いまは近所付き合いというものが少なくなった。というよりむしろ怖くて避けているところがあると思う。昔は、近所同士でこどもたちは一緒に遊んだし、親同士も助け合いながら生活していたものだ。
ぼくの家の近くに直ちゃんという男の子がいた。男の子といってもぼくの2つ年上で、お姉さんもいて、この姉と弟とはよく遊んだ。
ところが、直ちゃんが小学校高学年になった時に、お父さんの仕事の関係で引っ越してしまった。ただ、引越し先は遠くなく同じ市内で、バスだと15分くらいでいけるところである。
そして、しばらくしたある冬の寒い日のことだった。家の庭に男の子がひとりさびしそうに佇んでいた。直ちゃんである。「どうしたの」とぼくの母親が聞くと、「家を出てきた」という。すぐに家の中に招じ入れ、話を聞くことにした。
当時の家にはどこにでもあった火鉢に手をかざしながら、直ちゃんがぼそぼそ話しだしたところ、どうもお母さんに激しく怒られ、そのまま家をでてきてしまったらしい。どうして怒られたかは覚えていないが、なんとも悲しそうな表情を浮かべていた。
それから、しばらくいろいろな話を聞いてあげていると、徐々にほっとしたような顔になり、ときおり笑顔も見せるようになった。
結局、夕方になりお腹もすいてきたので、夕食のカレーを(ここでもカレーだ)一緒に食べさせて、ぼくの父親が家まで送っていってあげた。
それから、直ちゃんのおかあさんが御礼に来て、いい子にしていると言って帰った。この話はここまでである。
というのは、今だったら、それほど遠くないところなら、家族ぐるみで行き来して、お母さん同士が近くのファミレスでときどきおしゃべりということかもしれない。だから、今昔の感があるのはここのところで、昔は近所のおばさんのところに家出してくる子がいるが、そんなに密にはなっていない、というかできなかったのだ。
なぜなら、そのころのお母さんは、何しろ忙しかった。生活するのに忙しかった。家事だって今のよううに電動化されていないから、全部手でやった。そして、よく働いた。家も少しばかりの畑があったので自分のところで食べる野菜を自家栽培していたので、その仕事も母親が一部手伝っていた。
だから、休む暇なんてないから、いまの主婦のように子どもを幼稚園や学校に送ったら、ロイヤルホストやガストやジョナサンでぺちゃぺちゃするわけではない。せいぜい豆腐屋の店先で立ち話をするくらいなものだ。
直ちゃんは今どうしているかわからないが、きっとあのことを覚えていてくれると思う。
