昨日は、JICA横浜の海外移住史料館の公開講座「日系ブラジル人の俳句と短歌」を聞きに行く。講師は、国際日本文化研究センター教授の細川周平さん。ブラジル日本移民の文芸活動についての話である。
なぜ、こうした講座に行ったのかというと、まずは、講師の細川さんはぼくと同じ高校のサッカー部の後輩で、しかも中学も一緒であることと、JICA横浜にそのサッカー部の同期の友達がいるということである。それで、最初はその友だちから案内をもらったというわけである。
ですから、昨日はサッカー部の恩師のS先生やぼくらの一つ上の先輩のAさん、細川君(ここから先輩面)と同期のS君や同級だったという女性のSさんらも来ていた。
さて、講演であるが、のっけに今日は一番来てほしくない人たち(どうもぼくたちのことらしい)がきているのでやりにくいという挨拶からはじまり、つぎのような論点で話が進む。
ブラジル移民は1908年に有名な笠戸丸から始まるが、もうその時船中新聞という形で文芸活動が始まったという。それから、新聞の発行やらも行われ、そのなかに俳句や短歌が載せられるようになり盛んになった。
日本にはこの俳句や短歌、川柳といった短詩があったことが大きいと言っていた。わずか17文字や31文字のなかで自分の気持ちを表現できることが文芸活動をひろめていたのだろう。20万人くらいの社会での活動だから、プロではなく素人の集団として存在なのだが、異国であるが故の「思い」がほとばしっている。
実際に句集や歌集を見せてもらったが、決してうまくない、むしろ下手とも思われる作品ではあるが、異国語の中で日本語を吐き出すように思いを語るとき、細川君もまとめで言っていたが、まさに「もどかしさ」の文学の表出を感じることができる。
他にも、ブラジルの季語の話とかアマゾンの季節は1-3月が雨季、4-5月が春、6-10月が夏、11-12月が秋であるとか、DVDで句会の模様や最高齢が93歳のひとがいるとかといった話ですごくおもしろかった。普段聞いたこともないテーマなので新鮮だったし、何より細川君のしゃべりもうまく大変良かったのである。
終わったあとは、細川君はJICAのひとと食事に行ったので、残りのもので中華街へ繰り出す。先輩のAさんや同期のS君、後輩のS君の3人はこの近くが勤務先なのでいい店をよく知っているので、ワンタンのうまい「大新園」に案内してもらう。
呑んで食べておしゃべりして大変楽しい時を過ごす。S先生は74歳なのだが大変お元気で、昨日の話題は講演にも絡んでサッカーの2014年のブラジルワールドカップを見にいこうツアーのことで、今から張り切っています。(来年の南アには、負けるとわかっている試合を見に行きたくないらしい)
その後も、同期のS君と夜景を見ながら一杯、そして横浜駅近くの転げ落ちそうな急な階段の変な呑み屋で一杯やりながら、恒例の映画談議、今年の映画賞の候補についてひとしきり論評し、大いに横浜を堪能したのであります。
最近の細川周平さんの著書です。なおこの本で2009年度「読売文学賞」を受賞しています。


