第143回芥川賞は、赤染晶子の「乙女の密告」に決定した。京都のある外国語大学で「アンネの日記」をドイツ語でスピーチするコンテストに向けて苦闘する女子大生の乙女たちが登場し、その指導教授であるドイツ人との関係や、誰がアンネを密告したかといったミステリー仕立てにもなっている小説である。
書評に行く前に選考委員の選評のことである。芥川賞の選考委員は、池澤直樹、石原慎太郎、小川洋子、川上弘美、黒井千次、高樹のぶ子、宮本輝、村上龍、山田詠美の9名である。男5人と女4人ということなのだが、この男と女の各委員の見方がおもしろかったのである。
女性委員はおおむね受賞作に好意的でほめているコメントである。それに対して、男のほうは池澤直樹と黒井千次は評価が高いのだが、石原慎太郎、村上龍、宮本輝の3氏は批判的なのである。特に石原慎太郎は辛辣でつぎのような言葉を投げている。
今日の日本においてアンネなる少女の悲しい生涯がどれほどの絶対性をもつのかは知らぬが、所詮ただ技巧的人工的な作品でしかない。こんな作品を読んで一体誰が、己の人生に反映して、いかなる感動を覚えるものだろうか。アクチュアルなものはどこにも無い。 日本の現代文学の衰弱を表象する作品の一つとしか思えない。
わー、これは厳しい。ぼくはそこまでは言わないが、アンネと現在の自分とを重ね合わせて語るのはおもしろかったし、それなりのリアリティも感じられたが、村上龍も指摘していたように文章の正確さに問題があって、理解が跳んでしまうことがあったのが残念であった。
このことは、直観的ですこし飛躍してしまうかもしれないが、個人的には小説全体の文章から受ける印象がなんとなくマンガを想起させた。何と言ったらいいか、表層的なゾーンで言葉が行きかっているように思えるのだ。吹き出しの文章のように思えたのである。
さて、今度は女性選考委員が女性作家が女性のことについて書いた小説をほめるという構図のことである。そうしたことに対して、塩野七生がおもしろいことを言っている。「作家は絶対に、書く対象に影響される。対象に乗り移るくらいの想いで対さないかぎり、それを書ききることはできない。私の場合は、自分自身が女なのに、わざわざ他の女に乗り移るほどの情熱を感じないといいことかもしれない」
女流作家で男を描く人は少ないように思う。もうそろそろ女流作家は身内の女のことばかり書くのはやめたらどうだろうか。肝心の小説の中身から外れてしまったが、今回はそんな感想を抱いたのである。
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現代的に語りあえる素材
暗誦の緊迫感
配役が面白く
わからないのが密告者
ユーモアある解りやすい文章で古典的なテーマに迫る

