4月は新入社員が入って来て、各企業はその教育に力を入れていることだろう。この新人教育の目的は何なのだろうか?スキルを上げるとか、知識を詰め込むとかいったことではないだろう。何といっても自分の会社の理念や方針、文化風土をたたき込むことなのであろう。
ただ、いまや終身雇用制もくずれようとしている時代に滅私奉公を要求するわけで、最初に入った一社に忠誠を尽くすことが受け入れられるのだろうかと思ってしまう。たしかに急成長した会社が大量の人員を採用するようなケースでは必要かもしれないがどうも違うような気がする。
さらに、ここでちょっと待てよと思ってしまのが、あなたの会社で必要な人材とはと聞かれた経営者が、「自主性をもって一人で何でもやれるような人」なんて答えるように、一方で経営幹部になるような優秀な社員になれということも同時に要求していくわけで、そのことと会社への忠誠とが矛盾しないかということである。
自主性をもった優秀な社員ばかりになったら会社はどうなるのだ。みんなが会社を背負ってたったら困るだろう。企業の本音はみな同じような人材に育てようとはしないはずだ。誰もが社長にあるいは役員や事業責任者になるなんてことはないわけだ。
しかし、入ったときには“みなさんは同じスタートラインに立ったから”とくすぐるようなことを言わざるを得ない。しかし、よく考えてみると、それこそ5年から10年くらいで一人が社長になるわけで、そんなヤツはほんのひとにぎりということになる。それは、普通の教育では育成できるわけがない。
ということは、企業は玉石のなかからいかに光るものをみつけるかということと、その玉が見つかったら、その前後の“玉もどき”は必要ないわけで、そのとき必要なものは、玉に従順な石がほしいのである。ところが、その石を初めからあなたは石になってくださいとは言えないジレンマがある。
そこで何が言いたいかというと、そういう事実を認識してその上で人事政策を考えるべきだと思う。すなわち、経営者になるのもある意味専門職なのであって、会社として必要な専門職種はこういうスキルでるとして、そこのサバイバルをやるべきで、このことをはっきりと示したほうがいいということだ。たとえば、ITの専門職と経営の専門職をお互い専門家であるという意味で同列に置くのだ。
みんながその会社でえらくなれるかもしれないという幻想を抱かせるのはやめた方がいい。そのおかげで飼い殺し状態になるのである。これは本人にも会社や社会にとっても損失なのだ。その会社では通用しなかったかもしれないが、別の会社では求められるスキルかもしれないわけで、そういったものを受け入れてくれる社会が健全な社会だと思う。

コメント (1)
2010年度新入社員意識調査によると「今の会社に一生勤めようと思っている」が過去最高を6年連続更新(57.4%)。こんなにも変化が激しい時代に新入社員が保守的なのも問題ですね。
http://activity.jpc-net.jp/detail/mdd/activity000979.html
投稿者: 片桐@BENG | 2010年04月22日 19:57
日時: 2010年04月22日 19:57