まさに待ってましたというタイトルの本だ。書いたのは「リング」や「らせん」などでおなじみの鈴木光司で、この「情緒から論理へ」(ソフトバンク新書)は期待にたがわずよく書けていると思う。
帯に藤原正彦氏「国家の品格」に異義アリ!とあるように、情緒的なものに流れて言ってしまう風潮に警鐘を鳴らしている。まさに、今の世相、例えば非正規社員やワーキングプアのような話や温暖化の問題などは、論理的に考えるべきことをどこかに置いてしまって、情緒的に、かわいそうだとか、そもそもそういうものだといった感情が支配してしまっている。
そして、マスコミはそれに逆らうのがこわいものだから、迎合した論調で煽り立てる。ますます、非論理的言論がまかり通ることになる。
この本に書いてあることは、ものすごくまっとうなことで、冷静に“論理的”に読んでいくと全くその通りと言える。
著者は、現代の様々な事例と過去の戦争での教訓をもとに、日本人がいかに情緒的な民族でそれで失敗したかを書いている。いちいちうなづいてしまった。
ただ、気をつけなくてはいけないのは、論理的というと頭に“屁”がつきそうな理屈っぽいことを指すと思っている人がいて、むしろ否定的にとらえられることである。著者はもちろん分かっていて、そこをも論理的に説明している。
それは論理的か情緒的かの2者択一の話ではないということである。要するに、論理的にすべきところと情緒的である部分は必ず並存するのである。ただ、言えるのは、上位概念は絶対に論理的でなくてはいけないのである。ここを間違ってはいけない。
きちんと、論理を組み立てて、その中でどうしても理屈通りにいかないことがあって、そこは情の世界になるというのが正しいのである。
この本を読んでいて、日ごろぼくが言っていることと似かよっているところが多くてびっくりする。
今言ったような論理と情緒というのは、業務プロセスを考えたときに、定型的でシステマチックに考えられるマクロワークフローと人間主体である意味情緒的な業務処理になるミクロワークフローの組合せで成り立っているといったことである。
また、著者は論理的思考で大事なのは、大局観を持つことだと言っている。これも以前書いた囲碁の喩えで、すぐに四隅の生き死に行くな、まずは布石を打ってからだというのに通じると思う。
そして、著者のこの本の前の「なぜ勉強するのか?」に書いていた、勉強というは、理解力、想像力、表現力という3つの能力を高めるためにあるという論に対しても、ぼくは、身につける能力として3つの“I”ということを言っていて、Imagination、Idea、Intelligenceが大事であるとしている。どことなく似ていると勝手に思っています。
ということで、この論理的な態度というものはものすごく重要です。ぜひこの本を読んでついウエットになりがちな頭を少しドライにしてもいいのではないでしょうか。
- 鈴木 光司
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論理と情緒
タイトルは良いのですが
お気楽な憂国論
陳腐な文句の羅列

