今日は先月亡くなったおばさんの49日の法要があった。実際には35日目なのだが、どうも新盆と近接するので前倒しでやったのである。おばさんはうちのばあちゃん(ぼくの母親)のすぐ上の姉で享年93歳であった。ばあちゃんも行くというので一緒に法要に出かける。
このうちの菩提寺が茅ヶ崎にある海前寺という曹洞宗のお寺でそこで法要と納骨をして、近くの料亭で食事をして、さらに辻堂のばあちゃんの実家(この法要にも出席していたばあちゃんから見ると甥の家)へ寄って帰ってきた。
実はその海前寺というお寺はあることで有名なのである。それは、ピストン堀口の墓があることでよく知られているのである。いまの人はピストン堀口と言われても分からないだろうが、一世を風靡したボクシング選手である。
戦前から戦後にかけて活躍しているのでぼくもリアルでは知らないのだが、親父なんかがよく話していたので記憶があるのだ。デビューから47連勝という記録を残し、「拳聖」とも称された選手である。何よりもその戦闘スタイルで下がることを知らず連続してパンチを繰り出す姿が人気を博したという。そうしたことからピストン堀口という名前になったそうだ。
そのあとのぼくらの世代でいうとファイティング原田の戦いかたに似ているのかもしれない。その選手の墓がなぜ茅ヶ崎にあるのかというと、実は引退直後に東海道線の茅ヶ崎付近の線路上を酔って歩いていて電車に轢かれて死んだからである。今でも、茅ヶ崎にピストン堀口道場というボクシングジムがある。
そんなエピソードを聞きながら撮った写真を下に掲げる。墓はリングのようにロープの代わりに鎖がつながれ、墓銘碑には「「拳闘こそ我が命」と刻まれていた。
