副題が、品性ある国の作法と美意識である「「型」と日本人(武光誠著 PHP新書)を読む。
この間「Web+DBPress」にも書いたように“業務プロセス設計作法”というように、作法という言葉をあえて使っているので、題名を見たとたん買いたくなったのである。
その雑誌の記事にも、“作法は「型」であり、基本的な「型」を決めておくということです。”と書いているように、この本でも、日本的な作法の基本は「型」であり、その「型」を学び、身につけることで日本人として品性ある振る舞いができると言っている。
ここは非常に大事なことで、何でも勝手にやればいいというわけではない。例えば、「型破り」という言葉がある。「型破り」な行動をとるとか、あのひとは「型破り」な人だとか、いい意味でも悪い意味でも使われるが、このときの型を破るということの言っていることは、まずは型があって、それを身につけて、それからその型を破るということを示唆している。
そうした、基本的なものをマスタしてこそ斬新なことや革新的なことができる。それを最初から突拍子もないことをやって独創ですといってもそれは付け焼刃でしかない。
著者は、日本の作法は古代の自然を崇拝する祭りの場から生まれ、武士道のなかでの武士としての作法につながっていく。武士道というのは平安なかば以後に作られたが、決して闘うため教えではなく、「正直」「武勇」[質素]「慈愛」といったことが武士道の道徳となった。
そして、室町時代になると「わび」「さび」「幽玄」といった思想が現れてくる。その代表的なものとして、「茶道」や「能」といったものに結実していく。これらはお分かりのように「型」が基本である。
そして、江戸時代の後半になると「粋」という言葉がはやってくる。その対語として「野暮」という言葉をみればわかるように、きっぷのいい江戸っ子の姿を思い描くことができるだろう。この「粋」という中には、実は他人への思いやりのようなことがちりばめらえていて、日本人のよさが現れているのだ。
翻って、現代の日本あるいは日本人の振る舞いを見るにつけ、こうした伝統的な「日本的合理性」が薄れていくことに危惧を感じているのはぼくだけじゃないと思うが、いかがでしょうか。
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