとり出しすらすらっと書こうとしたら書けないのである。どこか引っかかった感じでなめらかではないのだ。そのうちインクの出も悪くなった。
そしてじっとその万年筆を眺めながら思い出していたら、はっと気がついた。まてよ、本物の金のペン先といったのは、最初に手にしたやつであとから買ったやつはそんなことは一切言わなかったなと膝をたたいた。後の祭りである。
もちろん、翌日もまた次の年もまた同じ場所に行ったのは言うまでもない。当然居るはずもなくリベンジは果たせないでいる。
