ぼくが3歳のとき、母親が腕を骨折した。一家のなかで母親がけがをしたり病気をすると大変なことになる。今もぼくの妻が病気療養中なので痛切に感じる。ただ、いまは、子どもが大きいので何とかなるのだが、こどもが小さい時は困ったことになる。
ぼくの弟が生まれたばかりでその子を背負って、縁側から降りようとしたとき、踏み石ですべってころんだのだ。だから、三人の子どもはまだ赤ん坊から幼稚園児である。
ある意味、腕のけがは足のけがよりやっかいである。炊事、洗濯の類ができないのである。
昔はそんな時には近所にいる嫁入り前の若い娘が手伝いにくるのだ。このときも、すぐ近くの家からやってきて、家事をやってくれたのである。
母親の実家は辻堂だったが、今なら近いがそのころはえらく遠いところだったし、父親の実家すなわち本家はこちらから手伝いに行くことはしても来てはくれないものであった。そんなわけだから、遠い親戚より近くの他人というわけである。
昔はこうして助けあって生きていた。そうでなくては皆が生きていけなかったのだ。やや乾いた言い方で言うと、社会全体のコンセンサスとしてこうした互助行動が合理的だったのである。
家事を手伝ってくれた娘さんがお嫁にいくとき、ぼくの母親はうれしそうに「あの娘はきっといい奥さんになるよ」とつぶやいた。
