大学の時のサッカー部のOB会が今年発足して最初の、現役-OB交流戦とその後の懇親会があった。ただし、交流戦のほうは雨でグランドコンディションが悪く中止になってしまい、懇親会だけになった。
この催しは、割と急に決まったので周知ができずOBの参加が少なかった。しかも参加したのは卒業したばかりの若手とぼくらのような超OBなのである。30代、40代の中堅のOBがぜんぜん参加していない。
まあ、名簿作成や総会などでもそのあたりの年代の反応が鈍かったので予想はされていたが、さびしい気になる。しかし、よく考えてみると自分もその年代の頃はOB会のことなんかほとんど関心もいなかったのだ。
ちょうどその年代は、会社でも家庭でも非常に大事な時期で、仕事のこと、子育てのことなどで精一杯なのである。だから、仕方ないといえば仕方ないのであるが、もう少し余裕のある生活をしてもいいと思う。
ところが、ただ忙しいからだけではない理由があると思う。この時期って、出世したやつとか、うまく行かないやつとか、何かと差がつく時なのである。だから、うまくいっているやつはそういう場に出るのは気にしないだろうが、そうでないやつは敬遠するのも人情なのである。
それが、50代あたりから、決着がついてしまうのでもうあきらめが先にきだして、あまり意識しなくなる。定年前になるともう何もなくて、その頃会っても名詞交換もしなくなる。学生時代の○○君に戻るのである。
昨日はそういうわけで息子や娘のような後輩を相手に呑んだのである。それで呑み始めたら、ぼくらの時代と呑み会(ぼくらのときはコンパといった)の様相が違うようなのである。びっくりしたのは、始まってすぐ現役の3年生全員がぼくら超OBのところに来て、ご挨拶の乾杯をしだしたのである。
でこの話を朝飯のとき、久しぶりに家に帰っていた同じ大学を卒業した下の子にしたら、それが常識なのだそうだ。おおー、実に礼儀正しいのである。超OBとしては悪い気がしない。そして、みな素直でいい子ばかりだ。呑み方もおとなしく、せいぜいビールとカクテルを呑むくらいで、昔のように一升瓶を片手になんてことはないらしい。これじゃ、呑み放題では損をする。
ところが隣でこの話を聞いていた上の子が、うちの大学ではそんなことはなかったと言うのである。学校の差なのか、歳の差(3歳離れている)なのかはあるにしても、どうもだんだん“草食系”になってきているようである。
でも、彼らも今の経済状況は深刻のようで、主に今年大学院に進んだ子たちと話したのだが、その選択がよかったかどうかわからないと言っていた。同学年で学部を卒業した子らはかろうじて不況前の採用だったからいい会社に滑り込んだが、大学院に進んだはいいが、2年後にどうなっているか不安であるというようなことを言っていた。
こうした不安をあまり抱かないですむような社会にしたいと思うが、どうしても企業の過度の新卒優遇キャリアパスが崩れないことには始まらない。雇用の流動化は喫緊の課題なのである。
さて、下の息子が久しぶりに帰ってきたのは、今日ばあちゃん(ぼくの母親)の米寿のお祝いがあるからである。子と孫がほぼ全員集まることになっているが、唯一30代の孫だけが仕事で来られないという。こういうところにも働き盛りの余裕のなさが現れるのである。
