ここにぼくが当時あるレポートに書いたキーワードがある。
上の二つと下の二つを括ってもいいと思う。
オープン系/マルチベンダー化の先にクアラントサーバーがあった。オープン系/マルチベンダーの反対語は、クローズド化/シングルベンダーということになるわけで、これまでは、IBMと大手国産メーカーが自社のマシンに何もかも詰め込んでそれを一社だけでユーザに提供していたのであるSystem/370 、ACOS、FACOM、HITAC、TOSBACといった汎用機がよく知られている。
ぼくは、汎用機のことはよく分からないので詳しいことは書かないが、囲い込みという状況は感じられて、メインフレーマーの手厚いサポートを受けることが当然のようにやられていた。これが悪いと言っているわけではなく、両者にとって都合のよい関係だったのだ。すなわち、ベンダーは定期的に保守料をもらうことで安定した売上を得られること、ユーザは少々高くても専門家に任せれば安心できるということが暗黙の了解事項であった。
しかも、それを覆す選択肢もなかったし、まだまだ技術的にも未完成な部分ものこっていたためそうせざるを得なかったのである。
そこに、登場したのがWndowsPCであり、UNIX系ミッドレンジサーバーであった。1993年にスピルバーグにより映画化された「ジェラシックパーク」でUNIXのコマンドを打つシーンが出てきた記憶がある。
いわゆるダウンサイジングの波である。そして、単なるダウンサイジングではなく、形態そのものを変えてしまおうというクライアントサーバーの流れもやってきた。
実は最初この二つを混同する人がけっこういた。すなわちダウンサイジングでUNIXにマイグレーションして、端末にPCを使って、はいこれがクライアントサーバーですと言っていたひともいた。
ホストー端末とCSSの違いを理解していない結果である。要するにPCが高機能化してクライアント側で処理がある程度できるようになった結果として、こうした形態をとるようになった。サーバーとクライアントは違ったベンダーでもいいということでもあった。
このマルチベンダー化でコストもどんどん下がっていった。しかしながら、クライアントサーバー型のメリットは何なのかとか、そこでの開発方法は何かといったところがまだ議論があって、上述のように混乱していた。ぼくは、このクライアントサーバー型への変化よりもこのころ実は影響が大きかったのRDBMSではなかったかと思う。
1969年にE.F.コッド博士が提唱した関係モデルをベースにしたデータベースで、90年代初めくらいから従来の階層型のDBに変わって普及していったと思う。当時、RDMSはORACLEよりもIngresの方が有名でこれが後のPostgreSQLになっているんですね。
一方、Windows95はちょうどインターネットの登場と合わさるかたちで出てきて爆発的に売れた。ただ当時は、WindowsPCが企業システムの中のクライアントとしてやっと使われだしていたころだったので、まだすぐに導入とはいかなかった。まだ、Windows3.1の時代である。そこではその安定性や信頼性を問題視され、本当はWindowsNTにした方がいいというような議論もあった。しかし、このWindows95はその後どんどん企業システムのクライアントとして普及していったのである。
マルチメディアやインターネットはまだ研究しているという段階で、まずはイントラネットから入った方がいいという意見であった。要するに、セキュリティということが気持ち悪かったのである。そして、当時はこれほどまでになるとは予想していなかったので隔世の感があるのである。
こうして、徐々にメインフレームの閉じた世界から、オープンな仕組みへと変化していく曲がり角を感じていた。パソコンのクライアント化やインターネットがそうした変化を後押しした。
そしてまた、IT産業はハード主体のビジネスからソフトウエア主体へとこれまた変化していくのである。最初、情報システム部門に来たとき、それまでコンピュータシステムの値段が、ハードウエア一式いくらということで、ええーソフトはどこに入っているの、みたいなことでびっくりしたことがある。
