ここのところ、子育てについての会話が多くなっている。つい先日もうちに来てくれている税理士さんともこの話で盛り上がる。このブログでも書いたことがあるが、ぼくの言う子育て論がけっこう受けて、みんなからなるほどという声をもらう。繰り返すことになるが、そのことについて書いてみる。
標題の胸と背と肩のことである。子育てというのは当たり前だが、子供の年齢や置かれている状況でやり方が変わってくる。その歳、その状況に適したやり方があると思うのである。それを、ぼくはいつも次のように言っている。
どういうことかと言うと、子供が赤ん坊のときから、そうですね小学校の半ば、10才くらいまでは、思い切り胸を開いて抱きしめてあげなさいということである。
そのあとは、突き放して自分の背中をみせて、黙っておれについてこいとなる。
そして、会社に入って仕事をこなすようになったり、家庭をもったり、要するに社会人として一人前になったら、同等の立場で肩を並べながら歩いていこうということなのだ。
この3段階でそれぞれの対応のし方を変えていく必要がある。それを、間違えている人がときどきいるから困るのだ。
まだ幼いこどもを突きはなして、自分が遊ぶことばかり考えているやつとか、いつまでたっても親離れさせない、子離れしない親子だったりする。そして、大人になったら、ベタベタするのではなく、同僚でもあり、ライバルでもあり、仲間であるという成熟した関係が大切なような気がする。
この、3段階ということが肝で、ちっちゃいときに抱きしめたからこそ、ほったらかせるのであり、ちゃんと背中をみせたからこそ、並んで歩けるのである。
胸を開いて抱きしめることで、悩んだり、困ったときに抱きしめてくれた親のところへ戻れる安心感を与えるのである。だから、そうした安心感があれば、若いときにチャレンジもできるというわけである。
この親子関係はぼくはいささか気に入っていて、もちろん実践した。ぼくには男の子が二人いるが、小さいときには一緒によく遊んだものだ。幸い地方の工場勤務だったので、比較的時間の余裕があり、遊び場は近くにいくらでもあった。だから、そうやって初めての経験を見守ってあげるのである。
特に、効果的だったのは、山に連れて行くことである。テントと食料をかついで山に登り、野宿をさせるのである。テントの設営から、食事作りなどをやらせるのだ。そして、まわりに誰もいない暗い夜を見上げると満天の星が降るように光るのを見て、時には、雨に降られてびしょぬれになりながら、抱き合いながら寝て、野糞をさせるのである。
いま、その二人は社会人になって、そろそろ第3期であるので肩を並べて歩き出したところである。上の息子は、一緒に会社を起し、彼が社長でぼくは平社員だ。まてよ、ひょっとしたら息子の背中を見ながらついていっているのかもしれないなあ。下の息子も会社勤めを始めてもうすぐ1年になろうとしていて、だいぶ顔つきも大人になってきた。
今のところ、この子育て論は間違っていないと思っていて、まあ、ふたりともぼくを煙たがってもいないようで、現に上の子は一緒に起業して毎日のように昼飯を食べながら会社をよくしたいと話しているし、下の子とは、彼が学生のとき東京の白山で二人で暮らしたこともあり、今は毎月二人で飲み歩いている。昨日も一緒に銀座でそばとハイボールを楽しんだ。
ところで、次の4段階目というのがあるのだろうか。そうなんですね、足腰が立たなくなって息子たちに胸を開いて抱きしめてもらうことがである。それはいやだから、いつも言っているように何とかぽっくりと死にたいのである。
