ぼくにはいとこがいっぱいいる。われわれの親の世代は兄弟が多いからである。父親は男4人兄弟で、母親は男2人おんな3人の5人兄弟の末っ子である。ちなみに嫁さんの兄弟も同じようで父方が男4人女1人、母方が男1人に女が4人という構成。多いですよね。でも昔はこれが普通だった。
だから、いとこが19人いる。上は母親と同じぐらいの年齢から下は45歳くらいまでで、近所で年齢の近い子とはよく遊んだ。
その中でも、いろいろ世話になったのが逗子に住むいとこで、歳はぼくより10歳くらい上だから今は70歳を越えている。しかし、いまでもバイクを乗り回してツアーに行ったり、近くの神社の代表みたいなことをやっていて、毎朝境内の掃除をしていたり、市民文化教室で包丁研ぎの先生になったりとほんとよくやるよなあと感じる。でも去年片方の腎臓を取ってしまったので、どうかなあと思ったがまだまだ元気なようである。
ぼくが小学生のときそのいとこの家によく遊びにいった。ぼくが小学生だから、いとこは大学生であった。でもすごくよく面倒を見てくれて、夏休みには決まって何日間泊り込みで遊びにいく。その家には横浜市大に通う学生が下宿していて、その人たちとも一緒に逗子の海にいくのである。
子どもたち3人だけで何日もいるのでおばさん(ぼくの母親の姉)は大変だったろうと思うが、にこにこしながら世話をしてくれた。そのおばさんももういない。
ぼくが一番楽しみにしていたのは、釣りである。その当時いとこの趣味が釣りでその懲り方は尋常ではなかった。でたまに連れていってくれるのだ。磯でも堤防でも、そして船にも乗せてもらった。たこ釣りはおもしろかったなあ。かまぼこの板みたいのに鉤がたの針があって、そこに小魚をつけて底を引くのである。何といってもその釣ったたこをゆでて食べたときのおいしかったこと。
ぼくらはこうして近所のひとだけではなく親戚の人たちとの付き合いのなかで、いろいろなことを学び成長していったのである。それを考えると今の世の中がそうした関係性が薄れ、なんとも味気ないことになっているように思えてくる。それこそ空気の濃さから薄さへの移り変わりの一例かもしれない。
