民主党の党首に鳩山由紀夫がなった。今度の総選挙で民主党が勝利すればこの人が総理大臣になるという重要な選択だったはずである。しかし、小沢傀儡の鳩山が就任したということでだいじょうぶかなと多くのひとが思うのではないだろうか。
だいいいちこの人が掲げる「愛があふれた、凛とした国家」って何?友愛って何?と思う。そんな宗教家か道徳家が言うようなセリフは政治に必要なのだろうか。
そんなことよりももっと現実的で功利的なことを指し示してくれないと実感しないのだ。そんなふうに甘いから、農家への戸別補償制度、子ども手当の創設、高校教育の無償化、高速道路の無償化といったことを財源のあてもないのにしゃしゃあと言っている。
結局、友愛っていうのは、国家が国民を助けてあげると言っているように聞こえるわけで、これじゃあ、自立できない国民が今でも多いのにもっと増えてしまう。これからの日本に求められるのは、そんなことではなくみんながもっとたくましくなることだと思うのだがいかがでしょうか。
もうひとつ、この政治家に失望したのは、党首選の最中にテレビ出演していて、ニュースキャスターに“あなたはどうするつもりですか?”と問われて、“わたしどもは・・・・”と答えていたとき、こりゃダメだと思った。
あなたと言われてなぜ“わたしは”と答えないのか、まして、党首戦ですよ、個人の考えや能力を試されているときに自分自身の主張を展開できないのである。これでは、傀儡といわれてもしょうがないような気がする。
まあ、この人だけではなく、どうして日本の政治家は針路とその政策をきちんと説明できないのだろうか。
ぼくが思うひとつの要因は、現状の問題解析とその課題抽出ができていないことではないかと思う。政策を並べることをするが、その政策が出てきた背景をちゃんと分析してくれないのだ。だからうわべだけのスローガンになってしまっている。
スローガンだけを並べられても困るわけで、しかも、何もかもいいことづくめはありえないのであって、トレードオフもあるから、全体の構造を明らかにしなくてはいけない。その全体の構造のなかでどこをやるのかやらないのか、変えるのか変えないのかといった議論のことである。どうもそうしたアプローチをしていないと思うのである。
そうしたことを自分の言葉で語って欲しいのである。“I think”と言ってくれなくては困るのである。それがあってこそ初めて、“Yes,we can”となるように思うのだが。
