設計は厳密な設計手法や手順で行わなければならない
普通設計というと、設計法とか設計手順というのだが、どうもそれだとやり方はこうしなくてはいけないという響きがあり、決まりきったものとしてあいまいさが許されないように思えます。ところが、業務プロセス設計の場合、こうでなくてはいけないという厳密なやり方は似合わないような気がします。
その理由は、設計の対象となるシステムは人間が行うものだからではないでしょうか。機械がするのならきちっと決めておかないとうまく動きませんが、逆に人間のやることはある程度の裁量の幅みたいなものを残ししておいたほうがよいように思うのです。
従来のシステム設計では、対象がコンピュータだったので、コンピュータにやらせることを厳密に定義することが大事でした。しかし、人間主体のシステムと考えると、もっと緩くこんな感じでやるといったものの方がなじむのではないでしょうか。IT主体から人間主体へシステムの形態が変化するということは、設計の考え方も変えていかなくてはいけないのです。
そこで言っているのが“作法”ということでです。では、作法っていったいどういうものなのでしょうか。茶道なんかでも作法といいますが、その作法は流派で違ってきます。裏千家、表千家、武者小路千家とあるそうですが、それぞれで作法が違うようです。作法とはそういうもので、ただし、それぞれ枝葉のところでは違っても、幹のところでは共通の“芯”を持っています。茶道でも、落ち着いた心でお茶を楽しもうという精神は各流派とも共通です。
さて、業務プロセス設計における作法のことです。先ほど言ったように人間主体の業務プロセスはきちんとし論理的なモデルにはなりません。だからといって、“なあなあ”のプロセスでも困ります。ある程度の約束事があるべきです。言い方を変えると、約束できるレベルでプロセスを書き出すということです。
業務プロセス設計のように何かを集団でやろうとしたときに、ばらばらにならないように秩序を維持する必要がありますが、そのとき作法が生きてきます。なぜ有効かというと、作法は「型」ですから、メンバーがその型を習得していれば、誰がやってもだいたい同じものができるということなのです。
そこは、技法や手順も同じでしょうという指摘があるかと思いますが、作法は覚えることが少ないこと、それも頭ではなく身体で覚える感覚に近い感じでやれることではないでしょうか。知識として多くのことを学ばなければいけないという方法論は限界があるように思います。シンプルにシンプルにです。ということで何が何でも厳密にやる必要がないことを感じてほしいと思います。
