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シネマディクトの禁断症状 アーカイブ

2006年08月31日

「UDON」を見てきました

今日、家の近くで映画「UDON」を観てきました。これまで映画は土日しか観られなかったので、平日の昼間にゆっくり観ることができ、とてもぜいたくな気分になりました。

もともと映画は大好きで若い頃は年間100本くらい観ていたのですが、仕事が忙しくなり、徐々に本数も減り話題作をちょっと観てみる程度になってしまいました。

それでも数年前に一念発起して年間50本の映画を観たこともありました。これはどうしてかというと確か高樹のぶ子だったと思いますが、サラリーマンを主人公とした恋愛小説が書けないというようなことを言っていて、要するに文化的な匂いが感じられず男としての魅力がないとまで言われて、これはいかんということで映画を観だしたことがありました。ただそれも長続きがせず最近は年間10~20本程度がいいところです。

ということで今は時間もあることですのでどんどん観ていこうと思います。

そこで、「UDON」ですが、香川県のひとには大受けだそうですが、そのほかのひとは賛否両論のようです。私はけっこう楽しみました。基本スタンスとして映画が大好きですから、これはつまらないというのはほとんどありません。

つまらないというより「パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト」のようにこんな長い予告編を有料でやられたらたまんないという不満をもつことはあります。

「UDON」は笑えるところも泣けるところもあり、そして筋立ても予定調和的ではありますがしっかりできているのでいい映画だと思いますよ。

でも、文化の匂いで男に磨きがかかったかどうかは・・・、うどんの匂いだけはスクリーンから伝わってきた感じがしたが。

2006年10月01日

「ホテルルワンダ」の衝撃

今日は、映画の日なので藤沢のオデオン座に出かけました。オデオン座は藤沢駅の北口、南口それぞれにに2館ずつ4館あるのだが、うれしいことに大作ばかりではなく、ミニシアター系のものや自主映画みたいなものを上映してくれるがんばっている映画館なのだ。それと、いろいろと割引があってレディスデイ、メンズディ、バースディ、夫婦の日、夫婦50割引、高校生友情割引などがあり、中でもぼくが助かるのは毎週水曜日のメンズディで男はみな1000円で映画が観られるという何ともこれまたうれしいサービスなのだ。

「ホテルルワンダ」は、2004年度のアカデミー賞で3部門にノミネートされた映画であったが、日本で公開する予定がたたず、若い人たちがインターネットを使って署名運動をしたりして、やっと今年の1月に公開された。東京まで行かないと見ることができないのかと思ったら、夏に予告が出て9月末から2週間の限定で上映することがわかり、楽しみにしていた作品です。

この作品は1994年実際にルワンダで起きたことを映画化したもので、主人公のホテルの支配人も実在のひとで、現在ベルギーに亡命し会社を経営しているそうです。部族間の内紛にからみホテルに逃げ込んだ1200人の難民の命を救った物語ですが、この作品のよさは、実際に起きた大虐殺という事実が非常に深刻なものであるがゆえにそちらに焦点をあてたドキュメンタリーのようになりがちなのを、主人公であるホテルの支配人の家族を中心とした人間ドラマに仕立てたことではないでしょうか。主人公が家族への愛から徐々に多くの人々を救う心に変化していく過程が感動を与えてくれ、最後のシーンでは涙がとまらなくなりました。

キャストもすばらしく、夫婦役のドン・チードルとソフィー・オコネドーが迫真の演技でアカデミー賞の主演男優賞と助演女優賞にノミネートされたのも十分納得できる。久々感動の感動もの映画でした。

2006年10月04日

「フラガール」はベタな泣かせ映画か

話題の映画「フラガール」を観る。途中の早苗という女の子が夕張に引越してしまう別れのシーンあたりから、これでもかこれでもかという泣かせシーンの連続で涙が止まったかなと思ったらすぐまた涙ということでずっと鼻水をすすっていました。実話に基づいているのだけれど、もう実話そのものがドラマチックだから、むしろどうやって2時間ちょっとに凝縮させるかが大変だったのではないでしょうか。

時代が昭和40年で蒼井優が演じる主人公の紀美子がちょうど高校生だから、ぼくの高校時代とダブルわけで当時の雰囲気がよく分かる。細かいところだが、紀美子が持っていた”パンナム”のバッグはなつかしかったですね。何しろ当時、航空会社のバッグを持つのがはやっていたのです。ちなみにぼくは”スイス航空”の水色のヤツを肩にかけて颯爽?と歩いていました。ただ、時代の感覚からいうと世の中の大半は高度経済成長の波に乗って生活が豊かになるという受け止め方でした。昭和39年に、東京オリンピックがあり、新幹線が開通し、日本中が戦後の復興を実感したころでもあったのですが、映画の舞台となった炭鉱はそれとは逆行するような世界があったのです。

変化が起こったときかならずその流れにのるやつと取り残されるやつがいる。この映画は取り残されるが、それを受け止められない、いや受け止めようとしないやつ、変化について行こうとするやつ、ここがチャンスだと思うやつ、そんなひとたちが織り成す物語となっています。

最初に言ったとおり実際のエピソードがすでに感動ものだから、それをどう演じるかでおおかたの良し悪しが決まってしまう。その点で言うと、まさにそこで成功したため高い評価となった。役者陣がすばらしい。まず何といっても蒼井優なのだ。前にテレビの”情熱大陸”を見て知っていたのですごく興味を持っていたが、予想以上にすばらしかった。この子間違いなく将来の日本映画を背負っていく逸材です。それと、意外といったら失礼だが、松雪泰子がテレビで見るときとは全然ちがうのでびっくりした。ふつう、映画というのは柄がでかく見栄えがよくないとだめみたいに言われるが、テレビではただやせた疲れたおねえさんに見えたのが、実に堂々とした演技でこれまたすばらしいできです。そのほか、岸部一徳、富司純子、豊川悦司など芸達者な面々が盛り上げています。ただ、南海キャンディーズのしづちゃんはう~んどうなんでしょう。

圧巻は最後のフラダンスのシーンで、これは感動ものです。この映画が何とアカデミー賞の日本代表になったそうです。アカデミー賞に合うかどうか疑問のところもありますが、健闘を祈りましょう。

さて、「フラガール」はベタな泣かせ映画かどうか、確かにベタな泣かせ映画であることは確かだが、演出、キャストなどが素晴らしいので「いい映画」となった。だが、残念ながら「名作」にはならないだろう。そういう映画です。

2006年11月17日

家族がゆれる

「アカルイミライ」が映画初出演だったオダギリジョーが主演している「ゆれる」を観る。最初は「父親たちの星条旗」にしようかと迷ったが、”好評により上映期間延長”という惹句につられて「ゆれる」にした。見損なわないでよかった実に素晴らしい映画であった。

監督は、西川美和というまだ若い女流監督で、『蛇イチゴ』(02年)でオリジナル脚本・監督デビューを果たし、毎日映画コンクール・脚本賞のほか、その年の数々の国内映画賞の新人賞を獲得した新進気鋭のひとです。この監督がすごい、映画の作り方がちゃんとわかっている感じ、ひとつひとつのカットがきちんと撮れて意味があり、ストーリー展開も無理がない、キャストの選定もいい、ベタほめですなあ。

もううれしくなったのは、重要な小道具として8ミリ映写機が登場するところなんだけど、ぼくも昔同じFujicaScopeを使っていて、映画と同じように子供の映像を撮ってライブラリーとして残しておいたのだ。(ゆーすけべー日記にも書いてある) 映画のなかの8ミリ撮影した時期の設定が昭和55年なので、ぼくが映写機を買ったのは昭和56年だから、そうなんですよ、あの頃は8ミリカメラと映写機だったんです。

映画のキャッチコピーが「あの橋を渡るまでは兄弟でした」、すなわち兄弟がある事件をきっかけに、わかっているようでわかっていなかった、知っているようで知っていなかった、深層に隠れた思いが表れてくるといった心理的な葛藤、それが裁判という場であきらかになる。がしかし、事実は真実を語るわけではない、真実とはいったい何なのかが、結局わからない。このあたりの男同士の微妙な関係を女である西川監督がよく描けたなあと感心してしまう。

ぼくは、弟がひとりいるし、また自分の子供も男ふたりの兄弟だし、ぼくの親父も男兄弟で育ったというっこともあり、すごく考えさせられてしまった。すくなくともぼくの周りの兄弟は、一般的な言い方の仲のいい兄弟というわけではない。べたべた一緒に何かするわけでもなく、しょっちゅう行き来しているわけでもなく、たまに会話するくらいだ。しかし、だからといって仲が悪いわけでもないので、映画のような状況になったらどうなるんだと恐ろしくなる。

映画を素晴らしくしたものとしてキャストがまたいいのだ。弟役のオダギリジョーもいいし、何といっても兄役の香川照之がその屈折した感情表現や抑えた演技、最後の笑顔などすごい。この役者さんはみなさんあまり知らないと思うが、ぼくはだいぶ前に中国の映画で「鬼が来た!」というのがあってそこで日本兵役の香川照之を見てなんだコイツはと思ったことがある。今回もこの役を演じられるのは自分しかいないと言ったそうだが、それもうなづけるできばえ。脇を固めるほかの役者さんたちもみな良かった。

この映画は、主に兄弟を描いているがもっと広くみると家族の映画である。家族があってそのなかの兄弟というふうに捉えるべきであり、そうみると父親やその兄弟あるいは死んだ母親もまた「ゆれる」関係でもある。しょせん家族は「ゆれる」関係性から成り立っているということかもしれない。

  

2006年12月01日

つぎの映画を早く観たい

同じ戦闘を両当事者側から描くという映画がこれまでにあったかどうか定かではないが、クリント・イーストウッドが監督した「父親たちの星条旗」と「硫黄島からの手紙」はそういう作品である。まず先にアメリカ側を描いた「父親たちの星条旗」が封切られているので、それを観に行く。

ひとことで素晴らしい映画に仕上がっていると思う。といっても本当は次回作と合わせて仕上がったというべきであるが、この作品だけでも十分見ごたえのあるものに完結している。「パイレーツオブカリビアン」の”乞うご期待次回作”の2本仕立てとはわけが違う。

戦争の描き方はいろいろあるが、この映画は割りと淡々としていて入れ込んでいないのがいい。擂鉢山の頂上に星条旗を立てたあの写真の裏にこんな隠された物語があったとは知らなかった。その物語を軸に普通の兵士が英雄に祀られながら、利用される姿に戦争のむなしさや不条理が表現されている。このあたりはクリント・イーストウッドの演出に感心させられる。

こうなると早くつぎの「硫黄島からの手紙」を観たくなった。

2006年12月17日

力道山というプロレスラーがいた

一昨日ふと新聞の片隅にその日(12月15日)は力道山が死んだ日であるという記事を見つけた。それを読んだとき、あの頃のことがさっと浮かんできたのだ。力道山が死んだのは1963年だからぼくは中学生だった。学校の帰り道に誰かが、「おい、力道山が死んだぞ」と言いに来た。その一週間前に赤坂のキャバレーでやくざに刺されたのだが、力道山のことだからすぐに治ってしまうと信じていたからすごい驚きだった。あの力道山が刺されたくらいで死ぬわけがない、何かの間違いだとしばらく思っていた。だが、実際の死を確認すると、人間ってこんなにあっさり死んでしまうものかと子供心に深く残ったのだ。(あとでわかるが、ほんとうは麻酔医のミスで腹膜炎を併発したらしい)

また、この10月末に力道山の愛弟子であった大木金太郎が死んでいる。

そんなことがあったので、すぐにレンタルビデオ屋で「力道山」のDVDを借りてきて観る。この映画は、ソン・ヘソンという監督が作った韓国映画で、主演がソル・ギョングで脇を中谷美紀、藤竜也、萩原聖人などが固めている。

残念ながら感動しない映画であった。実在のヒーローを描くことの難しさが出ている。結局、多くの人はその主人公に対する見方がすでにあって、しかも皆それぞれで違った思いや評価があるわけで、何もないところにしみ込むような感激がないのである。従って、この手の映画は、時系列的な成功物語ではなく、どこか断片を切り取って、そこから一人の人間を描くといったほうがいいような気がする。

この韓国映画は、逆境にもめげず、強い中にも弱さがあり、だが夢を持ち続けるみたいな類型的な感じ。それで結局、体のいいヤクザ映画にしかならなかった。しかも、心理描写にしても細部の映像のつくりにしても粗雑なところがある。ちなみに、この映画のシーンに出てくるコブラツイストもラリアットもブレーンバスターもその当時はまだなかったのだ。ボデースラムと飛びけり、ヘッドロック、頭突き、逆えび固めぐらいなもんで、ルーテーズのバックドロップ(日本では岩石落としといった)を見たときはぶったまげたものだ。

とはいえ、ぼくにとってやっぱり力道山は英雄だ。

2006年12月18日

山田洋次の話の話

昨日、鎌倉女子大で山田洋次の講演会に行ってきた。鎌倉商工会議所青年部の主催で、「鎌倉と私」と題しての講演です。山田監督に鎌倉を外から見たとき、どうすればもっと魅力的なまちにできるかについて語ってもらおうというのが主旨のようだ。ただ、山田監督は主として松竹大船撮影所の思い出を1時間半話された。それが面白かった。

昭和29年に助監督として松竹に入社したときから、「武士の一分」まで50年以上の長きにわたっているから、多くを語るにはあまりにも短かすぎる時間だったのだが、そのなかでもやはり渥美清の話は興味深かった。何しろ寅さんシリーズ48作も撮っているので思い入れは相当なもののようだ。48作目の最後のカットで渥美清が何も言葉を発せず呆然としていたことや、渥美清が死んだのを2日後の奥さんからの電話で知ったこと、死んで「送る会」を大船撮影所でやったら真夏にもかかわらず、なんと3500人が焼香に訪れ、大船駅から長蛇の列となったことなどをなつかしそうに話していた。さらに、エピソードとして、寅さんのしゃべるセリフはアドリブなのかという会場の質問に、基本的には山田監督の脚本どおりなのだが、集中すると思わず面白い言葉で飛び出し、それを使ったことが何度かあったとのこと。有名な「それを言っちゃおしめーよ」や「労働者諸君!」などは渥美清のアドリブが定番化した例だそうだ。

ここで、ちょっといい話。「男はつらいよ」といえば、帝釈天の御前様として登場する笠智衆がその貴重な脇役として活躍していますが、その笠智衆についての山田洋次の話。このひとは大船(岡本)に住んでいて、撮影所まで歩いて通っていた。いつも笠さんの出番の日はスタッフは朝からなんとも清々しい気分になったそうです。「男はつらいよ」は最初本当に柴又の帝釈天で撮影していたそうで、笠さんも大船から柴又まで行かなくてはいけないので車を差し向けるよう手配したが、絶対に車に乗らなかった。いつも、電車を乗り継いで現場まで行ったそうです。そこで、毎回大変だからということで、3作目か4作目のときに近くに似たようなお寺がないかと探して、結局それからは、鎌倉の光明寺で撮影したとのこと。

2006年12月28日

「硫黄島からの手紙」が届かなかった

アメリカ側から硫黄島の戦いを描いた「父親たちの星条旗」に続く、日本側から描いた「硫黄島からの手紙」を観る。以前このブログで「父親たちの星条旗」を絶賛し、つぎのこの映画を早く観たいと書いた。
 
がしかしだ、ああ裏切られた。多くのひとが素晴らしい映画だとほめていたが、ぼくには並みの映画にしか映らなかった。

こういうときはコメントを書くのもいやになってしまう。だから、ここはYahooのユーザレビューから引用させてもらう。普段はあまりこの手のユーザレビューは気にしないようにしているし、Yahooの場合は、5点満点で点をつけていくやつなんだけど、1点つけているやつのコメントが、時に感情的になったり、トンチンカンだったりして嫌いなんだ。しかし、今回は1点をつけているやつのコメントがまともなんだ。ちなみに、この作品の採点では、全部で千人近くの投稿があって、そのうちの6割近くが5点満点つけていて、1点は30人という気持ち悪い結果になっている。

そのユーザレビューの最低点をつけたひとのコメントから

uocoxacquaさんのコメント
全体を通して手紙のやり取りが、ほとんど軍人側の数人の側に固定されてしまっており、相手側(家族・妻・子供など)の手紙や心情や想いはもちろん、硫黄島の時間軸に対応した郷里のシーンがほとんどありません。(中略)
日本向けに前作のオマケとして作られたという印象を受けました。

seiko1101938さんのコメント
予告編を見たときから不安でしたが、ああ、やっぱりか、という印象。なんといっても、脚本が中途半端。硫黄島はもっと悲惨だったはずだし、守備隊を見捨てた東条内閣や大本営の非情さも、玉砕を囃し立てた当時のマスコミの姿も、まるで、描かれていない。主人公達の人物描写も、これまた、なんとも、中途半端。そもそも、二万一千人もの兵士を死なせる羽目になった栗林司令官の苦悩とやらも、見えない。(中略)
演出面でも洞窟内の状況が芝居のセットそのもので、灼熱地獄といわれた雰囲気がまるで感じられない。さらに、二万数千名もの将兵がいたとはとても思えない。好評の二宮だって、演技はいいが、あんな兵隊が日本軍にいたのか。しろうとっぽい役者も多かったし、一般人の着物姿も陳腐だった。残念ながら、「父親達の星条旗」に比べて、かなり、見劣りする作品だ。イーストウッド監督の目で、もっと、客観的に、非情に日本軍の実体を描いて欲しかっただけに、本当に残念です。

まあだいたいここに書いてあることがぼくにとってもがっかりしたところですね。日本人の監督が撮っていたらもっと違ったのではというひともいるが、そうではなくて、取材不足かもしれないことも含めて、クリントイーストウッドの力の入れ方が違ったんじゃないのかなあ。

「父親たちの星条旗」では、星条旗を翻した写真の裏側という”ネタ”を機軸に戦争の悲惨さやむなしさを描いて成功しているのだから、なぜ”手紙というネタ”をもっと前面に出さず、まともに戦闘シーンに行ってしまったのか残念でたまらない。

今回は“ひとのふんどしで相撲をとる”ことをゆるしてください。

2007年01月12日

良くも悪くもキムタクの影が

「武士の一分」は山田洋次監督の藤沢周平ものの3作目で、「盲目剣谺返し」の映画化である。どうもこれが藤沢時代劇の最終作になるらしい。

いずれの作品も下級武士が何かのきっかけで平穏な暮らしが壊され、その敵に立ち向かう話で、山田監督以外の作品の「蝉しぐれ」もそうなんだけど、それでいてみんな剣が立つので最後はやっつけてしまうというパターン。これって、飛躍しちゃうけど高倉健のヤクザ映画に似ているっていえばそうなんだ。あるとき、理不尽なこととかイジメやおどしが降ってきて耐えに耐えるんだけど最後は堪忍袋の緒が切れるってことになる。勧善懲悪ものはいつの世でも受けるんだね。

それで「武士の一分」だけどその最後の立ち上がる大儀というか意地というか、そこが“武士の一分”と言うことだそうだ。いまじゃ何というのかな、“サラリーマンの一分”、“教師の一分”、“お役人の一分”なんて言うのかなあ。え、そんなものはないって、だから今いろいろな問題が起きているってわけか。

主人公の三村新之丞を演じたのが木村拓哉だが、結局この配役が映画の評価に大きく影響したような気がする。単純にキムタクのファンや好ましく思っている人にとっては、名演技であり、非常にいい映画であるが、そうでない人にとっては単に人気者を抜擢しただけじゃんという思いがあるような気がする。だから、山田監督は何故キムタクを起用したかが理解できない。

と言っているぼくは評価していないかというとビミョーです。マイナス要素は、いつもテレビに出ていたりして露出度が高いだけ、固有イメージが頭に残ってしまうので、なかなかそれを振り払えないことです。だから、例えば、お毒見役の侍が並んで座っていると中で華やかに光っちゃうし、釣りをしている子供を茶化すシーンもテレビのバラエティを見ているようで、そこが藤沢周平の世界を演じるにはちと気になってしまう。

藤沢周平は名もない武士が平凡で慎ましやかな生活をしている中で起こるできごとを小説にしているので、むしろ反対に歴史上の英雄を描く司馬遼太郎の小説の映画のほうが似合っているのもしれない。

だからと言ってキムタクはだめだというわけではなく、結構がんばっているのであって、名前で損しているところがあると感じたのです。やっぱ、映画に出るひとはテレビやCMにあまり出てはいけませんね。
そう思うと、逆に全然知らなかった檀れいや最近ちょっと売れ出したがほとんど知られていない笹野高史がすごく良かった。

作品としては、さすが山田洋次だからよくできています。この作品は主に東宝の砧撮影所で撮ったものですが、今はスタッフを集めるのが大変なんだそうですね。昔は撮影所に所属するスタッフがいたわけで、山田洋次は松竹だから今はなき大船撮影所には気心の知れたスタッフが大勢いてそのひとたちと一緒に「男はつらいよ」とか「学校」とかを撮っていたのが、今はばらばらになってしまい、今回でも砧撮影所にもいませんから、寄せ集めて作ったそうで、そうした苦労を考えるとなおさら良くできたと言ってやりたいと思います。

それにしてもああ、SMAPのキムタクの影が。

2007年01月21日

レティシアがいた

ぼくは、mixiのコミュで「冒険者たち」というのに参加しています。これは映画「冒険者たち」が好きな映画ファンの集まりなんですが、そこで、映画の「レティシア」役のジョアンナ・シムカスが唄っている映像を見つけました。Youtubeにあるんですよねえ。もううれしくなってしまいました。あの美しい瞳が映画ではない映像で見られるとは驚きです。

ジョアンナ・シムカスは、1943年生まれだから今63歳ということになる。1976年にあのシドニー・ポアチエと結婚して2児の母親です。映画界をさっさとやめて家庭にはいってしまった。人気絶頂の時でこれから大スターになって、彼女の魅力を堪能できると思っていたから、その思いっきりのよさにびっくりしたことを覚えています。

さらに驚いたのは結婚した相手がシドニー・ポアチエだったからです。いまの時代はそうではないでしょうが、当時の雰囲気ではフランスの女性がいくらスターといえ黒人男性と結婚するということは、常識では考えられないことであり、皆びっくりしたものでした。

ここで、その黒人と白人という組み合わせに絡めて無理やりこじつけた話をする。

2001年度のアカデミー主演女優賞をもらったのがハル・ベリーである。アカデミー賞主演女優賞で有色人種の女優が受賞したのは彼女が初めてだった。(ちなみ主演男優賞を初めて手にした黒人俳優は、1963年に「野のユリ」で受賞したシドニー・ポアチエです) このときの出演作が「チョコレート」という映画で、元看守の白人男と死刑囚の妻だったチョコレート色した肌を持つ黒人の女の恋愛を南部の田舎町を舞台に描いた秀作でした。

この作品でハル・ベリーが演じた死刑囚の妻の名が「レティシア」だったのだ。また、元看守が刑務所をやめて開いたガソリンスタンドにも「レティシア」の看板をかかげさせている。ぼくは、勝手に思っているんだけど、この監督、マーク・フォスターっていうが、絶対「冒険者たち」のファンのはずだ。だから、ひそかにmixiのコミュにお誘いしようかと思っている。

ここで白人と有色人種のことだが、ついちょっと前のテレビ番組で、”秋田の人はなぜ色白なのか”というようなテーマで、その謎に迫る風なことをやっていて、そこで面白い話を聞いた。実はちゃんと理由があって、黒海の近くにコーカサス地方というのがあるんですが、昔そこから秋田に移住した人たちがいて、その人たちと交わって今の色白美人が生まれたとのこと。コーカサスというのはすきとおった真っ白な肌をもった美人が多いことで知られているところです。そういうことを知ると肌の色がどうのこうの言うのも何かむなしくなってしまう。そんなこともまた無理やりこじつけてしまった。

2007年02月04日

ウィル・スミス父子にやられた

実在の人物クリス・ガードナー氏の成功物語を映画化した「幸せのちから」を観る。主演がウィル・スミスで彼の実の子も出演している。

まず、この親子が実にいい。こう静かな信頼感というか同じ空間を共有しているというか、そんな雰囲気が感じられ、さすが実の親子だと思わせる演技でした。思わず自分の息子たちがその年ごろのときのことを思い出してしまった。

映画は、不運が重なってホームレスになりながらも、あきらめずに努力して、証券会社の正社員になるまでを描いたサクセスストーリーで、最初から成功するのは分かっているから、そこで感動するわけではなく、そこへ至る過程にわれわれは感動する。

しかし、この物語の過程はそんな大げさなものではなく、なんだ期待していたよりもドラマチックではないなと言うひともいると思う。でもぼくが身につまされる思いで観た。こういう映画は、結局自分自身の実生活と照らし合わせながら観るから、自分の経験や思いみたいなものと共感できるかどうかでその映画の評価となる。

例えば、商品が全然売れない不安だとか、自分を全く知らないところから売り込む苦しさだとか、どんなに苦しくても自分のめざすところを忘れないだとかは、最初から安定した職場が確保されている大企業のサラリーマンには分からないと思う。そんな人が見ると、どうして周りの人に助けてもらわないのかとか、どんな職でもいいから見つけばいいじゃないかとか言うと思う。ぼくは、会社をやめてほとんどコネがないところで仕事をするようになったので、この映画の言っていることがすごくよく分かる。

さらに、大げさではないが、それゆえに感動するのは、採用が決まって(アメリカ人ってこういうとき、“あなたを採用するのがきまりました”なんていわないですね。“あしたもきれいなシャツを着て来い”って言うんですね)、そのとき大きな声でThank You!て言うのかと思ったら、無言で涙を流すんです。(ネタばれですいません)要するに、観終わったあとジワっと良さが出てくる映画だと思う。清々しい作品です。

2007年02月06日

パッチギは大木金太郎の頭突きのことだ

「佐賀のがばいばあちゃん」とともに井筒和幸監督の「パッチギ」を借りてきた。2005年のキネマ旬報の日本映画ベストワンに選ばれた作品なので、早く見たかったのが仕事が忙しかったりして遅まきながら見た。

期待にたがわずすごい傑作だ。何といってもぼくらの年代のものにとって、映画に出てくるフォーククルセダーズの歌を聞いただけでもうジーンときてしまう。特に「イムジン河」は出てきてすぐにレコードの発売や放送禁止になり、その時代の反動的な気分を象徴するできごととしてすごく印象的であった。

あの頃は、右手に平凡パンチ、左手に朝日ジャーナルと言われたときでその雰囲気が映画にもよく出ていたと思う。だから今から思うとその頃は、左も右も上も下もミックスした混沌の世界の、そこからどう抜け出すのか、変えるのか、みんなもだえ苦しんでいたんだなあとこの映画を見てもう一度思い起してしまった。

さらに、この映画を素晴らしいものにしているのは、若い俳優さんたちで皆いい顔をしていて好感が持てた。中でも、主人公の女の子の兄リ・アンソンを演じた高岡蒼佑(今は輔)がいい。こいつはブレークするんじゃないかと思っているんだけど、昨年夏に2ちゃんねるにぼろぼろにされたのでどうかな?

で最後に、題名のパッチギというのは、“頭突き”という意味らしいのだけど、この映画に釜山から密入国してきて仲間になるキム・イルという青年が登場するが、その昔実際にこの青年と名前も一緒で同じく釜山から密入国した青年がいた。その青年は後に大木金太郎と名のってプロレスラーとなり、その得意技は“パッチギ”だった。井筒さん、これってしゃれ?

2007年02月10日

「それでもボクはやってない」と言う前に

昨日、東京に出掛けたので日比谷のシャンテで評判の周防正行監督作品「それでもボクはやってない」を観る。

映画の話の前にちょっと。シャンテは、その場で切符買っても指定席となる面白いシステムなのだ。買うときに“中央は一杯になってきていますので端でもよろしいですか”とか、“隣が空いていたほうがよろしいでしょうか”とか聞いてくる。このシステムって一見するとよさそうに思えるが、よく考えると、普通に自由に販売するのとどう違うのだろうか。切符売り場の座席表で席を選ぶのと、すぐに劇場に入って席を決めるのと差がないと思うのだが、謎だ。

さて、映画の話だが、趣向を変えて裁判風に展開してみる。
(検事) この映画は、ドキュメンタリーを見せられている気がする
(弁護人)日本の刑事裁判の実態を描くにはそういう形式にならざるを得ない
(検事) 映画としては少し退屈になってしまう
(弁護人)裁判を茶化したり皮肉る必要はなく、オーソドックスにリアルに描くことが大事だ。だからエンタテイメントである必要はない。
(検事) 展開が平坦で説明的なセリフばかりでドラマティックじゃない
(弁護人)確かに、法廷のシーンなどは場面変化も少なく、淡々としていますが、それがかえって恐しさを誘発していると考えます。
(検事) 登場人物も類型的で感情的な起伏みたいなものが出ていない
(弁護人)そんなことはない。加瀬亮のいかにも痴漢に間違わされそうな感じとだんだん憔悴していく演技や、裁判官を演じた小日向文世の意地悪そうな表情などすごいと思います。
(検事) このような裁判あるいは裁判官ばかりだと言っているようで、変に誤解される恐れがある。
(弁護人)日本の刑事裁判のシステムの問題であるとか、無実の被疑者を有罪に仕立て上げる制度的問題であるとかを、分かりやすく解き明かすにはある程度断定的な表現はしかたない。
そのための問題提起映画としては意義があると思う。

(検事)そこは同意する。

まあ、こんな感じですかね。でも、テーマの設定、裁判の描写はすばらしくきちんとしていてさすが周防監督と思わせる。

この映画の肝は、「真実は神のみぞ知るはウソだ。オレだけが真実を知っている」というところだと思う。人間って、平気でうそを言う、意識的でなくてもウソを言う。ウソを言っているうちに事実だと思い込んでしまう。(これは、記憶というものが事実だけを記憶するのではなく、覚えておきたいように脚色して記憶するのと同じではないでしょうか) 無意識のうちに自分の有利になる方へ自分の言質を誘導すると思いませんか。

これは、裁判の証言や警察での尋問に限らず、ごく日常的な局面でも起こり得ます。ぼくにはそこの恐ろしさが一番印象深かった映画であった。ただ映画ってなんなのだろうと再び考えさせられる映画でもあった。

映画が終わったのが午後6時ちょっとすぎで、6時半からの呑み会に東京駅の近くまで行かなくてはいけなかったので急いで有楽町の駅から山手線に乗ろうとしたら、この映画のシーンと同じで満員で乗客を押しながら乗り込むはめになった。しかも、前に若い女性が。さて、ここでとった行動は?。まず後ろ向きになる、すなわち背中から乗り込み、右手にはリュック、左手は挙手した形でドア上部に押し当てた。完璧だ。「それでもボクはやってない」と言わざるを得なくなる前に、この備えが必要だったのだ。と映画を観て再認識。それでも、冤罪は起こりえるのかな?

2007年02月20日

日本アカデミー賞

先週、第30回「日本アカデミー賞」最優秀賞の発表があった。 受賞者・受賞作品は以下のとおりでした。

最優秀作品賞      フラガール
最優秀監督賞      李 相日  「フラガール」
最優秀主演男優賞   渡辺 謙 「明日の記憶」
最優秀主演女優賞   中谷 美紀「嫌われ松子の一生」 
最優秀助演男優賞   笹野 高史「武士の一分」 
最優秀助演女優賞   蒼井 優 「フラガール」

ということで、まあまあ順当なところですかね。ぼくの予想では、助演男優賞が香川照之だったが、外れたのはそこぐらいかなあ。Cannon三姉妹フェチのぼくとしては、蒼井優ちゃんが選ばれてうれしいのであります。去年は「ALWAYS 三丁目の夕日」で独占されていたのが、今年は各賞で適度にちらばったようです。

受賞式をテレビで見ていて一番面白かったのは、何といっても三谷幸喜で最優秀監督賞を逃した瞬間にグラスの酒を飲み干して、テーブルに伏せたしぐさであった。ところで、なぜそれをカメラは捉えていたのだろうか、山田洋次の顔でもよかったのに。個人的にはいずれは三谷幸喜に賞をあげたいと思っている。

さてこの時期は映画賞が多く、本場のアカデミー賞ももうすぐ受賞式だ。ぼくは来週「東京スポーツ映画大賞」の受賞式に行くことになっていて、楽しみにしているんだけど、この賞の中の主演女優賞が蒼井優なのだ。はたして、彼女はこの授賞式に出席するのでしょうか。もし来てくれたらすげえーうれしいだけど。

でも、日本アカデミー賞では助演女優賞なのに東スポでは主演女優賞なのだから、蒼井優はフラガールで主演だったのか助演だったのか、松雪泰子は主演だったのか、助演だったのか。まあ、どっちでもいいや。

2007年02月21日

ぼくの「インディアン」はどこに

アンソニー・ホプキンス主演の「世界最速のインディアン」を観る。インディアンというのはバイクの名前のことで、自分で改良したマシンで世界最高速度を記録した年寄り(当時63歳だったそうだ)のライダーの話です。これは実話に基づくものでもある。

ニュージーランドの小さな町から、ライダーの聖地であるアメリカのボンヌヴィル塩平原まで行って、自分の夢であった世界記録を打ち立てるまでを描く感動のロードムービーである。イチオシ映画です。

この手の映画は、もう最初からストーリーの結末が分かっていて、しかもサクセスストーリーだから、途中にエンディングを盛り上げるかの仕掛けをどう散りばめるかが、映画の良し悪しを決める重要な要素となる。映画では、一見くせがあるような人物を登場させるが、実は皆主人公に協力的になるいい人たちばかりで、トラブルのたびに周りの人が手助けして窮地を脱するシーンの連続である。

こんなに世の中いい人ばかりなんだろうかとついツッコミたくなるが、そうじゃないんですね、いい人にしてしまうということなのである。主人公バート・マンローの情熱や人柄が周りの人を自然と巻き込んで協力的な雰囲気を作ってしまうのだ。

当然のように、夢を持つ人間の、その夢を実現しようと一所懸命になっている姿は素晴らしい。その姿にみな感動するのだ。

この主人公を見ていると、以前このブログで「サムシング・グレート」について書いたときに言っていた「高い志・感謝・プラス思考」が、夢を追っている人の共通の合言葉のように思えた。そういえば、バートは絶えず感謝の言葉を口にし、そしていつも前向きに考えてくじけることがない。

こういう映画は無条件に気持ちがいい映画であり、観終わったあと爽快感がある。どうも団塊の世代向け応援映画のようですね。

だれが言ったか忘れたけど、「夢は逃げない。心のブレーキをかけるな」という言葉を思い出した。そうなんです、もう歳だからとか、体が悪いからとか、お金がないだとか、所詮やっても無理だからとあきらめていやしませんか。

さて、“ぼくのインディアン”はどこにあるのだろう。

2007年02月27日

え、リメーク作品に作品賞?

アカデミー賞の受賞者・受賞作品が決まった。残念ながら、菊池凛子や「硫黄島からの手紙」は受賞ならず。その中で、作品賞が、マーチン・スコセッシ監督、レオナルド・デカプリオ主演の「ディパーテッド」に決まった。スコセッシ監督は、何度もノミネートされて、今回やっと受賞したということでおめでとうと言いたい。

ただ、ぼくはこの作品をまだ観ていないのだ。というのは、所詮リメーク品だから、ひとの作品をまねたような映画は観たくないというのが本音なのである。

オリジナルは、香港映画の「インファナル・アフェア」という作品でトニー・レオンが主演している。この映画はすばらしい作品で香港映画に力があることを感じさせてくれた。「ディパーテッド」は、まったく同じストーリーではないということで、どうも結末も違うようだ。

で、ここで言いたいのは、リメーク作品に作品賞を与えるアカデミー賞とは一体何なのかということで、主演男優賞だとかでもらうのは全然かまわないと思うが、作品賞ですぞ。だから、純粋に評価してどうのというんじゃないんですね。まあ、アカデミー賞というのは、仲間うちで選ぶ学級委員の選挙みたいなものだから、目くじらたてて怒ってもしょうがないけどね。


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2007年03月02日

東京スポーツ映画大賞

昨日、赤坂プリンスで開かれた「東京スポーツ映画大賞」受賞式に行ってきました。ぼくの昔の会社の先輩であるQさんの代理で出席です。Qさんは「三重映画フェスティバル実行委員会」の副会長をしている人で、その人に招待状が行って、遠いのでお前行かないかと言ってくれたので、二つ返事で招待状を送ってと頼んだのです。

この映画祭は全国のこうした地方映画祭の投票を参考にして、おそらく審査委員長であるビートたけしの意向で決めていると思うが、そういった関係で各地の映画祭に招待状が行くというわけです。ですから、となりに座った人が「長岡アジア映画祭」の人でわざわざ新潟から来たといって、パンフレットを渡され、ぜひ来てくださいとお誘いをうけた。

この映画祭も16回目で、映画に関する賞とともに「ビートたけしのエンターテインメント賞」の受賞式も同時に行われる。これも今年は7回目ということで、今回の目玉は何といっても特別賞のそのまんま東(東国原英夫宮崎県知事)でしょう。知事になって初めての師弟ツーショットということで大量の報道陣がかけつけ、わざわざ撮影のための時間を設定し、フラッシュがすさまじかった。もう、15分くらいでこれから宮崎に帰るといって去っていった。さすが、同じ特別賞の石原真理子もかすんでしまった。

賞の受賞者はつぎのとおり

第16回 東京スポーツ映画大賞

作品賞 「ゆれる」、監督賞 西川美和(「ゆれる」)、 主演男優賞 木村拓哉(「武士の一分」)、 主演女優賞 蒼井優(「フラガール」)、 助演男優賞 香川照之(「ゆれる」)、 助演女優賞 富司純子(「フラガール」)、 新人賞 木村祐一(「ゆれる」)、 外国作品賞 「父親たちの星条旗」、 特別作品賞 「日本以外全部沈没」

第7回 ビートたけしエンターテインメント賞

話題賞 山本モナ、 日本芸能大賞 春風亭昇太 、主演AV女優賞 青木りん 、主演AV男優賞 該当なし 、タイトル賞 該当なし、 特別賞 石原真理子 、特別賞 そのまんま東(東国原英夫宮崎県知事)

受賞者で出席していなかったのは、木村拓哉、蒼井優、香川照之だった。蒼井優と香川照之はビデオメッセージが届けられていたが、木村拓哉の表彰では表彰状とトロフィーを同じ木村である木村祐一にあげてしまった。ちょっときついしゃれでした。なんといってもぼくにとっては蒼井優ちゃんが来ていなかったのがすごく残念でした。

さて、それぞれ受賞者に対してたけしがコメントするんだけど、これがまたおもしろいのだ。全部を紹介することができないが、なかで印象的なことを少し。いま邦画ブームで洋画の興行収入を追い抜いたとかでみんな喜んでいるが、決してレベルがあがったわけではない、そのなかでは、「ゆれる」と「フラガール」の2本だけが評価できる。「武士の一分」なんかぼろくそに言っていた。「ゆれる」は低予算のなかで、きちんとした脚本でどちらかというと古典的なつくりであり、よくできた作品とほめていた。

面白かったのは、そこでひとつだけ注文をつけるとしたら、8ミリ映写機が登場するがそれが母親のかたみであったというのがどうも違和感があった、当時8ミリ映写機というのはオヤジのものであったはずなので、そこをもう少しひねれたらよかったのにと言っていた。ぼくも、この映画の感想に8ミリ映写機のことを書いたが、あの頃の雰囲気の象徴としての8ミリ映写機を小道具に使ったことにすごく感動した身では、たけしも同様の感じをもったのではないでしょうか。

一方「フラガール」は、もう題名を聞いただけで、どんな映画になるかすぐにわかった。実際の映画もそのとおりになっていた。しかし、そういう映画を高いレベルで作り上げられる力はたいしたもので、できるやつは少ないんじゃないかとこれも高い評価をしていた。

また、KカップのAV女優が、わざとオッパイぽろりとしたのに、間が悪くまったくしらけてしまったが、なぜか司会の江口ともみがKカップと聞いてすごく受けていたのが傑作だった。余談だけど、この江口ともみってたけし軍団のつまみ枝豆の奥さんでオフィス北野所属なんですね、道理でTVタックルなんかに出てるんだ。

あとは、「ゆれる」の若いプロデユーサーがスーツを着て靴がバスケットシューズをはいて登壇したら、たけしがこれをいじり倒して、この日の人気者になってしまった。 まだまだ、「日本以外全部沈没」という映画を作った河崎実監督だとか、東京スポーツの社長がぼくと同じように、「父親たちの星条旗」はよかったけど、「硫黄島からの手紙は」つまらなかったと言う話など、いっぱい面白い話があった。

今回、デジカメを持っていくのを忘れたため受賞式の写真が載せられないが、始まるちょっと前に携帯で撮影したのを載せる。背中が写っているのは石原真理子です。今度はちゃんと持って行くようにしたいと書くと、来年もきっと招待状が転送されてくるでしょう(笑)。いやー、楽しい一日でした。Qさんありがとうございました。

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2007年03月14日

隠し剣 鬼の爪

これまで見逃していた「隠し剣 鬼の爪」を観る。ちょっと前にテレビで放映したのを録画しておいたのだ。これで、映画化された藤沢周平作品はみんな観たことになる。山田洋次監督の「たそがれ清兵衛」、「武士の一分」とこの作品の三部作と、2005年に封切られた黒土三男監督の「蝉しぐれ」の4本である。

どれがよかったかはひとまずおいて、両監督のことだが、実は黒土監督は山田監督の作品映画『幸福の黄色いハンカチ』で脚本家の一人として参加していたことから山田監督を師と仰いでいるそうだ。だから、「蝉しぐれ」も多少山田洋次の影響がないことはないが、この作品の良さはまるで日本画を見るようなすばらしい映像であった。

さて「隠し剣 鬼の爪」だが、山田監督作品では順序は違うが3本目となるとまたかよということになる。だいたい、同じパターンなのだ。みんな剣の達人だけど普段はそんなそぶりをみせないで、となりには妻ではない美しいひとがいて、いずれ妻になる。それで自らにふりかかる理不尽な圧力に最後はたちあがり敵をやっつけるみたいな展開なんですね。

まあでもこの「隠し剣 鬼の爪」という作品で面白いところは、友達3人における三様の男女関係が出てきて対比することができることかも。まず、主人公の片桐宗蔵ときえの関係、片桐宗蔵の妹を妻にする島田左門、謀反を起こし討たれてしまう狭間弥市郎とその妻、それぞれがまったく違う境遇が描かれる。

ついこれを今の時代にあてはめるとどうなるのかと考えてしまう。武士をやめて町人となり、きえと一緒に江戸にいく片桐宗蔵は、あるとき脱サラして田舎で農業をやりだす優秀なビジネスマン、島田左門は誰にでも好かれる役所につとめる好青年、狭間弥市郎はベンチャーを起すが借金が溜まって倒産する起業家とみたてたけどどうだろう。

まあ、この4本のなかでどれが一番よかったかはなかなか難しいので、マドンナの順で決めようかな。宮沢りえ、松たか子、木村佳乃、檀れいと並べてみたが、う~ん、引き分けでがんす。

2007年03月20日

映画館が閉館する

藤沢でなんと71年間営業していた「オデオン座」が今月いっぱいで閉館することになった。理由は、興行収入の低下と社長の健康上の理由だそうです。いまは、市内にオデオン座、藤沢キネマ88、オデオン1番館、オデオン2番館の4館があり、洋画から邦画もふくめて多くの作品を上映してくれて重宝にしていたので非常に残念です。

以前にもこのブログにも書きましたが、大作だけでなくミニシアター系の作品を上映してくれたり、毎週水曜日がメンズデーで男だったらだれでも1000円で入場できるなど良心的な映画館であると評価していましたから、余計に惜しい気持ちがいっぱいです。

何よりも近くに映画館がなくなってしまい、これからどこに行けばいいのか悩んでしまう。藤沢にはもう一つ「フジサワ中央」という映画館があるが、ここは邦画専門だし、あきらかに年寄りとこども狙いなのだ。

オデオン座は71年前からあるから、ぼくが生まれる前で、もうホントもの心ついたときには、オデオン座で映画を見ていたことになる。また、わが青春の映画館でもある。学校さぼって観に行ったこと、何度笑いこけ、涙を流したことか、ああなくなってしまう。

最近は大型シネコンができてそちらのほうにお客さんをとられてしまったのだろうか。ぼくが会社をやめて映画館に足を運ぶことが多くなったから感じるのかもしれないが、平日でも年寄りのひとを中心にけっこう多くのお客さんがいたように思えて、だんだんよくなるのかと期待していた矢先なので残念でならない。

さて、来月からどこに行こうかな。

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2007年04月05日

藤田敏八のことを少し

前回、「アグネス・ラムのいた時代」という本を紹介したが、そのなかで、「ロマンポルノの旗手、藤田敏八監督」という章があった。ぼくは、藤田敏八監督にはすごい思い入れがあったので興味深く読んだ。

若い頃三重県四日市で働いていたが、実は藤田敏八の実家が四日市市にあり、そのとき、以前東スポ映画大賞の招待券をくれたQさんの紹介で2回ほどお目にかかって話をしたことがある。炬燵に一緒に入り酒を呑んでいろいろなことを話したことや、映画会を開いて座談会みたいなことをやったりしたことを今でもよく覚えている。

その藤田敏八と長友健二は仲がよかったらしい。どうも1972年に長友が平凡パンチに川村真樹のヌードを載せたら、それを見た藤田が自分の映画に起用したいと言ったことからつきあいだしたようだ。「八月はエロスの匂い」である。その後、「エロスの誘惑」「エロスは甘き香り」でも川村真樹を起用する。こうした藤田の作品は朝日新聞の映画評で絶賛されたのも今から考えるとすごいことだった。

そのころから日活ロマンポルノは活況を呈する。長友が撮った1974年のカレンダーを飾ったポルノ女優の名が、梢ひとみ、小川節子、田中真理、宮下順子、片桐夕子、潤ますみとくればその当時を知る人は懐かしさで涙が出るでしょう。

それでも当時はポルノ女優のなり手なんかいないわけで、主演女優を探すのに大変苦労したようだ。それがだんだん市民権を得るようになると、皮肉なことに最盛期を迎えると同時に転換期を迎えることになる。日活の元宣伝部長植松康郎の言葉、

「認知度が上がり、ロマンポルノに若くてきれいな女優を集めやすくなればなるほど、内容としては薄くなっていった。ドラマの内容が、若づくりになっていく。世の中の風潮が。ロリコン好みに変わっていったせいもありますが、僕らの側としては、女優の変化はロマンポルノ衰退の理由の一つとなりました」

徒花のようなこのロマンポルノの時代は80年半ばくらいに散っていった。ロマンポルノの話に行ってしまったが、藤田敏八は1955年大学卒業と同時に日活に入社して、1967年に「非行少年 陽の出の叫び」で監督デビューする。その後数々の作品を残し、また俳優としても活躍する。

この長友の本に書いてあった彼にまつわるエピソードを紹介する。1971年の藤田の作品「八月の濡れた砂」で日活はいったん、事実上一般映画の製作を中止、ロマンポルノ路線へと切り替わるが、そのときのことを前出の植松康郎の回想。

「最後の作品、藤田敏八監督「八月の濡れた砂」に、エンドマークが入っていないのは、おれたちはもう一度復活するぞという思いの表れだったんです」

1997年8月藤田敏八は帰らぬひととなってしまった。

2007年04月06日

日本映画は元気なのか

昨日の朝日新聞の「私の視点」に邦画の人気について、フラガールのプロデユーサーだった李鳳宇が書いていた。その趣旨はつぎのようだ。

昨年の邦画の興行収入が外国映画を抜いたが、こうしたデータをみると「元気だ」と言える。この隆盛の特徴は、テレビ局の出資がはいっていること、それを支えているシネマコンプレックスである。日本映画人気は、メディアとシネコンの二つの集客システムで成り立っているというわけだ。

しかし、李さんは、映画文化がいい方向に進んでいる実感がないと言っている。最近の映画製作というのは、まず大ヒットした原作が優先で、そこにテレビ局や配給会社が参加する、つぎにみんなが知っている俳優、さらに主題歌を決め、最後に「監督を誰にするか」となるわけで、これでは、「日本に映画はあるけど、映画文化はない」ことになると嘆いている。

ぼくも全く同感で、やはり、映画は総合芸術であり、そこには作家性も必要である。テレビドラマの延長のような作品だとか、荒唐無稽な物語だとか、そんなものが闊歩している限りは、決して日本映画が隆盛だとは到底思えない。

これまでに書いたことだが、あの山田洋次や藤田敏八の映画に対する情熱や藤沢オデオン座のシネコンに負けない運営だとかがだんだん消えざるを得ない風潮が恐いのだ。単なるお金儲けの手段としての映画ではあってはならないと思う。だから、興行収入は増えたかもしれないが、観客動員数は増えていないという現実を何とかしなければ、表面上は元気があるように見えても長続きしないですぐに終わってしまうのではないでしょうか。

2007年04月18日

10度、Low

昨日、今日と冬に逆戻りのような陽気で何となく気分もよくない。だが、このタイトルを思いついたときはすっきりたなあ。わかりますか、下の息子と朝会ったとき「今日は寒いなあ、気温も“ジュード・ロウ”だな」と言ったらメチャ受けたのだ。それで、観る映画も決まった。キャメロン・ディアスとジュード・ロウの「ホリディ」だ。

昼間、東京で打ち合わせを終えて「川崎109シネマズ」に向かう。ここは、駅直結なのですごく便利で少々早く行っても待つところが広くあり気に入っている。

映画は、クリスマス前に恋に破れた二人の女性が、家や車を交換する“ホーム・エクスチェンジ”で住み替わるところかから始まる。片やアメリカで映画の予告編を製作する会社を経営するキャメロン・ディアスは、イギリスの田舎町に住んで、そこの住人であったケイト・ウィンスレットの兄であるジュード・ロウと恋に落ちる。一方、ケイト・ウィンスレットは同じ職場の恋人に二股をかけられ、捨てられて傷心を抱いてアメリカにいき、そこで知り合ったジャック・ブラックとできてしまうという物語である。

“ホーム・エクスチェンジ”というのがありえない設定なのかはほっといて(映画だからいいでしょう)、失恋して、再出発するそう若くはない女性の気持ちの動きや過去をなかなか捨てられないことや、さまざまな過去を知りながら好きになる大人の恋愛とかがすごくよく描かれていていい作品であると思う。男女4人の演技もさることながら、年老いた脚本家のエピドードの配置やジュード・ロウのかわいい娘たちの登場などが、うまい具合にスパイスのような効き目があってすばらしい。

ただ、いい作品だからこそ2つ注文。

その老脚本家が失恋を嘆いているケイト・ウィンスレットにこう言う、「君は主演女優なんだよ、それがいまは助演女優になっている」と戒めるシーンがある。ここでこう言ったのなら、前の恋人をあきらめて新しい男を見つけたとき、「そうよ私はこれから主演女優なのよ」とくらい言わせてほしかった。

もう一つは、ラストシーンが気にいらない。最初にインターネットでメッセージ交換しているシーンが効いているので、最後もこういうシーンで終わりたかったなあ。

映画を観るまでの時間がたっぷりあったので、今読みかけの川上弘美の本と新書で「安心社会から信頼社会へ」という2冊を読んでいた。川上弘美は、そう若くない女性と男の間でかもしだす空気感みたいなものが好んで描かれる。

「安心社会から信頼社会へ」では、これまでの日本の社会の特徴である「安心社会」が崩壊し、欧米型の「信頼社会」へ変貌していかなくてはならないというようなことが書いてある。川上弘美の描く世界はどちらかというと「安心」のある情景のような気がする。欧米は「信頼」型であり、「ホリディ」の世界もそういうことである。とまあ、日米比較人類学みたいな思いも同時に感じて面白かった。

2007年05月06日

最近の日本映画をおさえておこう

ここのところやっと映画を観る機会が増えてきたが、それ以前はなかなか時間がとれず観損なったものが数多くある。そこで連休中にDVDやテレビの録画でリカバリーすることにした。

昨年、一昨年のキネマ旬報のベストテンを中心に観た。とりあえずは日本映画を対象に、「男たちの大和/YAMATO」「嫌われ松子の一生」「かもめ食堂」、それとベストテンには入っていなかったが「ハチミツとクローバー」である。これでも、まだ半分に満たないのでもう少しがんばって全部クリアしようと思う。

以前ブログで日本映画がいい方向に進んでいる実感がないと書いたが、さすがキネ旬のベストテンに選ばれるような作品は安易なつくりではなく優れたできである。

「男たちの大和/YAMATO」は、当初はあまり期待していないで、まあCG駆使した戦争スペクタクルかと思っていたが、ぜんぜん違ってすごくいい作品に仕上がっている。まず、下級兵士の目線で描かれていることや構成がしっかりしていることに感心。またぼろぼろ涙を流してしまった。

「嫌われ松子の一生」は、こりゃ中谷美紀がすげえや。“松子を演じるために女優を続けてきたのかも知れない”と言ったらしいが、まさに体当たり演技で彼女の代表作になった。前回の「安心社会から信頼社会へ」という話のなかで、だまされてもいいからひとを信じ続ける態度のことを話したが、この松子はまさに男にことごとくだまされ、捨てられながらもまたすぐに新しい男に尽くす一生を描いている。で、こういう作品は観終わったとき、ひとの不幸を見せつけられて嫌な感じになるのか、それにめげずに生きていく主人公をみて元気をもらうのかで評価が分かれます。ぼくは、後者の感想をもちました。

「かもめ食堂」は、だれでもホンワカになれる映画だ。川上弘美の本を読んで「空気感」といったが、この映画にはそれがある。小林聡美、片桐はいり、もたいまさこの3人の距離感がかもし出す微妙な雰囲気がいい。最近同じくらいの年頃で男ひとりというのも増えているので、だれか男三人の「アヒル食堂」でも作ってくれないかなあ。

「ハチミツとクローバー」は、蒼井優が出ているので思わず手にした。蒼井優は「男たちの大和/YAMATO」にも出演していたから、最近の出かたはすごい。もう少しセーブしたほうがいいのではないかと親心を抱く。この作品もぜんぜん予備知識がなくて、有名な漫画の映画化だったことも知らずに観る。基本的にぼくはこの歳になってもこういった青春映画は好きなのですんなり入る。観終わったあと爽快感もありいい映画でした。

というわけで、どれも秀作で楽しめた。


2007年05月21日

さらにリカバリー日本映画3本

今回は、「明日の記憶」、「メゾン・ド・ヒミコ」、「ヨコハマメリー」の3本です。

「明日の記憶」は、身につまされるような話で恐ろしくなる。病気というと死への恐怖があるんだけど、若年性アルツハイマーだから、そうではなくて自分の存在が小さくなるのを自分が見ている恐怖である。その悔しさ、情けなさみたいな感情を渡辺謙はよく演じていたが、何といっていってもやっぱ樋口可南子の奥さんがいい。でも、こんなものわかりのいい奥さんってほんとにいるのかなあ。
それとよかったのは、妙に存在感があった部下のほらなんて言ったっけ、あの若い俳優さん、えーと、あれあれ、あ、ぼくもヤバイかな。

う~んあとの2本は、“ビミョー”なんだな。「メゾン・ド・ヒミコ」は、ゲイの世界の話なんだけど酔っ払って観ていたせいもあって設定にはインパクトがあるけど中味にそんな感動しなかったな。何でだろうと考えたが出てこない。

「ヨコハマメリー」は、これってドキュメンタリーなのかドラマなのかよくわからない。別にどちらでもいいのだけど最後に本物のメリーさんが出てくるから、メリーさんの物語なのかと思うけど、それまでは横浜のその当時の風俗だったり、雰囲気を語らせて、そういうノスタルジーを描いて見せているのかともとれる。

まあ。当時の伊勢崎町の様子がわかっただけでもうれしい。僕は子どものとき遊びにつれていってもらったので。いちばん近い繁華街は伊勢崎町だったのだ。だたし、そのときはまだメリーさんは横須賀だったようですが。そんなに連れて行ってもらったわけではないが、たまに行くとうれしくて、帰りに中華街で油あんの中華饅頭を買ってもらうともう天にも昇る気になった。

ただ、これって横浜を知らない人にとっては面白くないんじゃないかな。微妙というのはこのことで横浜を知らない人でも感動する作りにイマイチなっていないように思える。

2007年06月13日

天才?松本人志

うわー、「大日本人」がこけたー。昨日、松本人志の第一回監督作品で、カンヌにも出品したという映画「大日本人」を観に行く。いやー、あのまっちゃんだからという期待を込めて観たがひどかった。ぼくは、めったに映画を酷評しないが、さすがにこの映画ばかりは。

ただ、映画の批判によく期待はずれだったという言い方をする人がいるが、これはおかしくて、別に期待の度合いや期待どおりかそうではなかったということが映画の良し悪しを決めているわけでもなく、期待はずれだったから良くない映画というわけではない。まっちゃんだって期待外れだったなんて言えば、オマエらがまだオレの域に達して居ないのだなんて言いそうだ。

だから、ぼくは、期待はずれだったからひどい映画だと言っているわけではなく、そもそも映画になっていない。内容もそうだし、カメラワーク、カット割り、音楽などどれをとっても低いレベルなのだ。そうなんです、単なるテレビのバラエティの寄せ集めなのである。それなら、「オレたちひょうきん族」のほうがよっぽどおもしろい。だから、入場料を払って見るものではない。

なにしろ、昨日は平日だから観客も若い男が10人くらいしかいなかったが、いいですか、だれ一人笑わなかったのです。くすりともしない。お笑い芸人が笑えない映画を作ってどうするんですか。
まあ、これ以上は言わないが久しぶりに“金返せー”である。

と書いたが、あんまり酷評するのもかわいそうなので、若干フォローしておくと、喜劇映画を作るのってすごい難しいと思う。泣かす映画はやさしいし、開き直ったおバカ映画もそう難しくはない。でも、映画で笑わすのは非常に難しいのだ。

なぜだろう、まずは、舞台や寄席で笑わすのってその場の空気をお客さんと一体化するから比較的笑いととりやすい。それに比べると、お客さんが目の前にいない時に笑わせるかということがあって、これはテレビも同じなのだが、最近はスタジオにお客さんを入れてそこでギャグやコントをやって、そこのお客さんの笑い声につられてテレビの前の視聴者も笑うという作りになっている。だから、今のお笑い芸人は、目のまえにお客さんがいなくても笑わせる力がないのだ。それと、基本的に一発ギャグの繰り返しの笑いだから、これじゃあ映画にならないよね。

2007年09月06日

北の零年

わが家の台所のすみに置いてあって、ずっと気になっていたDVDがあった。吉永小百合主演の「北の零年」だ。なぜ、置いてあるかというと、実は嫁はんはトヨエツこと豊川悦司の大ファンで、そのトヨエツが出演している映画のDVDを買ってあったというわけだ。

その前も、これは借りてきたのだけれど「愛の流刑地」を見てにやにやしていた。ぼくが、「愛の流刑地」を見たいから貸してといったら、いやな顔をしてすぐに返してしまった。どうして貸してくれなったか謎だ。

その「北の零年」を見る。監督がいま注目の行定勲で、この監督の作品は窪塚洋介が主演した「GO」しか見ていないが、このときいい映画作るなあと思っていた。

さて、「北の零年」だが、物語は明治維新後淡路島から北海道へ移住を強いられた稲田家のひとたちが、苦労して開拓していく姿を描いたものである。

この時代設定や状況はそれだけで劇的なものであり、多くのエピソードに彩られている。だから、どこに視点を置くかで随分と違ったものになるような気がする。たとえば、苦労して苦労して田畑を耕すが、なかなか実らないというようなことを中心とした根性物語にもなる。

でこの作品を観てすぐに思ったのは、これは西部劇じゃないかということだ。馬が躍動したりする映像はまさに西部劇だ。ただし違うのが、男が戦わないところである。海の向こうの西部劇は開拓民がインディアンと戦いながら西へ進んでいくが、この映画では、インディアンの代わりにアイヌが出てくるが、主人公の志乃を助ける役回りだ。男どもは結局みんな意気地なしで、それに反して女どもがたくましく描かれている。

しかし、それを60歳を過ぎた吉永小百合が演じるのだけれど、荒れた土地を耕す鍬を振るにはちとお歳をめされ過ぎているように見える。それと、渡辺謙が演じる志乃の旦那が半月で帰るからといって札幌にいったまま5年間も戻らず、しかも結婚もしちゃって、その後政府の高官になって馬の徴用にやってくるという、こんな筋立てって無理があると思いません。このあたりがどうもしっくりいかなかったのである。

というわけで、吉永小百合のための映画なのだが、吉永小百合の開拓民は似合わない。そして、嫁はんイチオシのトヨエツにしても政府から追われている元会津藩の武士でアイヌの古老と一緒に暮らしているという役で途中まで格好よかったのに、最後に武士として潔く討ち死にするのかと思いきや、銃に撃たれる前に吉永小百合が立ちはだかってくれて命拾いする。

だから、渡辺謙にしても豊川悦司にしても、そうそう柳場敏郎もそうだが、みんなよく考えてみると最後は女々しい男になってしまう。ぬぬ、行定はあえてそういう設定にしたのかもしれない。


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2007年09月16日

映画と舞台の違い

映画と舞台の違いはいったい何だろう。こんなことを考えたのは、黒木和雄監督の「父と暮らせば」を観たからである。もともとこの作品は井上ひさしが舞台用に書いて、「こまつ座」で公演したものである。

二人芝居として書かれているが、映画はこの父娘ふたりと娘が好意を寄せる青年の三人しか登場しない。しかも、場所も娘の家がほとんどで動かない。従って、映画もまるで舞台を観ているように感じる。じゃいったいどこが違うのだろうか。

・ 舞台は毎日違った演技になるので出来不出来があるが、映画はうまくいったところだけつなぎ合わせている。
・ 舞台はセットに限界があるのでシーンの移動が少ないが、映画は様々なシーンに展開できる。
・ 舞台は観客が自由に焦点を合わすことができるが、映画は監督の目で俯瞰したり、クローズアップしたものを観客が見る。

といろいろあるが、ぼくは最後の違いがいちばんだと思う。舞台というのはある決まった空間のなかで俳優が演技して、それを観客は自分の好きなように、例えばある俳優の動きだけを追いかけるとか、アップにしてみるとか自由にできる。

ところが、映画の場合は、全部監督がこのシーンのこのカットはこの角度から俯瞰するだとか、このセリフのときは唇を映すだけにするとか、観客の自由ではなく、ある意味こういう風に観なさいと押し付けられているともいえる。ただ、だからこそ作品は監督に負うところが大きく、逆に言えば、○○監督作品というのが意味をなすのだ。その点、舞台は演出家より俳優のほうが大きな位置を占める。

ちょっと話はそれるが、テレビで舞台中継というのを時たまやったりするが、ぼくは基本的には観ない。なぜかというと、テレビ局が勝手に複数のカメラで映し、俳優の動きを追ったり、俳優をアップにしたりするが、現実の観劇というのは一定の場所で観客の自由な視点でみることだから、余計なことをしないで、ある座席で観ているようにカメラを置いてくれさえすればいいのだ。

さて、映画「父と暮らせば」だが、これはまぎれもなく黒木和雄の作品である。出演は宮沢りえと黒木作品ではおなじみの原田芳雄、そして浅野忠信の3人である。宮沢りえがいい。被爆者として負った心の傷が徐々に明らかになっていく様を見事に演じている。「たそがれ清兵衛」といいこの作品といい、大女優の道を歩み始めたのではないでしょうか。

黒木監督の演出も原爆の悲惨さを親子の会話だけで、最初は何気なく、そしてだんだん恐ろしくそして苦しい思いを吐露していくことで見事に描いている。

ちょうど、今日の朝日新聞の書評で「ヒバクシャの心の傷を追って」(中澤正夫著)という本について、香山リカが書いていたので、いまでも続いている被爆者のPTSDを考えると、この映画の言っている体の傷もさることながら、心の傷がいかに大きなものであるかよくわかったのである。

久しぶりに大粒の涙であった。


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2007年09月23日

イカとクジラ

近くの映画館が閉鎖してしまったので、映画館にいくことがめっきり減ってしまった。横浜や平塚まで行かなくてはならないのでつい足が遠のく。だから、しかたなしにDVDを借りてくることになる。

「イカとクジラ」は、この奇妙なタイトルもさることながら、以前劇場で見ようと思っていたのに都合で観られなかったので、ずっと気になっていた映画である。酒のつまみの話ではない。

原題も「The Squid and the Whale」だからそのままイカとクジラだが、映画の中のエピソードで出てくるので、映画を観るとなるほどと思う。

物語は、ニューヨークのブルックリンに住む作家夫婦とその二人の息子の家族についての物語である。スランプ気味の夫と昇り調子の妻がある日突然離婚を宣言する。そして、16歳と12歳になる二人の息子は、共同監護というかたちで平等に父母の家をいったりきたりするという生活が始まる。

ぼくには、3つ違いの二人の息子がいるので、つい身につまされてしまう。幸いまだ離婚していないので、この映画の状況は共有できないが、子どもが父親と母親のどちらかと相性がいいとか、自分の持ち物にこだわるとか、実に微妙な生活感というか現実感がよくわかるのである。

そうなんです、映画のいたるところに粋な仕掛けがいっぱい出てきてもう大人の映画なのだ。ゴダールの「勝手にしやがれ」のせりふだとか、ピンク・フロイドの「Hey You」だとか、思わずにんまりしてしまう。

こういう映画は、日本ではなかなかお目にかかれない。インテリの家族って少ないのかもしれないが、夫婦、親子間の確執みたいな話になると、豊田利晃監督の「空中庭園」のような少々ベタベタな感じにどうしてもなってしまうようだ。

まあ、ウディ・アレンの作品を彷彿とさせる映画でなかなかよかったですね。


イカとクジラ
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    • 4 傷ついたカスガイ
    • 4 苦笑ばかりさせられた
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2007年10月08日

花田少年史 幽霊と秘密のトンネル

昨年公開された映画がもうテレビに登場した。水田伸生監督の「花田少年史 幽霊と秘密のトンネル」である。なかなか評判がよかった映画だ。

なかで辛い評価をしたひともいたが、そういうひとたちは、一色まことの漫画の原作を読んでいるか、テレビ放送を見ていた人たちだ。いつも思うのだけど、原作に忠実でないとか、原作を改編しているから、つまらなかったというような批判はどうもおかしい。

極端な話、原作があろうとなかろうと映画になった瞬間に全くちがった作品になるのだ。だから、映画としてのできばえを評価してほしい。ぼくは、幸い原作も、テレビも知らないので変な先入観なしで観ることができた。

そこで、ぼくなりの評価ではよくできた映画で点数高いです。最近は子どもに見せる映画がアニメしかなくなってしまったが、この映画は親子で楽しめる珍しい映画だ。

ただ、時代設定が昭和中期のように思えるが、そうでもなさそうなところもあって、若干時間感覚が混乱した。別にきちんとした時代考証をすべき映画でもなく、だって幽霊が出てくるんだから、どうでもいいじゃないんですか。

ただ、雰囲気としてはぼくらが子どもの頃の家族の様子が随所に見れて、あの頃の親子、兄弟、友達の素朴な連帯みたいなものが感じられた。そうそう、じいちゃん、ばあちゃんと子どもは仲がよかったのだ。

物語は、海辺の町で花田一路という少年が、ある日トラックにはねられるが、九死に一生を得たが、そのとき幽霊が見える能力を身につけてしまう。そのあと関係する人々の幽霊が登場し、一路に頼みごとをする。そんなやりとりから、家族や周りの人たちの過去のことなどが解き明かされるというのがストーリーの骨格です。

この設定がユニークでしかも子どもの目で描いているのでピュアな感じもでていてよかった。この一路を演じた子役の須賀健太というのがすばらしい。この子は「ALWAYS 三丁目の夕日」にも出ていたがすごいのひとこと。

よくよくみていくとこの映画、異なった三様の父親像が描かれているんですね。それがみんな結局はいいお父さんだったというお話なので、昔のお父さんと子どもの絆はしっかりしていたなあと懐かしんで観た。


花田少年史 幽霊と秘密のトンネル
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    • 3 おもろっ (笑)
    • 1 これは映画とは呼べない、TVドラマです
    • 4 俳優が皆、優しい顔をしている
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2007年10月10日

憧れの地

前のエントリーで映画で見たブダペストの街が印象的であったと書いているとき、そうだ映画のシーンで忘れられない場所があるよなあと思い出してみた。まだ、行ったことはないが憧れの場所である。
ぼくにとってのベストスリーは以下の三ヶ所である。

1.ポタラ宮 ― 「セブン・イヤーズ・イン・チベット」
ポタラ宮はチベットのラサにある宮殿でダライラマが住んでいたところです。この壮大な景観は圧倒される。

映画は、広大な土地チベットを舞台に、登山家ハインリヒ・ハラーと若き日のダライ・ラマとの心の交流を、実話をもとに描いたブラッド・ピット主演の人間ドラマ。

なんとこの映画の大半はアルゼンチンのロケだそうです。まあ、反中国共産党の内容だからこんな映画作れるわけがない。ラサの街並みやポタラ宮もセットで再現されているそうだが、実物の写真と見比べないと偽物とは思えないできばえで感心させられる。

実は、ポタラ宮への憧れはこの映画を観たからではなく、ずっと前からで、30年前に中国に行ったとき、承徳というところの近くで紅衛兵にさんざん荒らされてしまったポタラ宮を模した宮殿があった。それを見たとき、ぼろぼろになっても荘厳さを残した建物に感動して、本物のポタラ宮を見てみたいと深く思ったのである。

potara2.bmp


2.ボワイヤー砦 - 「冒険者たち」
ボワイヤー砦というのは、フランスのシャラント地方、La Rochelleという港町の沖合にある要塞島です。

映画はアラン・ドロン、リノ・バンチェラ、ジョアンナ・シムカスの「冒険者たち」です。この映画のラストシーンでアラン・ドロンが銃撃戦の撃たれてしまって、リノ・バンチェラが抱きながら言う台詞は最高ですね。

その場所がこの島ごと要塞になっているボワイヤー砦なのです。もちろん、今でもあるのですが、ホテルになると言われてもいますがそのままのようです。今も日本からのファンも訪れているとのこと。

toride.JPG


3.シワタネホの海 - 「ショーシャンクの空に」
シワタネホの青い海はメキシコの太平洋側にある海岸である。突き抜けるようなブルーが目に焼きつく爽快なところです。

映画「ショーシャンクの空に」のラストで刑務所から抜け出たティム・ロビンスとモーガン・フリーマンがそこで再会する。そのときの海と空の青さがなんとも印象的であった。

この映画は、封切り当初は観客動員も少なかったのが、ビデオで火がついて不朽の名作になった珍しい例です。原作が、スティーブン・キングだから、「スタンド・バイ・ミー」や「グリーン・マイル」と並ぶ感動ドラマだ。

ところが、この映画実はというのが二つあって、ひとつはこのラストのシワタネホの海岸で二人が会うのは原作にはないのと、もうひとつは実際の撮影はシワタネホではなくカリブ海の島で行なわれたらしい。

なんかだまされたみたいだけど、それでもいいんですね。いずれにしろ、映画は虚構の世界なわけだから、観るひとの心に残ればそれは実在するのと同じであるような気がする。


taneho2.bmp

2007年12月06日

やはりボンドはカッコイイ

最近、家の近くにTSUTAYAができたので便利になった。早速、DVDを借りてくる。「007/カジノロワイヤル」だ。007といえば、ぼくらは、ショーン・コネリーとロジャー・ムーアなのだが、この作品は、ジェームズ・ボンドにダニエル・グレイグを起用。

この007は、これまでの作品と全く違ったものになっている。今までの延長だと思って見ると、なんじゃこりゃとなる人もいるかもしれない。そのくらい、ご破算で願いましてはである。だから、いいか悪いかの判断は、前の作品に比べてどうだとかができない。

それはそれでいいのだが、のっけからすごいアクションで、おおダイハードでねえか、そして、殴るわ残酷に殺すわで、ちとリアル過ぎる。その最初のシーンのあとから、カジノのシーンぐらいはうんうんとなるが、最後のアクションでまた建物がぶっ壊れて水中に放り投げられる。またまた、ダイハードだ。

アストンマーチンも走って活躍しないで、止まった車の中の道具が主役になるのである。これまでは、いろんな荒唐無稽な仕掛けを楽しんだのだが、むしろダニエル・グレイグの引き締まった肉体とアクションが売りのようだ。あ、やっぱり前作と比較してしまった。

ということで、ゼロベースで見ればなかなかおもしろい、よくできた作品と思いますよ。ただ、ダニエル・グレイグがプーチン大統領に見えてきてしょうがなかった。

007 カジノ・ロワイヤル (初回生産限定版)
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  • DVD / ソニー・ピクチャーズエンタテインメント (2007/05/23)
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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 5 もしや、ボンド映画の最高傑作・・・。
    • 5 これからも期待充分な新シリーズ
    • 5 硬派な007、アクションにドキドキ
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2007年12月15日

バベル

あれだけ話題になった作品だったので、早く観たかったのだが、やっとDVDを借りてきた。話題になったと言っても、どんな作品なのかとか、評判は知らないで観た。

ストーリーは、モロッコを旅行するアメリカ人夫妻の妻のほうがバスの中で銃弾に倒れたところから、それぞれつながりのある世界各国の4つの家族にふりかかる様々な事件を並行的に描いている。

この映画の惹句は、「はるか昔、言葉は一つだった。人間たちは神に近づこうと、天まで届く塔を築く。怒った神は言葉を乱し、世界はバラバラになった…」、これが、旧約聖書のバベルと呼ばれた街の物語。どうもテーマはこの「バベル」にちなんで人々の心の断絶、家族でも通じ合えない孤独をテーマにしているようだ。

しかし、この壮大なテーマに対し、成功したこどうかと問われれば、ぼくは必ずしも成功したとは思わない。ぼくは基本的には映画の批判はしたくないのだが、やっぱり気になるものはそれなりに書いておこうと思う。

なんとなく、4つの家族における心の断絶やつながりを描いてはいるが、それはそれで深い意味があるのであって、そこを4つに分散されてしまって当然ひとつずつの掘り下げが不十分だから、なぜこんなシーンがあるのかといったところがある。

ブラピ演じるアメリカ人夫妻も二人の間の確執なんかがあるんだろうけど、ちゃんとそのいきさつみたいなことが描かれていないので、奥さんがケガをしても、感情移入できないのだ。それそれで想像力や洞察力を働かせろよと言われても無理だ。

また、なぜ日本が入ってきたのか、日本人のハンターがモロッコに狩りにいきそこで親切にしてもらったガイドにあげたライフルをその子どもが撃って、バスの乗客であったアメリカ人にあたったっていうつながりって無理がありすぎ。

しかも、菊池凛子演じる高校生がやたらエロイ感じが強く、なぜアカデミー賞の助演女優賞にノミネートされたかよくわかんない。ネットなんかでも賛否が二つに割れた作品で絶賛する人もいるが、ぼくは感動できなかった。そう、理解できたかできないかというより、単純におもしろくなかったのだ。
 

バベル スタンダードエディション
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  • DVD / ギャガ・コミュニケーションズ (2007/11/02)
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    • 1 人それぞれという解釈でいいのかな
    • 5 富める国の身勝手さ
    • 3 もう少し意味があるのかと思った・・・・
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2007年12月23日

舞妓Haaaan!!!

いやー、これはおもしろい。まあ、脚本宮藤官九郎、監督水田伸生とくればおもしろくないはずはなく、予想にたがわず傑作だ。年寄りにはいささかテンポがはや過ぎて目が回るところもあったが、いまやこのくらいのノリでないとだめなんじゃないかな。

阿部サダヲはあまりよく知らなかったが、なかなかの才能だと思う。他にも、柴咲コウや堤真一が好演。

キャラクターで笑わすクドカンの本領が出ていて、それを水田監督がうまく表現している。この監督は前作の「花田少年史 幽霊と秘密のトンネル」でもいい仕事をしていたが、今回もほめてやりたい作品である。へんに格好をつけるんじゃなく娯楽に徹しているスタンスがいい。

よく、クドカンはギャグで笑わせてみたいに言われるが、ぼくはストーリーがしっかりできていることが彼のよさだと思う。この作品でもちゃんと筋が通っていて、それがあるからこそ局面々々でのおふざけが飛んでいかないのだ。

やっぱ“ショートホープやと思って”は大笑いだ。すごくおもしろいお薦め映画だ。

舞妓Haaaan!!!
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  • DVD / VAP,INC(VAP)(D) (2007/12/12)
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    • 5 ここまで軽いと芸術です!
    • 4 阿部さん
    • 4 バカをやってるバカらしくない映画
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2008年01月04日

年末年始ネマ

年末年始はテレビを見るのを限定的にしたので、余った時間はDVDで映画を見ることにした。テレビドラマの「点と線」も含めて6本を鑑賞。それぞれに対してちょっとしたコメントをつけてみる。

1)マッチポイント
初めてニューヨークから出たウディアレンの最新作。ストーリー的にはどこかであったような金と女の欲の葛藤みたいな物語である。ところが、秀逸なのはやはり指輪の落ちるところで、このシーンとの重ねあわせで最後に唸ってしまう。しゃれた男女関係というより、現実的な、あるいは打算的な関係であるが、それを犯罪というところまで行ってしまっても映画が汚くなっていないのが、アレンの力でしょう。

マッチポイント(通常版)
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  • DVD / アスミック (2007/02/02)
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    • 5 楽しめた!
    • 5 愛欲の恐ろしさと運命の皮肉
    • 4 果たして結末はハッピーか?!
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2)アマデウス
モーツワルトは名をヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトという。映画の題名はそこかとっている。そのモーツァルトの類まれなる才能を嫉妬して、殺したと語るアントニオ・サリエリが回想するというスタイルで映画は進行する。

モーツワルトは小さいときからのほとばしる才能はつとに有名であるが、映画のように奔放で型破れな若者に描かれているのに驚いた。モーツワルトはどうもサヴァンだったらしいが。でも、このあたりは現代でも変わらないのじゃないのだろうか。その時代にとんがった天才は、常人では評価できない世界にいきている。凡人と天才の間の人間がそこに嫉妬するのである。こんな音楽家の描き方もあるのだと思っておもしろかった。

ぼくも以前“1981sにかるくシット”と書いた手前、サリエリのようにならないように気をつけなくては。あそうか凡人だからいいのか。

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アマデウス
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  • DVD / ワーナー・ホーム・ビデオ (2007/12/07)
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3)半落ち
これも観よう観ようと思っていた作品。原作は読んでいないが、評判になったミステリーだったので期待大。出演者も寺尾聡、柴田恭平、原田美枝子、伊原剛、國村隼、高島礼子、奈良岡朋子、樹木稀林、西田敏行といったそうそうたるメンバーで、皆さんいい演技で素晴らしかった。ストーリーも泣けるし、笹野高志が車のカーテンをそっと上げてのエンディングもよかった。

ところがである、なんか手ばなしで讃えられないのだ。それは、映画のキーになるところの寺尾聡が隠しとおす空白の2日間の理由があれだけの緊迫感あるシーンを引き出すために弱いのだ。だから、ハラハラ感もあまりなくなって、人間味を表に出す演出になってしまっている。そうなんです、“半分腑に落ちない”のであった。

半落ち
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  • DVD / 東映 (2004/07/21)
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    • 5 良い確かに良い
    • 5 思わず涙の作品
    • 5 マイッタなあ〜!映画館で視ておくべきだった。
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4)間宮兄弟
さて、間宮兄弟である。ぼくはこの手の映画は嫌いではない。ディテールのこだわりとか、小ネタなどわりとおもしろかった。まあある種のオタク兄弟っていってしまえばそのとおりなんだけど、多くのひとが持ちたいと思っているほのぼの生活感のようなものは出ていたと思う。だから結構共感する人がいたんじゃないかな。

しかし、この作品もところがである。こんな兄弟いないよと叫んでしまった。男の兄弟同士で一緒の部屋で寝るなんてありえねーよ。キモイよ。おっと、それと、この兄弟ベイスターズのファンのようだが、それをオタクとして扱っていることが許せないのだ。

間宮兄弟(通常版)
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  • DVD / アスミック (2006/10/20)
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    • 4 この兄弟はイタイ
    • 4 男性だけで見るとヘコみます
    • 4 セーラーマーズ 出てます
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5)地球の中心で、愛を叫ぶ
さて“セカチュー”である。片山恭一の同名のベストセラーを行定勲監督で映画化されたもの。何しろ300万部売れたというからすごい。ぼくは、題名を聞いただけで照れくさくなり本も読む気もないし、映画も観る気にもならなかったが、正月の暇な時に放映していたので鑑賞することに。

こりゃずるいよ、反則だよ。もうベタベタの純愛映画じゃん。だって、地方都市の高校生の青春ときて、主人公の美少女が病気でいくばくかの命しかない、周りの友達や年寄りはみんないい人で人生訓をたれてくれる。おおなんと美しい世界なのだろう。決して皮肉ではなく、きれい過ぎる物語にみな感動するんですね。

ぼくらの世代は「愛と死をみつめて」だね。これは往復書簡集をもとに映画化されているから、実話にちかいのでベタではない。しかし、いずれにしろ、ぼくは苦手だ。

「地球の中心で、愛を叫ぶ」は、観た人の多くが涙したと思うが、ぼくは泣かなかった。いや、泣けなかった。何がって、この映画恐ろしくないですか。死んでも生きている人の心に残ってくれと叫ばれたらどうでしょう。そしたら、死に別れたひとはみな次に好きな人を作っちゃいけないのと言いたくなる。ひねくれオヤジですいません。

世界の中心で、愛をさけぶ スタンダード・エディション
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  • DVD / 東宝 (2004/12/23)
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  • Amazon おすすめ度の平均: 3.5
    • 3 ウケる理由はよく分かるが
    • 4 青春を切り抜いたファンタジー映画。
    • 4 映画館で思わず涙しました
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というわけで、どうも邦画に少し注文をつけたくなった。映画って、いいシナリオがあって、それを監督がいい演出をして、俳優がいい演技をして、それでいい作品に仕上がるものですよね。そういった意味でいずれの邦画もそこのところのどれかが少し足りないように思える。

もう少し丁寧に丹念にきちんと作る必要があるように感じた。別に洋画がよくて邦画が悪いといって言っているわけではなく、例えば、テレビ映画であるが、「点と線」なんてはよくできた作品であるように、作り方の問題だと思うのである。
 

2008年01月16日

善き人のためのソナタ

三重映画フェスティバルのQ氏絶賛の「善き人のためのソナタ」を観る。予想に違わず素晴らしい作品だ。

ベルリンの壁崩壊直前の1984年の東ベルリンを舞台に、人々を恐怖の下に統治してきた絶対的な監視システム・シュ タージ(国家保安省)が描かれている。シュタージの敏腕な局員が劇作家と恋人で女優の芸術家カップルを監視するが、盗聴を続けているうち、監視者から、理解者へと変貌していく姿を見せられる。

こうした、重いテーマを33歳のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクが監督しているが、これが初監督とは恐れ入った。

また、劇作家を演じたウルリッヒ・ミューエは実際にシュタージに監視されていた過去を持つというだけあって非常に抑えの利いた演技ですばらしかった。

まあ、やっとこうした映画が作られるようになったという感慨と同時に、実際に目の当たりに監視される世界を見せられると怖しく、苦しさがのしかかってきた。

そして何よりもラストシーンが気に入った。これまた秀逸のラストだ。

これは是非善き人は観てほしい。いやそうでない人のほうが観た方がいいかな。

善き人のためのソナタ スタンダード・エディション
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  • DVD / アルバトロス (2007/08/03)
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    • 5 上質なひとときを過ごすことができる、珠玉の名作
    • 4 深い溜息と共に
    • 5 人は、変われる
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2008年02月13日

しゃべれでもしゃべれでも

TOKIOの国分太一が主演した「しゃべれどもしゃべれども」を観る。うーん、すごくいい作品だった。何か気持ちよくなる映画だ。

二つ目の落語家が伸び悩んでいるところに学校でいじめられている子どもや思いがうまくつたえられない女や元プロ野球選手が彼の元へ落語を習いに来ることになる。そこで織り成す4人の生き方や生活が落語という場で徐々に変わっていく。

場所も下町情緒に溢れていて、ほのぼのとした温かみが伝わってくる。

国分君がすばらしい。いい味を出しています。劇中で演じる落語も最初にシーンでは下手に演じ、最後の火焔太鼓は本物の落語家もびっくりするような腕前で感心した。その変化をちゃんと表現していたのだ。

さらに、びっくりしたのは、子役の森永悠希でこの子は天才だ。「花田少年史」の須賀健太もそうだが、最近の子役がすごい。森永君のすごいのは、落語の「まんじゅうこわい」を桂枝雀風に演じきったことだ。ぼくも彼の落語を聞きながら、あ枝雀と思わず叫びながら、笑ってしまった。

この映画のテーマは、途中で元プロ野球選手の湯河原がいうセリフ、“好きなものから逃げると一生後悔する”ということだと思う。みんなは、好きなこと、好きな人から逃げないことを落語と落語家から学んでいったのである。

監督の平山秀幸の作品は初めて観たがきちんとした作風で好感がもてる。何よりも俳優がいきいきと演じていることだろう。以前テレビで平山監督作品の「弥次喜多道中 てれすこ」の撮影現場のドキュメンタリーがあってそれを見ていたら、俳優にアイデアを出させたり、けれんを排除したりと俳優の個性を引き出すのがうまい監督だなあと思っていた。

もう、普段行っている末広亭や国立演芸場などが登場したり、ほおずき市が出たり、よく見る景色がありで実に楽しかった。
 

しゃべれども しゃべれども 特別版 (初回限定生産2枚組)
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  • DVD / 角川エンタテインメント (2007/11/09)
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    • 5 これは名作だと思う
    • 1 人生を甘く見ている
    • 4 「物語」を生む愚直さ
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2008年02月14日

市川崑

映画監督市川崑が逝った。享年92歳。

多くの名作を残したが、なかでもぼくが印象に残っている作品は、「ビルマの竪琴」、「おとうと」「東京オリンピック」である。ほかにも「犬神家の一族」や「股旅」とかがあるが、前の3作がぼくにとっての市川崑である。

特に「東京オリンピック」はそれまでのオリンピック映画と違って単なる記録映画から芸術性の高い作品に仕上げたことは特筆される。選手の息使いや躍動する筋肉などを望遠レンズやスローモーションを駆使して描き感動を与えてくれた。当時こうした映画つくりに異をとなえる人もいて、記録か芸術かの論争になったものだ。

それと「ビルマの竪琴」については以前このブログでも触れたのであまり言わないが、何と言っていっても「おとうと」の岸恵子である。この作品は第14回カンヌ国際映画祭フランス映画高等技術委員会賞を受賞していて作品自体もいいのだが、姉を演じた岸恵子がすばらしくいまだに残像が残っている。

90歳過ぎてもまだ映画を撮りたいといっていたが、さすがに力尽きたようだ。あのトレードマークの黒縁のめがねとくわえたばこ(晩年は禁煙していたそうだ)が見られなくなるのはさびしい。ご冥福を祈る。
 

2008年02月26日

たそがれ

三重映画フェスティバルのQさんから今年もまた東スポ映画大賞の授賞式の招待状が届いた。受賞式は3月2日なので楽しみにしている。その招待状が入った封書にコメントが添えられていて、そこで、ある映画をぜひ観るようにと書いてあった。そのある映画というのが、いまおかしんじ監督の「たそがれ」である。いま東京で上映しているから観ろというわけである。

この映画は、Qさんの知合いの映画仲間の友だちの友だちでシナリオを書いているひとがいて、高校教師を定年退職した後、一念発起し三重県の津から東京に居を移してシナリオ学校で 勉強をしたという。でこのひとが書いた「耳元でそっと囁いて」というシナリオがコンクールに入賞したのだ。そして最近いまおかしんじ監督がそのシナリオを映画化したということだそうだ。そのシナリオライターの名は谷口晃という66歳のおじいさんである。

確かに東京で上映されていた。ところが場所が東中野の「ポレポレ東中野」というところでしかもレイトショーなのだ。始まりが夜の9時という。終わったら夜中の11時近くになる。おお悪条件だ。だがせっかく遠く三重県からのリコメンドなので、もちろん観てみたいこともありでかけることにする。

昨日はいつもの築地での仕事をし、終わってから近くの「さらしなの里」で酒とそばで時間をつぶす。ついでに来週の呑み歩き隊の例会の予約も済ませる。すっかりいい気持ちになって東中野に到着。ポレポレ東中野は駅からすぐのところにある普通のビルの地下にあった。観客は10人程度で若い人のほうが多い。

「たそがれ」という映画は、もともとのタイトルが「耳元でそっと囁いて」であったが、それがピンク映画の雄、いまおかしんじが映画化すると「いくつになってもやりたい男と女」というそのものずばりの題名になり、一般館の上映になって「たそがれ」となった。

このことからも分かるように高齢者の性を扱っていて、しかしそれがいやらしくなく明るく描かれている傑作である。65歳になる主人公が中学の同窓会で50年ぶりに再会した初恋の相手と再燃するというわけである。そして、二人はラブホテルで抱き合うのだが、65歳のセックスシーンって想像できますか?そりゃ、若い娘には体では負けますが、なかなかよかったですよ。

脚本を書いた谷口晃が66歳だからまさに実感として持っている気持ちや願望を無理なく表現していて、ぼくもその年齢に近いせいもあって考えさせられる映画であった。「わたし、今晩のことで残りの一生生きていける。」という言葉が重い。

ただ、初恋の相手ってそのときの相手が好きであったわけで、それから50年経った今のひとを同じように好きになれるかというと違うような気もするし、どうなのだろうか。僕はそういう目にあったことがまだないのでそのときにどういう振る舞いになるかわからない。この映画を観てから、同窓会が楽しみでもあり怖い気持ちもあるという不思議な気分なのである。
 


2008年02月29日

魂萌え!

東京スポーツ映画大賞の主演女優賞は風吹ジュンで助演女優賞が加藤治子であるが、その二人の受賞の対象となった坂本順次監督作品「魂萌え!」を観る。その映画賞の授賞式に出席するのに観ていないのもまずいと思って急遽DVDを借りてきた。

ビートたけしも言っているようにこの二人の入浴シーンは見ものである。そして、風吹ジュンを評して「よくぞ自分の年齢を自覚したって感じだ。実生活の年をとることと、役者での演技でどういう役をこなすってのが、ちょうどいい時に、はっきり自覚した役をやって、評価される演技をした。」と賞賛していた。

確かに、僕らの年代だと寺内貫太郎一家の風吹ジュンだから、ああこんな歳になったのだなあと思ってしまう。それと同じように同級生として登場する、由紀さおり、藤田弓子、今陽子だってなんと歳を食ったことか。

この映画は、夫が死んでからこれまでと全く違う世界が現れて、そこで翻弄されながら新たな生活に足を踏み出すみたいな物語で、これって、「たそがれ」の女主人公がだんなと義母を失って、そのあと中学時代の同級生と情事のあとつぶやく「わたし。今晩のことで残りの一生生きていける。」と何かつながっているように思える。ぼくらの年代の女性たちが男や家庭から開放されていく時代なのかもしれない。今の若い人たちのように最初からそうではなく、またもっと上の世代のひとたちのようにじっと最後まで我慢するのではなく。

ぼく的にはラストで「ひまわり」の映像がでてくるんだけど、そのまえにデパートの屋上にひまわりの花を運ぶシーンがあり、そのあたりのこだわりがけっこう気に入ったのです。2日の授賞式には風吹ジュンが出席してくれることを期待している。
 

魂萌え!
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  • DVD / ハピネット (2007/07/27)
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    • 4 細かい演出が秀逸
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2008年03月04日

東京スポーツ映画大賞レポート

今年もまた東京スポーツ映画大賞とエンターテインメント大賞の授賞式に出かける。場所は去年と同じ赤坂プリンスホテル。映画大賞も今年で17回目ですっかり定着した感がある。

今年はほとんどの受賞者が出席していた。しかも、ほぼ全員が最後まで残っていた。昨年だと欠席者もけっこういたし、自分の賞が終わるとそそくさと帰ってしまうというシーンがあった。今年の欠席者は映画賞では北乃きいだけで、エンターテインメント賞では長井秀和、柳原可奈子、船場吉兆の湯木社長ぐらいだった。傑作だったのは、エンターテインメント大賞の特別賞にノミネートされた湯木社長が弁護士を通じて辞退の通知をしてきたことで、経営方針に反するのでもらえませんとか言っていた。

それでは、それぞれの賞についてもたけしのコメントや本人の受賞の弁を写真とともに手短にレポートします。

■外国作品賞:「ドリームガールズ」
たけしは作品のことはあまり言わないでエディ・マーフィーをほめていた。
そして、「バベル」の話になりけちょんけちょんにけなしていた。

■特別作品賞:「スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ」、「監督・ばんざい!」
二つの作品を比較して、自分の作新「監督・ばんざい!」は確信犯的にあほらしいものを作ったが、三池監督の「スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ」はまじめに作った結果、あほらしいものになったと言っていた。さらに、たけし自身はこの作品を外国でみたそうだが、日本の映画なのにセリフが全編英語であるのだが、海外ではそれに英語に字幕がついていたとチャカしていた。

■新人賞 :北乃きい「幸福な食卓」
この子は同じ名前だから選んだと冗談を放ってから、新しさのなかに古きよき時代の雰囲気も併せ持っていると賛辞を送っていた。それとくだらないバラエティに出ないで役者業をちゃんとやれと言っていた。

■助演男優賞:正名僕蔵「それでもボクはやってない」
これは意外な人選で、裁判官役は他に小日向文世と大和田獏がやっていたが、むしろ小日向文世のほうがインパクトあったと思った人が多かったのではないでしょうか。でもたけしは絶賛しいていた。そう言えば、自身のコメントでは、どういう風に演じようか悩んでいたとき、周防監督から日常を表現してくれと言われてこれだと思ったそうだ。おそらく、ふつうの人は裁判となるとある異常状況という感覚になるが、裁判官にとっては裁判は日常であるという、そういう思いに気がついたとき、どうすればいいのかが分かったのではないだろうか。

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■助演女優賞 :加藤治子「魂萌え!」
このひと85歳だという。びっくり仰天。魂萌え!でのおねだりばあさんの演技は彼女だからこそできた。もしあの品がなかったら単にいやらしいばあさんになってしまっただろうと評していた。

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■主演男優賞: オダギリジョー「東京タワー」
リリー・フランキーとオダギリジョーはかけ離れているが、見事に演じきったとこれまた絶賛。母親役の樹木希林にいじわるされただろうと言われていたが、挨拶でさかんに否定していた。もはやおしもおされぬ一級の男優になったって感じ。とにかくなんたってかっこよすぎ。

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■主演女優賞:風吹ジュン「魂萌え!」
風吹ジュンはぼくらの世代ではアイドルなのだ。一緒に行ったぼくの高校の同級生はもう感激していた。たけしはそんな風吹ジュンが一皮向けた作品であったと評価していた。作品自体はほめていなかったが、今陽子とか清水弓子や加藤治子も含めて女優陣が引っ張っていたと言っていた。
坂本順治監督から花束をもらう風吹ジュン。

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■監督賞:周防正行「それでもボクはやってない」
たけしのコメントは、これだけきちんと取材をして、練ってちゃんと映画つくりができる人はいない。教科書のような作り方ができるとほめていた。
おもしろかったのは、正名僕蔵のことに言及して、彼を選んでくれたことをすごく感謝していた。正名は以前「歌謡曲だよ、人生は」という映画でオカマ役で出ていたところを周防監督が抜擢したのだそうで、ついにオカマから裁判官まで演じられる幅広い役者になったといって笑わせていた。あと、奥さんの草刈民代も来ていた。

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■監督・ばんざい!賞: ビートたけし、石橋冠「点と線」
テレビドラマで映画賞というのもなんなのですが、ぼくも見たけど二日間に渡っていながら視聴率も20数%をキープしたそうで、久方ぶりの重厚なテレビドラマであったと思う。まあ、たけし主演だからなにだけどテレビも安易なバラエティだけではなくこうしたドラマにも力を入れて欲しい。

続いて、エンターテインメント大賞です。

■カムバック賞 : 長井秀和
長井秀和がなぜカムバック賞なのかさっぱりわからなかったら、どうもフィリピンで不詳事を起こして、いまアメリカで修業しているらしい。それで本人がビデオでコメントをしてきたのだが、これがおもしろくもなんともないトークで、たけしもこれじゃだめだから早く日本に帰って来いと言っていた。ところで彼の所属する事務所は大田光の奥さんがやっているんですね。その人が登壇してコメントを言っていたが、それが“頭が真っ白です”という船場吉兆の女社長の真似をしたのだが、ぜんぜん受けなかった。太田光が絶対そう言えと仕込んだらしい。

■特別賞 : 船場吉兆・湯木佐知子社長、姫井由美子参院議員
その湯木社長が辞退したという特別賞に、あの姫井議員も選ばれたのだが、この人は出席した。よく出てきたものだ、たけしもその隠さないところがエライとほめていた。まあ、「姫の告白」という本の宣伝を兼ねてでしょうけど。この賞のプレゼンテーターとして東国原宮城県知事が登場した。相変わらず宮崎県のPR。

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■日本芸能大賞:タカアンドトシ、楳図かずお、ムーディ勝山
この中になぜ楳図かずおがはいっているのかわからないが、かれのスピーチを聞いたらこりゃ芸能人だ。あとの芸人さんはネタをやらされていた。こういう場でネタを披露するのってすごく難しいのであって、ムーディは完全に外してしまった。それにくらべると、タカトシはそな雰囲気でも笑いをとっていた。たけしも関西弁でないしゃべりでテンポよくやれるのは素晴らしいとほめていた。

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■話題賞 :松本人志
これはすごいことですよ、たけしと松っちゃんのツーショットというのは。これは映画賞ではないので「大日本人」のことは少しだけで、けっこう細かいところのこだわりを評価していた。ただ映画でやることではないのかもということも同時に言っていた。たけしは、みんながほめるようなものは避けるところがあったり、実験的な試みを理解するという癖があるので、松本人志にもエールを送っていた。確かに、あの映画はこけたけどそれに懲りずにこれからも映画を撮ってもらいたいと思うのはたけしだけではなくぼくもそう思う。松っちゃんが神妙な顔をしていたのは言うまでもない。

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2008年03月16日

松ヶ根乱射事件

リンダリンダの山下敦弘監督作品だが、すばらしいできだと思う。日常の中の異常性を何気なく描く、そしてディテ-ルがいい。のっけから子どもが女の死体をまさぐるシーンでびっくりさせられた。そこでもうやられたとガツーンと来た。

田舎の都市で警官と適当にやっている双子の兄弟を中心にその家族が織り成すドラマなのだが、彼らがまたぎりぎりでバランスを取った生活をしている。親父なんかは家を出て愛人宅にいってしまったのに、母親はあまり強く言わないとか、認知症のじいさんが重石になっているという風に、みんなやっと日常を送っている。

そんなところに外乱が入るとどうなるか。ひき逃げされて生き返った女とヤクザみたいな男が登場するとその微妙なバランスが崩れていく。

この男を木村祐一、女を川越美和が演じているんだけど、この二人がリアルな人物のようでそうでもなさそうに描かれている。女はひき逃げされるのだが、仮死状態で警察に運ばれ、死体として処理されるが、生き返るのである。男はアイスピックで胸を刺されるのだが、抜くと死ぬといってそのままにして、後で死んでいないことを暗示させるシーンが出てくる。

おそらく山下監督はこの田舎町の日常に静かな水面に石をなげるように、架空の男女を放り込んでみたらその波紋がどう広がるのだろうかということを描いたのだと思う。

これもまたやられた。

この若い監督の仕掛けはすごい。そして、1990年半ばの時代設定に対してその雰囲気やファッションもきちんと合わせてくるし、感心させられる。

これからどんな作品を作っていくのか期待をこめて注目していこう。

松ヶ根乱射事件
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  • Amazon おすすめ度の平均: 3.5
    • 1 筋が分からない
    • 1 マニアによるマニアのための映画・・・なんでしょうかね?
    • 2 イラっとしてしまう
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2008年03月21日

天然コケッコー

この間、山下敦弘監督をほめたので、彼の最近の作品も観なくてはいけないと思い「天然コケッコー」を借りてくる。

何よりも夏帆ちゃんが出ている。夏帆は三井のリアハウスのCMで見てからもうべったりのファンになった。あんな子が自分の娘であったらなというかなわない夢を見た。そして、キャノン三姉妹でも応援している。山田優はイマイチだけど蒼井優と夏帆はいい。

その夏帆ちゃんがすばらしい演技を披露している。それだけでも観る価値はある。正直こんなにいい女優になるとは思ってもみなかった。おお、これからが楽しみだ。

さて映画だが、田舎の学校を舞台に東京から転向した同級生との淡い恋や仲間との生活、そして村の人々や家族の暮らしをその美しい自然のなかでほのぼのと描いている。映画というと刺激的でドラマチックなほうがいいというひともいるけれど、ぼくはこういった静かな情景が好きだなあ。

だって、ぼくらの日常ってそんなに劇的でもなく、ほんの些細なことで毎日が過ぎていく。そこでの小さな喜びや悩みに一喜一憂して生きていく。だからこそ刺激をもとめるというのもわかるけど、むしろちょっとした元気をもらうということも大事ではないのだろうか。そんな映画のような気がする。山下監督の映画はそうした何気ない日常の描き方が秀逸だ。

ただ、不満を少し。ロングショットが多く、表情が分かりにくいところがある。まあ個人的に夏帆ちゃんのアップを見たかったというのもあるが、寄せと引きのメリハリが欲しかったのはぼくだけだろうか。

天然コケッコー 特別版
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  • DVD / 角川エンタテインメント (2007/12/21)
  • Amazon 売り上げランキング: 815
  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 2 青春を思い出す?
    • 4 青空の木村町と、雨の東京との対比。夏帆が可憐!
    • 5 夏帆ちゃんの魅力がいっぱい
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2008年03月23日

クィーン

ヘレン・ミレンがアカデミー賞主演女優賞を受賞した「クイーン」を観る。これはもうヘレン・ミレンの映画以外何ものでもない。その素晴らしい演技が良質の映画をもたらした。

ご存知のように1997年にダイアナ妃がパリで交通事故に遭って亡くなった事件を題材にその対応に苦悩するエリザベス女王を描いたものである。そのエリザベス女王に扮したのがイギリスの名優ヘレン・ミレンである。

イギリス王室の内部の様子まで赤裸々に描いていて驚く。本当の姿なのかどうかはうかがい知ることができないが、あたかも真実のようにみえる。エリザベス女王と当時首相になったばかりのトニー・ブレアとのやりとりなんて、さもかくありなんといえる。

それにしても、ついいまわが国で取りざたされている皇室のことが思い起こされる。この映画と同じように例えば皇后と雅子さんの関係を映画にできるのだろうか。エリザベス女王とダイアナ妃との確執に近いことがあるような気もする。伝統やしきたりを守ろうとする側と新しい開かれた皇室を築こうとする側の葛藤は共有されるのではないだろうか。

ただ、離婚して単なる一般人となったダイアナに哀悼のメーセージを出したり、異例の行動に出ざるを得なかったときと同じような局面が日本の皇室におとづれたらどうなるのだろうかと思ってしまう。

本当かうそかはあるにしても、ふつうの人々とかわらない王室の様子は、当たり前なのだがおもしろかった。女優の演技もさることながら作品自体もなかなかよかった。

クィーン<スペシャルエディション>
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  • DVD / エイベックス・エンタテインメント (2007/10/24)
  • Amazon 売り上げランキング: 1438
  • Amazon おすすめ度の平均: 4.0
    • 4 重層的な思惑
    • 2 生きていても死んでいてもやっかいな女
    • 4 ノンフィクション風の政治的フィクション
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2008年03月31日

サッド ヴァケイション

下の子が今日から北九州にしばらく行くことになって、それで北九州を舞台にした「サッド ヴァケイション」を観ていた。ぼくも借りて観た。

けっこう評判となった映画で、何よりも浅野忠信とオダギリジョーが共演している。黒沢清監督作品「アカルイミライ」でも共演していたけど、ふたり一緒にでてきたらヤバイよね。二人ともすげえ存在感があるから火花ぱちぱちって感じなのだが、今回のこの映画でびっくりしたのは、それより何より石田えりのほうがすごかったのだ。

映画は、自分を捨てた母親に復讐する男をメインにそこの周りにいるあぶれものたちがからんできて、最後はその母親のしたたかさに圧倒される。その役が石田えりである。

しかしながら、まず最初の30分は全く何が始まったのかさっぱり分からなかった。何の脈略もないシーンが重なって意味わかんねー状態。だんだんそうかこうつながっているのかという風に分かってくるのだが、どうも青山真治監督の前作を観ていないとよくつながらないみたいで、そりゃねえだろう。だから、そういったシーンを削って見せてくれた方がよかったと思う。

さらに、言葉がわかんねえのだ。北九州弁をぼそぼそやられたら、語尾が肯定だか否定だか判別不明でこれまたさっぱりなのだ。

それと、粗い、いや荒いといったほうがいい作りで最初はもう少し丁寧に作れよみたいに感じたが、これはだんだん何となく北九州の雰囲気が出ていていいじゃんと思えてきた。

最近の映画では、男より女の方が強くしたたかに描かれることが多いような気がする。まあ、世相を反映しているのかどうかしらないが、たまには高倉健のようなもっと強い男が出てこないかと少しノスタルジックな気分にもなる。
 

サッドヴァケイション プレミアム・エディション
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  • DVD / ジェネオン エンタテインメント (2008-02-27)
  • Amazon 売り上げランキング: 1581
  • Amazon おすすめ度の平均: 4.0
    • 4 史上最強鬱映画
    • 3 聞き取りにくい
    • 2 ドロドロ
    • 4 母は…強し!
    • 5 これを青山サーガだと私は言いたい。
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2008年04月04日

酒井家のしあわせ

一家の幸せって何なのだろうか? ひとりひとりの個人の幸せは何となくイメージできるのだが、家族となるとどうなのだろうか?家族の幸せとはいつも家族全員がしあわせでいることなのだろうか。むむそんなことはありえないことのような気がする。

最近、家族のなかでいろいろな事件がおきているが、おそらく家族全員が不幸だったからおきた事件というわけではないだろう。そうなると、家族の一人の不幸が家族全体の不幸を招いてしまうという姿が語られるので怖いのだ。

前置きが長くなったが、そんなことを考えさせられる映画を観た。呉美保監督の「酒井家のしあわせ」である。

友近とユースケサンタマリア夫婦役を演じ、三重県の伊賀上野を舞台に繰り広げられる家族の物語である。中学生の子供を持つ母親役をお笑い芸人友近がしっかり演じていることにびっくりするが、中学生役の森田直幸とか他の役者もみないい感じでよくできた作品である。

さて、一家のしあわせのことである。多分この映画のうたい文句は、家族のあいだで殺人事件などがおきているこの殺伐とした現代に、家族の絆の大切を訴えるなんてことだと思うが、これは一般論としては正しいかもしれないが、そのことがどの家族にもあてはまることなのかというと、実は家族は千差万別どこの家族もパターン化できないことに問題がある。

従って、どんなその道の専門家と称する輩とか評論家みたいな人がいろいろ言うけど普遍論では全くないのだ。ということは、自分たちで考える、自分たちで解決するしかないのである。

だから、この映画は、そうかこういう家族もあるし、こういう対処のしかたもあるのだと思うことなのである。ケーススタディを多くやっておくことは意味があることをこの映画は教えてくれる。

実は、映画というのはケーススタディの機会なのである。擬似体験をしながらわが身にふりかかることを考える、そんなプロセスが要るように思うのである。それを映画や本が与えてくれる。

この映画の凝集されたシーンは最後に森田直幸が車の中で静かに笑うシーンだが、それを面白いと思うかどうかはこの映画を観てからよく考えてください。
 

酒井家のしあわせ
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  • DVD / 日活 (2007-07-06)
  • Amazon 売り上げランキング: 10509
  • Amazon おすすめ度の平均: 4.0
    • 5 名優ぞろい!音楽もよかった♪
    • 4 ほんとに居そうな家族。
    • 2 私には合わない映画だった
    • 4 忘れ去られる前に一度チェックしてほしい。友近は未来の泉ピン子だ!
    • 4 まるで本物!
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2008年04月06日

プラダを着た悪魔

メリル・ストリープとアン・ハサウェイの「プラダを着た悪魔」を遅まきながら観る。こういうしゃれた映画をアメリカは作るんですね。

この映画の内容はむしろテレビ的だと思うので、日本だとテレビでやるかもしれないが映画となるとできないような気がする。監督がいないのかもしれない。事実、この映画の監督デヴィッド・フランケルはテレビ出身のようだ。

ストーリーはファッション誌の鬼編集長のアシスタントになった女の子がイジメに合いながら、その編集長に認められていくといった、悪く言えば単純なストーリーである。ただし、鬼の編集長を演じるメリル・ストリープのふとのぞく“鬼の目にも涙”的な表情とアン・ハサウェイのキュートで素直なかわいらしさがこの映画の持ち味で、特に女性の目から見たら大いに楽しめるものではないだろうか。

またまた、言うのもなんなのだけど、女性主役の映画で男はさしみのつまみたいで、こんな作品ばかりだと嘆きたくなる。それと、これもパターン化しているのかどうかしらないが、最後が車の中でメリル・ストリープが押し殺した笑顔をみせるシーンで終わっている。

「酒井家のしあわせ」もそうだが、ラストシーンをどうするかというのは監督としてはすごく悩むし、また逆にそこで作品のできも左右されかねないところもあるからがんばるところであろう。映画に限らず、なんでも終わり方は難しい。

ストーリーも目新しいものでないけど、すんなり軽やかに楽しめる作品である。
 

プラダを着た悪魔 (特別編) (ベストヒット・セレクション)
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  • DVD / 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン (2007-11-21)
  • Amazon 売り上げランキング: 348
  • Amazon おすすめ度の平均: 4.0
    • 4 メリル・ストリープが最高
    • 4 意外とイケる!
    • 5 マーク・ジェイコブスが『as himself』
    • 5 素敵な映画★
    • 5 映画として質が高い
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2008年04月09日

歌謡曲だよ、人生は

阿久悠の「夢を食った男たち」を読んだせいでもなく、正名僕蔵が出ていたからではなく、TSUTAYAで「歌謡曲だよ、人生は」を手にする。

この映画は、昭和のはやった歌謡曲を題材にショートストーリーを集めたオムニバス映画です。物語は10話あって、それぞれに個性的な監督が演出しています。出演の俳優も妻夫木クンや武田真治クンが出ていたかと思うと関根恵子や大杉漣などが出ていたりとそりゃ多士済々ですよ。

それよりも何よりもやはり、ここのテーマになっている歌謡曲がうなってしまう。十曲が登場した年代は昭和34年から昭和50年だから僕がちょうど青春真っ只中であったわけで、従ってものすごく印象に残っているものばかりだ。その曲を並べてみる。

昭和34年「僕は泣いちっち」 作詞・作曲:浜口庫之助 / 歌:守屋浩 
昭和41年「逢いたくて逢いたくて」 作詞:岩谷時子 / 作曲:宮川泰 / 歌:園まり 
昭和41年「ラブユー東京」作詞:上原尚 / 作曲:中川博之 / 歌:黒沢明とロス・プリモス
昭和41年「これが青春だ」 作詞:岩谷時子 / 作曲:いずみたく / 歌:布施明 
昭和42年「小指の想い出」 作詞:有馬三恵子 / 作曲:鈴木淳 / 歌:伊東ゆかり 
昭和42年「いとしのマックス」  作詞・作曲・歌:荒木一郎
昭和44年「みんな夢の中」作詞・作曲:浜口庫之助 / 歌:高田恭子 
昭和45年「ざんげの値打ちもない」作詞:阿久悠 / 作曲:村井邦彦 / 歌:北原ミレイ
昭和47年「女のみち」作詞:宮史郎 / 作曲:並木ひろし / 歌:宮史郎 
昭和50年「乙女のワルツ」 作詞:阿久悠 / 作曲:三木たかし / 歌:伊藤咲子

おお壮観ですね。昭和34年と昭和50年は少しずれるが、そのほかはほんと17歳から23歳という多感な時代のことであるので、そのときのことを思い出してしまった。

そうなんですね、その頃は歌謡曲全盛だったのです。今はどこに行ってしまったのだろうか。面白いのは、ビートルズが来日したのが、昭和41年6月だから、歌謡曲とリバプールサウンドが混在していたのです。

映画の話にもどると10話もある映画なので好き嫌いも含めて面白いものとつまらないものとがまざりあった不思議な映画で良し悪しをいうより懐かしんだらいいと思う。ということは平成生まれの子にとってはなんのことやらわからないでしょうね。
 

歌謡曲だよ、人生は
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  • DVD / ポニーキャニオン (2007-12-05)
  • Amazon 売り上げランキング: 27664
  • Amazon おすすめ度の平均: 4.0
    • 4 気に入った作品が数本あればOK
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2008年04月14日

サイドカーに犬

芥川賞作家長島有の同名の作品を根岸吉太郎が監督して映画化した。竹内結子が主演していて従来のようなおとなしい役からイメージチェンジを図って話題となった。

この映画は、いまキャリアウーマンとして颯爽と生きている主人公が子どものときに、実の母親が突然家を出た後、やってきた奔放なヨーコさんという女性と過ごした夏の日を回想するところから始まる。

どちらというと内気な女の子が徐々に心を開いて仲良くなる様はほのぼのとした味わいで好感が持てる。管理型の母親に「してはいけないこと」ばかりを教えられることから、「何でもしてもいいんだよ」ということをヨーコさんに言葉ではなく行動で教えられる。

そしてヨーコさんは風のようにやってきて、風のように去っていく。この女の子だけではなく、みな少年、少女時代というのは何らかのかたちで、母親や父親と異質の大人に出会い、世の中の多様性だとか、自分の生活と違った側面を知ることで、自分自身を見つめなおす機会を得るのだ。

この親や親類以外の大人とのコンタクトはコカコーラを初めて飲んだときのように腹にしみこむのだ。そんな原風景をおだやかに描き、ヨーコの大胆な行動にもちょっとした翳りをちらつかせ、根岸監督の手腕は確かなものである。

気持ちのいいさわやかな映画だ。
 

サイドカーに犬
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  • DVD / ポニーキャニオン (2007-12-21)
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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.0
    • 3 竹内結子の今を見たい
    • 2 ノスタルジーにもひたれず・・・
    • 5 『すばらしい』の一言に尽きる
    • 4 ステキ映画体験
    • 5 ひと夏の宝物
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2008年04月21日

今宵、フィッツジェラルド劇場で

ロバート・アルトマンの遺作となった作品「今宵、フィッツジェラルド劇場で」を観る。アルトマン監督は「M*A*S*H」で、カンヌ国際映画祭パルムドールやアカデミー脚色賞などを受賞したが、それが1970年だからずいぶんと息が長い監督であったが、「今宵、フィッツジェラルド劇場で」を撮ったあとの2006年11月に死去した。

さて、映画はミネソタ州のフィッツジェラルド劇場で30年あまり親しまれてきたラジオ番組の「プレイリー・ホーム・コンパニオン」が、最後の公開生放送の日を迎える。その日の劇場にいる出演者やスタッフの様子を描いた群像劇である。この番組は実際にあった番組でしかも司会は実際にその番組の司会をやっているギャリソン・キーラー本人が出演している。いまもこの番組は続いているそうだ。アメリカの田舎のほうってこういうカントリー音楽好きなんですよね。

ぼくはこの映画の雰囲気は好きです。老シンガーが死んでしまうのだが、「老人の死は悲劇ではない」と語らせるところなんてアルトマンの面目躍如ですね。そのあと自分も死んでしまうのだから。こうした終焉を迎えながらも単なる喪失感だけではなく、希望の火も少し感じさせる。

それにしても、メリル・ストリープはすごい。あの「プラダを着た悪魔」の編集長役とは全く違う歌手姉妹の妹役を素晴らしい演技力で演じきっている。そして、歌も披露していてそれがまたうまいのだ。これぞ名優というんだろう。

もう、アルトマンの映画が観られないとなるとさびしい気持ちになった。

今宵、フィッツジェラルド劇場で
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  • DVD / 東宝 (2007-07-27)
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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.0
    • 3 米国エンターティンメントの凄さ
    • 1 去勢された映画
    • 4 カントリーってええなぁ
    • 5 従容として死に赴く、男の映画。
    • 4 大草原の家の仲間達
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2008年05月02日

理由

大林宣彦監督の作品というとまず浮かんでくるのが、「HOUSEハウス」である。1977年公開のホラー映画なのだが、いわゆるホラー映画というよりホラーファンタジーみたいな作品で、7人の少女が一人ずつ妖怪に食べられてしまうというもの。

何と言ってもこの映画の少女役が池上季実子、大場久美子、松原愛、神保美喜といった面々であることがすごい。ここからぼくは大場久美子のファンになり、大場久美子はコメットさんになっていった。すいません、横道にそれてしまった。

さて、映画「理由」である。宮部みゆきの原作は読んでいないのだが、どうも原作に忠実に撮ったらしい。だから映画も登場人物にインタビューしているように語らせることで成り立っていて、何と登場人物が107人にのぼる。

これだけの人が出てくるのでわけがわからなくなると思ってしまうが、最初はわからないなりにも一体どうなるのかという思いを持たせぼくには面白く感じた。ほんとよくこんな個性的な人たちを集められたと感心してしまう。

人間ってどうしても客観的にものは見えなくて自分の主観によってしまうところがある。思い込みやそうあるべきだとかそうに違いないと思ってしまう。そうした証言を積み上げながら映画は進行する。

いったい何が真実で何がウソなのかがもやっとした形で提示され、それをすこしづつ解きほぐしていく。でも結局何が起こったのかもわからないままで終わる。

いやー、大場久美子は出てきませんでしたが、なかなか面白いですね。

理由 特別版
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  • DVD / 角川エンタテインメント (2005-04-28)
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    • 3 原作感を裏切らずに面白いと思った。
    • 5 幾重にも重なる箱を1つ1つ明けていくかのような展開
    • 5 最高に素晴らしいサスペンス映画
    • 5 パズルのような映画
    • 3 ディテールに神は宿る、が・・
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2008年05月06日

誰も知らない

2004年度キネマ旬報ベストワンに輝いた是枝裕和監督の「誰も知らない」を観る。

うーん、微妙だな。主演の柳楽優弥君がカンヌ国際映画祭主演男優賞を受賞して話題になった作品だが、確かに柳楽君の眼力はすごいが、ぼくにはこの作品がいい作品なのかよくわからないと言ったほうがいい。ダメだといっているわけでもないのだが、評価に困る映画である。

映画は前半から中盤に淡々とストーリーが進む。もちろんその中では、こどもたちの演技とも呼べないような自然の振る舞いを切り取り、小物をなめるように撮ったり(実際に足元のシカットが多い)、少々冗長的でさえあるシーンが続く。

実際に巣鴨でおきた事件を題材に作られたというが、単に事件のアウトラインだけをもってきているだけで中味はぜんぜん違うと思う。あんな母親ではないはずだ。

結局、最後のシーンでタイトルの「誰も知らない」に納得するわけだが、“だからどうだっていうのよ”と叫んでしまった。それにあの終わり方は恐ろしいよね。

だから、繰り返すが事件の実相と全く違った創作だからリアリティを出すのが難しいのだ。

そこでリアリティがないからよくわかんねえと感じてしまうような気がする。映画自体はドキュメンタリータッチで雰囲気はもろリアルって感じなのだが、それ以外に強く伝わってくるものがない。

でもこれだけの評判でベストテンのトップなんだからいい映画なのだろう。ぼくの映画を観る眼が狂ってきたのかな?ぼくは全く予備知識なしで観たが、皆さんはおそらく実際にあった事件を下敷きに作られたことを知って観ているのではないでしょうか。

ぼくの勝手な推量だが、悲惨な事件だからきっと映画もそうなんだとかといった予断があると思う。そんな眼で観た場合とそうでない場合とでぜんぜん違って見えるように思うのだがいかがでしょうか?

誰も知らない
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    • 5 子が親の犠牲になる時代。
    • 5 明日に向って
    • 4 誰も知らない
    • 4 真実と虚構の間に生まれたリアル
    • 5 淡々と・・・凄い作品
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2008年05月09日

腑抜けども、悲しみの愛を見せろ

本谷有希子の戯曲および小説を映画化したもの。吉田大八監督、佐藤江梨子主演のブラックコメディ?だそうだ。

まず、このタイトルに驚かさされる。腑抜けはいったい誰なんだ。まあ勝手に解釈すると腑抜けは永瀬正敏演じる連れ子の男のことじゃないかと思ってしまう。それだけ他の女性陣のしたたかさや強さが際立つのだ。

いくつかこの映画で特筆すべきところがあって、まずは今言った永瀬正敏が演じる男が大まじめに生きる姿が滑稽にさえ映ることである。結局、何かに耐え切れず命を絶ってしまう。

それに較べて、3人の女性陣がすごい。佐藤江梨子、佐津川 愛美、永作博美の演じる女性たちである。この3人のしたたかさは感動さえおぼえる。

次いで、妹が叫ぶ「おねえちゃんって、やっぱおもしろいや」というセリフ。これにはのけぞった。さんざんいじめられておきながらこの返しにはまいった。

それからちょっと考えてみたら、ううっと思ったのは、“演技が下手で女優になれない女優のたまご”を演じる女優のことである。この役は佐藤江梨子なのだが、彼女はうまく演じたのかどうなのか、ああ混乱してくる。

最後は、永作博美のたまらなくかわいい女の演技だ。能天気な上房の打たれ強さみたいな、しかしほんの少し影があるといった雰囲気がすばらしい。あとで、調べたらブルーリボン賞の助演女優賞をもらっていた。それだけの演技であったと思う。

こういうストーリーは昔だったらドロドロの世界でそういう描き方をするんだが、今だとこんな形の映画になるんだなあと少しとまどい気味である。
 

腑抜けども、悲しみの愛を見せろ
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  • DVD / アミューズソフトエンタテインメント (2008-02-22)
  • Amazon 売り上げランキング: 1401
  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 4 感想
    • 3 中途半端
    • 5 本気で邦画が凄い!
    • 5 う〜む、解説困難なこの妙〜なカタルシスはなに?
    • 4 俳優入門
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2008年05月12日

アヒルと鴨のコインロッカー

このあいだ伊坂幸太郎の原作を読んで映画が見たくなったので借りてきた。小説を読んだとき、時間を交錯させたカットバックで書かれているので、これを映画にするのはどうするのだろうか、こりゃ難しそうだなと思った。

そうしたら、うまくさばいてあってびっくりした。中村義洋監督の手腕はたいしたものだ。ほんとはそのさばきかたを書きたいのだが、そこがこの映画の肝なのでまずいのでやめておく。まあ、原作に忠実に撮ってあるといえるのだが、原作どおりではないという作り方なのだ。とまあここまでで、中味はあまり語れない。

おそらく、なぜボブ・ディランなのだとか、ブータン人がどうしてあんなに日本語がうまくなるのだとか、人がいっぱい死にすぎだよとか批判する人がいるが、映画って日常的なことを拡大したり、誇張的な表現をするものだから、細かなところでありそうもないとか、おおげさだとかという批判はあまりしない方がいいように思う。

全体の雰囲気とか気分といったものがどうかというふうに観た方がいい。そういう点では、仙台という設定がいいし、若者特有の不安定さが出ていてよかったと思う。主演した若手俳優陣も生き生きとしていた。そうなんだ伊坂の小説は映画的なのだ。
 

アヒルと鴨のコインロッカー
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  • DVD / アミューズソフトエンタテインメント (2008-01-25)
  • Amazon 売り上げランキング: 801
  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 4 原作ファンとして気持ちの良い映画化。
    • 5 完璧な映像化、見事です
    • 5 気紛れで見たけど最高の映画でした!
    • 5 思わず共感してしまう
    • 4 役者陣が映画の質感を上げた珍しい作品
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2008年05月18日

ゾディアック

これは実際に起こった事件の映画化です。1960から70年代にアメリカで起きた連続殺人事件でいまだに犯人がつかまっていないという。

この事件に巻き込まれた、刑事、新聞記者、新聞社に勤める漫画家の3人を中心に物語が展開する。ゾディアックと名乗る殺人鬼を追いかけることにのめり込んで人生を狂わせたのだという。でも新聞記者にしても奥さんは逃げて行ってしまうが、またもとの鞘におさまったようだし、それはそれで人生なのではないかと思うが。

最初はミステリアスにそしてサスペンス的に進行してどうなるかと思ったが、だんだんわけがわからなくなった。なんというか、作り方が粗っぽいのだ。結構ややっこしい内容だから、ある程度緻密に作らないと頭が混乱してしまう。余計なエピドードはいらない。

途中でゾディアックらしい名前がでてくるんだけど、結局違うのだが、そいつはだれよみたいなことになる。
要するに、面白い題材なんだけど拡散していて絞りきれていない。もう少し工夫をすると、というより、誰が主人公なのかはっきりさせてその人間を追いかけた方が良かったと思う。おしいな。

Zodiac
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  • UMD Universal Media Disc / ワーナー・ホーム・ビデオ (2007-11-02)
  • Amazon 売り上げランキング: 27604
  • Amazon おすすめ度の平均: 3.0
    • 3 この映画の見方をおしえてもらいたい
    • 3 ドキュメントタッチのスリラーが好きなら。
    • 3 UMDで良かった・・
    • 2 流れが退屈でした
    • 3 「セブン」を超えられない監督
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2008年05月20日

ソルチクの夏

この映画を観終わったときに、なんとこの映画は古式蒼然たる映画化と思ったのである。しかし、だんだんじわじわと伝わってくるものがある。それが何かというと、ある意味普遍的なものを恥ずかしげもなく、照れもせずにどうどうと表現したことかもしれない。

見てるほうで照れてしまう。だって、韓国と日本という距離感、1年に一回しか会えない(どうして会えないのかしらないが)、方や外交官の息子、かたや流しの娘という設定(なぜか貧しい娘は日本の女の子)、恋心にゆれる女の子4人、このなんとも古典的な情況設定はどういうこと?

しかもですよ、歌が「なごり雪」なのだ。ええ、七夕に雪ですか。舞台は東京じゃないですよね。という具合になんとなく不釣合いもある。

チルソクというのはハングルで七夕のことらしいが、お分かりのように韓国の高校生の男の子と日本の女子高生は30年まえに陸上競技大会で出会って、一年に一回しかあえないが文通していて恋心を通じあわせるというもの。おいおい、素人の恋愛映画じゃあるまいし、と思ってしまうが意外と見終わった感はいいのだ。

なんなんのだろうかと考えてもしょうがない。人間って何も劇的な生活や人生を送っているわけではなく、べたであれ、背筋がこそばゆくても、無垢なことは素直に気持ちいいのかもしれない。

そんな映画、佐々部清監督の「チルソクの夏」であった。
 

チルソクの夏 特別版
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  • DVD / 角川エンタテインメント (2004-10-29)
  • Amazon 売り上げランキング: 27197
  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 5 ディテールにまでこだわった至高の青春映画
    • 4 奇跡の昭和テイスト
    • 4 いつかお互いが分かり合えるといい
    • 5 コンキチ&ナターシャの絵本ナビ
    • 4 邦画青春映画の佳作
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2008年05月27日

キサラギ

密室推理劇というので興味があったので「キサラギ」を観る。監督がテレビ出身の佐藤祐市、この手の映画は脚本が大事なので、脚本は「ALWAYS 三丁目の夕日」の古沢良太。

結論的には面白かった。脚本がよくできている。多分シナリオを考えていたとき楽しくてしょうがなかったんじゃないかと思われる。あれやこれやアイディアを出して、それをつなぎ合わせてストーリーをつくるのは、こうした映画では非常に重要であると同時につぼにはまってくると面白くなると思う。そんな風にしてできた映画だ。

物語は如月ミキというアイドルは死んで1年経つのでその追悼式をやろうという。集まるのがその熱烈なファンである掲示板で書き込みをしていた男たち5人がリアルにはじめて会うところから始まる。

そして、お互いの素性がばれていくとともに謎が解き明かされていく。物語の進行とともに期待感がふくらみ、またひっくり返されたりと飽きることなく見入ってしまった。

こういった密室劇だと「12人の怒れる男」が有名だが、それに比べるとぜんぜん売れなったアイドルのファンの集まりを舞台にしているため、格調は高くはないが面白さは出ていたのでいいんじゃないのとかばってみる。

最初、ネットの掲示板で知り合って初めてリアルに会うということなので、いわゆる「オフ会」のことを想像したがちょいと違うようだった。

しかし、こういう何ていうかある種のゲーム的な映画というのもあっていいと思うのだがいかがでしょうか。
 

キサラギ スタンダード・エディション
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  • DVD / キングレコード (2008-01-09)
  • Amazon 売り上げランキング: 744
  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 5 奇跡のワンシーンムービー
    • 4 前評判を裏切らない
    • 5 めっちゃ面白い!!
    • 5 民間放送でこの映画は放映できるんでしょうか?WOWOWならあいますが・・・
    • 4 キサラギ☆
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2008年06月01日

スキヤキウエスタン ジャンゴ

これまた奇妙な映画である。ヴェネチア国際映画祭に出品されたくらいだからふざけているわけではない。以前、たけしが東京スポーツ映画大賞でこの映画を特別作品賞にしていて、そのときの受賞式で全編英語なのだがヴェネチアで観たとき英語の字幕が出ていたといって笑わせていた。本当に、日本人の出演者が英語をしゃべるのである。

それも奇天烈だが、設定がすごい、マカロニウエスタンと源平合戦が一緒くたになって展開する。もうハチャメチャであるが、出演者がすごい顔ぶれで、伊藤英明、伊勢谷友介、佐藤浩市、木村佳乃、桃井かおり、香川照之などなど、中でも桃井かおりの英語がうまい。そうそう、石橋貴明の最後にオカマになってしまうところやクエンティン・タランティーノが武器商人として出てきたりともうまったくもって面白すぎる。

マカロニウエスタンというのはぼくらの世代でははまったヤツははまったのだ。ぼくもそのひとりでもある。最初に作られたのが1964年の「荒野の用心棒」でこれは黒沢明の「用心棒」を真似て作ったものである。監督がセルジオ・レオーネで主演がクリント・イーストウッドでこの作品で火がついた、以後「夕陽のガンマン」「荒野の1ドル銀貨」「怒りの荒野」など多くの作品が1970年代初めまで生まれた。

スキヤキウエスタン ジャンゴの監督三池崇史は、マカロニウエスタン全盛のころはまだ小さい子供だからリアルタイムで観ていないと思うが、それに対するオマージュを感じざるを得ない。

まあ、映画は非常に残酷なシーンの連続であるがここまでやると逆にあまりひどくは感じられず喜劇的に思えてくるので、目くじら立てて非難することはないと思う。

いずれにしろ久々のまじめなドタバタを見たような気がして面白かった。
 

SUKIYAKI WESTERN ジャンゴ スタンダード・エディション
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  • DVD / ジェネオン エンタテインメント (2008-02-06)
  • Amazon 売り上げランキング: 5150
  • Amazon おすすめ度の平均: 3.0
    • 3 無様に殴られ、痛めつけられ、みともない男の姿が哀愁
    • 5 これぞ活劇、これぞ映画だ!!
    • 3 (笑)
    • 5 桃井かおり!
    • 4 観賞後、暫くするとまた見たくなる
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2008年06月11日

デス・プルーフ in グラインドハウス

デス・プルーフというのは、「耐死仕様」と訳されていたが、少々乱暴なことをしても壊れない車,いやもっと過激なものなのだが、その車で殺人鬼が無茶苦茶なことをする映画である。

グラインドハウスというのは、B級映画ばかりを上映する映画館のことで、だからこの映画も昔風にわざとフィルムに傷をつけたり、ダブリがあったりといったように雰囲気を出している。ぼくも昔の2本立てB級映画をションベン臭い映画館で観たことを思いだした。

監督がクエンティン・タランティーノ。そうです、「スキヤキウエスタン ジャンゴ」で出演していたあのタランティーノだ。だからもうハチャメチャだ。最後のおねえちゃんのキレぶりなんかタランティーノの面目躍如といったところ。

出てくるのは、おねえちゃんに殺人鬼のスタントマンという設定で、もう下品と残酷が満載。こういう映画が嫌いな人は反吐が出るかもしれないけど、もう面白いこと請け合いである。また深刻な映画もいいがこういう別な映画の楽しみ方もあってもいい。
 

デス・プルーフ プレミアム・エディション
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  • DVD / ジェネオン エンタテインメント (2008-02-22)
  • Amazon 売り上げランキング: 1504
  • Amazon おすすめ度の平均: 4.0
    • 1 正にタランティーの作品の真骨頂
    • 4 iconoclastic
    • 5 終わり方最高!
    • 5 ザッツ・ザ・タランティーノ!!
    • 4 レトロ・アクション再び
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2008年06月13日

映画は映画館で観るものなのか

これはぼくの持論の“映画は映画館で観るものだ”という信念にツバするような話だけど、何も映画館だけで観なくてもいいのじゃないかと思う。

読書の世界で新書が幅を利かせるようになったのと同じように、DVDで見るというスタイルがどんどん浸透していくような気がする。


ひとつには料金という問題がある。こんなことを言うのもなんなのだが、その作品にいくら出すか、だせるかという問題である。映画館では1800円なのだ。それだけの価値があるのかといいう問題になる。どうもそこを考えないといけない時代になったような気がする。

ぼくは、それが悪いことだと思わないし、一番いいのはDVDレンタル代並みに映画館の料金になればいいが、その前に映画はテレビを見るよりおもしろいものだということがわかればいいのである。そうすれば、新書のようにDVDが売れることを映画好きな人間は非難することはしないと思う。

もう少し現実的なこととして近くに映画館がないということもある。ぼくの友達に大分県の佐伯市に住んでいるやつがいて、こいつは映画館に行くのに車で1時間かかると言っていた。だから、めったに映画館で観られないのでもっぱらレンタルビデオだそうだ。ぼくはそんなには遠くないが、近くの映画館が昨年閉鎖してしまった。

ただ、新書の話とDVDは違う。何が違うかというと中味が違うからである。すなわち、新書に書いてあることと単行本で出されるものとは内容が別のものである。DVDは映画館でやるものと同じものが入っている。そういう意味で言うと文庫本といったほうが当たっている。そうですね、書き下ろしで単行本になって、いくらかの期間が経つと文庫化するというパターンですね。

いずれにしろ、本にしても映画にしても手軽に読んだり観たりできることをみなが欲しているようで、でもそれはそれで正統的でないなどと文句を言う筋合いではないので、気楽に好きなように楽しんだらいいという当たり前の結論である。


ちなみに今年に入ってから今日まで25本の映画を観ているがほとんどDVDで観ている。ところがぼくの高校のときの友達のS君は同じ数の映画を映画館で観ていた。こりゃスゲエと素直に思ってしまう。だから最新作の話をされるとちと困るのである。


2008年06月16日

幸福な食卓

近頃、饒舌な映画が多い中でどちらかというと寡黙な映画といった方がいいのかもしれない。小松隆志監督の「幸福な食卓」を観る。

原作が瀬尾まい子の小説で、主演に新人の北乃きい。映画の解説に「ある家族の崩壊と再生の軌跡を描いたヒューマンドラマ。少女の視点を通して平凡な一家の喜怒哀楽を丁寧につづる。」とある。

いきなり、父親が朝の食卓で「父さん今日から父親を辞めようと思う」てなことを言い出す。物語はそこから始まる。おいおいちょっと待ってくれと思わず叫んでしまう。何かいわくありげな家族の登場なのだが、ぼくには、この"父親を辞める"ということがまったくわからなかった。辞めることで何が変わるのか、それでどうしたいのかが理解できない。

それとか、今どきありえないような明るい青年とか、「死にたいひとが死ねなくて、死にたくない人が死んでしまうのね」とか、「友達は作れるけど、家族は一つしかないから」とか陳腐なセリフが並ぶと、リアリティがあるようでないのである。

だからと言って、評価が悪いわけではない。北乃きいのみずみずしさや最後に明るく前を見て歩くシーンで救われるのである。

だって、映画は人生の応援歌なのだから。
 

幸福な食卓 プレミアム・エディション
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  • DVD / ジェネオン エンタテインメント (2007-06-22)
  • Amazon 売り上げランキング: 18040
  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 5 文才ないですが
    • 5 たくさんの人に見て欲しい
    • 4 せわしない現代の「東京物語」
    • 5 すべての年代の人に見てもらいたい
    • 5 え?マジかよいきなり?
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2008年06月26日

夕凪の街 桜の国

佐々部清監督のヒューマンドラマというらしい「夕凪の街 桜の国」を観る。広島原爆投下から13年後の昭和33年の世界が夕凪の街で、現代が桜の国という二つの時代を描いていて、それぞれがつながっているという設定。

それを、麻生久美子演じる父と妹を原爆で亡くし自らも被爆した女性と田中麗奈演じるその弟の娘の二人の女性を通して、原爆の恐ろしさを伝えている。

監督の佐々部清は「出口のない海」や「チルソクの夏」もそうだが、直球で四隅をついてくるといった感じでまじめな映画だ。だから、素直な感動を与えてくれる。

ただ、原作がそうなのだろうけど、「死ねばいいと思われているのに生きている。それに気づくのが怖いのよ」、「生きとってくれてありがとうな、13年たってやっと殺せたと思ったじゃろ」というのは、少々気負いすぎじゃないだろうか。そこから反戦的なメッセージを送りたいのかどうかわからないがちょっと首を傾げてしまった。

それ以外は、昭和33年の面影にジーンときたし、春日八郎の「お富さん」が聞こえたときにはしびれた。この年長島がデビューした。そのエピソードも出てくる。

戦争から毎年必ず1年づつ遠ざかっていくなかで、風化しないためにもこうした映画がつくられていくということは意義があることだと思う。

ところで、ぼくは久美子フェチで広島弁をしゃべる女に叱られたい男なので(笑)、麻生久美子にはほんと参ってしまった。

夕凪の街 桜の国
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  • DVD / 東北新社 (2008-03-28)
  • Amazon 売り上げランキング: 1046
  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 4 祈る気持ちが、心に刺さる
    • 4 生きとってくれて ありがとう
    • 5 「これほどまでに・・・
    • 2 問題の重みとキャストの軽さのギャップ
    • 4 いまいちかなぁ
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2008年07月06日

血と骨

ぼくはビートたけしはそんなには好きではない。監督としても俳優としても。ほぼ同年代なのでそこからくる反発なのかもしれないが、なんとなくぼくらの代表みたいに言われるのも抵抗がある。

そんなたけしが主演し絶賛された崔洋一監督の「血と骨」を見る。まあ、賛否が極端に割れるような作品ではないだろうか。エロ、グロ、バイオレンスが嫌いな人はとんでもない作品に写るし、一方強烈な個性を発揮する人物から時代を感じ取れるような人は傑作と思うのではないだろうか。それだけ強烈な映画だ。

ぼくはこの映画の背景となった時代を少しはわかる。映画の中のシーンにもあの昭和が登場してくるので、三丁目の夕日のように懐かしい思いで見たが、内容はまったく違い、片方は暖かさやほのぼのさであるが、こちらは荒々しさと冷酷さである。

ぼくが子供のとき、家の近くに在日が住んでいたので雰囲気は知っているが、あまり特別な感情はない。迫害したとか、差別したということではなく、異質な何かがゲットーとして存在しただけに思えた。そして中学生になって在日の子と友達になり、何だ異質でもなんでもないじゃないかと感じた、そんな経験からこの映画をみると、どうもあの主人公金俊平の行動がよく理解できないところがある。

原作を読んでいないのでわからないが、おそらく、日本の社会の中で様々な屈辱があって、そういう中で凶暴な性格も形成されたはずなのだが、そこが描かれていないのでいきなり暴れまわる。これでは単なるハチャメチャ親父である。

最初に斉州島から船で夢を膨らませて日本にやってくるシーンがあるが、この手のシーンはよくあって、そこからその夢を実現するためにいろいろあってというストーリーとなるのが普通なのだが、そこが薄いのである。

途中に脈略のないシーンがあって、こんなエピソードはいらねえんじゃないのと思えるので、そこを外して船のシーンとのつながりを描いた方がよかったと思う。

まあ、ぼくにはまあ気持ちがよくない、後味のよくないほうの映画であった。
 

血と骨 通常版
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  • DVD / ポニーキャニオン (2005-04-06)
  • Amazon 売り上げランキング: 27503
  • Amazon おすすめ度の平均: 4.0
    • 5 現代にない絆
    • 4 忘れ去られた昭和史の一遍
    • 5 怪物と呼ばれた男の人生
    • 5 韓国ドラマ・映画ファンに捧ぐ
    • 5 たけし
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2008年07月23日

サウスバウンド

奥田英朗の同名小説の映画化。奥田英朗はぼくの好きな作家の一人なので期待したが、外れてしまったようだ。森田芳光監督の角川映画「サウスバウンド」はイマイチ感動しない映画であった。

元過激派のアナーキストの豊川悦司扮する父親とこれまた学生時代はジャンヌダルクといわれた女闘士であった天海祐希扮する母親が昔のままに暮らしていて、権力に歯向かう姿をコミカルに描いている。

前半は東京浅草での生活があって、なぜか突然父親の出身地である沖縄の西表島に引っ越してしまう。そこで開拓しようとするデベロッパーといさかいをおこして大立ち回りの結果、どこかへいってしまう。

ところが、何か軽いんだな。昔の過激派ってあんなじゃないと思うのだが。子供がそのまま大人になったようにという言い方もあるかもしれないが、学生のときも子供だったってことだから、そんな無邪気でもなかったはずだ。

天海祐希の母親だってもう少し政治的だし、あれじゃミーハー妻みたいである。

ぼくらは学生運動を身近で見てきた世代だから、ああしていまだに転向を許さない化石のような人がいることも想像がつくのだが、もう少しまじめで律儀な感じだと思うが。

ところで話は変わるが、なぜ学生運動家はみな自然農園とか環境保護運動に向かっていくのだろうか?

まあ救いは、久しぶりの吉田日出子の姿を見ることができたことと、沖縄編で巡査役だった松山ケンイチの出色の演技力である。

サウスバウンド スペシャル・エディション
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  • DVD / 角川エンタテインメント (2008-03-05)
  • Amazon 売り上げランキング: 4517
  • Amazon おすすめ度の平均: 3.0
    • 1 ナ、ナンナンデスカ、コレ・・・?
    • 4 いま改めて考えたい この世の中のこと 自分のこと
    • 3 むなしい
    • 1 がっかり・・・
    • 5 森田監督の"完全復活"
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2008年07月27日

転々

三木聡監督作品「転々」は面白い。オダギリージョーと三浦友和の二人が東京の街を歩きながら展開する物語をコメディタッチで、しかしせつなさも加味して仕上げた映画である。

三木聡の映画は「インザプール」しか見ていないが、彼の映画を“脱力系コメディ”というらしい。なるほど肩の力が抜ける感じはありますね。

物語は留年を続ける学生であるオダジョーのところに借金取りの三浦友和がやってきて、100万円あげるから東京散歩に付き合えというところから始まる。

これはある種のロードムービーだが、最初はお互いにどんな人間なのか、何があったのかは分からないが、だんだんと家族のこととかが明らかになる。最後は連帯感のようなものが生まれ、あるいは擬似家族としてふるまいが一瞬の心地よさを生む。

随所随所にネタが散りばめてあってくすくす笑ってしまう。また、いくつかの知っている東京の街が現れて、これまた感情移入していく。三木監督のこうした仕掛けのうまさにうなってしまう。

主演の二人のほかに、小泉今日子、岩松了、ふせえり、松重豊、吉高由里子とかみんないい味を出している。傑作なのは、岸部一徳役を岸部一徳が演じていることである。

ぼくは、こういう軽いけど奥にしんみり感がる映画は好きだなあ。辛いことや嫌なことがあっても肩肘はらずに楽しく生きようじゃん。
 

転々 プレミアム・エディション
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  • DVD / ジェネオン エンタテインメント (2008-04-23)
  • Amazon 売り上げランキング: 1000
  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 5 三木監督×オダギリジョー×三浦友和
    • 5 長い夜にひとりで見る映画。
    • 4 ほのぼのHappy
    • 4 三浦友和がいい
    • 5 日本映画の良さ
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2008年08月02日

サイドウエイ

男二人のロードムービーである。縦糸が結婚を一週間後に控えた売れない俳優の男と学生時代にルームメイトだった作家になれない教師のその一週間の行動である。

横糸がワインなのだ。やたらワインの名前がでてくるがさっぱりわからない。そのうだつのあがらない教師がワインのオタクで飲むたびに能書きをたれるのである。

途中ユーモアもあり、面白い展開でなかなか楽しめた。アカデミー賞の脚色賞をもらったみたいで、本場でも評価が高かったようだ。

ついちょっと前に見た日本映画の「転々」と比較してしまう。男二人の物語だからである。そして、シリアスなのだがユーモアでそこを消しながら展開するのも同じである。

「サイドウエイ」のほうはどうもハッピーエンドのようだが、「転々」は尻切れトンボの感じで終わってしまった。まあ、どっちがいいというわけではないが、男二人のロードムービーはいつでもどこでも作られる定番なのだろうと思う。

主演の二人であるポール・ジアマッティとトーマス・ヘイデン・チャーチは両者ともいい味を出していて好演である。

ハリウッドのどんぱちもいいけれど、こうした渋い映画もいいものだ。

サイドウェイ 特別編
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  • DVD / 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン (2005-07-07)
  • Amazon 売り上げランキング: 11322
  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 5 バツイチの人には特にお勧め
    • 5 味わい深い、人生かな
    • 4 人生の節目にじたばたするオトナ二人のワイン珍道中
    • 4 アメリカ映画にしては珍しいフィナーレです
    • 3 せつない。いたいたしい。でも現実って、こうだろう。
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2008年08月09日

犯人に告ぐ

映画フリークの友達からこれはお薦めだと言って教えてくれた瀧本智行監督作品の「犯人に告ぐ」を見る。雫井脩介の同名の原作をWOWOWが映画化したものである。

予想通り大変面白かった。久しぶりにみるサスペンス映画は上々のできばえである。多少の構成上の詰めは残ったきらいはあったが、初めから終わりまで息を抜けない。

この作品の評価を高めたひとつの要因はなんと言っても豊川悦司だろう。過去の失敗を背負いながら、その心の傷を新たな事件解決のエネルギーに変えていく刑事役を好演。同じころに封切られた「サウスバウンド」の元過激派より数段はまった役どころであった。この役を演じられるのはトヨエツしかいないだろうと言わしめるものを感じた。

こうした映画の批評でよく原作がいいのに映画になるとねえという人がいるが、ちょっと待ってくれと言いたい。小説と映画とは別物ですよ。原作はこうだけど映画ではそこが描かれていないとかという批判は全くの的はずれで、映画は原作があろうと、オリジナル脚本であろうが、映画だけで評価してほしい。

だから原作とか関係なしに観ると、いまの邦画が“ソフトボイルド”化しているせいか、この映画はなかなか良かったですね。

ただ、笹野高史の味が出きっていなかったことがイマイチで、もう少し絡ませても良かったんじゃないかと思う。それと、小沢征悦という役者が小沢征爾と入江美樹の子だったって知らなかった。「隠し剣 鬼の爪」のも出ていたが、素人臭い硬い演技で、顔もバレーボール選手おように古いし、親の七光りだけのように思えるのだが。

ちょっとコネタなんだけど、舞台が神奈川県で最後に犯人が追い込まれるのが市ヶ尾周辺で実はその近くに3年くらい住んでいたことがあって、掌紋をとられたかもしれないなあと変なところで親近感をもったりした。

テレビを利用した劇場型の事件なんだが、こんなことが現実におきてくるのかどうかを考えてしまった。今のテレビは犯罪を助長するのは熱心だが抑止には働いていなから、この映画のように刑事が犯人にテレビで語りかけるというのもあってもいいかもしれない。ただテレビで、「今晩は震えて眠れ」なんて言える刑事はいないよな。ねえ、青島刑事さん。
 

犯人に告ぐ
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  • DVD / ポニーキャニオン (2008-03-21)
  • Amazon 売り上げランキング: 13485
  • Amazon おすすめ度の平均: 3.5
    • 4 豊川悦司さんが当たり役
    • 4 豊川さんがいいですね。
    • 3 原作に比べて魅力不足
    • 3 私だけでしょうか・・・
    • 4 すげえ惜しい!
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2008年08月15日

やじきた道中 てれすこ

弥次喜多道中とくりゃあ、男二人のロードムービーである。そこに女が一人加わることで、男二人、女一人という映画における定番設定である。もうこの設定だけで面白いことがわかる。平山秀幸監督作品「てれすこ」は案の定面白かった。

落語ネタがいっぱい入っていたり、勘三郎と柄本明の掛け合い漫才もあったりして庶民的な笑いとペーソスもふんだんにちりばめられて楽しい映画となった。

ぼくはこの二人もすばらしいがもっと良かったのは小泉今日子である。少し薹が立った品川の花魁を演じていたが、その乾いた色気ときっぷのよさがなんとも魅力的だ。「空中庭園」の主婦役も見事だったけど、この作品でもすばらしく大女優の道に進んでいるように思える。

もちろん男優二人も負けず劣らずたいしたものだ。平山監督がNHKテレビの取材で、中村勘三郎は稀代の名優、柄本明は稀代の怪優であると言っていたが、まさにそのとおりで、二人の演技は、いやキョンキョンを含めた三人の演技はみものである。

そのテレビで柄本明が演技について語っていたことも印象的である。この映画にも重要な役どころで子役が出演しているが、こどもが何も考えないで演技しているように自分も演技できたらといいのにと言っていた。「こどもの学芸会の芝居ができたら」ということである。それは中村勘三郎も同じように思っている。これは、名優と怪優が言うのだから説得力がある。

平山監督の前作「しゃべれどもしゃべれでも」もそうなのだが、庶民目線の日常的な世界を描いたものに面白い物が出てきている。派手に喜怒哀楽を表現するよりじわったとした泣き笑いが受ける時代なのかもしれない。
 

やじきた道中 てれすこ
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    • 4 能天気なお話
    • 5 若い人たちにこそ見て欲しい人情喜劇
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2008年08月23日

原作がある映画とそうでない映画

小説やマンガを映画化することがよく行われる。今は映画界が安易にベストセラーを映画化する方向に行っている。オリジナル脚本というのが少ない。残念なことである。

オリジナルでは「ゆれる」の西川美和、「殯の森」の河瀬直美とかがいる。そう今年のキネマ旬報ベストテン作品のなかで唯一のオリジナル脚本である「それでもボクはやってない」の周防正行といったところがあげられる。

さて小説を映画化するといっても、元になる小説の形態も違う。端的に言えば、長編と短編ということになる。だいたいが長編が多い。短編では芥川の「藪の中」を黒澤明が映画化した羅生門が有名である。

映画化は長編が多いのはなぜかというと、長編では登場人物の性格描写だとか、サブストーリーなどを書くことでかかなり説明的にできる。それを映画は短い時間でその説明的なことを映像という手段で表現する。だからその文章あるいは行間をいかに映像化できるかにかかっている。

一方、短編はそこから想像力をどれだけ発揮して、新たな世界をつくれるかにかかっている。これは難しい。しかし、原作のことをちゃんと反映していないなんて批判されることを考えれば、短編のほうがいいように思うがどうだろう。

いずれにしろ、映画と小説はぜんぜん違う表現形式だから同列に比較しないでほしい。というより最大の問題は、映画がリスクをとらなくなったことだと思う。原作で一応評価されたものを映画化すればそこそこのお客さんを呼べると思っている節がある。どうも危険な感じだ。

映画用のきちんとしたシナリオを書いてそれを映画にするという最も大事な工程を借り物にしているように思うのはぼくだけだろうか。
 

2008年08月30日

ザ・マジックアワー

三谷幸喜はぼくのお気に入りの監督の一人で、日本で数少ないコメディを書ける脚本家であり、撮れる監督である。久藤官九郎もそうだが演劇から入ってくる人に面白い人がいる。

久しぶりに劇場で観たせいでもないが、映画の面白さを満喫した。声を出して笑ったのも久しぶりだ。何といっても佐藤浩市の怪演は見ものであるが、それに答える西田敏行や妻夫木聡などの共演者もうまく演じていた。

さらに、他の出演者もすごい顔ぶれで市川昆とか柳澤愼一、榎木兵衛といった懐かしい人たち、そして渋い脇役の寺島進、小日向文世、戸田恵子、香川照之ときたらたまんない。女優陣も深津絵里と綾瀬はるかだ。特に深津絵里がいい。こりゃ豪華だ。

三谷幸喜は舞台出身だが、映画に対する愛情もあり、そのためにいくつもの楽しい仕掛けを施している。セットもそうだし、劇中劇の映画シーンもそうだし、こういうものを見るとそれだけでうれしくなってしまう。

この映画の宣伝のためにテレビに出まくっていたそうだが(ぼくはテレビを見ないのでよくわからないが)、それを批判する人もいるようだが、別に営業活動の一環で当たり前じゃないのかなあ。

脚本もよくできていると思う。単なるおふざけ映画でもなく、佐藤浩市の売れないが役者へのこだわりだとか、妻夫木君の軽いまじめさだとか、深津絵里の気まぐれぶり、寺島進の凄みと間抜けさとかいった、何となく人間ってどこか抜けているところがあるんだというところも感じさせてくる。

ストーリーだって、うまく練られていて、いいテンポの展開になっていると思う。お薦めの映画です。
 

2008年09月02日

殯の森

第60回カンヌ国際映画祭で、審査員特別大賞「グランプリ」を受賞した河瀬直美監督の作品「殯の森」を観る。

ざっとしたストーリーはこうだ。

奈良県の山間地にある旧家を改装したグループホームに入所している認知症のじいさんと女性介護士の交流を描いたものである。じいさんは、33年前に妻を亡くして、その妻への思いをずっと抱き続けている。介護士の女性は子どもを亡くしたことがきっかけで夫と別れつらい思いを抱えながら懸命に生きようとしていたらしい。(らしいというのは映画ではせりふが聞き取れなくてこうしたバックグランドがぜんぜんわからないのだ)そして、二人はじいさんの亡き妻葬られている森の中に入っていく・・・となる。

これじゃあ何のことかと思うでしょうが、冗談抜きでこれだけです。どうしてこんな作品が賞をもらったのでしょうか。

おそらく、妻を亡くした認知症の老人が妻の埋葬された森の中に行き自分もそこで死んでいくというのが思いついて、そこに介護士を絡ませて、そして美しい自然をちりばめて生きるとは、死ぬとはを問いかけようと考えたと思う。

しかし、全くリアリティが感じられなかった。いまぼくの身近で認知症になりかけているひとがいて、かなり現実的な話になっているが、映画のような設定が信じられない。だいいち、亡き妻が森の相当深いところに埋葬されているとは驚きだ。そこに元気に登っていって、墓を掘って死んでいくなんてありえない。

自然の景色の美しさが随所に見られるがそれはそれで上手に撮れているし感動するが、何を意味しているのかがよくわからない。

要するに、河瀬監督のひとりよがりのような気がする。自分のイメージした観念的な世界をそのまま画像にして、さあみんな見てよねという感じなのだ。だから、最初に書いたように、せりふは聞き取れないし、シチュエーションが非説明的だから、何が起こっているのかさっぱりわからない。

たぶん、それがカンヌで受けたのだと思う。かえってこうしたよくわかんないものをわかったふりをしたい審査員が選んだのでしょう。

以前、オリジナルシナリオで映画を撮るべきだと言ったてまえ、この映画もオリジナルなのであまりけなしたくはないのだが、あまりにもリアリティにかけるシナリオなのでがっかりしてしまったのであえて苦言を呈することにする。


2008年09月08日

街のあかり

フィンランドの名匠アキ・カウリスマキの作品「街のあかり」を観る。何か不思議な感じがする映画だ。セリフがないシーンがフェイドアウトしながらつなぎあわされたりしていて、物静かに流れる寡黙な映画だ。そこが主人公の置かれている風景をうまく表現している。

友達も家族も恋人もいない男が主人公で、周りから孤立して生きているが、しかし夢をもっていていつかはそれを実現しようとするがなかなかうまく行かないにもかかわらず、ひっそりと失望せずに生きている。

しかし、そんな彼に魔の手が伸び、女を使って犯罪者に仕立てられてしまう。そんな彼にも暖かい思いを寄せてくれる女性がいるのだが、最初はそれに気づかないが徐々に・・・。そして最後の感動のシーンで終わる。

上演時間が87分と短いので、あもう終わりかと思ってしまう。そして、えこりゃ何なのだろうかというある種の物足りなさを感じるのだが、時間がたってくるに従ってじわっとくるものがある。

北欧の映画はほとんど観ないが、がさがさしていないこうしたゆったり感がいい。チャップリンの「街の灯」のオマージュだそうだ。こうした映画を観ていると、もうハリウッドの派手な映画を観る気がしなくなってくる。

ところで、非常に気になったのが、映画の中味とはあまり関係ないが、主人公も含めて登場する男どもがみなヘビースモーカーなのだ。やたらたばこを吸う。刑務所のなかでもぷかぷかやる。別に時代設定が古いわけでもないのにフィンランドでは今でもこんなに喫煙するのだろうか。
 

街のあかり
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    • 3 大衆芸術作品
    • 5 ミニマルなヒューマニズム
    • 5 無愛想な優しさ
    • 3 う〜ん・・・
    • 4 最後は力強く小さな希望で…
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2008年09月14日

クワイエットルームにようこそ

松尾スズキが監督した「クワイエットルームにようこそ」を観る。芥川賞候補作にもなった自ら執筆した小説の映画化である。面白かった。

ただ、この映画の舞台が精神病院でそこに様々な症状の患者いて、そこの模様が描かれるのだが、これはもう登場人物を誰がどういう演じ方をするのかが勝負みたいなところになり、案の定、この作品でも個性豊かな俳優さんが特異な演技を披露している。

中でも、大竹しのぶ、蒼井優が秀逸。それと主役の内田有紀がコミカルさを持ち合わせたいまどきの若い娘の典型を熱演していた。

これだけの個性をぶつけあうとなるときちんとシナリオがかけていないと拡散してしまうことがあるが、この作品はそこがよく書けている。

精神病院に運ばれてきてから、徐々に事実が明らかになっていくという展開はいい。そして、異常なようでそうではないように見えたりする人間模様の中で、ふとした笑いの裏に不気味さを感じたりする。

ところでこの映画を見て、そして今やっているパラリンピックを見ながら、健常者っていったどんな人間をいうのだろうかと思ってみた。

おそらくこの映画の感想をいうとき、私たち健常者からの目で見るとなんて前置きをつけるヤツがきっといると思うが、じゃあ何をもって健常者というのか、それよりそんなヤツがいるのかと言いたくなる。完全無欠のやつなんていないわけで、誰でもどこかに健常ではない異常なものを持っているだろう。

だから、この映画はぼくらのことを描いた映画なのかもしれない。
 

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    • 2 なんとか侍
    • 5 現実が押し寄せる恐怖
    • 3 映画としてはまずまずの出来
    • 4 友達の意見入れて星4つ
    • 5 単純に面白いだけではない作品
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2008年09月18日

萌の朱雀

以前、河瀬直美監督の「殯の森」のことを書いた。そのときあまりいい評価をしなかった。こういうときって、ただ1作で低い評価を下すのもなんだかかわいそうになってくる。そこで、彼女が97年にカンヌ映画祭で新人監督賞をもらった「萌の朱雀」を観ようと思ったのである。

ところが、観終わったときの第一声は「これ、おんなじじゃねえの」ということだ。
前回次のように書いた。

要するに、河瀬監督のひとりよがりのような気がする。自分のイメージした観念的な世界をそのまま画像にして、さあみんな見てよねという感じなのだ。だから、最初に書いたように、せりふは聞き取れないし、シチュエーションが非説明的だから、何が起こっているのかさっぱりわからない。 たぶん、それがカンヌで受けたのだと思う。かえってこうしたよくわかんないものをわかったふりをしたい審査員が選んだのでしょう。
この作品でも、登場人物がどういう関係でどんな背景を背負っているのかがさっぱりわからない、しかも途中でいきなり、時間がとんでしまうし、おやじとトンネルがどう関係しているのかもわからない。そりゃ饒舌な映画も困りものだが、ただぼそぼそやられてもわけわかんねえとなってしまう。

それに、脈絡のないシーンが出てきてなんだこりゃとなる。だから涙を誘うようなシーンが出てきても感動しないのだ。

河瀬監督は何か勘違いしているんじゃないだろうか。そして、映画かぶれの学生が作ったような映画を評価するカンヌ映画祭の審査員も勘違いしているふうに思える。

かなりきついことを書いたが2本ともわけのわからない映画を見せられては書きたくなる。
 

萌の朱雀
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    • 5 繊細にエロティック
    • 4 映像が先、物語はあと
    • 4 初心の映画
    • 4 喪失と無常
    • 2 そうだ奈良を撮ってみよう
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2008年09月26日

ALWAYS 続・三丁目の夕日

前作を観てかなり感動したので、続編をすぐに観ようかと思ったが、割と評判がよくなかったことや、すぐに続編を作る商業っぽさが気になって観ないでおいた。

ところが還暦を迎え、少しばかり気持ちが回顧的になってきて、観るかとなったのである。だって、あそこに出てくる子供たちとぼくらは時代を共有しているのだ。出てくるシーン出てくるシーンみんな焼きついているものばかりだ。

「ALWAYS 続・三丁目の夕日」(山崎貴監督)は、また懐かしい思いをもたらせてくれた。ただ映画としての評価をしなくてはいけないのだが、実際はラストでは涙ぼろぼろになった。しかし、なぜか一作目とちょっと違うように思えたのである。どうも見事に泣かされたのではないかと。

こういう映画は予定調和の世界を描くから、ほとんどが予想通りの結末になる。寅さん映画が典型であるが、それが妙に安心感があって、分かっているのに感動する。ところがである、この映画では、その調和させるものがいっぱいあり過ぎなのだ。

茶川さんとヒロミ、淳之介が一緒に暮らせるようになること、親戚の女の子のいい子化、六子の幼馴染の改心、どれもこれもうまくいくのである。

映画の中のシーンで現実は甘いものではないのでそんなにうまくいくものではないと語らせておいてだ。だからあまりにも多くのことがうまく行き過ぎて、そんないい時代だったのかなあとか思ってしまう。

まあ、そうは言っても個々のシーンや小道具に思わずそうだったよななんて相槌を打ちながら、日本橋の上に高速道路を走らせたは誰だと怒ってみる。

ひょっとしたらシリーズ化されるのだろうか。

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    • 4 名作だと思うが、やりたい事をもう少し絞った方がよかった
    • 4 ほっこりと☆
    • 5 夕日が、眼にしみるね。
    • 5 心にしみじみとした温もりを感じた
    • 5 ぜひ「寅さん」「釣りバカ」シリーズに続く国民的シリーズに
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2008年09月28日

ポール・ニューマンが死んだ

ぼくの大好きな俳優であったポール・ニューマンが死んだ。享年83歳。

彼は「傷だらけの栄光」で一躍脚光を浴び、その後「ハスラー」でスターの座を獲得したが、ぼくはまだそのときは子どもだから、なんとなくカッコイイやつぐらいにしか見ていなかった。

ぼくにとってのポール・ニューマンは「明日に向かって撃て」になる。1969年の作品だから、ちょうど大学生の時だ。このときは、ロバート・レッドフォードとの競演で実在の銀行強盗であったブッチ・キャシディとサンダンス・キッドを小気味よく演じてぼくたちを魅了した。

もうたまらなくポール・ニューマンの虜になる。その後、「スティング」「スラップショット」などでもその魅力を遺憾なく発揮し輝いていた。

彼の魅力は、さわやかな凛としたたたずまいの中に男らしさがむんむんしているところである。ぼくはしばらくたって肩まであった長髪を切ったとき、ポール・ニューマンのようにしてくれといったものだ。

1980年代くらいからはあまり映画にもでなくなり、彼を見る機会がなくなったのだが、2002年に「ロード・トゥ・パーディション」でトム・ハンクスとジュード・ロウと一緒に出演し、マフィアのボスを演じたのを観た時はうれしかった。歳をとってもぼくには昔のポール・ニューマンがいて、胸にジーンときたのだった。

自分も歳をとるから仕方ないのだが、いつかはみんな死んでいくのだとふとそんなことを考えさせらえた訃報であった。
 

2008年09月29日

自虐の詩

不覚にも泣いてしまった。堤幸彦監督「自虐の詩」である。阿部寛のちゃぶ台返しが話題になっていたのでてっきり喜劇だと思って見たら、これでもかこれでもかという泣かせシーンが続き、後半は泣きっぱなしという意外な展開に。

やっぱり日本人は、貧乏話、田舎から夢見て上京、母親に捨てられる、事故で助かる、新たな家族の誕生とかそういった類のお涙意頂戴場面の連続には弱い。

しかし、ちょっと手放しではないのだ。というのは、なんだかんだといいながらみんないい人ばかりだし、こんなに世の中ってやさしかったのかなあという思いがある。

それと、中谷美紀の幸江と阿部ちゃんのイサオの自虐ごっこみたいなやり取りに、ええー人間って、そんなに簡単にSとMに切り替わるのかなあとか見てしまう。

まあ、そういっても泣いてしまったのでいい作品であることは間違いない。それにしても、中谷美紀は「嫌われ松子の一生」といいこの映画といい、薄幸キャラが板についてきた。

この原作は人気の4コママンガだそうだが、また嫌味を言うわけではないが、マンガに頼った映画が多いのには困ったものだ。またまたオリジナル脚本が増えてこないかなあと嘆いてみる。

最後にどうでもいいけどやっぱり熊本さんはアジャ・コングだった。
 

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    • 1 原作に対する冒涜。
    • 4 深いです
    • 2 出来の悪い「嫌われ松子の一生」ってカンジでしょうか…
    • 4 前半の卓袱台返しの連続技は必見
    • 4 俺もちゃぶ台ひっくり返したい
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2008年10月01日

おくりびと

60歳を過ぎると映画館でシニア割引という特典にあずかることができる。やっとそうなったので昨日は品川プリンスホテルシネマに行く。お目当ては「おくりびと」。ぼくの友達が絶賛したのでワクワクして行く。

初めてシニア一枚といったら、証明できるものを見せてくださいと言われるものだとばかり思っていたら、何も言われなかったので拍子抜けする。ふと、こりゃ喜んでいいものやら悲しむべきことなのか一瞬とまどってしまった。だって、歳相応あるいはそれ以上に見えたってことだから。

それはともかく、滝田洋二郎監督「おくりびと」は素晴らしい作品であった。こういうのを”秀作”という。ちょっと前にモントリオール映画祭でグランプリを受賞したニュースが飛び込んできた。さもありなんという感じである。海外でもこの映画のよさがわかるのだ。

さて、映画であるが、新聞の折込求人広告で勘違いして始めた仕事が納棺師という主人公が、様々な死と出会いながら、そして自分の肉親との死による再会といったことを経て、その職業に誇りを抱いていく物語である。それを、山形の自然のなかでまじめに美しく描いて見せた。

重厚でもなく、重苦しくもなく、さりとて軽くではなく、死をこんなかたちで見せてくてた映画はかつてなかったように思う。人間は死を避けられない、誰でも必ず迎えるものである。それゆえ、”おくってもらえる”ことはほんとに最後の望みのような気がする。そんな見方はしていなかったのですごく考えさせられる。

俳優陣も主演の本木雅弘がすばらしかったが、なんと言っても、山崎努の渋い演技が何ともいい味を出して映画を引き締めていた。広末涼子は、そんなにうまい演技だとは思えないが、泣き笑いの表情はよかった。それよりも何よりも死体を演じた役者さんが一番よかったんじゃないかな。

この映画は、日本映画のよさを発揮した素晴らしい作品であった。ぜひ、見てください。
 

2008年10月04日

イントゥ・ザ・ワイルド

この映画にはいろんな要素が詰まっている。さすがショーン・ペンはすばらしい才能を持っている。

「イントゥ・ザ・ワイルド」という映画は、裕福な家庭で育った若者が、大学を卒業した途端、放浪の旅に出て、アラスカの山の中にある“不思議なバス”に辿り着くところから始まる。そして、なぜそんな旅にでたのか、そこまでの2年間をどう過ごしてきたかが語られる。

このタイトルを見てぼくらの世代がすぐに思い浮かべるのは、五木寛之の「青年は荒野をめざす」であり、同名のザ・フォーク・クルセダーズの歌である。ここではジュンという青年が欧州へ旅立つ話であるが、流れる基本のところは同じような気がする。

誰もが一度は経験しただろう、抑圧、既定路線、偽善などから開放され、自由に孤独に放浪してみたいという欲求である。少なからずの人はそうして“小さな”放浪の旅をする。もちろんぼくだって、海外はいけなかったが国内を一人であてどなく旅したこともある。

さて、この映画の物語は、いつの時代でも普遍的な若者が旅立つときの揺れを描いている。ただし、だいぶ過激だ。そして、旅の途中でいろいろな人と出会う。ヒッピーが登場してびっくりしてしまうのであるが、その人たちと交わっていくうちに成長していく姿が描かれている。

最初にいろんなことが詰まっていると言ったが、「人間と自然」というテーマもあり、自然の前には人間は無力だなんて陳腐なことはいいたくないが、やはり大自然の中では人間の存在ははかないものなのだろう。そいう自然に打ちのめされる姿も映し出される。

この映画の重要なポイントは、2年間の放浪を経て憧れのアラスカに着いて、その間に様々な出会いや経験をつみ、これから生きていくのに自分ひとりではなく、周りの人たちがいてこそ、自分も意義のある人生が送れることを悟った瞬間、孤立から免れることができなくなり悲惨な最後を迎えるという皮肉な結末である。

こういう終わり方をしたというのがショーン・ペンのすごさである。

ところで、見終わってちょっと気になることがあった。なぜ、主人公はサバイバルできなかったのかということである。途中で出会う老人からたもやつり道具をもらうという伏線があったので、てっきりそれを使って自給生活をするものとばかり思っていたら、それを使うところもでないで飢えてしまった。

単純に熊が生活できるんだったら人間だって生活できるよなと思ってしまう。ということはおそらく彼は自ら命をたつことを望んだのだ。だって、もし、例えば、飛行機かなんかがそこに不時着して一人取り残されたとすると、きっと自活しながら、脱出したはずだ。生きて帰りたい気持ちが強ければ可能だ。

きっとほんとに悟っていなかったのだ。どうしても戻りたいと思っていなかったのだ。じゃあ、アラスカに行くことだけが目的だったのか。うーん考えさせられるなあ。

これはいい映画です。いま若い人も、昔若かった人も若者がある清算をして大人に変わっていくときの不安や期待とどう戦っているのか、いたのかをみつめるいい機会になりますのでぜひ観てください。
 


2008年10月11日

めがね

もう予想どおり“まったり感”溢れる作品である。いまちょっといやなことがあって気分が落ち込んでいたので、そんな時にはこういう映画がいいんじゃないかと。「めがね」は「かもめ食堂」に続いて、荻上直子監督の同じトーンの映画である。

沖縄の与論島と思わせる島にもう若くはない、そしていわくありげな女性がやってくる。その女性は、おなじみ小林聡美が演じ、そこの宿にいるひとたちがもたいまさこ、光石研、市川実日子たちである。そして後からやってくる青年が加瀬亮である。

携帯が通じないところに来たというその女性は最初はそこにいるひとたちの暮らしぶりにとまどう。その島の人たちは「たそがれ」ることをしているという。「たそがれ」ってなんだろうかと考えているうちに、だんだん自分もはまっていくのである。

ここに流れる時間のテンポがぜんぜん違うし、映画のカメラワークものんびりと構え、ゆったりとしている。
ちゃかちゃかした映画ばかり見ているとこうしたスローなものもいいものだと思う。ふーと息を抜く感じが心地よい。

ただ、まだ若いのにそんなに早く「たそがれ」るなよと思ってしまう。前に「たそがれ」という映画を紹介したことがあったが、それは年寄りのもっとどろどろとした「たそがれ」を描いたものであって、ぼくはそのほうがむしろ「たそがれ」感があったように思える。

だから、この映画を見ていると確かにスローライフの気分はいいのだが、何か逃げているように思え、そんな「ジジ臭く、ババ臭く」なるなよと叫びたくなる。まあ、たまにはそういったのんびり生活もいいが、ずっとやるにはもっと歳とってからでいいんじゃないと思うのである。
 

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    • 5 気持ちがゆったりすると周りの人にもやさしくなれる
    • 5 めがね
    • 3 超スローで時間が流れます!
    • 5 ゆったりと
    • 4 スローライフ
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2008年10月24日

運命じゃない人

内田けんじの「運命じゃない人」を観る。2005年度の作品だから、ずいぶんと前になる。その年のカンヌ国際映画祭批評家週間へ出品されたことでも話題になった作品である。

まず、こりゃやられたと思った。要するに、いくつかのストーリーが錯綜して、最初は時間も含めて、関連性がわからない。そのうち映画が進行するに従ってそれが徐々にときほぐされてきて、最後のああそういうことだったのかと分かる仕掛けになっている。

こういう手法は別に新しいわけでもなくよく使われるが、この作品は、その組み立てが非常にうまくできていて、それは脚本を練りこんだ結果だと思うが、そのよくできた脚本を丁寧に演出している。劇場映画が初めてとは思えないできばえである。

出演者もあまり名の知られた俳優さんではないが、中心となる男女5人がそれぞれ違った個性を演じ、しっかり存在感を出していた。

同じカンヌ映画祭でグランプリを取った河瀬直美監督に脚本というのは詰めて詰めてつじつまもあわせながら、意外性を盛り込んでというふうにちゃんと書かなくてはいい映画が撮れないということをこれを見せて教えてやる必要がある。

内田けんじの次作「アフタースクール」を早く観たくなった。
 

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    • 4 早く地球に住みなさ〜い!
    • 5 ほっとする作品
    • 5 星の数が足りない。快作・傑作・最高!
    • 5 これぞエンターテイメント!と思わせる映画
    • 5 ぴたっ、ぴたっとハマっていく伏線が、バツグンに面白かった映画
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2008年10月29日

ヘアスプレー

この映画は、主人公の女子高生が言う次のセリフで決まりだ。「“人と違っている”ことがいいことなのだ」である。

背が低く太った女子高生がダンスで地方テレビ局の番組のオーディションを通り、一躍人気者になってしまう。「ヘアスプレー」(アダム・シャンクマン監督)はそんな映画である。まさにアメリカンドリームの一端を覗かせてくれる。ある意味で、古きよき時代の映画である。

いまやこういう状況になって、アメリカモデルがもろくもくずれさろうとしているが、ぼくらは、そんなに簡単に見限るなよと思うのである。だって、そういうお手本があったからこそ日本もここまで来れたという面は否定できないのだから、もう少し窮地にたった先生というような目も要るような気がするのです。

さて、映画であるが、時は60年代公民権運動華やかしころ、ボルチモアのような保守性が強い田舎ではまだ黒人差別が公然とあり、それが徐々に開放へと向かう時である。そんな雰囲気において、いかにも“ブス”の女の子がめげずに、言い方を変えれば、向こう見ずにできそうもない、途方もない夢を追って、しまいにはそれを実現してしまうという、変形シンデレラストーリーだ。

当然のように、周囲の暖かい目、特に父親と母親がすごい。娘以上に太っていて、ぜんぜん外に出なかった母親(これを何とジョン・トラヴォルタが演じている)と、“デブセン”の父親が最初は反対しつつもいつの間にか応援団になっているとう定番のストーリーである。

そこには、深刻な人種差別の問題を盛り込んでいるので、シリアスになるところをミュージカルという形態にしているところで救われる。どうも、ミュージカルとはそういう一面があって、深刻さを笑いとばす落語に似ているような気がするが、飛躍し過ぎか。

ただ、動的なミュージカルと静的な落語の対比は国民性を表わしていて面白いと思う。そんなことを考えた映画であった。
 

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    • 5 2007年最高に楽しい映画
    • 5 いい意味での、典型的アメリカ映画
    • 4 人種差別反対がテーマのミュージカル映画
    • 5 おでぶ万歳!
    • 5 リッキー・レイク初登場
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2008年11月01日

イーグル・アイ

ついちょっと前に銀座の「M」で久しぶりにミュージカル、映画好きのIさんと隣り合わせになる。そうしたら、最近見た映画ですごく良かったのが「最後の初恋」だという話になった。そうしたら、逆どなりにいたMさんがマスターとまったく同じ話をしだした。ぼくらのような中高年にとってはすばらしい映画でぜひ観るようにいわれてしまった。

というわけで、一昨日に時間がとれたので有楽町へ行ったが、上映しているはずだと思っていた映画館へ行ったら「ICHI」とかいう映画をやっていた。劇場のひとに「最後の初恋」じゃないのですかと言ったら、それは先週の金曜日に終わりましたという冷たい返事。ああがっくり。インターネットは終わったら消しとけよ。

でしょうがないので、シャンテに行こうかと思ったが、時間が合わないかもしれないと、近くで別の映画を捜したら、ちょうどいい時間で「イーグル・アイ」をやっていたのでそこにする。

何も予備知識がなかったが、製作総指揮がスピルバーグで「全人類に警告  誰も逃げられない」という惹句に引かれて期待してしまった。

最初は、知らない男女が“あの女“に導かれて出会い、その声に踊らされていく。さてどんなことが起きるのかとワクワクさせるよくある筋立て。そこに、まあすごいカーチェイスがあって、これでもこれでもかと車を壊していくシーンの連続である。

よころが、だんだん真相がわかってくるのだが、首をかしげることが多くなってくる。例えば、けっこうポイントになると思うのだが、双子の兄弟であって、その兄の生体認証を弟がなりすますのだが、アクセスするシステムがものすごい高度なものなのに、ええ簡単に破れちゃうみたいなのだ。最後はどうなっちゃたのかわけが分からない。

久しぶりにハリウッドのお金かかってます映画を観たが、面白いところはないとは言えないが、もういい加減いやになった。つい、今のアメリカの混乱に結び付けてしまいたくなるが、もはやアメリカのハリウッドこそ映画であるという時代は終わったのじゃないだろうか。車が壊れるアクションシーンを見ていうるとこんなに浪費していいのと叫びかけてしまった。

終わってから「M」に行ったら、「最後の初恋」とは正反対の映画を観てきたんだねと言われてしまった。そうか、「最後の初恋」を観たら、ハリウッドも捨てたものじゃないなと言うのかしれない。

誰が出ているのかも知らないで観たが、何とあの「チョコレート」で看守役のビリー・ボブ・ソーントンを見つける。またまたいい味を出していた。
 

2008年11月04日

プロヴァンスの贈りもの

原題が「A Good Year」という「プロヴァンスの贈りもの」を観る。非常にいい映画というか、ぼく好みの洒落た映画だ。良質のワインの味だ。

まずは、この原題を、「プロヴァンスの贈りもの」という風にしたのもいい。「A Good Year」というのは、いいぶどうが取れた当たり年という意味なのだそうだ。

やり手のイギリスの証券マンが高い報酬を約束されている共同経営者の座を捨て、おじさんから相続したフランスのぶどう畑でワイン作りをする道を選ぶというストーリーなのだが、そうした生活を始めた年がいい年であったということなのだろうか。

というのは、今の金融危機を思うと、まだトレーダなんて続けていたら今頃どうなっているのだろうと思ってしまったからである。別な言い方をすると、今はこういう映画は作れない。

さて、この映画はいたるところで、粋でしゃれの聞いた会話が飛び出してくる。それも魅力の一つである。それと、そこには比較文化人類学的な趣があって楽しめる。いくつか紹介してみよう。

・テニスのシーンで、“フレッドペリーだ”“おれはラコステ”
・まずいワインを造っているので売れないので、ワイナリーを売るにはどうしたらよいかに対して、“ワインをわからないやつに売るのか、それじゃあアメリカ人だ”
・ 回想シーンでテニスに負けた少年に、“勝者をたたえて踊れ、イタリア人のように”
・ 約束事とは、“フランス人は握手だ。イギリス人は証券だ”
・ “われわれイギリス人は支配と労働が大好きだ”

他にもいろいろあるが、けっこうぐさっと来たセリフ、男が“プロヴァンスはぼくには合わないよ”、女が“あなたの人生がここに向かないのよ”。

ラッセル・クロウのコミカルな演技もみものだし、エンドロールの「ビキニスタイルのお嬢さん」には思わずのけぞった。

ということで、こんな映画をいつになったら日本映画で観ることができるのだろうか。
 

2008年11月07日

図鑑に載ってない虫

またまた三木聡監督の「図鑑に載っていない虫」を観る。彼の作品を観るのは「インザプール」「亀は意外に速く泳ぐ」「転々」に続き4作目となる。

うーん、この作品はちと行き過ぎた感じである。小ネタ満載、ナンセンスコメディの三木ワールドであるが、少し外しすぎた気味。

“死にモドキ”というわけのわかんない虫を探しに、最初は伊勢谷友介演じるルポライターが友人やらリストカッターの元SM嬢ややくざなどが一緒になるというストーリー。そうした仲間や出会う変なひとたちを相変わらずの脇役が固める。

松尾スズキ、若松了、ふせえり、松重豊、村松利史、笹野高志らが縦横に個性を発揮して暴れまくる。もう個性派脇役オールスターみたいでそこがひとつやりすぎのところかもしれない。

どうも、三木ワールドは落語の世界に通じるように思えて、登場人物からして落語的な雰囲気である。だから繰り返しの笑いがあり、りっぱなオチもあって、枝雀の言う「どんでん」というさげである。

最初に言ったようにあまりやりすぎると食傷を起こす可能性がある。こういうものは、控えめぐらいがちょうどいいような気がするので、三木監督にはちょっと抑えていこうぜと言いたい。

まあ、そうは言っても楽しくくすっと笑える映画はいいものだ。
 

図鑑に載ってない虫 完全攻略版(2枚組)
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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.0
    • 5 抜群です!
    • 5 ゆる〜いの好きな人寄っといで!
    • 3 評価がわれそうな映画
    • 3 趣味が合わず・・・
    • 4 おもしろかったです
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2008年11月11日

プライドと偏見

原作がジェーン・オースティンの小説「自負と偏見」である「プライドと偏見」を観る。イギリスのオールロケだそうで、その田園風景が美しい。

物語は、ある5人の娘を持っている一家の近所にお金持ちの独身男性が引っ越してくることから始まる。その当時のイギリスでは女に相続権がなかったんですね。ですから、女たちの関心はいい男を早く見つけて結婚することなのだ。

そんな娘が5人もいたら大変なことになる。そんな大変な親をドナルド・サザーランドとブレンダ・ブレッシンが巧みに演じている。特にドナルド・サザーランドの父親がみせる愛情溢れる娘への言葉に味があって好感が持てた。

さて、その5人の娘の中でキーラ・ナイトレイ演じる次女であるエリザベスが主役である。他の娘たちもそれぞれ違った性格で、対比してみていくと面白い。エリザベスは勝気な性格でその当時としてはもっとおとなしくしろといわれたのではないでしょうか。

しかし、「プライド」をもった男にとってこういう女は魅力的なんですね。普通はまわりからちやほやされるのに、ずたずたにされる。そんな女はめったにいないから余計離れられなくなる。

まあ、実際の映画では、「プライド」というより「はにかみ」、偏見というより「誤解」といった方がいいような展開なのだが、お決まりのそうしたわだかまりが解けてめでたしとあいなる。

ただ風景の美しさも相まって、素直にいい映画だと思わせる作品であった。
 

プライドと偏見
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  • DVD / ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン (2006-11-30)
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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.0
    • 4 プライドや偏見を乗り越えてこそ
    • 3 親しみやすさと低俗
    • 5 本当にキレイな映像
    • 5 美しい!大好き!
    • 5 ダーシーが素晴らしい
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2008年11月16日

いつか読書する日

好きな映画です。何がって、一生懸命生きている人の映画だから。映画には、若者が登場しない。いや正確に言うと、児童虐待の若い夫婦とスーパーの店長と不倫ごっこをする女が登場するが、それは大した存在感はない。

どうも一生懸命に生きているのが、年寄りと子供なのかとつい思ってしまう。この映画は、特に前半では、ここらあたりの情景が頻繁に登場してくる。痴呆の問題、児童虐待、介護、地方、役所、地方商店といった題材が描かれる。日本の縮図的な絵柄が表れてくる。そのなかで、50歳の男女の恋物語を出してくるという監督の眼にはまいったのだ。

若い人には、50歳の恋と性はわからないと思うが、この映画の表現のとおりのような気がする。この歳に同窓会やったら、いくつかのカップルが誕生するというのもうなづける。

この映画で描かれているのも似たようなことで、高校の同級生の男女が、かたや奥さんに死にわかれ、かたやずっと独身でいる二人が、その歳になってやっとお互いが近づいたら、いくところはそこだみたいな映画だ。「プライドと偏見」にも似たところがある。

しかし、これがこの映画の少し不満なところである。そんなに風になるのだろうかというのが素直な感想である。それとすぐに主人公を死なせてしまうのはよくない。たぶん、30年も前に抱いた思いをそのまま、いまの身に変えられるれるかというと絶対ないというのがぼくの思いである。

言い方を変えると、少年少女の関係と全然違うと思うのだ。どういうことかというと、“生活”がどう蓄積されたという裏づけが人生にとって必要であって、それを入れていくと違う結果になる。だから、死んでいく奥さんのの“勘”は当たってもそれがそのとおりいかないのが人生なのである。

ここらあたりは、小僧っ子にはわからないはずだ。

そして田中裕子が光る。いい映画に出会った。
 

いつか読書する日
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    • 4 胸の底に眠る熱情
    • 4 美しくてハレンチでセクシー
    • 5 牛乳配達の瓶の音
    • 4 幸福の基準
    • 5 坂道
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2008年11月24日

カポーティ

作家を映画の主人公にするのはおきて破りだ。「カポーティ」はそんな映画である。忙しくて、TSUTAYAへの返却日を忘れていて、延滞金を払っても見た映画がこれだったのでちょっとすねてみる。

最初からわかっていただろうと言われるかもしらないが、ひょっとしたら作家という立場とはあまり密接な関係がないものかもしれないという気があった。

ところが、この作品は、トルーマン・カポーティが「冷血」を書くために殺人犯に取材して作品にしていく過程を描いているわけで、それはおきて破りだって。その過程はその作家の文学作品で結実させればいいだけであって、読者はそんなネタ晴らしみたいな映画は見たくもないのではないだろうか。

例えて言えば、ちょっと飛躍するが、イチローが隠れて素振りをしているのを見せるのと同じではないかと思うのである。

だから、作家を主人公にその作品を作る過程を映画にすることはあまりないような気がするのだが。以前バージニアウルフを主人公にした「めぐりあう時間たち」という映画もあるがそれだって、作品を書く過程というより、そのひとの人生を描いているわけで、それはわかると思う。

トルーマン・カポーティを演じたフィリップ・シーモア・ホフマンの素晴らしさや作品自体の評価も高くてもなお、なんとなくしっくりいかないのである。

ということで、かなりはしょった批評で申し訳ありません。
 

カポーティ
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  • DVD / ソニー・ピクチャーズエンタテインメント (2008-12-19)
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2008年12月03日

カーテンコール

佐々部清監督の下関ワールドである「カーテンコール」は、昭和のノスタルジーのような紹介に乗せられて見ると、なんだこれはとなる。まぎれもない「父と娘」の映画である。

昭和30年から40年くらいにかけて、映画の幕間に芸を披露する芸人とその娘の話と、それを取材するタウン誌の女性記者とその父親の話が交錯して展開される。

この幕間芸人というのがいたんですね。ぼくはその時代よく映画館にいったが、ぼくの街にはそんな芸人はいなかった。

映画は、この父と娘の綾に、在日の問題や斜陽化する映画などが描かれていく。佐々部監督は、土地柄か「チルソクの夏」もそうだが、韓国を絡ませてくるのが得意だ。そして、みんないい人なのである。だから、こんなことあるのかと思ってもつい涙を流してしまう。

冒頭にも言ったように、昭和の懐かしさは、もちろん映画館の雰囲気や上映されている座頭市や網走番外地、下町の太陽など、吉永小百合と橋幸夫の「いつでも夢を」に表れてはいるが、むしろそれだけで、当時の生活や情景はあまり昭和のにおいが感じられず、やはり、子を捨てた父親と父親から離れた娘の心理劇になっている。

結局、懐かしさは自分が育った土地をベースに湧いてくるもので、従って、遠くの下関だと懐かしさがなかなか感じられないということもあるような気がする。

まあでも、この監督の描く日本人はだんだんいなくなろうとしているので、こういう映画でもってその大切さを訴え続けてほしいと思う。

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  • Amazon おすすめ度の平均: 3.5
    • 4 星よりひそかで、雨よりやさしい映画。私は好きです。
    • 4 カツドウへの愛、というテーマで観ると違うかも。
    • 1 私には合わない映画でした
    • 3 二兎追うもの一兎をも得ず
    • 3 テーマはなんだっけ?
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2008年12月30日

結婚しようよ

熱烈な吉田拓郎ファンの佐々部清監督の「結婚しようよ」を観る。全編拓郎の曲が18流れる中、物語が進行する。

家庭を持って以来、夕食は家族全員で食べるというルールを守り続けるという三宅裕司演じる52歳の親父が主人公である。

この父親の年齢が微妙で、52歳というと団塊の世代に入るかどうかということなのだが、どっぷり団塊のぼくとしては、ちと違うよなと思う。彼らの次は「新人類」と言われた世代だから、団塊と新人類のはざまの世代である。だから、よくも悪くも一緒にするなという意識が働く。(こういった時点でお前はやはり団塊だと言われてしまうが)

まあ、そういうことはどうでもいいのだが、この映画はぼくらの世代の人以外に若い人も観るのかと思ってしまう。

ぼくらは、多少年代がずれるけどもう懐かしくて、それぞれの若かった時代を思い出し、涙にくれるのは当たり前なのだが、こういうのを観て若い人が観てどう思うのだろうか。

でも言えるのは、これは1975年の物語だから、いまの若い人たちが33年前の今を33年後に熱く語れるかということである。

さて映画のことである。もうそこには吉田拓郎がいて、青春があった。ぼくらはそういう映画とみるのである。そんな映画を撮ってしまう佐々部清監督に脱帽 である。

多分こういう話をするといやがられるかもしれないが、Gibsonのギターだとか、映画のシーンに出てくるライブハウスの名前が「マークⅡ」だとか、キャンディーズだとか、岩城晃一がつぶやく「俺たちの旅ごっこをやったよね」とか、鉄棒のシーンとかもうそれだけで涙が出てきてしまう。

もう、べたでもなんでもいい、こんな映画があってもいいのかもしれないと思った。だって、妻恋コンサートであんなに人が集まるのだから。
 

結婚しようよ [DVD]
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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 2 ここまでベタだとは思ってもみませんでした…
    • 5 雰囲気 くさいよなぁ (笑)
    • 5 ♪‾拓郎知らずに今日まで生きてみました
    • 4 U45は観る必要無し!(ウソ)
    • 5 これはどうしても手元に置いておきたい作品です
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2009年01月10日

人のセックスを笑うな

いきなりこの題名だからTSUTAYAで男の店員のところに行こうとしたら、女の店員さんに呼ばれてしまった。別にいやらしい映画でもなんともないのだがちょっと恥ずかしい。

なかなか面白い映画であった。この井口奈美という女流監督は知らなかったがいいセンスしている。映画は、地方の美術学校に通う男二人と女一人の若者がある朝もう若くはない女を車に乗せてあげるところから始まる。この若者を松山ケンンジ、忍城修吾、蒼井優が演じ、その若くはない女は永作博美である。

このキャスティングで早くもうなってしまう。見る前から期待が高まる。期待通りの演技で楽しませてくれる。

永作博美は、小悪魔的で19歳の男の子を翻弄するが、憎めないそんな役回りを気負うことなく自然ですごく好感が持てる。

松山ケンジもその自然な感じがすごくよくて、若者の誰でもがもつ年上の女性への憧れをうまく表現していた。忍城修吾は初めて見たが、色気がある男の子だ。

蒼井優は、やはりこの子は素晴らしい。男の子二人と不倫の女との間に入って重要な役まわりなのだが、これまた可愛らしく、しかし強さも持った、そんな女の子を好演している。

他の出演者もみなはまっているように思え、ちょっとびっくりしたのは、あがた森魚が永作博美の旦那役ででていたことで、ぼくらの世代では懐かしく思うだろう。

この監督のセンスのよさを感じたのは、俳優たちに自由に演技させてその自然さを摘み取っていることで、だから割とワンシーンが長まわしで、その“間”を与えることで、せりふや仕種がとても面白いものになっている。この辺の非凡さを感じ、次の作品を期待している。
 

人のセックスを笑うな [DVD]
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  • Amazon おすすめ度の平均: 3.5
    • 5 自然な二人に胸キュン
    • 5 日常に帰れない
    • 1 みなきゃよかった
    • 5 この映画の感想
    • 5 するとなしでは、こんなに違う?
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2009年01月14日

ハッピーフライト

たまには映画館に行かなくてはと思い、ウォーターボーイとスウィングガールの矢口史靖監督の「ハッピーフライト」を日比谷シャンテで観る。なんとなく不思議な映画だ。不思議だという意味は、前述2作品のようにある目的に向かってみんなでがんばって達成するという意味では同じ系統ではあるが、その目的が緊急対応かよってツッコミたくなる。

何か防災訓練をみせられたようでちょっとがっかりなのだ。ぼくは化学プラントで働いていたから、工場の緊急対応訓練を思い出したのである。特に、毎年行われる9月1日の地震を想定した大がかりな訓練のようだったのである。

ここで訓練といったのは、緊急事態の緊迫感が伝わってこないからである。映画のような事態ってかなりやばいように思うのだが、それが軽いから観終ってから訓練みたいだと思わされる。能天気といってもおかしくないので、だから「ハッピーフライト」なのだと皮肉ってみたくなる。

しかし、だからといってだめだとは言えなくて、飽きさせない展開や様々なエピソードはそれぞれ面白くなるほどなあと思う。

ただ、ここでも待てよそれは個性のある俳優を配して、その人の雰囲気で見せているだけかもしれない。岸田一徳、笹野高志、田山涼成、ベンガル、正名僕蔵・・・、柄本明まで出ていた。(皆オーディションで選ばれたそうだが) それと、ストーリー展開も引っかかるところもなく、ある意味しっかりした脚本なのだ。

ということで、ウォーターボーイとスウィングガールの延長として観るとちょっと違うように思え、やっぱりとらえどころのない不思議な映画であった。
 

ハッピーフライト (田辺誠一、綾瀬はるか 出演) [DVD]
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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 5 すばらしいテンポ感をもった展開!ぐいぐいと引き込まれます!
    • 5 なかなか
    • 3 質の低い作品
    • 5 飛行機はみんなで飛ばす、そんな素敵なお話です
    • 5 笑いで包んだプロの仕事
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2009年01月17日

最高の人生の見つけ方

腹が立つほどひどい邦題だ。原題は「THE BUCKET LIST」、直訳すれば“棺おけリスト”だ。要するに、もうちょっと前の映画「死ぬまでにしたい10のこと」と同じような話である。だから、ぜんぜん意味が違う。そのまま“棺おけ”は直截すぎるからそのまま“バンケットリスト”とかでよかった。

邦題のひどさから言うわけではないが、評判がいいようだけどぼくの中ではあまり評価できない。ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンの主演とくれば、もう名作間違いなしという感じだが、二人の演技はそりゃうまいが、なんとなく感動しないのだ。

余命6ヶ月を告げられた境遇の全く違う初老の二人が病院で同室になり、意気投合し死ぬまで一緒に過ごすというもの。確かに死ぬまでにやりたいことを書き出してそれを実行していくという設定は面白そうに思うが、そのやりたいことがどうも違和感があるのだ。

それは、
・スカイダイビング
・ 世界一の美女にキスをする
・ 泣くほど笑う
・ 見ず知らずの人に親切にする
・ 荘厳な景色を見る
・ 入れ墨をする
・ ピラミッドを見るなどなど
なのだ。

余命6ヶ月の老人がスカイダイビング??というのも、ジャック・ニコルソンの方は大金持ちでモーガン・フリーマンはしがない自動車整備工というわけで、その大金持ちの専用ジェット機で世界中を飛び回るという設定である。

アメリカ人の考えることってこんなことなのか、金にあかせて遊びまわりたかったのかなあ。死を宣告されてそれまでにやりたいことって、若いときにやりたくってもできないこととかお金がなかったのでできなかったことをしたいのかなあ。どうも違うように思えるのだ。自分がそういう立場になっていないのでなんとも言えないのだが、もっと地味で静かなことのように思える。

だから、最初に設定は面白いと書いたが、むしろ設定に無理があって、そもそも映画にはなりにくいテーマなのかもしれないなと、そんなことを考えてしまった。

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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.0
    • 4 目新しくはないがそれでも感動する。
    • 4 死を前にしたとき最高の人生が始まり、その結末に涙。そして人生はいつでもやり直しができると感じさせてくれる
    • 4 自分のこれからの人生について考えた映画
    • 3 経済的豊かさから導く幸福論
    • 5 “たかが映画”,“されど映画”
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2009年01月25日

マイティ・ハート/愛と絆

これは実在の人物の映画である。パキスタンでテロリストに拘束され、殺されたジャーナリストの妻の物語である。結末が分かっているから、ストーリー展開というよりそこに至るまでの登場する人々の心理描写や事件のダイナミズムみたいなところに焦点を当てざるを得ない。

そういう点では、犯人を追う展開はダイナミックなのだが、早過ぎてついていくのが大変である。めまぐるしく新しい人物が登場するのでそれらの関係がわからなくなってしまう。

それに対して、この映画を支えているのはなんといってもジャーナリストの妻役のアンジェリーナ・ジョリーの熱演であろう。

最初はぐっと抑えていてクライマックスの叫び声で爆発する。夫が拘束され、自分の家が捜査の拠点になり様々な人が入り込むが、そこでは感情的になることもなくじっと抑え込んだ姿を見せる。

しかしながら、夫の死を知ると抑えていた感情を解き放すように叫喚する。これをアンジェリーナが素晴らしい演技で表現している。

やはり、実話の迫力はすごい。そして、カラチの喧騒のリアリティにも圧倒される。こういう映画は日本では作れないなあと思ってしまう。というより、こんなことが日本人の実話としてありえるのということかもしれない。なぜなら、テロリストに敢然と立ち向かい虐殺されたジャーナリスト、その姿を直視する妻というそんなことになる日本人がいるのかといことである。

映画云々というより、政府や企業の対応も含めてそんな日本人とアメリカ人の違いみたいなことが気になった映画であった。
 

マイティ・ハート/愛と絆 スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]
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    • 4 実際にあった事件をもとにした社会派作品です
    • 4 一人の人間の命の価値の重さ
    • 2 退屈な展開
    • 5 決して暗くて重いだけの映画じゃない!
    • 4 宗教戦争の犠牲者マリアンヌの絶叫
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2009年02月04日

チェ 28歳の革命

チェ・ゲバラを知っている人はもうかなりの歳のひとになってしまう。フィデル・カストロはキューバの首相ということで割りと知られているが、ゲバラは39歳という若さで死んだこともあって、人々の記憶も薄れてきたように思う。

ぼくは、キューバ革命はカストロよりゲバラのほうが強い印象がある。それは何といっても「ゲバラ日記」の存在が大きい。この本を読んだ時の衝撃はすごいものであった。

少し前置きが長くなったが、「チェ 28歳の革命」を観る。2部作の最初の作品で、もう続編の「チェ 39歳 別れの手紙」が公開されているので、早く前編を観ておきたくて出かけたのである。

やはりというか、もう初めから入れ込んでいる自分がいて、自分の若かりし頃のことも重なり合ってじーんときてしまう。

何と映画が始まる前に、ゲバラをよく知らない人のために簡単なゲバラ紹介映像が流れたのである。アルゼンチンの裕福な家に生まれ、中南米を放浪し、メキシコでカストロと出会いとか、そんな説明が入るが、でもこんなことはWikipediaで調べればすぐわかるからよけいなことのように思える。

それはそれとして、やはりゲバラはすごい。革命とはこういうものだという強いメッセージがある。それは、決してイデオロギーではなく、戦うことであり、「祖国か死か」という究極の選択のことである。あのころは皆これに酔ったのだ。

映画でもそうだが、思想がどうのこうのといったものではなく、抑圧された国民を解放するという割と単純な思いがあったような気がする。

映画としては、米国に行って、国連演説やインタビューを絡ませながらハバナに侵攻する様を描いていて、これが成功していると思う。単に革命闘争を追うだけだとわかりずらいと思うので、そこをうまく捌いていた。

ただ、ぼくの個人的な思いでは、ゲバラは少数でのゲリラ戦のイメージが強く、その不屈の精神をゲリラ戦で感じていたので、そこの描写が少なかったのでちょっと物足りなさがある。

ぼくはそのゲバラのどんな逆境にも絶対に負けないという強靭な精神にえらく感動し、自分もそうした強さを持たなくてはと思った記憶が残っているので、そこを描いて欲しかったが、そうしたら3部作になってしまうのでしかたないのかもしれない。

続編が楽しみだ。
 

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2009年02月07日

ヒトラーの贋札

この映画は、実際に第二次世界大戦中にナチスドイツが、イギリス経済を混乱させるために、ザクセンハウゼン強制収容所でユダヤ系の技術者を集めて、ポンド紙幣の贋札を作ったという実話に基づいている。いわゆる“ベルハルト作戦”と呼ばれたものである。

さすがに、実話に基づいているのでリアリティがあるし、迫力がある。主人公は贋札や偽造パスポートを作ったりしていた絵描きである。それが、ナチスにつかまり、彼を捕らえた警備隊のやつが、収容所にいた主人公を呼んで贋札をつくらせたのである。

そこで、当然のように、その贋札つくりに協力するものと、それに抵抗するものとの葛藤が生じる。しかし、ここでは反抗することが即処刑につながるから、生きるためには妥協するしかない。しかし、それは自分の信条に反し、自己否定することになるわけで、その争いは静かで切実なものとなる。

戦争という異常な世界では必ず起きることで、戦争映画というのはここを描くことにあるといっても過言ではない。

この映画で、特徴的なものは、その主人公が犯罪者であったということであろう。犯罪者にとっては、主義信条というよりただ生きることを優先すると思われる。それが、徐々に犯罪者の姿から素の人間へと変わっていく様が映し出される。

それが、戦争が終わってギャンブルをする最後のシーンでその心情がにじみ出る。この作品は第80回アカデミー賞の外国作品賞をもらっている。さて「おくりびと」は受賞できるだろうか。

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    • 5 『大脱走』以来の迫力、敵国の偽札を、ユダヤ人収容所で作らせるとは。
    • 3 当時その場所にいた人間たちの気持ちが知りたい
    • 4 正義とエゴ、生と死
    • 4 マルコヴィクスという名前を覚えておこう
    • 4 音楽の使い分け方がウマい!
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2009年02月10日

誰も守ってくれない

映画の友のS君から、これはお薦めですよという作品「誰も守ってくれない」を川崎109で観る。チケッット売り場で陣取ってしまう若い女に腹を立てながら、始まる寸前にチケット入手。

初めて年齢確認をさせていただきますと言われちょっぴりうれしかった。ところが、隣に来た明らかに60歳はオーバーしているおじさんにも同じことを言ったのでがっかり。

そんなことはどうでもいいのだが、この映画はS君が薦めるだけのことはあってすばらしいできばえだ。監督が君島良一といって「踊る大捜査戦」の脚本なんかを書いていたひとである。だから警察ものだというのかもしれないが、単純な刑事物語ではないところがこの作品を際立たせている。

これは、視点を変えた効果である。こういう姿勢が評価できる。被害者の家族の視点から加害者の家族への転換である。今まで気がつかなかったことである。こういう視線はすごく大事で、こうした世の中では誰もが加害者にもなるし、被害者にもなるのだ。だって、飛躍するが環境問題だって同じ構図ですよね。

この警察が加害者の家族を守るということは知らなかった。確かに、今のメディアやネットいやメディアは世間に媚びているので世間といったほうがいいかもしれないが、それは以前に比べすさまじく攻撃的になっている。だから、映画で描かれていることが決して非現実的ではないのである。

ただ、少し話は映画からそれてしまうが、こうした犯罪をマスコミが取り上げることにぼくはすごく違和感がある。それはなぜかというと、そうした報道が誰かを助けることになっているのかということである。犯罪の抑止力になっているのかということである。

むしろマスコミが犯罪を報道することで、犯罪を煽っているように思えてならない。だれも得にならないことはやめたほうがいい。この映画を観るとつくづくそう思うのである。

その他にもこの映画は家族の問題を語りかけている。家族とはいったい何なのだろうか。信頼できるものなのだろうか。それとも、そこから自立することが求められているのだろうかという問いである。すごく重いテーマである。

映画では、犯罪者であっても兄だからおまえが守ってあげろというセリフが決めだが、そこは別の考え方もあってもいいと思うので、各人でよく考えることだろう。

ただ、難点は作りが“粗い”ことだ。佐々木蔵之介の記者にしても最初に絡みはわかるがそのあといつのまにか消えていってしまう。また、少年の裏切りが描かれるが、ただ“つらい”だけでもう少し突っ込み方もあったような気がする。

出演した俳優たちもすばらしい。主演の佐藤浩市にしても、少女役の志田未来にしても名演技が光る。ぼくは何といっても松田龍平ですね。義理で出した柳葉敏郎がクサかったのに較べて、ワルっぽいクールさがいいですね。

これは、イチ押しの映画です。
 

2009年02月21日

旭山動物園物語

こういう映画はフツーにいい映画である。マキノ雅彦監督の「旭山動物園物語」である。しかし、主演が西田敏行なので、つい「陽はまた昇る」と重ね合わせてしまう。そんな“プロジェクトX”物語なのである。

だから、結末も当然のようにわかる典型的な予定調和映画で、それでもフツーに涙が流れてくる。

実ははじめからこの映画を観に行ったわけではない。品川プリンスに「チェ39歳別れの手紙」を観に行ったのである。ところが、そこでシニア1枚といって千円札を出したら、お客さんこの映画はプレミアム上映ですので2500円いただきますと言われてしまった。ええー聞いてないよ(古いなあ)というわけで、急遽ほぼ同時刻に始まる「旭山動物園物語」にしたというわけだ。

入ると観客が少ない。結局5人くらいしか入っていなかった。もっと観にくればいいのにと思ったのだが、この映画のターゲットはどういう年齢層なのかと考えてしまった。動物が出てくるから子供向けかと思うと子供にはさっぱりわからないと思う。じゃあ若者向けかというとそうではない。だから、そのターゲットを決めその層へ訴えることが必要だったんじゃないのだろうか。

このフォーカスがされていないことは、映画の中味の構成についても言えて、ただただマキノ(津川)雅彦の思い入れだけで作ったみたいなところがあって、それはそれとして伝わってくるものがあっていい感じなのだが、なぜ廃園寸前だった旭山動物園が変わっていったのかという大げさに言えば戦略的な部分の描き方が弱い。

この動物園が生き残ってさらに日本一の入場者数を数えるまでになった秘密がそこにあったはずで、単に情熱だけでなったわけではないのだから、そこの変革の方法をもう少し明らかにした方が良かったと思う。そう書いて思ったのだが、それってビジネス発想だから、おもちゃ屋かなんかのビジネスに失敗した津川雅彦じゃ無理なのである。

ちょっと脱線してしまったが、脚本をもう少し練ってもらいたかったということだが、それでも飛び込みで見た割にはまあまあの映画でした。
 

2009年02月24日

アカデミー賞受賞

「おくりびと」が第81回米アカデミー賞の外国語映画賞に輝いた。すばらしいことである。前評判はそれほどなくて、というより知名度がぜんぜんないなかで選ばれたということは掛値なしに評価されたのだろう。

確かに、題材が特殊ではあるが、ある普遍性を描いているので海外の人にも理解と共感を得ることができたのだろう。普遍性というのは、さまざまな死と向き合うことで生の大切さを知ることである。

そしてこの映画には、誰にでも死はやってきて、その死には格差なんてなくてみな平等であるというメッセージがこめられている。

昨日のエントリーで書いた村上春樹のスピーチもそうだが、こうして日本の文化の良さを世界に発信できるということはすごいことで、“もうろう”大臣の記者会見の醜態を打ち消して余りあるような気がする。

何はともあれ、「おくりびと」の滝田洋二郎監督、主演の本木雅弘、それから他のキャスト、スタッフに心からおめでとうと言いたい。
 

2009年02月28日

アフタースクール

前作の「運命じゃない人」でその才能にびっくりした内田けんじの「アフタースクール」を観る。これまた面白い映画である。

前作同様のどんでん返しと同時並行物語の手法はネタバレになるので言わないが、あっと驚いてしまう。こういう構成の意味は、「人は何でも知っているようで実は何もわかっていない」というメッセージがこめられている。

物語は、妊婦のいるある家庭のシーンから始まる。それは普通の夫(堺雅人)と妻(常盤貴子)のごくありふれた風景である。そして、あるときその夫と妻の中学校の同級生である大泉洋扮する中学教師のところに、佐々木蔵之介扮する同級生だったと名乗る探偵が訪ねてくる。

そこから、ストーリーはめまぐるしく展開し、ヤクザや一流企業の社長や警察、政治家が絡んできて、最後になってやっとそのつながりがわかるという算段である。

もう、内田監督に翻弄されるというか、手品を見せられている感覚になり、してやられたと思ってしまう。それだけ、脚本が緻密に練られているということでその構成力は大したものである。

主演の三人の男優陣もそれぞれの持ちみを発揮している。それはとりもなおさず、俳優自体も監督にだまされているのではないかと思わせる、そんな演技である。

ただ、題名のアフタースクールって、放課後という意味だから、その放課後がいまだに続いているということなのだろうか。それはちょっと意味が違うように思える。

大泉洋が佐々木蔵之介に言う「お前がつまらないのは、お前のせいだ」というセリフが決めだと思うが、もう少し、その蔵之介をつまらないやつにしておかないと生きないのでちょっと残念であった。

こういうどんでん返し映画は、予備知識なしで観たほうがいいに決まっているが、事前に知っていても十分楽しめるという珍しい映画だ。
 

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    • 5 買いなさい!!!
    • 4 騙される楽しさ
    • 5 内田監督さすが
    • 5 いつものように「2度目が一番おもしろい」
    • 5 予備知識一切なしで
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2009年03月02日

靖国

ひところ話題になった映画「靖国」を観る。話題になったと言っても上映前の話で、やれ反日だとか、文化庁がお金を出しているのはおかしいとか、右翼が恐いから上映を中止する映画館がでたとか、そんなことで世間を騒がせていた。

ところがいざ上映されると、そのあとあまり騒ぐことがなかったように記憶している。どうしてかというと、その答えは実際にこの映画を観るとでてくる。すなわち、反日でもないし、衝撃的でも何でもないし、それよりも何よりも映画としてのできばえがひどいことを露呈したということだとぼくは思う。

もうこの映画にはいろいろな欠陥がある。まず、刀匠が出てくるが、これと靖国の関係がよくわからない。どうも靖国神社のご神体が日本刀ということからきているみたいだが(これも本当は違っていたらしい)、その刀匠の描き方と他の映像とのつながりが理解できない。

そして、軍隊における日本刀、南京大虐殺を想起させる日本刀による惨殺シーンなどが映し出されるが、それらと他の大部分を占める8月15日の靖国神社の情景との対比に違和感を感じる。

そして、映画の作り方ということでいえば、変に説明的なナレーションを入れずに、単にそのままを見せて観客に判断をしてもらうという意図だと思うが、実はそういうことはあり得ないことで、言葉がなくとも映像が語っているので、客観化はできないのだ。

ということは、ちゃんと構成があって、脚本もきちんとして、そういうつくりにする必要があるわけで、そうした厳格さを無視しているように思う。単に映画好きの学生が撮ったドキュメンタリーもどきの作品と言われても仕方がないかもしれない。
 

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    • 3 中立的な意図はわかるが…
    • 5 靖国の戦争責任に対する追求は甘い
    • 2 反日映画?親日映画?いいえ、これは単なる駄作
    • 2 日本人が観るとやっぱり違和感が・・・
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2009年03月05日

母べえ

なぜか不思議な映画だ。近頃めっきり涙もろくなったこともあり、映画の最初の方から涙がでてくる。ところである。なかなか感動的で涙を流すのだが、インパクトのある映画かというとそうではないのである。そんな映画が、山田洋次監督作品「母べえ」である。要するに“きれいごと”の映画なのである。

主演の吉永小百合にしても実に“清く正しく美しい”女性を演じている。山田監督ももちろん“正しい”映画を撮っている。そこなのだ。“正しい”映画がいいとは限らない。

映画は昭和初期の治安維持法で検挙された夫の留守を子供二人とともに守っていく物語である。こういう設定だと、ぼくらの感覚では、すさまじいことになると思う。生活は困窮するし、世間の目は冷酷だし、そんな艱難辛苦を乗り越えて必死に生きる姿が思い浮かぶのだが、実に“きれい”なのだ。

もちろん吉永小百合は昭和初期の主婦ともおもえないきれいさだし、子供たちの着ている洋服がまたきれいだ。さらに、家がきれいだ。ぼくは戦後生まれだが、ぼくらのこどものときよりずっといい暮らしをしている。

だから、涙を流すにしても何か現代の家族愛物語に感動しているような錯覚に陥るのだ。

生身の人間というのは、どろどろとした存在であり、清濁合わせ持つものであると思う。そうした複雑さによってバランスをくずしたりすところに面白さもあるわけで、映画はそんな人間を描いてきたように思う。そういう意味で、成金おじさんとして笑福亭鶴瓶を登場させているのかもしれないが、これがまたなぜ登場したかがよくわからない。

少ししつこいかもしれないが、“きれいごと”過ぎるのも考えものである。

ところで、吉永小百合が溺れた浅野忠信を助けるシーンがすごい。思い切り走りだして、海に飛びこんで泳ぎ出すのだ。実際には吹き替えだと思うが、現実に吉永小百合はいまでもプールで泳いでいて水泳が得意だから本当かと思ってしまった。(余談)
 

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    • 5 母の愛情を思い出させてくれる映画です。
    • 2 山田監督が伝えたかったことっていったい・・・・・・・・・?
    • 1 フィクションです
    • 4 父べえ、母べえ、鶴べえ
    • 3 実年齢がなあ…
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2009年03月10日

マンマ・ミーア

ぼくはミュージカルは嫌いではない。すこしならミュージカルの舞台を観たこともあり、もうずいぶん前になるが、ニューヨークのブロードウエイで「おおカルカッタ!」を生で観たことがある。

これはあまり大きな声で言うことではなく、はずかしいそうに言っています。このミュージカルは男女とも全裸で出てくるので、それで有名になったもので、もちろん日本ではできないが、さすがニュ―ヨークではロングランを達成した。そのころはだいぶたってからだったので若干おのぼりさん向けの趣があったのだが。

そういうことはどうでもよくて、「マンマ・ミーア」のことである。ぼくの飲み友だちにすごいミュージカル通がいてその人がお勧めだった作品であったのでどうしても観たかったのである。

この映画で驚いたのは、メリル・ストリープである。名優お誉れが高いが、お歳もお歳なのにこんなに唄って踊れるとは思わなかった。まあ、周りもテンションの高いおじさん、おばさんが張り切っていたが。それを見るとこちらも元気をもらえる。そんな映画である。

ご存知、1970年代半ばから80年代初頭にかけて活躍したスウェーデンの男女4人グループABBAのヒット曲に乗って展開されるミュージカルで、ギリシャの美しい風景とも相まって心楽しくなってくる。

ストーリーは他愛もないかもしれないが、このうきうき感がミュージカルはいい。歯が浮いたようなセリフも、下品な言葉も唄にして踊ってしまえば、どうでもいいやみたいになる。

ただ、友だちも言っていたが、サム役のピアース・ブロズナンがどうしても007の5代目ジェームス・ボンド役のイメージがつきまとってしまい、なんとなく溶けこんでいない感じがしたのはぼくだけではなかったようだ。ゴールデンラズベリー賞という、毎年アカデミー賞授賞式の前夜に最低の映画を選んで表彰する賞があって、この作品でその中の最低助演男優賞を授賞していた。

普段ミュージカルを見ない人もたまにはこういう作品を見て、その良さを味わって欲しいと思う。
 

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2009年03月14日

クライマーズハイ

予備知識なしで、しかも横山秀夫も半落ちくらいしか知らないので、てっきり登山の映画かなあと思っていたら、何のことはない日航ジャンボ機墜落事故に対する地元地方紙の記者の物語であった。それが「クライマーズ・ハイ」である。

ぼくは最初“おおくぼれんせき”という言葉が分からなかった。映画を観ているあいだずっと、気になってしかたがなかった。後で調べたら、それは「大久保・連赤」のことで、大久保清が昭和46年に起こした連続殺人事件であり、連赤は連合赤軍のことであった。ちゃんと説明したほうがいいと思う。

1985年(昭和60年)夏、群馬県御巣鷹山で起きた事故であるが、これはよーく覚えている。あの坂本九も乗り合わせていて命を落とした。あの事故は当初レーダから消えたが、どこに落ちたかがよく分からなかった。そんな、状況をも映画は描いていて、当時のことを思い出していた。

そうした思い出はあるにしても、その悲劇を描いた映画ではない。堤真一が演じる主人公が、この事件を通して、過去の自分や、組織の中で振る舞い、わが子との関係などを清算し、それを踏み越えていくというのがテーマのようである。

だが、出てくる人物がみな類型的なのだ。原作を読んでいないのでよく分からないが、新聞社の社長にしても、上司の局長や部長、そして販売局と編集局との対立など、いかにもという描き方なのである。いい題材なので惜しいという感じがあって、監督の力量になるのかもしれない。

うーん。クライマーズ・ハイというのは、登山家の興奮状態が極限まで達し、恐怖感が麻痺してしまう状態なのだが、それと新聞記者の事件に対する状態とが重ね合わさっているということなのだろうか。そのへんがイマイチであって、最初の違和感と一緒でちがうタイトルのほうがいいのではないだろうかと思ってしまう。

出ている俳優さんはみんな個性的でおもしろい。その中でも、部長役の遠藤憲一がいい。主人公との確執をその凄顔でいい味をだしていた。こんな俳優さんがいたとは知らなかった。
 

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    • 4 スピード感があっていい
    • 4 熱意は伝わる、が・・・・。
    • 2 金をかければ良いわけではないという好例。
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2009年03月20日

歩いても歩いても

あさっての日曜日に「東スポ映画祭」の受賞式がある。今年もそこに出席するのだが、この映画祭の作品賞が是枝裕和原作・脚本・監督の「歩いても歩いても」に決まった。「おくりびと」ではないところがおもしろい。それで急いでDVDを借りてきて観ることにした。

まず、このタイトルがいしだあゆみの「ブルーライトヨコハマ」から取られていたとは知らなかったのでちょっぴり驚いた。映画の中でもレコードがかけられあの懐かしい歌声が流れていた。

やはり、各地の映画祭が推奨した(東スポは各地の映画祭がノミネートした作品か選ばれる)だけのことはあるすばらしい作品となっている。この作品のキャッチコピーは「人生は、いつもちょっとだけ間に合わない」ということらしい。これも映画の中では、相撲取りの名前を思い出すのが遅れるというエピソードで語られる。

そのすばらしさは何かというと、狭い時間と空間にあらゆる家族の関係を凝縮させてしまったことにある。夏のたった2日間のことで、そして一つの三代家族だけの物語である。

登場する家族は医者を引退した父とその母の家に長女の家族、そして次男の家族がやってくる。その日は、既に亡くなった長男の命日だったのである。その中に、家族の間にある関係が徐々に明らかになる。すなわち、父と子、母と子、夫と妻、嫁と舅、兄弟などの関係が、ちょっとしたセリフのなかに表現されているのだ。

こうしたシチュエーションを出演した俳優陣が本当に自然に演じ、どこにでもありそうな普段どおりの場面が展開される。これがものすごいリアリティがあって共感してしまう。そして、この監督は、ほんと子役を使うのがうまい。

ところが、最初はなかむつまじい家族のように写ったのが、だんだん裏のほう、奥の方に潜んでいるドロっとした部分が顕在してくる。このへんは、何気ないところで鋭い言葉が発せられ、そのたびにドキっとする。

樹木希林が長男が自らの死を犠牲にして命を助けた子に向かって言う言葉や、夏川結衣演じる次男の嫁に向かって言う言葉は、どんと胸に突き刺さる。ぼくも経験するような日常的確執なので恐ろしくなる。

さて、この映画の主役はいたい誰なのかと思ってしまう。樹木希林は「東スポ映画祭」の助演女優賞をもらったので助演かとも思うし、次男役の阿部寛はどこかの映画祭で主演男優賞をもらっているから、主演なのかと思うのだが。

まあ主演か助演かはともかく、結局描かれている家族の中の中心にいたのは、母親役(祖母)の樹木希林であったように思うのである。“母は強し”というところか、というか“ああ女は恐い”というのが男のぼくの素直な感じである。男は単純だなあということである。

それにして、こうして短い時間と狭い空間にいろいろな関係を凝縮してしまった是枝監督の技量に敬服である。いい映画です。

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    • 5 だから家族って素晴らしい。
    • 4 ぎこちない人間関係の先に見えてくるもの
    • 4 自然体がナイス
    • 4 人それぞれ違ったように感じるのではないか。
    • 5 ゴンチチのスコアも秀逸な「小津調映画」
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2009年03月23日

東スポ映画祭

今年も昨日開かれた東スポ映画祭受賞式にでかける。もう3年目だ。「三重映画フェスティバル」東京支部のメンバーになっているので招待状を送ってくれるので友達と二人で出席することにした。

この映画祭はビートたけしが審査委員長で、全国各地の15の映画祭からノミネートされた候補から彼の独断と偏見で受賞がきまるというユニークな映画祭である。だから、選ばれる作品や人もたけし好みか自分自身を選ぶ。今年も監督賞に「アキレスと亀」の自分を選出した。滝田洋二郎か若松孝二にあげればいいものを。

そして、それぞれの受賞作や受賞者に対するたけしのコメントが面白くて、毎回それも楽しみの一つになっている。

ところが、今年はたけしがテレビに出まくっているもので忙し過ぎて映画をあまり観ていないらしく、選考も自分ではあまりやらずに、各地の映画祭がノミネートしたもので得票が多かったものを選んだとのこと。だから、コメントできないと言ってきたらしい。

それでどうしたかというと、それぞれの受賞作、受賞者を推した映画祭のひとが、なぜ推奨したのかをその理由をコメントすることになってしまった。さあ大変だ。

結局、わが三重映画フェスティバルは、助演男優賞の山崎務について授賞理由をコメントすることになったのである。「おくりびと」と「クライマーズハイ」での演技を評価しているのでその2作にふれてくれとのこと。

そして、勇躍して会場の赤坂プリンスホテルに到着して、早く着き過ぎたので、友達としゃべって、しばらくして会場の五色の間へ。そこでスタッフの人から、どんな感じでスピーチしたらいいのかと聞いたら、なんとなんと驚くことなかれ、いきなり、実はたけし審査委員長が発熱でダウンしたので欠席だと言うのだ。

主役がいなくてだいじょうぶなのかと思ったが、そうなると表彰式はどうなるのだろうと思ったら、スタッフのひとが、表彰状や目録、トロフィーの授与もお願いしますときた。ええー聞いてないよ。

で結局、全面的なプレゼンテーターをつとめる破目になる。でも、スピーチの前に表彰状を読むことで落ち着くのでかえってよかったようだ。

ちなみに映画賞の授賞者は次のとおり。

作品賞     「歩いても歩いても」  是枝裕和監督
監督賞     北野武         「アキレスと亀」
主演男優賞  本木雅弘       「おくりびと」
主演女優賞  木村多江       「ぐるりのこと」
助演男優賞  山崎努        「おくりびと」「クライマーズ・ハイ」
助演女優賞  樹木希林       「歩いて歩いても」
新人賞     三又又三、お宮の松、アル北郷  「アキレスと亀」
外国作品賞  「ノーカントリー」   ジョエル&イーサン・コーエン監督
特別作品賞  「ICHI」

木村多江を除く全員が出席(ああ、北野武も欠席だ)。樹木希林、本木雅弘親子がそろって来ていた。作品ごとに座るので、樹木希林と是枝監督、本木雅弘と山崎努が同じテーブルである、ぼくら審査員はいちばん前の端2つに陣取る。

いよいよ4時過ぎに表彰式が始まるが、たけしがいないのでイマイチ盛り上がりに欠ける。しかし、徐々にヒートアップしてきて、4番目にぼくの番になった。山崎努と同じ舞台にあがる。

おおよそ次のようなことを言った。

あこがれの山崎務さんのまえでしゃべるということで非常に緊張していますが、同時に大変うれしく思います。 さて皆さんが山崎さんに対してよく言うのは「その圧倒的な存在感」ということです。しかし、それだと主演を食ってしまうことになってしまうので、違った存在感ではないかと思っています。 「おくりびと」と「クライマーズ・ハイ」を見ていてそれがどんなもかを考えていました。そこで思い浮かんだのは村上春樹がエルサレム賞受賞スピーチの「壁と卵」のことです。 村上春樹のいったことは「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」ですので、それとはとちょっと違うのですが、山崎さんの役回りというのはこの壁にあたると思います。ですから主人公は卵ということになります。その主人公にたちはだかる存在として登場します。“ぼうや、生意気言うんじゃないよ”ということです。 主人公である卵は、村上春樹は壊れやすいと表現していますが、そうではなくて、壊れやすいかもしれませんが、その壁を前にして孵化して成長して翼を得ることが出来るのです。 映画では、その卵が成長して飛んでいって壁を越えていくのです。それをみて壁である山崎さんは“ぼうや、よくやった”というのである。おくりびともクライマーズハイでもそうした存在を山崎さんは見事に演じました。 まさに助演賞にふさわしい演技でした。おめでとうございます。

もっとしゃべりたかったのですが、事前にスタッフがマックス1分ですよと釘をさされていたので、はしょった。それでも1分以上だったし、他の人はもっと長かった。たけしがいなかったのでもっと長くてもよかったのだ。

このスピーチが受けたかどうかはわかりませんが、山崎さんからお世辞だと思いますが「過分なおほめのことがいただき」と言ってくましたし、本木君のスピーチでも「壁と卵」の話に絡んでくれました。こういうときには印象に残る言葉を発するのがいいのですね。

結局、6つの映画祭(青森、長岡、上田、深谷、あきるの、三重)の人たちがプレゼンテータに登場して、例年とずいぶん違う雰囲気でしたが、それはそれなりによかったのではないかと思ったのである。なぜかって、本当に自分でお金をはらって見ているひとの評価だからである。
 
とりいそぎ速報です。

なお、「エンタテインメント賞」も含めた授賞式の模様は、4月23日22時から1時間半にわたって、CSスカパーフジTVでオンエアーされるとのことですので、ぜひご覧になってください。  
 


2009年03月27日

東スポ映画祭(続報)

東スポ映画祭の続報ということで、写真つきでレポートです。

今回の映画祭で特徴的だったのは、日本映画のいいものが多かったことだ。アカデミー賞外国語作品賞に輝いた「おくりびと」にしても、今回のこの映画祭の授賞策「歩いても歩いても」もそうだし、そのほか木村多江が主演女優賞をもらった「ぐるりのこと」といった作品の質がすごい高い。その他、「クライマーズ・ハイ」、「トウキョウソナタ」「実録・連合赤軍」、「接吻」といった良作がいっぱいである。

ひところの日本映画の衰退からみると隔世の感がある。そうした盛況の中だからこそ「おくりびと」の授賞があったような気がする。

ただ、「歩いても歩いても」の是枝裕和監督が強く訴えていたのは、自分たち映画人が自らで企画し、脚本をかいて映画を作ることが大事で、一方で今は安易にテレビ局などが映画つくりに入り込んでいるのは問題なのではないかと言っていた。

確かに、こうした日本映画が活況だが、ぼくも思うのは質が高いものばかりではないということで、すぐにテレビドラマで人気がでたからとか、ベストセラー本から、あるいはマンガからといったふうに、安直に作っているのも多いのではないだろうか。

やはり、映画の最後は監督の思い、俳優の思いになるわけで、そこの思いいれはやはり自分たちで企画から考えるということが必要だと思う。「おくりびと」は本木雅弘がずっと温めたものでもある。

さて、この映画賞とは別に「エンターテインメント賞」というのも同時に授賞式を行なう。今年は9回目になるが、次の人たちが授賞した。

話題賞      林家三平(前林家いっ平)
日本芸能大賞  サンドウィッチマン
特別賞      橋下徹大阪府知事
特別賞      故飯島愛
カムバック賞   田中義剛
皆勤賞      林家ペー、パー子

おお、なんと異色の取り合わせだ。しかも、林家三平の表彰のときは、あの「泰葉」も登場というはちゃめちゃぶり。故飯島愛の代理で中山秀征が来ていた。橋下知事は議会の最中ということで欠席。田中義剛はあのなかなか手に入らない「生キャラメル」持参で登場し、あとでぼくらのテーブルにも配られてきた。

ぼくの注目はサンドウィッチマンで、この賞をもらうとそこでネタをやらなきゃいけないというルールがあって、毎年やるのだが、ほとんどの芸人さんがすべる。というのは、雰囲気がお笑いではないので、よほどじゃないと乗ってこないというわけだ。ところが、さすが、たけしもほめていたように技術がしっかりしているから、アウェーの雰囲気を吹き飛ばす漫才をやってくれた。さすがだ。

ということで、楽しい一日であった。
 
さて、写真ですが今年はいちばん前の端っこのテーブルに座らされたので、写真をあまり撮れなかったのですがその中から数枚を掲示します。


まずは、ぼくが助演男優賞の山崎努さんに表賞状を読んでいるところです。

DSC05570.JPG


これは、そのあとで授賞理由をしゃべっています。

DSC05572.JPG


主演男優賞に輝いた”モックン”のスピーチです。ここでぼくのしゃべったことを引用してくれました。

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異様な雰囲気のなかでみんなを笑わせてくれたサンドウイッチマンです。

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受賞者全員の記念撮影です。多分新聞を飾ったことでしょう。

DSC05584.JPG
 

 

2009年03月28日

モンテーニュ通りのカフェ

こういう映画は好きです。粋な感じがしてとても心地よくなります。「モンテーニュ通りのカフェ」という映画は、パリの有名なモンテーニュ通りにあるカフェにあつまる様々な人々の人生の断片をスケッチしています。

そのカフェの前には、劇場やオークションハウスがあり、そこに現れるピアニストや女優、そして自分の収集品をオークションにかけにきた人、その家族、また劇場で働く人々がセシール・ド・フランス演じるカフェの女店員ジェシカとの関わりで描かれる。

それぞれは有名な芸術家であるが、悩みを抱えていて、決してかっこいい人間ではない。そんな赤裸々な姿を嫌味のない演出で見せてくれる。

日本でこういう場所はどこかなあとつい考えてみてしまうが、銀座なのか日比谷なのか、でも映画のようなしゃれたところではないなと思う。それもそうだがこういう趣の日本映画もないなあと思ってしまう。

欧米の映画ではよく作家だとか音楽家だとかそういった芸術家を描いた映画があるが、日本では少ないように思う。どうも、社会における芸術家の位置が違うように感じることがある。日本だと何か特別の職業という見方があるが、フランスなんかでは、普通の人たちとの距離感が近いように思うのである。

こういう映画を観るとその後味の良さに映画っていいなあとつくづく思うのである。

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    • 3 ある種の幸福論
    • 3 セシール・ド・フランスの笑顔が太陽のように魅力的
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2009年04月05日

ぐるりのこと

先日の東スポ映画祭の授賞式でたしかあきるの映画祭のひとだったと思うが、主演女優賞を獲得した木村多江(残念ながら授賞式には欠席していた)を絶賛していたので、その彼女が主演した「ぐるりのこと」を観る。

原作・脚本・監督は橋口亮輔。この監督も「歩いても歩いても」の是枝裕和と同じように自分のオリジナル作を監督している。全部ひとりでやってしまうのはいいところと悪いところがあると思うが、両者とも、ひとりよがりにならない客観化がちゃんとできていると思う。

物語は、1990年初頭のバブル崩壊からの10年くらいの出来事を縦糸に、ある夫婦の破綻から再生の軌跡を横糸に描いている。法廷画家の夫(リリーフランキーも好演)と二人暮らしの妻(木村多江)に子供ができたが、その子供を失う(どうして失ったかははっきりさせない)ところから、その妻が徐々に精神的に病んでいく。

その様を木村多江が渾身の演技で表現する。それは少しずつ、様々な要素がまざりあいながら蝕んでいくのだが、不器用な夫はなすすべがない。しかしながら、不器用であからさまな愛情は表現できないながらも、心の奥で静に見守っているのである。そして、その夫の慈愛に助けられ救われるのである。

縦糸である時代を象徴するような事件の裁判が登場して、時代の病巣との絡みもあり、ぼくは自分の生活を思い出しながらいたくリアルな感覚に陥ったのである。

ぼくのあの10年の始まりは、ちょうどバブルの崩壊と同時に前にいた会社が大きな会社に吸収合併され、東京に転勤になった。買ったばかりのマンションを売って横浜の社宅に入ろうと思ったが、買ったときの倍にまで値上がりしていたそのマンションは誰も買い手がつかなかった。

だから、わが身のこととしてはっきりバブルの崩壊の瞬間を見届けている。それから、映画に出てくる事件もそれぞれよく覚えているし、自分っも壊れそうになるような経験をして、そのたびに何とか踏みとどまったのである。そんなことを思い出してしまった。

この映画は、木村多江とリリーフランキーの夫婦に尽きるが、けっして派手な演技ではなく、几帳面な妻とシャイな夫をごくごく自然に演じていたのが非常によかった。
 

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    • 2 新興宗教映画
    • 5 ただこの映画を愛してしまった。
    • 5 泣ける映画じゃないのに泣ける
    • 5 大切な人がどんな時もそばにいてくれる心強さ
    • 5 幸せって?生きる喜びって?
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2009年04月12日

フィッシュストーリー

定期的に東京に出ていかなくなったのですこしだけ生活のリズムが変わる。以前は、昼に向かっていって夜が空くというパターンだったが、今は逆に夜がセットされるのでそれに対して東京に出ることになる。夜までの時間を映画館と喫茶ルノアールで過ごすのが定番になりつつある。

で、先日渋谷でそんな感じで映画「フィッシュストーリー」を観る。これはまさに、時空を超えて展開する伊坂ワールドそのものの映画である。監督は、「鴨とアヒルのコインロッカー」の中村義洋。この作品で伊坂幸太郎に気に入られたようで、また伊坂作品のメガホンをとる。

最初は、中古レコード屋でなんか変な会話から始まり、地球にすい星が衝突して人類が破滅するというわけのわからない話になる。それが2012年のことで、そこから、1975年、1982年、1999年、2009年と5つの時代を行き来する。

だから、初めのほうは脈絡がなくどうなるのかさっぱり分からないが、ラストになると見事につじつまがあってくる。

それは、基本となる1975年の売れないパンクバンド“逆鱗”のエピソードがしっかり描かれているからだと思う。そこをベースにした物語が最後につながっていくのである。

1975年は当たり前のように昭和50年だから、ぼくはこのバンドの彼らと年齢的にも近いのであの雰囲気がよく分かる。もうこの年になるとちょっと前までのあのざわめきや熱気が冷めてきて何やら落ち着きだしてきたころではなかっただろうか。この映画でよく出てきる言葉で“どうせ売れないから”といういくぶん虚無的な雰囲気がその時代の感じを出ているように思う。

しかし、それでも自分たちのやったことが何らかの形として後世に伝わることを信じている。そこは“どうせ伝わらないから”とは言わないのことで踏みとどまっている。こうした映画は、重苦しくもなく、さりとて軽やかというわけでもない、一種独特のノリがあるように思え、悪くないと思う。

2009年04月19日

百万円と苦虫女

この題名から受ける印象だとどんな映画化よくわからないと思う。ぼくは、蒼井優ちゃん主演だからすぐに手に取った。タナダユキ監督の「百万円と苦虫女」である。

蒼井優だったからこそこうしたいい映画になったと思わせる。物語は、ひょんなことから前科ものになってしまった鈴子という21歳になる女性が、出所してから百万円たまったら家を出ると宣言してアルバイトに精をだす。

そして念願かなって、知っている人が誰もいない海辺の町へ。そこで夏のあいだだけ海の家でまたアルバイト。その後は今度は山合いの町で桃園の収穫の手伝い。そして、そのあとは東京近郊の町のホームセンターでバイトという具合である。こうして渡り歩いているときでも、周囲から様々な形のコンタクトがあるのだが、この鈴子という女性はなかなか心を開かない。

3番目の町で同い年の学生アルバイトと恋に落ちるのだが、結局実らないでその町も出て行く。どこにでもいそうで、しかし内面に何か鬱屈したものがあってという女性を蒼井優が好演。そして、旅をしていろいろな人と交わるうちにすこしづつ変化していく様子もうまく表現していた。さすが優ちゃんである。

彼女を取り巻く森山未來やピエール瀧、子役の男の子というような男優陣もよかった。

最後に“来るわけないか”といって少しふっきれたようなわずかな笑みが印象的であった。
 

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    • 3 なんだかモヤモヤ…
    • 4 結末は評価が分かれそう
    • 5 村八分ですよ!!
    • 4 いい出来の女優映画
    • 4 タナダユキ×蒼井優が仕掛ける、女性版「寅さん」映画。
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2009年04月26日

おくりびとの再評価

ちかごろばあちゃんが怒っていて、何かというとテレビの番組がおもしろくないという。相撲があるとまあまあいいのだが、終わってしまうと、水戸黄門しか楽しみがない。それも金曜日と土曜日はやらないのでその日はぼくの仕事を邪魔しに来たりする。

ところが、この間の東スポ映画祭のこともあって、「おくりびと」に興味を持ち出して、手放しで観たいというわけではないが、何となく観たいそぶりをする。それで、DVDを借りてきて見せてやった。そうしたら、真剣に観ていてすごく喜んだ。山崎努の演技もぼくと同じような感想を言っていた。

それで、もう一度あの映画のよさみたいなことを考えてみた。アカデミー賞外国語作品賞の審査委員長はつぎの4つのことを評価していた。

1. 儀式の美しさ
2. 親子の絆
3. 夫婦の愛
4. ユーモア

なるほど、これだけのことが詰まっていれば、日本人だけではなく外国の人たちにも受けいれられるなあと思う。

でもう少し日本的な見方をしてみると、「矜持と諦念」という言葉が浮かんできた。簡単に言えば「誇りと諦め」みたいなことになってしまうが、まあ矜持というのはその通り自信と誇りを持とうよということだが、諦めというのは、五木寛之の言うように、投げ出すことではなく、「明らかに究める」ことだと思う。

ですから、映画では、本木雅弘が演じる主人公がチェロ奏者を“諦め”自信と誇りを失ってとき、明らかに究めることを知った山崎努演じる納棺師の社長のもとで、みずから、自信と誇りを取り戻し、明らかに究めることができた物語としてのすばらしさが際立っていたのだと思う。

そんなことを再び考えさせれる映画である。
 

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    • 5 故人の尊厳を考えさせられました!
    • 3 最後までみれました
    • 4 うまい!
    • 2 おくりびと
    • 1 どうみても
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2009年04月29日

実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)

この3時間10分という長さの長編映画をどう“総括”していいのかわからないでいる。見終わってぐったりしてしまった。そんな「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」はあのピンク映画の巨匠若松孝二が渾身の力を込めた作品である。

ぼくはまさにリアルタイムであの時代を生きていたから、そのころの雰囲気をよく覚えているが、確かにあの狂気が生まれても不思議ではないように思える。そのあたりは、いまの若い人には理解できないかもしれない。

あの壮絶な組織に似たものとして、軍隊、ヤクザなどを連想させられるが、どうも違うような気がする。同じ兵士ということでいえば軍隊なのかもしれないが、軍隊は兵士を殺しやしません。だから連合赤軍は軍隊ではないのです。ヤクザは合理的です。しいてあげればオウム真理教あたりであろうか。

しかし、それだからといって何の説明にもならない。そして、そのころの話を書いたところで意味もない。もう、そういうことがこの日本で起こったという事実でしかなく、映画でも描かれたように、いくら総括したところで終わらせることができないのである。“総括”とは、多分に恣意的であるから、皆が腑に落ちることがないのである。

多分、いろいろな人がいろいろな見方で見るから、多くの人が登場するので混乱するとか、どうして森と永田がリーダになったのかがわからないとか、評価も分かれると思うが、学生側から描いたということと、それをわりと客観的にみていることは評価できると思っている。

ということで、内容が重いので口も重くなってしまった。最後に印象的なのは、なんといってもあさま山荘が落ちるシーンで加藤弟が言う“あんたたち勇気がなかったんだよ”と言うセリフであろう。何だかずうっと引きずる映画である。

実録・連合赤軍 あさま山荘への道程 [DVD]
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    • 4 若松孝二 ひさびさの重量弾
    • 4 買いですが・・・。
    • 3 映画作家としての魂を感じました。
    • 2 実感をともなった感想として
    • 4 思想的な背景よりも、組織として崩壊していく過程が印象的
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2009年05月01日

同窓会

最近、同窓会づいているからというわけではないが、永作博美が出ているからという理由だけで、「同窓会」を観る。監督はサタケミキオで主演は宅間孝行なのだが、この二人は同一人物である。

わが永作博美だから期待して観たが、がっかり。映画の最初に「勘違いは人生最高の悲劇であり喜劇である」と出る。同じ言葉をこの映画監督に贈りたくなった。

ぼくは、基本的に事前知識なしで映画を観ることにしている。まあキャッチコピーぐらいは頭に入ることもあるが、あまり先入観をもって観るのはやめようと思っている。だから、喜劇か、悲劇かもわからないので、作品を観ながら少しずつ、ああこういう映画なのだとか感じてくる。

ところがである。この映画はひどいくらいわけのわからない展開なのである。ハートフルな物語なのか、ドタバタなのか、センチメンタルなのか、そして、エンディングのくだらなさというか、説得力のまったくない勘違いが登場し、あっけにとられる。おいおい、そんな勘違いがずっと続くわけがないだろうと思える陳腐な設定なのである。

しかも、高校生時代の追憶がやたら頻繁に出てきて行ったり来たりで忙しいこと。俳優さんたちが一生懸命演じても構成がまずいので空回りしている感じになってしまう。永作博美もすごく頑張っているがかわいそうだ。

要するに、映画をなめているのである。こんな安易な作り方はやめて、もっとちゃんと作らなければいけない。サタケミキオという監督は舞台で活躍しているそうだが、映画と舞台はぜんぜん違うのであって、お仲間同士でふざけあっても成り立つ舞台とは違うことを理解しなくてはいけない。

この舞台と映画の違いの象徴的なものとして、料金があると思う。映画は1800円でぼくなんか1000円である。それに比べて、舞台は5000円以下というのは少なく10000円くらいのものもある。

ということは何を意味しているかというと、映画は気楽にいくし、つまらなかったらしょうがないという冷めたスタンスがとれるが、舞台は大枚はたくわけだから楽しまないと損するので、自分にとっておもしろいものを限定的に観に行く傾向が強くなる。

従って、そこには送り手側と受けて側双方である種のシンパシーが働くのはやむを得ないのである。きつい言い方だと甘くなるような気がする。全部がそうだといっているわけではないが、比較としてそうなるのではないでしょうか。

ということで、話はそれてしまったが、これだけけなした映画は珍しい。ちょっと、厭な気分である。
 

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    • 4 ネタバレしない程度に・・・
    • 4 青春ノスタルジー
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2009年05月05日

フロスト×ニクソン

連休中にもかかわらず用事があって東京に出かける。せっかくだからと思って、日比谷シャンテに。お目当ては、「スラムダンク$ミリオネア」だったのだが、何と行列で次々回まで満席という始末。仕方ないので、「フロスト×ニクソン」を観る。仕方なしに見たとは言えないくらい面白かった。

題材は、もう有名だからご存知だと思うが、米国で任期中に辞任した唯一の大統領というニクソンに、その数年後にイギリスの著名な司会者のデビット・フロストが単独インタビューを敢行して、謝罪の言葉を引き出す話である。

ぼくらの年代だと、この状況をよく覚えているのでどんどん出て来るエピソードやそれこそジョークもすっと入って面白く思うのだが、よく考えてみるとあのウオーターゲートを知らないとつまらないかもしれない。というかついていけないかもしれない。若い人はあまり知らないので、「スラムダンク$ミリオネア」の方が観たいと思うのであろう。

もともと舞台でやっていたものを映画化したそうで、そういえば、舞台劇を観ているような感覚にもなる。二人の会話が速射砲のように飛び交う様は、言葉の格闘技である。

ちょっと飛躍するかもしれないが、少し前の朝日新聞に劇作家の平田オリザが書いていたが、政治家は自分の役回りを演じきれるかどうかが重要な資質であるというようなことを書いていたが、まさにこのことが映画で表現されている。

一見するとこの映画に登場するインタビューアーであるキャスターのほうが演技を必要とすると考えがちであるが、もっと政治家のほうが演技者としての存在感が大きいように思えてくる。

だから、何だかキャスターのほうが可愛いい本性が出てしまうようでおかしかった。そこの駆け引きがすごい面白く、ぼくは、ニクソンがフロストに負けたと思われているが、むしろ、勝ったのはニクソンではないかと思うのである。ひょっとしたらそれがこの映画の狙いではなかったのか。

映画でも語られているが、結局最後はテレビに映し出されたニクソンの苦渋の表情あるいは観念した目つきなどがその激しい会話以上に民衆にインパクトを与えたといっていたのが印象的で、このこと以来、テレビに映し出される政治家の姿をいい意味でも悪い意味でも大きな判断要素となったのである。

ニクソンを演じたフランク・ランジェラもフロスト役のマイケル・シーンも熱演で非常によかった。政治家とキャスターという対照的な二人のように思うのだが、実は共通点もあたり、あるいはコンプレックスを抱えていたりというふうに類型的でない描き方も好感をもてて、なかなか見ごたえのある映画であった。
 

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  • Amazon おすすめ度の平均: 5.0
    • 5 理性と感情の間をさまよい、猜疑心という深淵に落ちた男
    • 5 インタビューの現場は戦場だ
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2009年05月09日

闇の子供たち

坂本順治監督、江口洋介主演の「闇の子供たち」を観る。生体心臓移植とか幼児買春など、かなり衝撃的な題材である。この映画を観た晩に変な夢を見た。それだけ印象的であったが、一方で裏切られた感じであと味が悪い。

物語は、バンコク駐在の新聞記者である江口洋介が日本から心臓移植手術を受けに来ることを聞くが、その心臓の提供者は幼い子供でしかも生体移植だという情報を掴む。認められているのは脳死状態での移植なのだが、闇では生きたまま摘出するのだという。それをあばこうとして、現地のNGOなども絡んで展開する。

結局、何が裏切られたかというと、この生体心臓移植は事実と反するということなのだそうだ。こんなことはありえない話なのだという。

たしかに、映画は、フィクションとノンフィクションの狭間でもあるし、混合でもある。あの「実録連合赤軍」でも、実録と言っておきながら、“この映画には一部フィクションが含まれています”というキャプションが出る。

ただ、問題はフィクションが誰かをあるいは何かを傷つけるかどうかが判断の別れ目になるような気がする。「連合赤軍」のように映画の流れとしてウソをついてもおかしくなかったらいいが、ウソは事実を曲げることだから、そのウソで誤った理解だとか、感じ方をゆがめてはなんにもならない。

この「闇の子供たち」はその過ちを犯してしまったようだ。タイのひとたちを侮辱したことになる。映画だから許されるというものでもないと思う。だから、気分が悪いのだ。そんなものを観たので夢見が悪かったのだ。

じゃあ、心臓移植のところは外して、幼児買春や人身売買のところだけにすればよかったのではというかもしれないが、それだとタイのひとからみれば「大きなお世話」と言われる。だから、この映画は、日本から心臓移植にくるという設定が不可欠なのであって、それがウソと来ては映画が破綻しているのである。

意欲的に取り組んだのはわかるが、江口洋介の最後のところでも何か無理しているところもあり、宮崎あおいが現地NGOで働くというのも違和感があり、どうも空回りしたというのが率直な感想である。
 

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  • Amazon おすすめ度の平均: 3.5
    • 5 ラストが素晴らしい
    • 5 普通の暮らしがいかに幸せか。
    • 4 あくまで「タイの児童買春を啓発する」映画
    • 4 欲望の負連鎖
    • 3 期待が大きすぎました。
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2009年05月15日

ジプシー・キャラバン

ジプシーという言葉には一種独特の響きがある。そして彼らについて知らないことばかりである。

もう20年も前にドイツのフランクフルトの中央駅で一瞬子供たちに囲まれて財布を盗られそうになった。そのとき、現地の人に、あの子らはジプシーだから気をつけなくてはいけない。あいつらは盗みで食っているんだと吐くように言われた。

また、彼らの血液型はみなB型(実は40%弱だそうだが)でだから定住できなくて、放浪しているんだとまことしやかに教えられたりした。

それくらいの知識で映画「ジプシー・キャラバン」を観る。この映画は、ジプシー(今はイメージが悪いのでロマというらしい。それさえも今回初めて知った。)が生んだ5つのバンドが6週間で北米を回ったツアーをドキュメンタリーとして描いたものである。

途中ジョニー・デップがいきなり出てきて驚いたが、「耳に残るは君の歌声」という映画で、ここに出ているタラフ・ドゥ・ハイドゥークスと共演したからだという。

それ以外は、コンサートの様子や移動のバスの中やホテル、そして彼ら故郷の家族のことなどが映し出される。

この5つのバンドがそれぞれ国も違うし、言葉も違う、当然繰り出す音楽も違う。しかし、同じ民族であるから、そのルーツのようなものは一緒だから、その音楽も根底でつながっている。

もう、原初的な響きと悲しみを包み込む楽しげな音に圧倒される。そして彼らの口から語られる迫害の歴史、貧困の嘆き、しかしひとたび楽器をとると、唄い出すとすごい迫力である。

そのあたりをドキュメンタリータッチの映像があますところ伝えてくれて見ごたえのある映画であった。ぼくは観終わったあと、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」のあのキューバの老人たちの音楽を思い出していた。
 

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  • Amazon おすすめ度の平均: 5.0
    • 5 観る回数が増えるたび好きになる音楽映画
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2009年05月18日

スラムドッグ$ミリオネア

連休に一杯で見損なったダニー・ボイル監督の「スラムドッグ$ミリオネア」を観る。第81回アカデミー賞で作品賞、監督賞を含む最多8部門を受賞した作品だ。やはり、それだけの評価に値すると思う。もう、あっという間の2時間であった。

これはインドのムンバイのスラム街で育った若者の物語である。ムンバイというのは昔ボンベイと言った。ぼくらにはその名前の方がピンとくるが、ボンベイからムンバイへの変化は呼び方だけではないのである。インドの経済発展を象徴する都市でもあるのだ。

映画ではそうしたことをほのめかすセリフも出てくる。そして、主人公が働いているのも大きなコールセンターである。このコールセンターは多分世界中からここにつながるようになっているはずだ。インドの経済発展はこうした産業が支えているのである。

その発展の以前のムンバイはスラム街が多くあり、そこに暮らしている人々の生活は困窮を極めている。そこの若者であるマジャールが幾多の試練を経て、テレビのクイズ番組に出て見事に賞金を射止めるまでを描いている。

このクイズ番組が、「ミリオネア」で日本でもみのもんたが司会でやっているあれである。映画は、そのクイズ番組で全問正解の一歩手前で不正を働いたのではないかという疑いがかけられて、警察で尋問を受けているところから始まる。

そんなスラム街出身の学問も何もない人間がそこまで正解を続けられるはずがない。何か不正を働いているに違いないというわけである。

その尋問の過程にオーバーラップして、小さいときからの生い立ちが明らかになっていく。このあたりの脚色には恐れ入る。そして、クイズの問題とその当時のエピソードが関連するという、少々でき過ぎだが面白い展開である。

さらに、子供のときに出会った女の子との別れと出会いが描かれ、最後のところですばらしい結末を迎えるというラブロマンスでもある。

もうこの映画には、いろんなものが詰まっている。恋愛、夢、アクション、宗教対立、兄弟などなど、それらが見事に絡み合って、非常にいいできばえとなった。
 

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    • 5 「硫黄島からの手紙」との共通点
    • 5 おススメできるけど過度の期待は禁物です。
    • 4 どこの国にもあるのだろうが・・・
    • 4 生きることの厳しさと、信じることの素晴らしさ
    • 2 とりあえず踊って済ませばミリオネア!
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2009年05月23日

グラン・トリノ

もう巨匠と呼べるクリント・イーストウッドの「グラン・トリノ」を観る。さすが、クリント・イーストウッドで素晴らしい作品に仕上がっている。

「生と死」というような重いテーマも理屈っぽく説明的にならずに実感として滲みてくる。それは、「ミリオンダラーベイビー」や「父親たちの星状旗」もそうだが、普通の人、というかマイナーな存在の人々に焦点をしぼり、そうした世界でこの難しい問いかけをしていることに起因していると思う。

この物語は、朝鮮戦争を戦った人間が、現代の風潮を受けいてられない頑固さや、昔風の男らしさを求めて孤立しているが、隣人の“イエロー”のアジア人とのふれあいで徐々にその心が変化していく様を描いている。

グラン・トリノといういのは、フォードの名車で1972年に製造されていて、それをいまだに主人公の老人が保有している。その車もこの映画にとって重要な意味を与えているわけで、そうしたことで言うと題名のつけ方も感心させられる。

最近、ばかなタイトルがけっこうあるし、邦題にするとひどくなるというケースを何度となく見せられると素直にほめてあげたくなる。

この主人公はフォードに50年も勤めた組立工の設定で、彼の息子がトヨタのセールスマンというのも、その対立の構図を象徴的に表現して、うまいなあと思ってしまう。

これからは若干ぼくの独断だけど(全部独断かも?)、クリント・イーストウッドは、人種の多様性についてすごく理解があるように思う。言い方を変えると、アメリカ的な文化、生活などの限界も分かっていて、それを解決する手段は何かということを突いてきているのである。

映画の中でもポーランド系(この主人公もそうだ)イタリア系、アイルランド系などや極めつけはイエローであるが、そうした言い方で人種のるつぼであるアメリカの悩める姿を描き出している。

妻を失って、一人になった男の家の隣にモン族というアジアの少数民族の家族が引っ越してきて、そこから展開されるトラブルを通して、この頑固な老人が変化していく。ネタバレになるので最後どうなるかは言わないが、感動的で唸る演出である。

実はこのあたりは日本映画に通じるものだと思わず膝を叩いたのだ。イーストウッドは高倉健なのである。観たら分かると思うが、任侠映画のラストシーンに重なるのだ。

これ、また独断が入るがイーストウッドがマカロニウエスタンで学んだところとヤクザ映画もマカロニウエスタンと相通じるところがあるので、その延長で「グラン・トリノ」が作られたのであると思ってしまう。

いずれにしろ、こうした作品を観ていると映画の醍醐味を感じざるを得ないのである。
 

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    • 4 アメリカの懺悔
    • 3 グラン・トリノ観ました。
    • 5 現在のイーストウッドならではの最高の演技と表現
    • 5 これで主演が最後?今後も良質な映画を作って欲しいです!!
    • 4 老いるという事、若いという事、アメリカという国
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2009年05月26日

接吻

これは怖ろしい映画である。万田邦敏監督作品「接吻」はそんじょそこらのホラー映画よりもある意味恐い。この映画は、殺人犯を愛してしまった女が主人公で、それを小池栄子がこれまでのイメージをかなぐり捨ててその主人公を演じている。

まあネタバレになるので言わないが、何と言ってもラストシーンの驚きだろう。こればっかりは理解を超えているので、このラストで微妙な感じになってしまった。

それ以外は、いわゆる男女3人物語で、もちろん男が殺人犯と弁護士だから異様といえば異様なのだが、それは映画だから多少事大的でもかまわないと思う。この男女3人物語は受ける映画の典型で、ぼくの一番お気に入りの映画が「冒険者たち」でアラン・ドロンとリノ・バンチェラにジョアンナ・シムカスが絡むフランス映画だが、それも男女3人物語である。俗に言えば、三角関係である。

この映画でも、豊川悦司演じる殺人犯を見て自分と同じ匂いをかぎつけた小池栄子のOLがのめりこんでいく。それは、世間から阻外され、無視され続けた人間同士の共感である。

一方、中村トオル演じる弁護士は、彼らから見れば疎外した側の人間であるため、最初は閉ざしたままで口を聞いてもくれないし、それぞれから打ち明けてももらえない。

ところが徐々にではあるが、彼らも心が開いていくのである。それは、自分たちの存在を無視されているのが普通と思っていた人間が弁護という立場ではあるが、気にしてくれ、心配してくれるという事態を感じ始めるわけです。

ですから、共感できる人しか愛せないと思っていた心に、これまでは異質の人間だったのが、ひょっとするとよき理解者なのかもしれないと思うのである。

このあたりの変化がすごく面白くて、小池栄子の演じるOLは果たしてどちらの男を愛したのだろうかと思わせる。これは考えすぎだろうか。

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    • 5 ラブストーリー
    • 5 最近の邦画の中では、1番です!
    • 4 新しい犯罪映画
    • 4 あの人の物語はあの人のもの。
    • 4 キーワードは“ハッピーバースデイ”
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2009年05月31日

最後の初恋

こりゃもうぼくのストライクゾーンの映画である「最後の初恋」を観る。以前、行きつけの店の飲み友達に強く薦められて映画館に行ったらもう終わっていたというしろもの。リチャード・ギアとダイアン・レインはあの「運命の女」と同じ共演である。

両作品ともある偶然が引き起こすドラマを描いているが、今回は、海辺の小さな町のある宿の友人女主人の替わりに宿を切り盛りするダイアン・レインとその唯一のお客としてやってくるリチャード・ギアが恋に落ちるという物語である。

ただ、この「最後の初恋」というタイトルはいかがなものでしょうか。原題は「NIGHTS IN RODANTHE」だから、「ローダンテの夜」になるが、ローダダンテという地名がポピュラーではないからかもしれないが、「最高の人生の見つけ方」と同じように意味をねじ曲げてしまっているように思える。

それはともかくとして、映画は予想通り、しゃれていて大人の恋を思う存分堪能できる。おそらくぼくと年齢的には近いだろうから、自分のことのように見入ってしまった。しかし、映画を観終わって現実に返った瞬間にうちの嫁さんの顔が現れてためいきをついたのである。

やはりこの歳になってもこんな恋愛にあこがれますね。若いときとは違う味がある。様々な時を経てたどりついて、ああこんなはずではなかった、もっと違う男と女の関係があるはずだと思い続けていて、それがあるとき偶然が背中を押すように現実となり、これまで溜め込んでいた悩みをお互い徐々に打ち明けていくことで救われていく、そんな映画なのである。

ところが、それがすんなりと成就しない。でもそれがこの映画を優れたものにしていると思う。だから“初恋”と名づけたのかもしれないが、確かに、一瞬の思い出だけを抱くことで汚れないことが「喪失から再生」への道なのかもしれない。

リチャード・ギアとダイアン・レインがいい。気負いもなくすばらしい演技である。ガキにはわからねえだろうな。
 

最後の初恋 [DVD]
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  • Amazon おすすめ度の平均: 3.0
    • 4 人生はいつからでも軌道修正できる!勇気をくれる作品
    • 1 すぐ忘れそうな物語
    • 2 薄いような気がする
    • 3 胸がキュンとなりました。
    • 4 切なくて涙が止まりませんでした
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2009年06月04日

デトロイト・メタル・シティ

最近は原作がある映画が多いような気がする。特に漫画を原作としたものも多い。この李闘士男監督の「デトロイト・メタル・シティ」も人気漫画をベースにしているらしい。らしいというのは、読んだこともないし、知らなかった。

映画の中味から少し離れるが、この原作があるときの映画の評価は微妙だ。当たり前のように、原作よりいいか悪いかという評価がされてしまう。

よくユーザレビューみたいなサイトで、出てくる批評が、「原作と違うからよくない」というのがある。これは批評にはなっていないのであって、映画になったとたんに原作とは無関係に独立した作品になる。

従って、原作が書かれた媒体がいいに決まっていると思うかもしれないが、原作より映画の方が面白いというケースもある。

例えば、つい最近テレビで放送していた「東京タワー」を観たが、これは本よりも映画の方がよかった。
以前にこのブログでリリーフランキーの原作本を読んでそれについての記事を書いたが、あまり評価していなたかったのだが、映画の方が面白かったのである。

さて、デトロイト・メタル・シティのことである。若杉公徳原作のコミックで大変人気のある作品を映画化したものである。主演は松山ケンイチで、普段は内股で歩くような大人しい子が、デスメタルバンドのボーカルになると全く逆のキャラクターに変身してしまうという役柄を見事に演じている。

ただ、それはそれで面白いのだが、原作の漫画を読んだこともないので分からないのだが、原作では多分コマから飛び出しそうな迫力で描かれていると思う。何とも劇画的なシチュエーション設定だし、登場人物もそうなのだ。その荒唐さを実写化するのは難しいということかもしれない。

まあ、主演の松山ケンイチ、加藤ローサもがんばっているし、宮崎美子の母親もいい味出していたし、それより何より松雪泰子の女社長は見ものである。だから、もうちょっとなんだなあ。
 

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    • 5 デスメタル(笑)
    • 3 デトロイト・メタル・シティー
    • 1 デスメタル(笑)
    • 4 松ケンが良かった
    • 5 素直に笑えた
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2009年06月07日

60歳のラブレター

2000年から住友信託銀行が一般の人から応募した「60歳のラブレター」が8万通以上になったそうで、それを元に作られたもろベタな題名の映画「60歳のラブレター」には3組の男女が登場する。

メインは、中村雅俊扮する大手建設会社で専務まで上り詰め、定年を迎える夫とその妻原田美枝子、そして、医者で妻と死に別れた井上順と売れっ子の翻訳家戸田恵子の恋愛、そして魚屋でありながら昔フォークソングバンドで歌っていたイッセー尾形とその妻綾戸智恵という豪華な顔ぶれ。

この三組がそれぞれ微妙に絡みあって展開する物語が、錯綜しているようでいてうまい具合に流れに合っていて、それだけでも古沢良太の脚本と深川栄洋監督の演出に拍手したくなる。

何を隠そう(別に隠すことでもないが)ぼくはただいま60歳だから、もうオレは中村なのか尾形なのかと思い、井上の立場もいいなあとかすごいリアルな感じで観た。

それにしても、みんなカッコイイというのが正直な感想なのである。まあここに登場するストーリーは劇的だが、誰にでもプチ劇的なことってあって、例えばぼくの場合、井上順にはなれないが、中村雅俊のエピソードで言えば、やっぱり30年前の気持ちがどうだったのかという問いに思わず引くし、30年間仕事優先できたかもしれない。しかし、ぼくはかろうじて定年前にそれを打ち破るべく早期退社をして、会社で定年を迎えることは回避したのである。

この3組で、いちばん感動はイッセー尾形と綾戸智恵の夫婦かもしれない。ネタばれになるのであまり言わないが、入院して大手術をしてその回復を待つ夫が、妻の前で奏でるギターなんてしびれますよね。しかも曲が、「ミッシェル」なんですよ。ということで、ぼくも昨年妻ががんの手術をしたので、そんなとを思い出すのである。

いずれにしろ、熟年男女が交わる愛のメッセージに驚かされる。ぼくらの年代ではそういうのをキザといったんだけどな。この3つの手紙が選ばれた時点でもうこの映画は出来上がりだ。あとはそれに向かってストーリーを考えるだけでいいくらいに、秀逸な手紙である。

先週も大学の研究室のクラス会があって、北九州や名古屋、静岡から来てくれて、女性一人を含めて6人が集まって呑んだのだが、名古屋から来たT君が、奥さんが最近小説を書き出したというのである。

そして、非常に奥さんに感謝していて、というのも自分の両親の世話をして見送ってくれたので、これからは彼女の好きなようにやらせてあげたいし、そのための協力は惜しまないというようなことを言っていた。映画のようにカッコよくないかもしれないが、なんか素直に感動したのである。

結局、この世代は高度経済成長の中で結婚して仕事一筋で、そして妻たちもまだ良妻賢母思想の残りかすがあって、そんな夫婦が量産され、その後時代は変わっていきいつのまにか遺物のように扱われ、それぞれがどう対処していいのかおろおろしたというのが正直なところではないだろうか。

しかし、この映画を観ていると60歳といってもまだまだこれからという感じになる。60歳前後のひとを“アラカン”というらしいのですが、このアラカンだけではなく、若い人にもぜひ観てもらいたいいい映画です。
 

2009年06月11日

ジャージの二人

もうまったり感いっぱいの映画「ジャージの二人」を観るとこちらも何となくまったりとしてくる。監督が中村義洋で「鴨とアヒルのコインロッカー」や「フィッシュストーリー」とはまた一味ちがう作品で、でもこういうのって嫌いじゃないです。

ストーリーは、避暑地に出かける親父と息子が別になにかするわけではなく、ぼーっとひと夏を過ごすのである。だから、特別のエピソードもなく、静に時が流れていくのだが、そんな中でも少しずつお互いのいま置かれている現実が垣間見せられる。そのじわっと来るリアル感が避暑地の生活との対比で滲みてくる。

この親子二人を演じているのが、シーナ&ロケッツの鮎川誠と堺雅人である。外見は全く異質であるが、二人の会話を聞いていると何気に親子らしさを感じてしまうほどうまく演じていた。

特別のエピソードがないかわりに、コネタがぽんぽん飛び出してくる。だいいちジャージを着るという設定からしてそうだ。そして、携帯のアンテナやファミコン・ビデオネタとかBLTサンドイッチとトマトの絡みとか、化膿症と和小の混同などそこら中に埋め込まれている。それを見ながら、クスッと笑うのもこの映画の楽しみ方のひとつでもある。

ということで、ぐずぐずしないではっきりしてよと言っているような人はダメかもしれないが、“なんとなく”という雰囲気が好きなひとには面白い映画である。
 

ジャージの二人 [DVD]
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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 4 ジャージとトマトと携帯の電波
    • 4 なさそうでありそうな親子の時間と生き様が楽しい
    • 5 「クスッ」
    • 5 ワールド
    • 5 ジャージ、借りました
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2009年06月15日

純喫茶磯辺

この映画も癒し系のようだ。吉田恵輔監督、宮迫博之主演の「純喫茶磯辺」はそんなほのぼの感のある映画だ。

妻が家を出てから仲里依紗扮する高校生の一人娘と暮らすダメ親父が、父親の遺産が入り、何を思ったのか喫茶店を始めるというところから話が始まる。喫茶店といっても今様ではなく昔のあの喫茶店でセンスがわるい店である。

当初はお客が来なかったが、麻生久美子の謎の女の子がコスプレでウエートレスをするようになると客も増えてくる。そこで織り成す男と女のエピソードが展開される。宮迫の親父と麻生久美子、仲里依紗の娘と客の変態男、そして、もとの妻との関係、元彼との関係とそれぞれが少しずつ“外れた”キャラクターなのである。

ここではストーリーというより、出演者の演技力の方が注目といったところで、仲里依紗と麻生久美子、別れた妻役の濱田マリの3人の女優さんが健闘している。仲里依紗のほうとうに自然の演技はすばらしい。いまどきの高校生ってこんな調子なんだと思わずすうーと入ってくる。

また、麻生久美子はかわいい顔をしながら偽悪的で何を考えているのかわからないという女を演じていて、結局不器用でうまくいかない感じを好演していた。

こういうお決まりの小ネタをはさんだほのぼのとした映画もいいけど、なんか見終わってうんよかったねくらいで、やはりインパクトが薄いような気がする。なにも派手にやれということではないがずしってくるやつがほしいのだが。

純喫茶磯辺 [DVD]
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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 5 女優としての堀越のりさん。
    • 4 ダメ親父を見て育つ
    • 5 ゆるーく面白い
    • 3 全体的に中途半端
    • 4 脚本は3つ星だけど、仲里依紗と麻生久美子にひとつプラス。
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2009年06月20日

レスラー

三沢光晴が逝ったからではないだろうが、平日の昼間だというのにほぼ満席となった「レスラー」を観る。すばらしいできばえの感動的な映画である。

何しろ、ラストシーンがいい。最近の映画特に日本の映画のラストのしまらなさを嘆く身にとっては久々の“終わりよければすべて良し”といったところ。何となく期待を持たせて始まるが、最後にいったいこの映画はなんだったのだなんてことが結構ある中では出色である。

ミッキー・ローク扮するとっくに峠を過ぎたプロレスラーが満身創痍になりながらプロレスを続ける。そんなプロレスフリークだから、財産もなくトレーラーハウスのようなところで暮らし、娘にも見離される孤独を抱え込む。

そんなとき試合後に倒れてしまう。当然引退ということになり、スーパーで働くが、どうしてもプロレスの世界が忘れられないで・・・。というストーリーであるが、べたと言ってしまえばそうかもしれないが、その生き様、悲哀をミッキー・ロークが渾身の演技で表現してみせる。もうはまり役もいいところだ。

また、ミッキー・ロークが思いを寄せるストリッパーを演じたマリサ・トメイもすばらしかった。老いぼれたレスラーと場末のバーのストリッパーという取り合わせはそれだけで絵になってしまう。

さらに、プロレスのシーンも楽しめて、特に内幕を語らせて、思わず笑ってしまった。プロレスファンならずとも堪能したのではないだろうか。

近頃では、少なくなった“肉食系”男子のロマンを感じさせる映画で、勇気をもらえる。こうして映画が観ている人に勇気を与えるというのは映画の原点なのである。ぼくは「映画とは人生の応援歌」であるというのが持論だが、それを見事に示してくれた映画であった。
 

2009年06月24日

トウキョウソナタ

昨年のカンヌ国際映画祭で「ある視点」部門の審査員賞を受賞した黒沢清監督の「トウキョウソナタ」を観る。この作品では、ばらばらとなった家族がやり直しができるかといったテーマで、日本のどこにでもありそうな家庭を描いている。

そうした風景が海外でも通じるのだとちょっぴり意外であった。しかし、よく考えてみると、家族の崩壊と再生は世界中の共通のテーマなのかもしれない。

家族は夫婦と大学生と小学生の男の子二人の4人家族が舞台である。親父はある企業の総務課長なのだが、ある日、総務の仕事を中国にアウトソーシングすることになって会社を辞める。

再就職しようにも、求人先の面接であなたはわが社にきて何ができるのですかと問われ、まわりとあわせるのがうまいとか、カラオケですと答えて、これでは再就職もおぼつかない。しかし、失業したことを家族に内緒にしているのである。

同じように失業中の高校時代の同級生が登場するが、ウソの電話で自作自演の演技をする。このエピソードはこんなご時世だから非常にリアルで身につまされる。

だから家に帰ってもギクシャクというかしらけた雰囲気で各人が勝手に振舞っているのである。この家庭の有様もぼくのうちも同じ家族構成なので多少似通ったところがあるが、唯一わが家はお互いに隠しごとだけはしないというのが救いでもある。え、そう思っているのはぼくだけ?

家族というものの崩壊というのは、親たちの“こんなはずではなかった感”と子供たちの“いかげん親のエゴはやめてよね感”の葛藤で、親たちはやり直せないかと悶えるのである。

夫婦役が香川照之と小泉今日子で、この二人はいまや引っ張りだこなのだそうだ。今回もぴったりで、香川照之のリストラされてもがき苦しむ表情、小泉今日子の思いっきりの開き直りの表情がなんとも印象的であった。

ともあれ、黒沢監督の光と風の使い方がすばらしい演出もみごたえがあり、堪能できる作品に仕上がっている。
 

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  • Amazon 売り上げランキング: 2352
  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 4 戯曲が映像になったかのような
    • 5 とてもクールなコメディ映画
    • 4 家族の「いま」を描いた秀作。香川照之の抑えた演技が見事。
    • 5 素晴らしい作品
    • 5 希望の朝
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2009年06月27日

おっぱいバレー

銀座パトスで、“おっぱいバレー、シニア1枚”というのが恥ずかしくて下を向いて入場券を買う。そうしたら、売り場の女の子が大きな声で“はい、おっぱいバレー、シニア1枚です”と大きな声で言う。こうして、そそくさと入場して、その「おっぱいバレー」を観る。

正直面白かった。タイトルとはちと違うがまじめな映画なのである。単純だといえばそうなんだが、思わず涙をこぼしてしまった。

教育とは、先生と生徒とはといったベタで根源的な問いに答えているのである。物語は、北九州のある中学校に綾瀬はるか演じる女教師が赴任してくる。そこで、男子バレー部の顧問に就くのだが、このバレー部は練習もしないし、部員も5人しかいないというダメ男子の集まりでなのである。

そして、中学生の男の子なら誰しも夢見る“おっぱい願望”で頭の中がいっぱいなのである。そんな、中学生に対して大会で1勝したら先生のおっぱいを見せてあげると約束してしまうのである。さあ大変、それから彼らは目の色を変えて練習に励むというお決まりのストーリー。さて、その結末は?

この設定は、誰しも興味をそそりますよね。そして、その間に教師として悩む姿が自分の中学生時代とダブって映し出されて、生徒とともに成長していくのである。

そんな不純な動機で生徒を扇動するものではないと思うかもしれないが、鰯の頭も信心からではないが、やる気が出るきっかけなんてものは何でもよくてモチベーションがあがればいいのかもしれない。それが、中学男子は“おっぱい”なのだ。

思い起こせば、ぼくらの中学生時代も似たようなもので、道程イコール童貞という妄想ばかりで、経済性と聞いただけでええ“性”だといってにたりとしていた。そして、在日の友達の家は、いつもお母さんが働きに行って留守なので、昼間なのに雨戸を閉めて、二人で「映画の友」を開いておっぱいを拝んでいたのである。それが、何のモチベーションになったかは忘れたが。

この原作は実話にもとづいているらしいが、時代設定が昭和54年で場所も北九州であるから、確かにありそうな話である。それで考えるに今の都会でこんな物語が成立するのかと気になる。昔から、先生は出来損ないの子が可愛いものなのだ。ひょっとしたら、現代の先生は頭のいい子が可愛いのではないだろうか。

まあ、綾瀬はるかの映画のようであるが、ぼくはちとこの女優さんの能天気さがひっかかる。この映画でも最初に赴任したときはまだ未熟な教師という演技はそのものずばりみたいなのだが、だんだん成長してそれなりのプロになるといった感じが出ていないのだ。ずっと未熟な教師で終わっている。他の作品でもおしなべてそういう演技なのである。可愛さだけでというのもそのうち通用しなくなるのでは。

2009年07月03日

たみおのしあわせ

これまた癒し系なのかと思っていたが、そうでもなくて、また予定調和的な世界かと思っていたが、そうでもなくて、それでいてぎらぎらしているわけでもなく、はちゃめちゃでもないというつかみどころのない映画である。岩松了監督の「たみおのしあわせ」はそんな映画である。

たみおにはオダギリジョー、その父親に原田芳雄、たみおの結婚相手が麻生久美子、原田芳雄の浮気相手が大竹しのぶ、元相手が石田えり、その大竹が寝返る原田の義理の弟に小林薫、さらにさらに変な男に忌野清志郎ときたらたまりませんね。「markのしあわせ」。

しかもですよ、あの片桐夕子が出ているらしい。出ているらしいというのは、エンドロールでこの名前をみつけて初めて出ていたことが分かって、あわててどこに出ていたのかと思いを馳せたら、もう麻生久美子の母親役しかないと勝手に思っているのである。若い人は知らないと思うが、日活ロマンポルノで一世を風靡した女優さんである。だから、裸になってくれないとわからないのだ。

それぞれが絡み合う大人の関係がなんかあり得ないように思うのだが、実は現実にも似たような話が転がっている。

つい先日、あるITの研究会で終わったあと若いアナリストとユーザ系の人と3人で呑んだのだが、どういう拍子でそういう話になったか忘れたが、その若いアナリストが変な女に絡まれたことがあるという話で盛り上がった。

その女はアナリストが関心を持ちそうな雑誌をわざと見えるところに置いているのだそうだ。その雑誌は市販されているわけではないのでわざわざ手に入れている。そして、そのアナリストの上司とも関係があるようなことをほのめかすのだという。まさに、うそで固めて仕組んでいるのである。怖かったという話である。

その時、ぼくがこりゃあ映画になるなあと言って、その女を演じられる女優は誰だろうと思案したら、すっとこりゃ麻生久美子が浮かんだ。それでそのアナリストはオダギリジョーで上司は役所広司だと言ったらウケたのである。

ところが、「たみおのしあわせ」の記事を書こうと思ったら、ありゃあ同じような配役だと気がついて一人ほくそえんだのである。ちょっと映画のこととは離れて脱線してしまったが、謎の女は麻生久美子に限るというお話である。
 

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  • Amazon おすすめ度の平均: 3.5
    • 3 しあわせってなんだ
    • 5 不思議なおかしさ
    • 4 う〜ん、やっぱり厄介だと思う(笑)。
    • 3 「予定調和」に終わらないクセモノ作品
    • 3 ラストで一気に評価ダウン
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2009年07月08日

ぼくの大切なともだち

フランス映画っていいねえと思えるようなルコントの作品「ぼくの大切なともだち」を観る。なかなかいい映画であった。

物語は、もう中年にさしかかった美術商が、ある日“あなたに親友と呼べる友達はいるか?”と言われ、自分では親友だと思って接触するが、相手はまったくそうは思っていなかったことが重なり、結局親友はいないことを悟るが、どうやったら親友を作れるかに悩むのである。

そんなときタクシーの運転手の男と知り合いになり、かれの人付き合いのうまさに教えを請う展開。そのうち二人が親友に近くなてきて、しかし裏切られる展開。さてどうなったのかというストーリーである。

この設定がなかなか面白い。ぼくでもそういう状況になったらどうしようかと思ってしまう。何か困ったときに本当に助けてくれる友はいるのだろうか。この映画のように、何気なく友達を傷つけてしまったり、自分勝手に振舞ったりしてやしないかと思うのである。

さて、この映画では、タクシー運転手がクイズマニアということで、フランス版「クイズ$ミリオネア」が登場する。このクイズ番組は、もともとはイギリスのテレビ番組「フー・ウォンツ・トゥ・ビー・ア・ミリオネア」から始まって、日本でもみのもんたの司会のあれである。

インドでは「コウン・バネーガー・カロールパティ」といって、「スラムドッグ$ミリオネア」という映画でも登場した。この映画も、「スラムドッグ$ミリオネア」と同様最後の問題でのライフラインの使い方がキーポイントになるが、負けず劣らずいいシーンであった。日本でもこの番組を使った映画ができなのだろうか。

男の友情をこんな風なさばき方で映画にしてしまうというところにフランスのおしゃれがあるように感じる。ストーリー性もあり大変楽しめる映画です。
 

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    • 5 珠玉の言葉に彩られ、何歳になってもやり直しができると感じさせてくれる
    • 4 友情は金で買える?
    • 5 中年になってからの友情確認
    • 5 100パーセントの人間とは
    • 4 ふと周りを見渡してしまった30代男の感想
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2009年07月11日

いのちの食べ方

これはオーストリア出身のニコラウス・ゲイハルター監督作品で、原題を「UNSER TAGLICH BROT/OUR DAILY BREAD」といって、われわれが日常口にする様々な食糧がどのように作られているかを追ったドキュメンタリーである。

この邦題はめずらしくよくできていて(実はそういう題名の本があるが)、まさに人間のいのちをつなぎとめるために人間以外のいのちを食んでいる現実が描かれる。対象は、野菜から肉・魚や卵も塩などでそれを実に人工的に栽培あるいは加工している情景が淡々と映しだされる。

この映画は、そうした映像をセリフもなく、ストーリーもなく、ただただ映像だけを流すという手法で、それが余計に観る側の想像力を刺激し、衝撃を与える。

ぼくだって、多少は予想がついてはいたが、あれだけ大量にそして自動車工場を思い起こさせるようなベルトコンベアで流れる豚や鶏や鮭には驚かされる。野菜にしても、どこかで催し物を行うような感じで、収穫が終わるとさっと引き上げてしまう。多量の農薬で生産量を確保するといった生産システムにも改めてびっくりする。

とはいえ、セリフも演出もないので、肯定も否定も伝わってこないなかで、観客自身が考えることになる。ぼくは、こうしたシステムをひどいとも思わないし、すばらしいとも思わない。人間が生きていくのはそんなにやさしいことでもないという思いなのである。

よく、自然との共生とかいって、動物となかよくしてとか自然を壊さないでとか言う人がいるが、ぼくには少し違和感がある。人間が生活をするということは、本来的に他の生き物を敵に回すことに他ならないのである。

さて、映画を観ながらふと捕鯨との対比を思い浮かべてしまった。この映画に登場する牛や豚・鶏と鯨とどこが違うのだろうかということである。この辺はあまり言うとナントカ原理主義者が目を三角にするからもうこれ以上言わないが、人間は残酷な動物であると再確認したのである。

ともあれ、日常の食卓を何気なく見渡したとき、映画のような作られ方を想像するのもたまには必要なのかもしれない。いつも丸裸にされた鶏を思い浮かんでいると鳥肌が立つので気をつけましょう。
 

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    • 3 劇場版と比べると・・・
    • 4 ボクらはいのちを食べている
    • 5 字幕なし、セリフなし、ナレーションなし、映像だけ。そのものすごい映像に考えさせられる
    • 5 現在の飽食の時代の子供達に
    • 1 眠い・・・
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2009年07月19日

わが教え子、ヒトラー

ヒトラーを描いた映画はいくつかあるが、これは喜劇である。もうドイツ敗戦が濃厚な時期に、ヒトラーへ演説の手ほどきをするユダヤ人の演劇教授との5日間を描いたものである。「わが教え子、ヒトラー」は監督もユダヤ人のダニー・レヴィの作品である。

この頃のヒトラーは精神的にも追い詰められていたらしく、そんな姿をさらけ出させて、独裁者も所詮弱い人間であると描く。監督はユダヤ人だから、憎悪がないわけがないのだが、わざとそうした滑稽さを出すことで、直接的な糾弾よりもっと、憎しみをぶつけているように思う。

下から突き上げるのではなく、乗り越えて高みから見下ろすことで、笑いも出せるし、より強く訴えてくる。ずいぶんと面白い視点の映画で評価にとまどってしまう。

しかし、だからといってふざけたものでは決してないのであって、収容所から出されて、ヒトラーの身近に連れてこられ、二人だけの機会を与えられたユダヤ人が同胞のために暗殺も図ろうと思えばできる状況にどう対応するのかという選択や、家族の救いなどシビアな問題提起もあり、シリアスなストーリーでもあるのだ。

まあ最後は予想外の展開になるのでそれはいえないが、このユダヤ人の演劇教授を演じたのが、「善き人のためのソナタ」のウルリッヒ・ミューエで、今回もすばらしい演技で観客を魅了してくれる。
 

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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.0
    • 5 ドイツ映画は笑いもマジメ
    • 5 みじめなヒトラー
    • 4 人間ヒトラー
    • 1 監督はB型だろうか?
    • 5 ヒトラーやナチスをコメディー仕立てに描いた傑作!
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2009年07月23日

劔岳 点の記

この映画は、とてもすばらしかったが、とてもがっかりした。新田次郎の同名小説の映画化で、立山連峰の剱岳の山頂に三角点を設置するために派遣された陸軍測量部の苦労を描いたものである。

監督が、黒沢明にカメラマンとして仕えた木村大作で悲願の監督作品である。出身がカメラマンだからその映像美はすばらしく圧倒される。しかも、スタッフ・キャストも実際に山に登っての撮影だから迫力も満点である。

出演の浅野忠信、香川照之、松田龍平らの迫真の演技は見ごたえがあり、また大変苦労しただろうなと思わせる。実際にも何時間もかけて登ってやっとワンカット撮れたというようなことがあったようだ。

だから、誰もなしえなかった映画を作ったみたいなすごい評価されるかもしれない。しかしである。正直その割には感動が薄いのだ。

ぼくは、以前山登りをしていたので登山というものの厳しさ(あの大雪山行で冷たい雨に打たれてえらい目に遭ったこともある)やすばらしさを知っているつもりだが、この映画は登山の映画ではないのであるから、それを描くことにあるのではなかったはずだ。

よしんばそうであったとしても、最後にあんなに簡単に登頂できてしまうのは何ともいただけない。行く手を拒む非常に難しい山で、入り口さえも見つからないと言っているくせにぼくでも軽く登れそうな感じで行ってしまった。一瞬の間を見つけて登るしかないと言っておきながら、その一瞬をどう見つけたかが描かれていないのだ。

これは単なる登山ではないということは、地図を完成させるために三角点を設置することに賭けた男たちの物語なのでしょう。そういう視点で語ってほしかったのだ。たとえば、4等三角点だから「点の記」にも載らなかったわけだから、なぜ3等三角点をあきらめたのか、その悔しさはいかばかりだったのかというようなことだ。そうしたことさらっと流しているのだ。

厳しい言い方になるが、カメラマン木村大介はすばらしい仕事したが、監督・演出家として木村大介はイマイチであったということ。ただし、その映像の美しさは一見に値するので映画館に足を運んでみてください。

映画の後は、恒例の下の息子との呑み会。門前仲町の「魚三」ではら一杯魚介類を食べて呑む。この子は、うに、白子、ほたて、えんがわ、とろといった高級品が好きでそれ腹一杯食べたいといつも言っている。もしこれらを普通の店でまとも頼んだら大変なことになる。

その点「魚三」は安くていっぱい食べられるのだ。ただし、入るのに並んで待つのと座ってからも店のおねえさんのペースに合わせなくてはいけないという条件を受け入れることが必要だ。まあ、二人で十分堪能していつものように銀座の「M」でハイボールで締め。息子はまたいつものように、ママに次の日の朝ごはんをもらっていた。

2009年07月27日

ジェリーフィッシュ

この作品は、2007年カンヌ国際映画祭最優秀新人監督賞を受賞した映画である。イスラエル映画で、テルアビブを舞台に繰り広げられる三人の女性を追ったドラマである。

ジェリーフィッシュというのは、英語であの海に浮かぶ「クラゲ」のことだそうだ。ここに登場する三人の女性もまた現実世界の中に漂う存在として描かれる。結婚式場に勤めるウエートレス、その結婚式場で式を挙げたばかりの新婚の女性、現地語もろくに話せないホームヘルパーのフィリピン女性がその三人の女性である。

三者の日常の生活やエピソードが並行的に語られるが、実は難解でよく分からない。説明的でないので、わりと寡黙なシーンが続き、会話も観念的で理解が難しいのだ。正直言って退屈してしまった。

この作品がカンヌで賞をとれるのだということで思い出したのが、日本の河瀬直美監督のことだ。引き合いに出して恐縮なのだが、河瀬監督は、「萌の朱雀」でカメラドール(新人監督賞)を「殯の森」で審査員特別賞を受賞しているが、ぼくには受賞に値するとは思わなかったからである。

ぼくの勝手な推察だが、どうもカンヌの審査員は観念的で難解な作品を推す傾向があるように思う。どうだ普通のやつにはわからないだろう、こういった芸術性の高いものはおれたちだから評価できるんだと言っているようだ。まあ、少なくともこの手の作品が好まれるようだ。

かくいうぼくも若いときは気取ってわけの分からない作品をさも理解しているような顔で観たものだ。いまはそうした想像力もなくなってきて、わかいやすくてあったかい映画が一番だ。
 

ジェリーフィッシュ
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    • 4 イスラエルが新鮮
    • 3 ゆらゆらと揺れ動く、登場人物の心と人生
    • 4 人間のふれあい
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2009年07月30日

ディア・ドクター

「ゆれる」に続いての西川美和監督作品「ディア・ドクター」を観る。さすが西川監督というような作品ですばらしいできばえだと思う。いま「ゆれる」の時のこのブログでの評を読み返してみて、また同じことを書くことになるなあと思ってしまった。

物語は、老人ばかりの過疎の村の診療所に働く医師を中心にそこで一緒になる若い研修医、そして看護士、そして患者たちのふれあいと、その医師の隠された実態、突然の失踪といった展開である。

映画はそこを医師が失踪したところから始まる。そしてその医師がシセモノであったことから刑事が捜査に入り、聞き込みをするたびに過去が暴かれていくシーンをダブらせてその村で起こったことが映しだされる。

この手法は別段目新しい手法ではなく、「ゆれる」も似たようなところがあるが、人間の深層にある多面性やゆれを徐々にあぶりだすには効果的である。そして、騙す方、騙される方が微妙に変化していく様をみていると、観ている側も自分はどこにいるのだろうかと考えさせられてしまう。

こうしたシチュエーション設定やストーリー性は見事でやはり自身で原作・脚本を書いているというのが利いているように思える。西川監督はことしの上半期の直木賞候補にもなったようにしっかりと小説をかけるので、そういう力が映画に表れている。

出演者たちもみな生き生きとして好演している。医師役の鶴瓶、研修医の瑛太、看護士の余貴美子、そして香川照之、笹野高志等々、さらに良かったのは刑事役の松重豊と岩松了に二人で、だんだんニセ医者を分かってくるようになる心の動きみたいなものをうまく演じていた。

香川照之が聴取されているとき、なぜ医師免許もないのに成りすましていたのか、それは愛ですかという刑事に問われて、いきなり座っている椅子を後ろに倒したとき、大丈夫かと駆け寄ってきた松重豊にむかって、いま刑事さんは愛で私に声かけたのですか、そうじゃないでしょみたいなやり取りは秀逸であった。
 

2009年08月02日

俺たちに明日はないッス

「百万円と苦虫女」で注目していたタナダユキ監督の「俺たちに明日はないッス」を観る。高校生の性と恋を描いた作品でさそうあきらという漫画家の作品が原作なのだそうだ。

ここに登場するのは高校三年生の男女3組で、同級生の女の子が先生とできたのを知って、その子にやらせてくれと付きまとう子、生理になった女の子を助けて、その女の子に好きになられてセックスして子どもができてしまう子、デブ専(?)の女の子に言い寄られ、それを知って痩せてしまうデブの子という三人の男子が中心である。

こうして書くとありそうでもないことと思うかもしれないが、映画では当然デフォルメして強調するからそう思うのであって、実はある意味典型的な高校生なのだ。それは自分のことを振り返ってもそう感じるのである。

「おっぱいバレー」でも書いたが、そのころの男の子の関心ごとは性と恋で、それで頭は一杯になるのだ。それをタナダユキ監督は女でありながら、漫画的な誇張を入れて、しかし根っこは普遍的な大人になりきれない危うさを見事に描いている。

出演している若手の男女優がなかなかの好演である。主役級の柄本時生(あの柄本明の子だそうだ)をはじめ、とびきりの美男美女ではないところがいい。それによりリアリティが出ていたように思う。
 

俺たちに明日はないッス デラックス版 [DVD]
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    • 5 まっすぐな青春映画
    • 2 ん〜?
    • 4 17才!!
    • 3 うちの高3生にも観せたい。
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2009年08月08日

真夏の夜の夢

ずっと前に「ナビィの恋」を観たとき、沖縄の風景とそこに住む朴訥とした人々が営む明るさにすがすがしさを覚えたので、中江裕司監督の最新作「真夏の夜の夢」を期待して観る。

あのシェイクスピアの戯曲をなぞったもので、舞台はやはり沖縄の離島である。東京でOL生活をしていた主人公の若い女性が故郷の島に帰ってくるところから物語が始まる。そこで繰り広げられる島民や島の精霊たちの騒動が描かれる。

こういう映画をまじめに考えてしまうと何だかよくわからなくなってしまう。素直に笑って楽しめばいい。島の精霊が出てきて、媚薬をたらしちゃうんだから、そしてドタバタである。

まあ、沖縄の青い海、強い太陽、深い緑があってこそだと思うが、風景そのものが媚薬になっているかもしれない。きっと南の島の人たちを性格付けている要素は景色、気候ではないかと思える。

この風景の前で深刻な恋愛劇をやられてもどうにも困るわけで、そういう意味でもこの映画は気分をあげて観ればおもしろいのである。

ところで、この原稿を書きながら、大原麗子の訃報にふれている。彼女はぼくの大好きな女優さんで、あのかわいらしい顔と何と言っても少し鼻にかかったハスキーな声がとても魅力的であった。

映画やテレビで多く出演していたが、これこそ大原麗子という作品は何だろうかと考えてみたが、なかなか思い浮かばない。むしろ、「男はつらいよ」のマドンナ役の方が印象が深い。

まあ何よりも「すこし愛して、なが~く愛して」のサントリーのCMで有名になってしまった。難病と戦っての死であり、早過ぎる死でもある。冥福を祈る。
 

2009年08月11日

重力ピエロ

またまた伊坂幸太郎原作の映画である、森淳一監督の「重力ピエロ」を観る。主演がこの映画でキーとなる兄弟を演じる加瀬亮と岡田将生。岡田将生は「天然コケッコー」で夏帆ちゃんの相手役をした子で、イケメンで将来性ありそうだな。

先にキャストのことを言うと、そのほかに父親役の小日向文世と母親役の鈴木京香もなかなかよかった。それと狂言回し的に登場する吉高由里子がまたいい味だ。

伊坂幸太郎の作品は物語性とその構成力が出色だから、映画にしたくなるのだろう。多くの作品が次からつぎへと出てくる。この「重力ピエロ」はかなり重いテーマで扱いが大変であると思うが、父と兄弟のトライアングルをうまく関係付けることでよさを発揮していた。

ぼくは子どもが男ふたりの兄弟ということで小日向文世演じる親と同じ立場となるのだが、もし自分が映画のような状況になったらどういう決定と行動をとったのだろうかと考えさせられた。

おそらく違ったと思うので理解しづらいところもあるのだが、それはそれとして、家族とそこのなかに秘められた事実といったことは、ことの大きさはともかく何らかの形であるように思う。

そうしたことを抱えながら家族が成り立っているわけで、そう考えると、この映画でいう「おれたち最強の家族だよな」という確認作業をやりながらつながっているとも言える。

非現実的なシチュエーションを設定していながら、実は根源的な家族のあり方みたいなところに踏み込んでいて好感が持てる作品であった。
 

2009年08月17日

蛇にピアス

芥川賞の季節だからというわけでもなく、「重力ピエロ」に出ていた吉高由里子が主演している「蛇にピアス」が観たくなったのだ。

これは、2003年の芥川賞を受賞した金原ひとみの同名の小説の映画化である。監督が親子より歳の差がある蜷川幸雄ということで、若者の風俗をどこまで消化できるのか興味があった。

この小説は、実際に読んだが、その時近いうちに映画化されると思っていたが、それが蜷川監督だとは予想がつかなかった。小説自体は正直言ってぼくにはよく分からないもので、何か痛いなあという思いだけ残った。

だから、少なくともぼくには映画の方がいいのではないかとさえ思った。ただ、残念ながら蜷川監督は切込みが浅くもてあましたように感じられる。ピアスと刺青とセックスシーンだけをつなぎ合わせただけのように思え、どうも登場人物の心象に対する洞察がゆるいようだ。

なぜ、スプリットタンにあこがれ、刺青を彫ろうとしたのか、痛みを感じることが唯一自分の存在を確認できることだといったことが映像で伝わってこなかった。

映画でも主人公が、一緒に暮らしていた「アマ」という男の子の本名も年齢も知らなかったし、それ以外のことも何も知らなかったと述懐するシーンがあるが、映画ももう少し、出てきた人物のことを教えてよと思ってしまった。

吉高由里子は大胆な演技も披露して大奮闘だが、その割には評価が高くないように思うのだが、それは主人公の中沢ルイの存在感が弱かったからではないだろうか。

ただ、ぼくにはそれなりに楽しめる映画であった。それはどうしてかというと、映画のセオリーを踏んでいるからである。何回か言っていることだが、基本的に女一人に男二人の映画はおもしろい。この三角関係のシチュエーションで映画を撮ればほとんど外れないのだ。
 

蛇にピアス [DVD]
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    • 1 愚作
    • 2 これはちょっと。。。
    • 2 「チョコレート・ファイター」の方が良かった
    • 3 カルチャーショック
    • 1 最悪…
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2009年08月20日

70年代日本映画へのオマージュ

少し前に70年代日本映画の本を紹介し、多くの作品と監督を懐かしんだのであるが、そんな中でぼくの気になったものをピックアップしてみるのと、その時代のことを書いてみようと思う。

作品で言うと「仁義の墓場」「0課の女 赤い手錠(ワッパ)」「HOUSE」である。この3作品はそれほど評価されたものではないが、なぜかぼくにとっては印象の強いものになっていた。ところがこの3作品とも本に取り上げられていたのにはびっくりした。

「仁義の墓場」は渡哲也が骨壷から死でしまった自分の女の骨をつかみ出しポリポリ齧りだすという場面が戦慄するすごさを見せる。

「0課の女 赤い手錠(ワッパ)」は杉本美樹主演の映画で野田幸男が監督している。杉本美樹は赤いコートに赤い手錠といういでたちでクールな女刑事を演じて、何と言っても最後の紙くずが舞う中での銃撃戦や室田日出男の怪演ぶりなどすさまじい映画なのである。

でもこんな映画評価している人がいるのかと思っていたら、本にも紹介されていたし、杉本美樹のWikipediaにはこんな記述もあった。

1974年に は現在でも国内外でカルト的な人気を誇るB級バイオレンス・アクションの傑作、『0課の女 赤い手錠(ワッパ)』で主役のクールな女刑事を好演。棒読みに聞こえるとして指摘されることもあった抑揚のない台詞の発声もハードボイルドな主人公のキャ ラクターに嵌っており、彼女の主演映画では最高傑作という声も高い。

「HOUSE」は大林宣彦監督の作品で、美少女たちが屋敷に食われてしまうという奇想天外な物語だが、何と言っても、ここに登場した美少女たちである。池上季実子、神保美喜、
松原愛、大場久美子らの面々が繰り広げる世界はエログロとは全く別世界の初めて経験する雰囲気のものであった。そこから、ぼくは大場久美子のファンになったのである。

そして杉本美樹や大場久美子以外にも多くの女優たちとの出会いがあった。そしてお気に入りは、本にもとりあげられている女優では、秋吉久美子、梶芽衣子、桃井かおり、山科ゆり、高沢順子たちであるが、ぼくは、ロマンポルノの宮下順子、芹明香、東てる美、片桐夕子、永島暎子あたりがリストアップできる。

さて最後に監督のことである。ぼくは映画が好きでその当時勤めていた三重県四日市の会社で仲間たちと映画同好会を作った。名前を「シネマディクト77」とした。このシネマディクトというのは、植草甚一の「シネマディクトJの映画散歩」から採ったもので、映画中毒者とでも言ったらいいと思う。

そこで毎月映画評や食べる記や雑記を書いて回し読みをした。当時はパソコンもネットももちろんないから、みなトレース用紙に手書きで書いて、それをアンモニア臭の強い“青焼き”で刷って配ったのである。

今だったら、SNSでいとも簡単にやれたのに、その頃はそんな苦労をしながら楽しんだのである。そうしたとき、大きなエポックとしてあの藤田敏矢と座談会をやることになったのだ。ぼくにとっての70年代映画は「八月の濡れた砂」から始まる藤田作品とともにあったようなところがある。

実は藤田敏矢は四日市の出身でかれの弟と同級のひとがぼくらの会の主要メンバーであったので、その機会が訪れたのである。そのとき何をしゃべったかは忘れてしまったが、写真があるのでご覧になってください。映画に浸った青春のひとコマです。
 
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2009年08月22日

東南角部屋二階の女

この「トウナンカドベヤニカイノオンナ」というなんとも語呂のいい題名の「東南角部屋二階の女」は1980年生まれという弱冠の女流監督池田千尋の作品だ。

この映画は、親父の借金を返すために、じいちゃんの土地を売ろうとしている若者が、会社を辞めてしまうのだが、その会社の後輩とお見合い相手の女が、その土地に建っているアパートに住むところから物語が始まる。

その男子の二人に西島秀俊と加瀬亮、女の子に竹花梓という布陣。この三人が三様のよさが出ていて好感がもてる。今様のやさしいというか、草食系男子なのだろうが、そんな雰囲気があって、そこに男の子的な女の子が加わる乾いた三角関係である。

またまた、男2人に女1人の関係である。加瀬亮はちょっと前まで一緒に暮らしていた女の子がいて、別に竹花梓が好きではようだが、というか三人の間は男と女の関係が感じられないのである。これ今の世俗なのかもしれない。

映画では、もう一方、高橋昌也演じるじいちゃんとその弟のいいなずけであった香川京子の小料理屋のおかみ、それと塩見三省の小料理屋の常連の畳屋が織り成す物語がある。ぼくには、こちらの方がぐっときて、むしろこの物語がメインであるとさえ思えた。

この設定となった、いいなずけが戦死してしまった女が、いいなずけの兄が妻をなくしてから、その兄の面倒をずっとみているというのは、ぼくには身近に同じような話があったので印象的なのである。

そういう意味で、この映画は世代間の男と女の関係を対比してみると面白い。一言もしゃべらないでも存在感を発揮している高橋昌也、二階から若いときからもらった着物を着てみせる香川京子、本当は違うことをやりたかったがしかたなく畳屋をやっているとしみじみつぶやく塩見三省は生き様を生々しく体現しているようにみえる。

一方で、若者三人が無味な感じで生きている様が対比され、そうした若者がこれからどろどろした経験を積むことでどう変わっていくのだろうかと思わせる。この映画は、どうも単なる癒し系ではなくもう少し深いのであって、池田監督の今後が期待できると思う。
 
ところで、このDVDは近くのTSUTAYAで借りてきたのだが、家に電話がかかってきて、どうも返却したのはいいが中身が入っていなかったということらしい。それを嫁さんが取ったものだから、もうバカ呼ばわりされてしまった。おかげで、追加料金も取られトホホでした。

東南角部屋二階の女 (プレミアム・エディション) [DVD]
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    • 1 信じられないほど画質、悪すぎ!
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2009年09月05日

休暇

これは重い映画だ。観終って疲れた。吉村昭の短編を原作とした門井肇監督の「休暇」である。ぼくはこの監督を知らなかったが、非常に地味だが感動的な良い作品に仕上げている。

物語は、新婚旅行のための休暇をとるために、死刑執行のときの支え役を買って出た刑務官が主役である。この刑務官を小林薫が静かな演技で熱演、また死刑執行される死刑囚に西島秀俊が扮して、これまた死刑を迎える人間の葛藤を見事に演じていた。

テーマがやはり重いのだが、それは死刑囚を扱っているからという単純なことではなく、人とのつながりになぜかなじめない男3人の存在に苦しさを覚えるからである。

その3人というのは、刑務官と死刑囚、そして刑務官が結婚した相手の女(大塚寧々も好演)の連れ子の男の子である。絵を描くことでしか自分を表現することができない死刑囚と男の子を重ね合わせてみせる。

その二人と刑務官の交流が最初はぎごちなかったのだが、徐々に溶け合っていく様を映し出すのだが、それは続くはずもなく、やがて死刑執行を迎え、それと入れ替わるように連れ子の男の子と通じ合うようになるのである。

門井監督の丁寧で時間を頻繁に交錯させた演出は、主人公とそのまわりの人間の心の動きを次第に意味のあるつながりへと導いている。刑務官の妻、同僚や上司の刑務官、死刑囚の妹といった人たちのたたずまいも胸に残る。

この死刑執行に立ち会う刑務官ということでは、あの「チョコレート」で演じたビリー・ボブ・ソーントンを思い出した。一緒に死刑執行に立ち会った同じ刑務官だった息子が取り乱してしまい、それを罵ったためにその息子が自殺してしまうといった話が盛り込まれていた。

その時も、生と死をひどく考えさせられた記憶があったが、この「休暇」そんな映画であった。最初に休暇をとるために支え役を買って出たと言ったが、どうもそうではなかったのではないかとぼくは思うのである。
 

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    • 5 これもある意味“おくりびと”
    • 4 淡々と・・・重い
    • 5 命の重さ
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2009年09月14日

K-20(TWENTY) 怪人二十面相・伝

こりゃまた痛快な傑作が生まれたものだ。「K-20(TWENTY) 怪人二十面相・伝」は久々の活劇で堪能した。題名からだと何となく“ちゃっちい”かもと思っていたら、僕の映画の師からこれは面白いと強い推薦があったので観たのである。

監督が佐藤嗣麻子で、出演した金城武、松たか子、仲村トオルといった面々が躍動している。場所も時代も怪しげな設定でおかしいし、変な道具や乗り物が登場する。CGで見せる都市空間もノスタルジックで大活劇の予感。

何せ怪人20面相の話だし、明智小五郎や少年探偵団のことである。彼らはどれだけぼくらをワクワクさせてたことだろう。その昔もう少年探偵団気取りで二十面相ごっこに興じたものである。

さてこの平成の怪人二十面相はといえば、もともとのとは違うのであるが、それはそれとして単純にリメークするよりよっぽどいい。北村想の原作は読んでいないが、この二十面相が何人かいたという解釈はおもしろく、別物の物語に仕上がっている。

この手の活劇はハリウッドの得意のところで、日本映画ではあまり観られなかったジャンルである。だから、見方によっては、どこからパクッて来たようなシーンもあるが、それは愛嬌というもので、全体感として評価したらいいと思う。

けっこうユーモアもあって、松たか子のお嬢様ブリなんか必見ですね。あと脇を固める国村隼とか高島礼子なんかの渋さもいい。これきっとシリーズ化されますね。

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    • 5 平吉さま!
    • 5 続編をお待ちしてます
    • 3 監督さん
    • 4 エコエコは超えられなかったが…
    • 1 極上のトロでツナ缶作っちゃったような勿体無い映画。
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2009年09月18日

しんぼる

どう考えてもおかしい。おかしいというのは面白いということではなく、変だということである。松本人志の「大日本人」に続く「しんぼる」は、批評のしようもない映画だ。

前作でひどかったから、もう見まいと思うのだが、あの松ちゃんならひょっとしたら傑作を残すかもしれないという思いがあるからつい足を運んでしまう。

ああ、もう行かないぞ。え、シュールなところがいい、笑いが前作よりいいだと。だまされた私が悪いのか、だましたお前が悪いのか。いくら“市場原理”で変なものは結局お客さんが入らないで淘汰されるから文句を言うなと言われても、お金払って見てしまった身には腹が立つ。

やはり、これは詐欺だな。自主映画か何かで松本好きな人たちだけで見る分にはいっこうにかまわないし、おおいにやってくれと思う。しかし、期待の裏切りようも限度がある。

シュールって、商業ベースの中で、自分だけの世界でわけのわからないシーンを見せられて、どうだお前らわからないだろうと言われても困ってしまう。

お笑いって、テレビのギャグを持ち込んだだけで、浜田を呼んで頭を叩いてもらったほうがよかったのではないかと厭味も言いたくなる。

いやー、もうやめよう。これ以上いうと、実は宣伝になってしまうからである。こんなひどい映画だったらどんなものだか私も見てみたいとなるからである。
 

2009年09月22日

容疑者Xの献身

これがもともとはテレビドラマだったというのは知らないで観た。しかし、「容疑者Xの献身」(西谷弘監督)は立派な映画作品に仕上がっていた。というのは、テレビドラマを映画化して成功したという例をあまり見たことがなかったからである。

これは大学教授である探偵ガリレオが事件に挑む物語で、その事件というのが、死体が見るかってその捜査をしているうちに、被害者の元妻が住むアパートの隣人がガリレオの大学時代の同級生であったことがわかり、そこから二人の頭脳の戦いが始まるというもの。

この筋立てとストーリー展開がよくできていてぐいぐい引き込まれていく。まあ、言ってみればこのトリックを考えついた原作がすごいのだが、それを、トリックがばれないように、そして間延びしないように構成されていたということだ。

それと、そこに人間味を加味したことがいい。なぜ容疑者は献身したのか、その描きこみもまあまあであった。

演じた役者さんたちもよかったが、ぼくの個人的な感想を言うと、天才数学者を演じた堤真一は最後の泣き崩れるシーンは見ものなのだが、どうもしっくりこない。なぜかって、孤高の天才数学者のイメージはもっと繊細で鋭い感じなのに、あの三丁目の夕日のおっさんやクライマーズハイの新聞記者の姿がちらついてしまう。

こういう謎解き映画はわりと好きなのでおもしろかった。
 

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    • 4 主役は堤真一 〜ドラマ版とは別ものと考えましょう
    • 4 ガリレオっぽくないところがいい。
    • 5 原作は原作、映画は映画...
    • 1 原作のひどさが増幅されている
    • 5 主題歌「最愛」の意味
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2009年09月26日

カムイ外伝

われわれの年代であると、白土三平、カムイと聞くと微妙に反応する。1960年台半ばくらいから少年サンデーやガロに連載された漫画である。それが、映画化された。ただ、「カムイ伝」ではなく、「カムイ外伝」である。

崔洋一監督、宮藤官九郎脚本の「カムイ外伝」を観る。ぼくと同じくらいの年頃のおじさんたち(夫婦連れはいない)と松山ケンイチのファンとおぼしき人たちが主な観客である。

それなりに期待して行った。崔洋一というより、クドカンだからである。しかし、この期待は裏切られたというしかない。前から言っているように、映画が好きだったらあまりけなすのはしない方がいいと思っているから、できたらほめたいのだがうなってしまう。どうも最近の邦画の質が落ちてきたのではと思わざるを得ない。

「カムイ外伝」だから、抜忍(ぬけにんといって、掟を破り組織を抜けた忍者のこと)の世界を描いていて、その追われる忍者と追いかける追忍との戦いが主眼になっている。

だから、ひたすら逃げるシーンが多く、”虐げられた非人の世界から自由になるために忍者になったが、また忍者の世界でその掟から自由になるために抜忍になり”というナレーションが空疎な感じになってしまっている。

じゃあ、もう忍者のアクションパフォーマンスをメインでそこの面白さを強調してもいいのだが、最新VFXで見せられるも、いかにもつくりものに見えてがっかりする。そういう意味でどこか中途半端な感じが否めない。

「カムイ伝」というとある種の“サヨクテキ”な匂いで当時の“シンサヨク”のひとたち、あるいはそのシンパに受け入れられたというイメージが強く残っているので、そこでも肩すかしをくらう。「カムイ伝」は膨大なストーリーから成り立っているので、一部を切り取っても背景がわからないからそうなっているのかもしれない。

だから、かえって「カムイ外伝」なんてタイトルをつけるからいけないのだ。「逃亡者・忍者版」でいいんじゃない。辛口批評でした。
 

2009年09月29日

天国はまだ遠く

映画には、大作ではなくてあるいは鳴り物入りではなくても心にしみる佳作がある。「天国はまだ遠く」はそんな作品である。

「幸福な食卓」の瀬尾まいこの同名の原作を「夜のピクニック」の長澤雅彦が監督している。出演が、「デトロイト・メタル・シティ」の加藤ローサと漫才コンビチュートリアルの徳井義実である。なぜ、皆前置きを書いたのは、それでだいたいの映画の雰囲気がわかると思ったからである。

自殺志願の女の子がたどりついた京都天の橋立近くの民宿で自殺を図るが失敗して、それからその民宿を一人で切り盛りしている青年と交流するうちに生きる元気をもらっていくという物語である。

こう書くとどこでもありそうな物語なのですが、この手の映画の良しあしは出演している役者さんがいかに見ている人の共感をえるのか、等身大の主人公として存在感を発揮するのかにかかっている。

ただそれだけではなく、そうした人物を生かす景色であったり、周囲の人との関係であったり、エピソードやちょっとした所作などをちりばめておくことはもちろん必要である。

そうした意味で、この作品では若者のいわくありげな過去が遠まわしに語られ、近所の夫婦との交わり、そしてユーモアのあるしゃれた会話と心なごむシーンに感心させられる。

加藤ローサと徳井義実がいい。加藤ローサはぼくのお気に入りの女優さんだが、自殺志願の子にしては立ち直りが早すぎないかという批判があるにせよ、あのバタ臭い名前と顔が田舎の山奥の風景に意外と合っていることが不思議なくらいすんなりと演じていた。


徳井君もこりゃ地じゃないかと思える好演である。だが、何といってもラストで加藤ローサが駅でふっと息をかけて前髪をかきあげたときの表情がもうたまらない。
 

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    • 5 やっぱり長澤組は魅せる!スピンオフ作品も珠玉の傑作です。
    • 5 この世界にどっぷり浸っていたい
    • 3 台詞の意味が違ってくる
    • 5 すごく良かった☆
    • 5 素敵な映画でした
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2009年10月04日

ジャーマン+雨

先週、ぼくの映画の友達S君と横浜で呑んだ。S君は高校のサッカー部で一緒だったが、3年くらい前に会って話していたら、映画好きだということが判明し、それから時々映画談義をする。ただ、S君は半端でないほどよく観ているので、いつも面白そうな作品を推奨してもらっている。

そして、先週の話で、彼が最近単館系というか、名画座みたいなところでやる作品にのめっていると言っていた。ぼくは、だいたい日比谷シャンテには行くが、横浜「ジャック&ベティ」や渋谷「UPLINK」、はたまた中野「ポレポレ」まで出てきてびっくりする。

そんなこと思い出しながら「ジャーマン+雨」を観る。監督が女流の横浜聡子で、これが劇場初公開作だそうだ。自主映画の世界で認められてということらしい。だから低予算でまだまだ自主映画っぽい作品だ。松本人志の「しんぼる」もこうやってでてくればいいのだ。

で、こうした映画を観てどうなんだということなのだが、うーん正直言ってついていくのが大変だ。ストーリーは、不細工で学校にもいかず、植木職人になっている16歳の少女が主人公で、コピーに「トラウマなんてクソくらえ!」とあるように、バイタリティある生き方を描いている。

若い人には受けているようだが、ぼくも若かったら多分評価しているし、面白がったと思う。でも今はなかなか受け付けないところがある。これが老いるということなんだろうと思う。たぶん、尖ったところを同じ立ち位置で感じられなくなるからだろう。

しかし、それでいいと思う。尖ったまま歳をとるのもいいけど滑稽になることもある。むしろ、若いころ尖ってなかったらうまく丸くなれないよくらいの気持ちで若い人を見るのが老人の役回りだろう。

映画から離れて老人論になってしまったが、ついていけないと言いながらもところどころに面白いところがあって、憂歌団と一緒のステージで唄いたいとか、くみ取りやのオヤジが出てきたり、マンホールに落ちる瞬間とかは楽しませてくれる。
 

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2009年10月09日

南極料理人

以前、テレビの情熱大陸に堺雅人が出ていて、南極料理人という映画の撮影をしていたことと、そのあと実際の南極料理人の篠原洋一さんが出演していたのが記憶にあって、映画「南極料理人」を観たいと思ってでかける。

この映画は、原作が西村淳の「面白南極料理人」というエッセーで監督が沖田修一。そんなに期待しないで行ったら、これが予想外に面白かった。題名ですぐにわかるように南極観測隊に付いていく料理人の目を通して隊員たちとその生活を描いたものである。

南極基地といっても昭和基地ではなく「ドームふじ基地」というところで、そこに8人の男たちが放り込まれる。平均気温マイナス57度Cという極寒での生活である。その中で繰り広げられる主に食についてのエピソードが笑える。

隣で観ていたオバちゃんがゲラゲラ笑うものだからこちらも思わずもらい笑いをする。出演している個性的な8人の俳優さんがそれぞれの役柄を見事に演じている。演出もなかなかのもので、エンドロールのところの映像なんて洒落ていて感心した。こういう映画は好きだなあ。

人によっては、劇的なこともなく普通のことを描いていてどこがおもしろいのかと言うかもしれないが、その閉鎖空間の中は普通の感覚での劇的なことなんておこらないが、ちょっとしたことが彼らにとっては劇的なのである。

なぜ、こんなことを言うかというと、ぼくもこれと似たような生活をしたことがあるからである。そりゃあスケールがぜんぜん違うけど、30数年前に中国に石油化学プラントの技術指導に行ったときに味わった生活がこんな感じだったのだ。

当時の中国は、やっと日本と国交が成立したばかりで、まだ文化大革命が終わっていなかった。そんな情勢だから、ぼくたち10数人の日本人たちは招待所という宿舎に閉じ込められて、その招待所の周囲1kmの外には出ることができなかったのだ。

正確にいえば、2週間に1回マイクロバスで北京市内につれて行ってくれたが、それ以外はやることがない。だから映画でも出てきたが、仲間同士で麻雀をやって、ピンポンやビリヤードで時たまソフトボールで汗を流した。

で、やはり楽しみは食べることになる。3食とも招待所で食事をするのだが、もちろん基本は中国料理である。ところがさすが中国の料理人で、日本人の好みの味に合わせてくれておいしいのだ。メニューもいつも3種類くらい用意してくれるので好きなものが選べる。

ところが、さすがに毎日だとあきるので、たまにすき焼きをしたりそれこそ映画じゃないがラーメンを食べたりした。そして、これも映画にも登場するように、いつの間にかみんが集まるバーができて、毎夜そこで酒宴である。

だから、ぼくたちは、3か月と少しだけだったが、もうまったくもって映画に出てくるシーンがすごくよくわかる。ずいぶん昔のことを懐かしく思い出させてくれた映画であった。

2009年10月12日

女の子ものがたり

そういえば、アメリカングラフィティとかスタンドバイミーのような旅立ちの映画で描かれるのは男の子の場合が多い。この映画はその女の子版ということになる。森岡利行監督作品「女の子ものがたり」は、漫画家西原理恵子の自伝を映画化したものである。

愛媛県とおぼしき田舎で育った今や女流漫画家となった主人公が、二人の女友達と過ごした日々を振り返りながら物語は進む。ただ単に田舎でそれぞれが夢をみて、それを実現すべく旅立っていくという展開ではなく、それなりの地位を獲得した漫画家がスランプに陥っているところから始まるのだ。

その少女時代を振り返ることでスランプからぬけだしてゆくのだが、これは男でも女でも一緒だと思うが、苦いけどせつなく、何よりも純な気持ちを思い出すと背筋がしゃんとなってくるのだろう。

映画を観ながら自分の少年時代をどうしてもかぶせてしまう。ぼくらの少年時代は今は都会になってしまったが、その当時は田舎だったので、その雰囲気は似たところがあって、貧乏な子もいて、でもみんな一生懸命であった。

最初は女の子の映画だからということでちょっと躊躇したが観てよかった。けっこう感動した。深津絵里がラストのバスの中で見せる表情がなんともいえぬいい顔をしていた。他の子役の女の子も含めて女優さんたちもよかったですよ。

2009年10月17日

007/慰めの報酬

ジェームス・ボンドは昔から好きでよく見ていた。ダニエル・クレイグの前作「カジノ・ロワイヤル」がよかったので、「007/慰めの報酬」も期待して観た。

監督がチョコレートのマーク・フォスターで前作と替っている。結果は、期待通りとはいかない普通のできになっていた。

アクションは陸海空の乗り物を使って派手にやっているのだが、ただそれだけで終わってしまった。緊迫したかけひきとか、謎解きとか、心理戦とかそんなものはどうでもよくて、ひたすら暴れまわるし、人を殺すのだ。こんなやたらに人を殺すジェームス・ボンドはやめてくれと叫びたくなった。だから後味が悪い。

このシリーズも第1作の「ドクター・ノウ」が1962年だから、それから50年近くたつわけで、時代もずいぶんと変わってしまい、当時はまだ東西冷戦の盛りだから、イギリス秘密情報部といっても存在感があったが、今は何してるの?という感じになってしまう。

だから物語も、ボリビアの地で資源の利権争いのような設定で迫力がない。しかし、この設定は皮肉になっている。環境保護を隠れ蓑に暗躍するブローカーが出てくる。いまや、環境が金になるのかもしれない。ここは現代的なのだ。

ボンドガールにしても存在感が薄い。昔はもっとワクワクして観ていたように思うが、何もかもが小粒になったように感じる。あっと驚くようなことがない。アストンマーチンから何が飛び出すかと胸躍らせたのに、いまや暴走族まがいの運転だけだ。

ちょっと辛口になったが、ダニエル・クレイグのボンド役もショーン・コネリーから数えて6代目だが、何かもう少しひねらないとどんどんじり貧になってしまうように思えてくる。

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    • 5 ヘビーメタル・ボンド。
    • 2 しっかし・・・スケール小っちゃいです。。。
    • 1 彼はジェームス・ボンドですか?いいえ、彼は衣笠です。
    • 3 ずばりおもしろい !
    • 3 前作を超えられず
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2009年10月23日

ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~

太宰治の生誕100年だそうだ。その太宰の作品「ヴィヨンの妻」が根岸吉太郎の手によって映画化された。モントリオール映画祭で最優秀監督賞を受賞したそうだが、何しろ太宰なのだから日本的な雰囲気の映画だと思っていたから、受賞は意外な感じがした。

ところが、映画はそうした日本の固有性はそう感じられなかったのである。浅野忠信演じる太宰と思わせる詩人の太田は、嫉妬深く、最低の男に描かれる。一方、松たか子のその妻佐知は、そんな夫に愛想を尽かすこともなく献身的に尽す。そして、何といってもそんな男と女でありながら、なぜか二人ともよくもてるのだ。

この映画は、題名のように妻が主人公だ。佐知は夫以外の2人の違った男から愛される。しかし、どうしようもなくだらしがない夫なのに他の男に変えるわけではなく、けなげに寄り添う。

そこで、この佐知を演じた松たか子について書く。佐知という女は、非常に貧乏な家の子で、あるとき好きな男のために万引きをしてしまう。そこにちょうど居合わせた太田に、その時の警官に対する応対ぶりを気に入られ結婚する。

ぼくは、かつてから松たか子は貧乏人を演じるのに不適な女優のひとりと思っていたから、似つかわしくないと単純に思ったが、この映画ではそうではなかったのだ。

なぜかと言うと、この佐知という女性はどんなひどい仕打ちをされようが、旦那が他の女と寝ようが、温かいまなざしを失わない“聖母”みたいな存在だからである。そうです、聖母は貧乏とかそういった次元を超えているわけです。

あの終戦直後にあんなふっくらした血色のいい貧乏くさくない女がいたとは思えないというツッコミもこれまた的外れなのである。だって、聖母だからである。ということで松たか子のヴィヨンの妻ははまり役であったと思うのである。

それにしても、もうどうにもならないような男がよくもてることがある。ぼくみたいに完璧な男(笑)がもてなくて、どうして女の敵のような男がもてるのだろうか。男と女の関係はいつの時代もどこの国も変わらないし、よくわからないということなのだろう。
 

2009年10月27日

チェ 39歳 別れの手紙

「CHEチェ 28歳の革命」に続く「チェ 39歳 別れの手紙」を観る。前作は、カストロと一緒に成就したキューバ革命を描いているが、この作品はその後のゲバラを追ったものである。

活動の場所は南米ボリビアである。そこで、革命運動を指揮する姿を撮った映画である。ゲバラのゲリラ戦術は山の中に入り込み、少人数で奇襲を仕掛けるというもので、そのとき農民を味方にして、戦闘を展開するのである。このゲリラ戦というのをぼくらは新鮮なことばとして聞いた記憶がある。

ただ、この戦法もその当時のボリビアでは、農民の参画もなく孤立していき、捕えられて銃殺されてしまう。キューバで成功を収め、一躍世界の寵児になったのだから、キューバで安穏と暮らせばいいのに、やはり根っからの革命家だったのだろう。

映画は、その山の中でのゲリラの組織化や訓練を映し出しながら、徐々に死へ到るまでを物静かに描いている。前作もそうだったが、この戦闘までに至る部分の単調さは、人によっては退屈になってしまうだろう。だが、ぼくにとっては、そういえばチェ・ゲバラという革命家がかつていたなあという確認作業であったので、それほど退屈ではなかった。

やはり、最後の銃殺されるシーンは、胸にジーンとくるものであった。今言ったようにぼくらの年代のものにとっては、ゲバラはある意味英雄であったわけで、ぼくは、このボリビアでの活動を記した「ゲバラ日記」(いろいろな出版社から出ていたが、ぼくはみすず書房のものを)をむさぼるようにして読んだ記憶がある。

だから、映画がどうのというより、その当時の自分との対比で感動をくれた映画であった。ゲバラの遺体がヘリコプターで運ばれるのを見ながら思わず涙が止まらなかった。
 

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2009年10月31日

沈まぬ太陽

3時間22分という長尺で途中に休憩があるという作品「沈まぬ太陽」(若松節朗監督)は、退屈はしなかったが、感動もしなかった。

原作は同名の山崎豊子の小説である。山崎本は「大地の子」「不毛地帯」「二つの祖国」とこの「沈まぬ太陽」を読んだが、評価の順もこの順番で「沈まぬ太陽」は、本でもそれほど感動したわけではない。むしろ、他の作品と較べてもあまり評価していない。

これらの作品は、フィクションではあるが、実際の人物やできごとをなぞっているので、読者はンノンフィクションであるかのような錯覚をもたらす。「沈まぬ太陽」の主人公恩地元のモデルとなったのは元日本航空の労働組合委員長で望まない海外勤務という仕打ちを受けた小倉寛太郎で、日航ジャンボ機墜落事故での遺族への対応や会長に送り込まれた鐘紡の伊藤淳二社長との社内改革の話などが展開される。

ところが恐ろしいのは、主人公を美化するために事実を曲げてしまい、人物も単純な正邪の設定にすることで、そこでリアリティがなくなってしまい、作り話の世界になる。だから、映画も観ていてだんだんああ作り話だと思えてしらけてくる。

例えば、御巣鷹山の遺族に対するやさしい心を持った男が、アフリカ象を撃ち殺す。1社員が日航の会長に直接会いに行くとか、主人公のまわりの人間は、時代劇じゃないが、みな悪代官よろしく悪だくみばかりしている。

だいいち、この恩地元という人物がわからない。みんな渡辺謙の熱演もあってか素晴らしい人物だと思っているようだが、左遷させられて勤務に追いやられていやだったら会社辞めればいいじゃんと思ってしまう。というか、こいつ何しに会社に入ったのだろうか。

まあ今のご時世とは違って、滅私奉公的な会社観があったので、簡単に会社を辞めることは憚られる風潮はあったにしても、彼の会社に入って目指したものは何だったのだ。まさか、労働組合でストをして会社を困らせることではないだろう。その会社に経営者になって立派な会社にしたかったのか、単に給料をもらいたかったのか。その志がさっぱりわからない。

そんなことを考えていたら、どうもこのモデルになった人物は、プロの活動家だったようだ。だから、そんな人物が会社へ入って、その会社をいい会社にしたいなんか思っていないわけで、組合運動をしかっただけなのだ。そういう人物をモデルにして小説にしているから、相当な無理があるのだ。

折しも、問題の日航がらみの映画だから注目されるだろうが、その懸案の一つに8つもある労働組合がある。そして、それは時の経営者の思惑と絡み合った結果であるが、そのために過度の労働条件の引き上げを招き、なぜ結果的に高労務コストを招いたかがよくわかる。労使ともに問題だったのだ。

これをいまだに引きずっているとしたら、日航という会社はひどいものだ。ということで、映画からずいぶんと離れてしまったが、いかにも作り話っぽくて感動も何も生まれてこなかったということ。テレビドラマにして(山崎豊子の作品はテレビの連ドラ向きだ)、ワイドショー好きの視聴者を泣かせたらいいと思う。

2009年11月05日

カミュなんて知らない

昔観そこなった秀作を探して観ている。「カミュなんて知らない」は2006年公開の作品で、2005年カンヌ国際映画祭出品作品である。監督は、「さらばいとしき大地」の柳町光男。

映画制作にのめりこむ学生たちを描いた物語で、映画好きの人にとってはうれしい作品である。ぼくのような歳になっても若いころのことを思い出しながら観る。しかも、年寄りのもと映画監督の大学教授も出てきて、単に青春群像だけではないところに味がある。

ところどころに映画にたいする蘊蓄やオマージュがちりばめられ、思わずにやっとしてしまう。溝口健二監督の長回しの話を学生にさせながら、実際のシーンも人物を移すショットを切り換えながら長回しにするといったことが出てくる。

学生の制作してしる映画は「タイクツな殺人者」というのを原作とした不条理殺人をテーマにしている。それがタイトルの由来でもある。アラン・ドロン主演の「太陽がいっぱい」を彷彿とさせる映画である。

そんな学生たちが映画製作の進行に合わせて起こる様々な出来事を描きながら、若者たちの感性や生活をあぶりだす。このあたりが、肩の張らない俳優たちの演技は見事である。そして最後のクライマックス。

寡作の作家柳町光男が暖めて一気に噴き出したような映画であった。あそうそう、ここに出ていた前田愛がついちょっと前に中村勘太郎と結婚したのには驚いた。

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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 3 前田愛の現実感
    • 5 緻密に作られた傑作
    • 3 期待しすぎました…
    • 5 打ち震えるシーン多数
    • 5 映画ファンなら観ておくべき記念碑
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2009年11月09日

カナリア

映画には、典型的なものから特殊解を得るようなものと特殊なものから一般解を提示するような違ったアプローチがあるように思う。帰納的か演繹的かという言い方でもいいかもしれない。

例えば、普通のどこにでもありそうな日常の中に潜む異様さを描くとか、特異な事件をとり上げて、そこにある悪魔性は実は皆が持っているものであるといった描き方である。

前置きが長くなったが、2004年制作の塩田明彦監督作品「カナリア」は、後者の演繹的なアプローチである。題材があのオウム真理教を連想させるカルト教団なのである。

物語は、そのカルト教団「ニルヴァーナ」の施設から一人の少年が脱走するところから始まる。その少年は、母と妹で入所したあと、母親が犯罪を犯し出奔してしまい、妹は祖父に引きとられるが、改心しない少年は祖父に引き取りを拒否されてしまう。

その妹を取り返し、母親を探すために逃げだしたわけである。その途中で少女に出会い、二人で東京をめざすというロードムービーであり、ボーイミーツガールでもあるのだ。だから、旅の途中の出来事が描かれ、徐々に終焉を迎えていくことになる。だがその途中がレズの女たちが登場したりして変なののだ。

しかし、この映画のすごいのは、テーマの重さもさることながら、子役(というには大きいが)の二人、石田法嗣と谷村美月に尽きるのではないだろうか。二人とも、演技をしているのかどうかすらわからない自然さでものの見事に演じきった。

特に谷村美月の関西弁が妙に効いていて、この歳なのにたくましさを表現して存在感がある。二人とも、現代的と思われる親との確執を抱いていて、それをどう乗り越えていくのかを少しずつ確認するように映画は進む。

この子たちは明らかに普通の子とは違うが、しかし、この思春期の揺れは誰でも経験していくもので、この克己が新たな道を拓いていくのだ。そう「銀色の道」として。

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    • 5 05年の邦画最高傑作
    • 5 ユキの老人との交流に癒される
    • 5 子供も大人も迷ってる
    • 3 りょう×つぐみ
    • 2 ズシンとくる重さがありました。
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2009年11月13日

空気人形

表参道で仕事をして、そのあと渋谷に出たついでにもうすぐ終ってしまいそうな「空気人形」を観る。監督が「歩いても歩いても」、「誰も知らない」の是枝裕和で、主演がペ・ドゥナで、脇をARATA、板尾創路、岩松了、高橋昌也らが固める。

空気人形というのはダッチワイフのことで、人間のような人形で性の捌け口になるものである。その人形が心をもってしまうところから物語が始まる。心を持った人形が外に出てレンタルビデオ屋で働いたり、様々人たちと交わっていくのである。

この設定そのものがもう荒唐で、どうなるんだろうと躍ってくる。いきなり人形がしゃべりだすことや、普通に歩きだしてそれに気がつかない男もどうかとかいったツッコミはあるかもしれないが、それをとやかく言う野暮はやめといて、心をもつということがどんなことであるかが少しづつ、人間との接触のなかで明らかになる。

この生の人間と心を持った人形の対比がすごくおもしろく、かつ象徴的である。あえて、現代は心を失った人間が増えて、もっとその心を取り戻さなくていけないなんて、変な意味づけをする必要もないのだが、何となくそんな思いを抱かせる。

ただ、この映画の最大の見せ場は、ビデオレンタル屋の男店員とのラブシーンだと思う。ネタバレになるの恐縮だが、何と、空気を抜かしてくれという。そして空気を抜いて、そのあと男が息を吹き込むのである。

かつて、こんな官能的なラブシーンを見たことがあっただろうか。こんな言い方をすると、大袈裟でバカと言われるかもしれない。そのくらい衝撃的だ。

ただ、難を言えばラストをちょっと引っ張りすぎたキライがある。もう少し、簡潔にスパッと終わらせた方がよかったように思う。まあ、みなさんは観てからどう思うかわかりませんが。

是枝監督はこの作品をもってしばら休養するらしい。こんな変な作品をぶつけておいてあとどうするつもりなのだろうか。期待をもって待っていようと思う。
 

2009年11月21日

風が強く吹いている

三浦しをんを三浦おしんと読んでしまうおじさんでも箱根駅伝に賭ける若者たちの物語に感動する。近ごろでは絶滅人種になったような一途な学生を描いているが、従来型の体育会系とは一線を画している。三浦しをん原作「風が強く吹いている」の映画化である。

監督・脚本が初監督となる大森寿美男で、キャストは小出恵介、林遺都らの面々。ストーリーは、名もない大学の陸上部員が、栄光の箱根駅伝出場を果たすまでの奇跡の足あとを描いている。

最初は、どうせ正月の箱根駅伝のための宣伝映画かと思っていたら、観ているうちにだんだんとスクリーンに引き込まれていく。のっけのシーンからこれはと思わせる。若者が走る後ろ姿から、つぎにとある場末の食道で一生懸命カレーを食べるシーンになる。そして、いきなりあたかも食い逃げするように走り出す。

そして、そのカレーを食べさせてもらったカケルという若者は弱小の大学陸上部に入ってしまう。誘ったハイジと名乗る4年生の口から箱根駅伝をめざそうという話が飛び出す。このハイジとカケル以外の部員たちは陸上部に入っているといっても走力があるわけでもない。

そんな10人が無謀とも思える箱根出場を目指すのである。これは、無条件に感動する。ただ、難しいのは、実際の駅伝があり、それらは大々的にテレビをはじめ多くのマスメディアによってイメージが定着していることや、現実はものすごくドラマチックであるから、それを乗り越えられるかどうかである。

あまり世の中の風潮がどうのこうのと言いたくはないが、なんだか、こういう映画が出てきだしたようにも感じる。エリートもいれば落ちこぼれもいる、オタクもいれば、頭でっかちもいる、さらに外人までいるという多様性の集まりをチームとして組織化して、プロジェクトを成功させるという物語である。

昔は、体育会であれば、オレについてこい式で、それこそしごいて耐えて実現するという肉食系男子の話だったのが、変わってきているのだろうか。でも、そんなことはどうでもよくて、素直に感動すればいいのだということを知った映画だった。現実の箱根駅伝をのこえたかどうかを言うのは難しいが、それとはまた違った意味の感動をあたえてくれたのではないだろうか。
 

2009年11月25日

なくもんか

監督水田伸生、主演阿部サダヲ、脚本宮藤官九郎とくれば、あの「舞妓 Haaaan!!!」であるが、そのトリオが「なくもんか」を作った。

小さい時に親が別れ、父親に連れられていった兄と、まだ母親の胎内にいた弟という兄弟が、母親が交通事故で死んでしまい、親父は世話になったハムカツ屋から売上金を盗んで、こどもも置いたまま逃げだすという、なんとも不幸を背負って生きていくが、その二人が出会うという設定。

阿部サダヲの兄は、そのハムカツ屋を継いで繁盛させているとともに町内会で人気者になっている。一方の瑛太演じる弟はお笑い芸人になって、人気を博するようになる。

こんな設定で、“笑いと涙のオンパレード”が展開する。クドカンのテンポのいいセリフとギャグで大笑いである。そして、ベタな泣かせシーンもふんだんにちりばめ、ホントに顔がくしゃくしゃになる。

それを、安部サダヲとその妻役の竹内結子がいきいきと、そして少し戸惑いながらも瑛太も熱演である。ぼくは、この作品も素直に楽しめた。

きっと、こんなふざけた映画はまかりならん的な批判や、安部サダヲや竹内結子のあのくさい演技はなんだ的な批判や、「舞妓 Haaaan!!!」の面白さはどこにいったの的な批判が出てくると思うが、まあ、好き嫌いの範疇のような話で、嫌いだからって、好きなやつにあたるなよって言いたくもなる。

けっこう、この手の映画の見方で性格が出ることってあって、そんな人生まじめにばっかやってられねえよと思っている人にとっては面白いと思う。実は、そのことが映画の中のシーンにも入っているのである。

クドカンは「カムイ外伝」の脚本でがっかりしてしまったが、何のことはない、自分のフィールドではやっぱおもしれえなあ。
 

2009年11月29日

紙屋悦子の青春

黒木和雄の遺作となった「紙屋悦子の青春」を観る。2006年度作品でその年のキネマ旬報ベステンの4位になった映画である。ちなみにその年の1位は「フラガール」です。

これはまぎれもなく傑作である。もうあの戦争のことを描く監督がいなくなってきたが、黒木和雄は、「美しい夏キリシマ」、「父と暮らせば」に続く戦争三部作を撮り亡くなってしまった。

戦争それ自体は非常に劇的で不条理でそして悲惨なものであるが、そこにいた人間はどうだったのだろうか。この映画は、終戦の年の春の数日の出来事を淡々と描いてみせる。鹿児島で兄夫婦と暮らす紙屋悦子という娘の青春のほんの断片である。

映像は、その兄夫婦の家でのシーンが延々と続く。戦時下で食べ物が何もないなか、配給の高菜の漬物や腐りかけた芋などの話題についての会話が交わされる。このような、何でもないようなことが繰り返し登場するが、それが退屈なのものではなく、かえって当時の人々の様子をよりリアルなメッセージとして伝わってくる。

主なストーリーは、悦子に縁談がもち込まれることで、それも悦子が想いを寄せる明石という少尉が自分の親友永与を紹介するのである。明石自身も悦子に想いを抱いていたが、そうした行動に出たのは、特攻隊として出撃する運命が待っていることを知っていたからである。

そんなことや、両親を東京の空襲で亡くしたことや、兄が徴用で熊本の工場へ駆り出されるといったエピソードによって、戦争の影があぶりだされてくる。そして、庭に植えられた満開となりいずれ散りだす桜の木も印象的でぐっと心にしみてくる。

戦争のシーンもない、ただ木村威夫の美術による家の中だけのシーンを川上皓市の撮影するカメラが丁寧に映しだしている。これぞ、日本映画の真髄と思う。

原田知世、永瀬正敏、小林薫、本上まなみ、松岡俊介らが演じる人々もまさに日本人という風情で、古き良き時代を懐かしめとか、今の若い奴らはということではないが、ぼくにはジーンときて涙が止まらなかった。
 

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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 3 戦争で死ねなかった者へのレクイエム
    • 5 桜の花が咲き、散る季節に観たい、静かな、静かな反戦映画
    • 5 「青春」は戦争下でも希望だ!
    • 3 予想通りの映画でした
    • 5 ジーンとする。
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2009年12月10日

ゼロの焦点

松本清張生誕100年記念と銘打たれた映画「ゼロの焦点」を観る。最初、清張のこの有名な作品が映画化されたと聞いてまず思ったことは、推理小説でもうバレバレの内容のものを映画にしても、先が読めてしまうからどうなってしまうのだろうかということである。

ですから、犯人はだれみだみたいなサスペンスを期待するわけにはいかない。ただし、清張の作品というのは、その時代に抱える世相やそこに生きた人々の生活を背景に犯罪を描いているので、そちらのほうに軸足を置いて描くと面白いかもしれないと思った。

はたして、監督の犬童一心は、3人の女の生きざまについて描くことによって、あの戦後まもない昭和をあぶりだしている。戦後の混乱から徐々に落ち着いていく、そんな時代を北陸を舞台に展開させた。

ここでストーリーを言ってもしょうがないので、何と言っても3人の女を演じた女優さんに登場してもらうのがいいだろう。行方が分からなくなった夫憲一(西島秀俊がいい味をだしている)を探す禎子役の広末涼子、金沢の煉瓦会社社長夫人の佐知子役の中谷美紀、憲一が密かに付き合っていた久子役の木村多江の三人である。

この中では、広末はちょっとという感じだが、中谷美紀と木村多江の二人がすごい。二人は日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞を受賞しているから本物だ。それだけでも広末はまだまだ追いつけない。

中谷美紀はこりゃ怪演ですね。もう鬼気せまる演技でさすが「嫌われ松子」だと思わせる。一方の木村多江はいま薄幸の女性をやらせたら右に出るものがいないと思う。この二人が、米軍のMPから逃げた小学校の校舎の中で歌を唄うシーンは出色である。

ところで、この作品を観に来ていた人はほとんどが年配の人たちであった。最初に言ったようにサスペンスにはならないから、清張の「社会派推理小説」の推理が抜けて社会派の部分が強調されているわけで、そうなると戦後のあの時代のことを知らない若い人たちが観ておもしろいのかということなのだろう。

例えば、バレバレだから言ってもいいと思うが、重要なキーワードは「パンパン」なんだけど、今の人は知っているだろうか。よしんば、知っていたとしても、キャバクラ嬢とどこが違うのかと言われかねない。そんなとらえ方をされたら映画が成り立たないのである。映画の内容とはあまり関係なく、そんなことを思ってしまった。

2009年12月12日

ノーカントリー

これは後に引きずる映画だ。だいいち、わけのわからない終わり方をするし、なんかよくわからない。しかし、印象に残っている。コーエン兄弟が監督する「ノーカントリー」はそんな映画だ。

2007年度の第80回アカデミー賞で作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞の計4冠を受賞した。日本でも2008年度キネマ旬報外国語映画ベストワンに輝いている。

ハビエル・バルデムが恐ろしい殺し屋を演じる。なんたって屠殺に使うスタンガンで人間を殺すのだ。ただ、あれだけ人を殺す、冷酷無比な殺し屋だが、いやらしい恐怖は感じないのが不思議だ。

ストーリーは、西テキサスの砂漠でどうも麻薬取引のいざこざのあとに偶然居合わせた男が大金を持ち逃げするのだが、その男をその殺し屋が追いかける。その追跡劇が異常な緊迫感をもたらす。

そうした恐怖や残酷、暴力といった人間のもつ恐ろしさを肉体で表現している。それがコイントスで決められるといった不条理性をも表現していて、一層の恐怖感もあおっているのだ。

この殺し屋を追う保安官が、トミー・リー・ジョーンズで、ご存じ缶コーヒBOSSのおじさんだ。ただ、この保安官とは一度も顔を合わさないわけで、その対比もおもしろい。

ところどころにベトナム戦争の影をしのばせたりして、社会的な背景もちらちらするが、何といても存在そのものが恐怖となる殺し屋シガーが最大の見ものだ。

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    • 4 社会崩壊の予兆
    • 5 空洞という魔物
    • 4 最強の男『シガー』
    • 5 「暴力」という名の魔物
    • 3 不気味な存在感たっぷり・・・
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2009年12月17日

イングロリアス・バスターズ

クエンティン・タランティーノ監督の「イングロリアス・バスターズ」は高い期待を持って観た。何しろ、ソフトバンクのコマーシャルにも登場する“タラちゃん”だから、どんな面白いものを見せてくれるのかとわくわくする。

しかもブラッド・ピットが主演とくればさらに期待してしまう。物語は、ナチス占領下のフランスでナチス側と連合軍側の両者のおかしな連中の戦いを描いている。イングロリアスバスターズというのは、ナチス兵を掃討する部隊で頭の皮をはぐは、バットで殴り殺すはの残虐性たっぷりの集団である。

最初は、マカロニウエスタンを思わせる導入で、いきなりナチのユダヤハンターの将校が暴れる。そこで逃がした娘が後に絡んでくる。だから、このユダヤ狩りとの対比でナチス狩りを置くのである。

その農家にかくまわれたユダヤ人が射殺されてからは、意外とまじめに淡々と進んでいく。ところが終盤にくると、ダイナミックにそして奇抜な展開に驚いてしまう。まあ、この辺りはタランティーノの面目躍如といった感じである。

この映画に登場する俳優さんたちがいい。ブラピはほんと若いころのロバート・レッドフォードにそっくりだ。しかし、あまりいい役どころではないのじゃないかと思ってしまう。というのも、ナチス側のそのユダヤハンターと呼ばれたランダ大佐を演じたクリストフ・ヴァルツの演技が抜群だったのでそれに食われてしまった。

確かに、この映画は一体誰が主役なのだろうかと思ってしまう。どうもこのランダ大佐ではないだろうか。そのほかの役者さんたちもそれぞれ個性的でたのしませてくれた。タラちゃんは期待を裏切らなかった。

2009年12月19日

幸せの1ページ

ぼくは映画を観るときできるだけ予断を持たないように、中身を知らないで観ることが多い。極端な場合は出演者も知らないこともある。だから、タイトルが頼りであってそこからイメージを膨らませることになる。

ところが、そのタイトルと内容がずいぶんと違っていて驚くことがある。もちろん、いい方の裏切られ方と逆にがっかりすることがあるわけで、そして当然のように洋画の邦題に問題がある場合も多い。

「幸せの1ページ」というタイトルから想像することはなんでしょうか。しかも、ジョディ・フォスターですよ。いかにも大人の恋って感じですよね。ところが、何と子供向けの映画だったのである。これにはびっくりした。タイトルのかけらは、最後の最後だけでなのである。

主演は、子役のアビゲイル・ブレスリンである。海洋生物学者の父親と南の孤島で暮らしているが、あるとき父親が海に出たまま帰らなくなる。そこで、たまたま電子メールで見つけた冒険小説の主人公の名前に、助けを求める。

そのメールの相手がジョディ・フォスターで実はその冒険小説の作者だったのだ。小説の主人公の名でメールを発信したというわけである。そこから、この引きこもり作家が意を決してその南海の孤島まで出かけるという話である。

だから、ほとんどがその島での少女の生活が描かれていて、自然の中での動物たちとの交流や小冒険、島に乗り込んできた観光客との争いなどである。

しかし、裏切られたといっても、タイトルさえ気にしなければ、単純に楽しい。ジョディ・フォスターも演技派ぶり?を発揮していたし、インディー・ジョーンズばりの架空の人物が狂言回し的に登場したりしておもしろかった。だから、最初から、子供向けの映画でよかったのだ。

幸せの1ページ [DVD]
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    • 2 青い空が壁に見える…
    • 2 もう終わりなの〜〜??
    • 4 意外と…
    • 5 最高に楽しい映画でした。
    • 3 素直におもしろかった。
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2009年12月25日

カティンの森

ポーランドの名監督アンジェイ・ワイダの渾身の作「カティンの森」を久々の岩波ホールで観る。ご存知のようにこの監督は名作「灰とダイヤモンド」などで知られる。その時から連綿と続く魂の響きを83歳という老齢にもかかわらず表現した。しかも静かに。

この映画は、第二次世界大戦のときに多くのポーランド軍将校が虐殺された「カティン事件」を題材にしている。ワイダ監督の父親もその被害者だったという。

事件の首謀はドイツなのかソ連なのかという争いがあり、それも戦時とその後の冷戦構図から、ずっと秘匿されてきたタブーだったのである。そして、1989年のポーランド共産主義政権が崩壊して、事件の真相が明らかになっていく。ソ連の赤軍によって行われた殺害であったことが認められたのである。

何というおぞましい事件だが、それをこの老監督が生きているうちに映画化できたことがよかったと思う。ポーランドという国の悩みや宿命を描くには格好の人である。

この映画を観て、いくつかのことを思い出した。もうどうだろうか30年も前になるが、昔いた会社がポーランドの石油化学工場を建設するというので、その指導を行ったことがある。プラントの運転を教えるために、向こうのメンバーも日本にも来てもらい、そのあと現地に赴き、実際に一緒にスタートアップさせるというプロジェクトである。まだ、カティン事件は闇の中にあった時だ。

ぼくは、現地には行かなかったが、日本に来た時いろいろと接触する機会があった。そんなことや現地に行った仲間の話などから、ポーランドという国の実態を垣間見た。そのなかに、この国は女がめっぽう強いということが頻繁に出てくる。

その理由が、いろいろな戦争でいつも負けてばかりで蹂躙され続けたこと、だから男はだらしがないというわけである。この映画でも、ドイツからもソ連からの侵略され、降伏してしまうのである。ポーランドの男はつらいよだ。日本人には理解できないと思う。

だからというわけではないと思うが、映画で登場する女性の生き様がすごい。殺されるのはみな男で、毅然として抵抗し、したたかに生き残っていく。それがずっと続いているのだろうか。

それと、ソ連軍はなぜポーランド軍将校を殺戮したのだろうか。これはかなり勝手な言い分なのだが、先日紹介した「「坂の上の雲」と日本人」という本の中に、日露戦争でロシア軍から大量の捕虜が発生した話が出てくる。その捕虜の中でも非ロシア兵が多く、とりわけポーランド人が多くいたという。

彼らの多くが技術者、技術将校で、ロシア兵とずいぶんと折り合いが悪く、厭戦気分があったのそうだ。だから、飛躍すると「カティン事件」はそのときからの怨恨じゃないかと思うのである。

ちょっと映画から離れてしまったが、名匠が後世に伝えるべくすばらしい作品を作ってくれたことに感謝。ジェンクイェン!

2009年12月28日

おと・な・り

「1Q84」ではないが、男と女のパラレルワールドで始まる映画「おと・な・り」(監督 熊澤尚人)、その設定もさることながら、お互いの男女の心理描写も巧みで結構なラブストーリーとなった。

その男女を岡田準一と麻生久美子が演じている。同じアパートのとなり同士になりながら、一度も顔を合わさないという関係で、それぞれのエピソードが語られる。カメラマンとフラワーデザイナーという仕事のこと、友達のこと、家族のことなど。

そして、そのうちこの二人がどうつながっていくのだろうかと気になってくる。最後はあっという感じで団円を迎えるが、この最後の結びがなかなか良かった。ここで最後の話もなんなのだが、エンドロールでその後の二人みたいな音声が入ってくるけど、あれは要らないと思う。当然のようにその成り行きが予想されたのでしつこかった。

こうした、ピュアな恋愛映画もいいものだ。現代でこんな恋愛があるのだろうかと思うが、あるかないかは別として、みんなあこがれているのではないかと思う。最近の邦画にはこの手の純な恋愛映画が多いような気がする。

キーとなるシーンが二人が壁越しに「風をあつめて」(あのはっぴいえんどの曲だ)という歌を唄うところで、こうした歌や音から関係性を表現するのってうまいなあと思う。「ゼロの焦点」でも中谷美紀と木村多江が唄うシーンがあるが、同じような効果をもたらしている。

岡田君も良かったが、麻生久美子が真面目な女の子を演じていて好感が持てる。それと岡田君演じる聡の友達のシンゴの恋人役の谷村美月がいい。あの「カナリア」で衝撃だった子ももう19歳になっていた。この子はすごい俳優になると思う。

 

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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.0
    • 5 交わる二人の”風をあつめて”
    • 4 おと な り
    • 4 熊澤組の空気感がいっぱいの作品。
    • 2 つつ・ぬ・け
    • 4 音・鳴り。
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2010年01月04日

映画三昧

昨日も書いたとおり、正月はもちろん仕事もする気にはなれなくて、さりとてテレビはスポーツ番組だけだし、要するに時間があるのだ。なのでこれまで見落としてきていて、そんなに強く観たいわけではないが気になっている作品をひろってみる。そんな作品のいくつかについてまとめて書いておくことにする。

【アキレスと亀】

北野武監督作品はなぜかあまり好きになれない。なぜかと言われてなかなかこうだからとは答えられない。「アキレスと亀」もそうしたあまり好きになれなかった作品であった。

アキレスと亀というタイトルはゼノンのパラドックスで有名な話から取っているだろうから、映画では、子供の時からずっと絵ばかり描いてきたが、一向に芽が出ない芸術家が主人公なので、どうもその絵描きがアキレスで、いくらがんばっても追いつけないということを言っているのだろうか。

じゃあ、亀って何なのだろうか。そうよく分からないのだ。あまりくどくどと説明されてもこまるのだが、逆にどういうことかちっとは説明してくれないとわからないということもある。そうなんだ、北野武はそこが問題なのではないだろうか。

どうも、この“ぶっきらぼう”なところがいけないように思える。それは、彼のテレビやなにかの発言を聞いているとわかる。言っていることがはっきり全部を言わないのだ。途中でぼそっと言って最後までちゃんと語らないのだ。自分ではわかっているかもしれないが、聞いている人は“感じ”でしか理解できない。

これと同じように、映画もちゃんと語っていないで、監督だけが“そんな感じ”のものを映し出しているように思える。この映画でも、こども時代から青年期を経て中年に到るまでそれぞれの物語をつないでいるが、全体のストーリーが見えてこない。

こうしたちぎるような映画は若い時にはそれなりのパワーがあるのでおもしろいが、やはり歳を食ってくるとその力がなくなってくるので、丁寧にしぶく作ることも大切なのではないだろうか。だいぶ監督批判になってしまったが、同じ年代なので自分にも言い聞かせているのである。

アキレスと亀 [DVD]
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    • 3 たけしスランプ。
    • 5 この作品で北野ファンになりました!!!
    • 1 う〜ん
    • 3 「あんちゃん、踏み絵だよ、これはさ」
    • 5 芸術
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【陰日向に咲く】

劇団ひとりの原作を映画化した「陰日向に咲く」(平川雄一朗監督)は、その原作がベストセラーになったこともあり幾分の期待を持って観る。だが、ものの見事に裏切られた。

ぼくは原作を読んでいないので、原作との比較でどうのこうのとは言えないが、前から言っているように、映画になったとたん原作は関係なく、映画のできを評価すればいい。だから言うのだ。これは映画になっていない。

そもそも、何がどうなっているのか、誰と誰がどういう関係なのか、何を言いたいのかが全くわからない。観終わってからDVDを何回か見直してもわからない。しょうがないから、映画評を見て、ああそういうことだったのかと気がつく。もうこれだけで失格だ。

どうも、東京で暮らす陽のあたらない9人が登場し(と書いてあったが、それがだれなのかもわからない)、それぞれ一生懸命生きている姿を描いたらしいのだが、ぜんぜん関係ないアキバのオタクが何人かでてきたりするが、これがまた主ストーリーとは全く関係しない。なんじゃこりゃあ。

そして、きわめつけは、岡田準一扮するギャンブルにはまって借金地獄に陥っている観光バスの運転手と母親と漫才コンビを組んでいた父親を探す女性弁護士が、偶然浅草で出会うのだが、そのあとの展開がこれまたあり得ない偶然を積み重ねていくわけで、全くリアリティもないし、観客をバカにするなと言いたくなる。

いいですか、ネタバレなのですが、これは言っておいた方がいいので言っておくと、その借金男と女弁護士が女の芸人であった父親を一緒に探すことになるのだが、なんと、その父親がホームレスになっている。ところが、その借金男の父親が街で偶然見つけたそのホームレスにあこがれて、そのホームレスのところで一緒に暮らすのである。ありえねえー。

さらに、借金男が困ってオレオレ詐欺をするんだけど(これも映画では何をしているのかさっぱりわからなかった)、その相手の老女がなんとそのホームレスになっている父親が弁護士女の母親と上がっていた舞台で踊っていた踊り子で、その父親があこがれた女だったのだ。ありえねー。

これだけでも、いくら作りごとだといっても、トンデモナイでしょ。
 

陰日向に咲く 通常版 [DVD]
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    • 3 あとひとひねりかな?
    • 5 原作に忠実でないけど良い
    • 1 別の作品
    • 3 既視感
    • 4 哀愁漂う佳作
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【西の魔女が死んだ】

前2作をあまり評価しなかったので、よかった作品も加えた方がいいと思ったわけではないが、長崎俊一監督の「西の魔女が死んだ」は、予想以上に面白くいい映画であった。

イギリス人の祖母と登校拒否の孫娘とのひと夏の暮らしを描いた作品である。その祖母は、清里高原とおぼしき森の中で、自然とともとに一人で暮らしている。中学生になる孫娘は、その感受性の強さから、学校や友達となじめず登校拒否を続ける。そこで母親が夏にその子を連れていって、一緒に生活させることで立ち直らせたいと考えるのである。

そこから、祖母と孫の生活が始まるのだが、二人で会話する中で少しずつ少女は成長していく。この祖母が日本人のおばあちゃんではないところが、肝のような気がする。だから、魔女と呼ばれたおばあちゃんに私も魔女になりたいから、どうしたらいいか教えてという場面で、それはちゃんと朝早く起きて、規則正しい生活をして、それで大事なのは自分で決めることだと諭す。

これは当たり前のことなのだが、どこか乾いた対応で西洋的な感じなのだ。そして、おばあさんは、この娘をやたらほめるのである。結局、自然の中でごくごく日常的な毎日をきちんとこなし、自分の存在の意味を悟っていくというオーソドックスな営為を異国の祖母が教えているのである。

そして、死を迎えて、さらにまたそこでもメッセージを発信していく。今の子供たちの足りないことは、こうした人生を生き抜いた老人たちとの交流とその人の死を見送るという経験ではないかと思う。そんな忘れられた関係性を喚起しているように思えた映画であった。

西の魔女が死んだ [DVD]
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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.0
    • 5 いつまでも大切にしたいお話
    • 3 原作を先に読んでいると… 残念な気分
    • 3 美的化し過ぎ
    • 4 「まずは早寝早起き」からの魔女修業
    • 5 ゼッタイ見ておく映画です。じーまも魔女なので・・・
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2010年01月09日

青空のゆくえ

こんな映画を観るおじさんも少ないと思うが、最近の中学生の青春グラフィティを描いた作品「青空のゆくえ」は、自分の昔を思い出して大いに楽しめた。監督が長澤雅彦で、この人の最新作「天国はまだ遠く」を観て気に入ったので、同じ監督の作品であるこの映画を観たというわけである。

物語は、ある中学校でバスケット部の主将をつとめる男の子が急にアメリカに引っ越すために転校することになるところから始まる。そこに、この男の子に好意を持つ女の子たちが、普段潜在的に何気なくいいなあと思っている感情が、そうした事態で顕在化していく展開である。

女子バスケ部の主将、幼なじみ、男の友達のような女の子、ガリ勉タイプ、帰国子女という5人もの女子が登場する。なんとまあモテモテである。確かに昔も、うらやむようなモテ男がいたけど(残念ながらぼくではない)、ここまでのヤツはいなかったなあ。

こうした多感な、そして初々しい姿は、理屈抜きで感激する。自分のそのころを思い出すわけで、それはほとんどの場合ほろ苦さとともにやってくる。しかし、そのほろ苦さも後悔という思いではなく、ああそんなこともあったなあという思い出になってくるのだ。そういう楽しみ方をおじさんはする。

この映画は、こうした恋のさやあてみたいなことだけではなく、主人公の男の子の“過去の何か”が暗示される。それが徐々に、結局友達を見捨てた行為がその男の子の胸にわだかまっていることが分かってくる。そうなんですね、「逃げたこと」の後悔がずっと忘れられないのだ。

実は、この「逃げた少年」と「遅れてきた青年」という慙愧は、青春の共通のテーマなのである。ちょっと前に紹介した「美しい夏キリシマ」に出てくる康夫という少年も同じような感情を抱いていたことが描かれている。

ところで、これまでの初恋青春ものとくらべると、男女が逆のような気がする。すなわち、昔はマドンナがいて、それに恋する男の子たちという構図だったように思うのだが、世の中変わったのだ。

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  • DVD / メディアファクトリー (2006-02-03)
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    • 3 僕らは静かに・・・
    • 4 出来そうでできない、丁寧で真面目な青春映画
    • 4 ドラマ向きの作品かもしれない
    • 4 長澤まさみと同年代にこれ程大勢の前途有望な女優達がいる
    • 5 さわやかな思春期の物語
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2010年01月16日

チェンジリング

この映画のモチーフが事実であるということに驚愕する。クリント・イーストウッド監督、アンジェリーナ・ジョリー主演の「チェンジリング」は何とも重たく心に突き刺さる。

これは、1920年代にアメリカで起きた連続少年殺人事件である「ゴードン・ノースコット事件」を題材にしている。どうも、ほとんど脚色なしに実際に起こったことをトレースしているようだ。ただし、視点として被害者の母親を中心に描いている。

こうした映画はストーリーをなぞるより、ここではクリント・イーストウッドの演出とアンジェリーナ・ジョリーの演技について語ったほうがいいと思う。

クリント・イーストウッドのストーリーテリングの手腕は見事で、最近でも「グラントリノ」で見せたやくざ映画物語もそうだし、古くは「ミスティック・リバー」や「ミリオンダラー・ベイビー」を観ても、緻密でオーソドックスな演出は称賛に値する。

イーストウッドの作品は、従来のハリウッド映画とは一線を画しているように思う。ストーリがちゃんとあり、人物がきちんと描かれているので日本人が好むものができるのではないでしょうか。

アンジェリーナ・ジョリーは、女性には脂の乗り切ったという表現は適切ではないかもしれないが、今や押しも押されぬ大女優になったようだ。父親がジョン・ヴォイトであるのを知らなかった。あの「真夜中のカーボーイ」のジョン・ヴォイトである。

子供を失った悲しみの母親とロサンゼルス警察を糾弾する強い女性を見事に演じている。そこには、芯の強さと涙にくれる両方の顔を観客に見せてくれる。アカデミー主演女優賞を受賞してもおかしくないと思ったが、ケイト・ウィンスレットの取られてしまった。

いずれにしても、いい監督といい女優の映画は、いいできばえになる可能性が高いということだ。

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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 3 警察内部による怠慢捜査と隠蔽。日本でも十分に起こりえる事件。
    • 5 文句なし☆5つ
    • 5 本当に素晴らしかったです
    • 4 当時のロサンゼルスの社会背景を描く深い作品
    • 4 最初から最後まで
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2010年01月18日

インスタント沼

まさに三木聡ワールドである。この奇妙なタイトルである「インスタント沼」を観る。三木監督作品で観たのは、「インザ・プール」「亀は意外と速く泳ぐ」「たみおのしあわせ」「図鑑に載っていない虫」「転々」につぐもので、いずれの作品もぼく好みのナンセンスな感じがおもしろい。

こうした映画を「脱力系」というらしいが、どういう意味かよくわからないが、気軽に肩の力を抜いてというくらいのことなのだろう。だからといって不真面目なものではなくて、よく観ていくと、シリアスなところもあって、そういう意味ではある種の正統派の映画であると思う。

映画は、麻生久美子扮する出版社に勤めるOLが自分が担当する雑誌が不調で休刊になりそれを機に退社するところから始まる。それをきっかけにじり貧生活にはいるが、偶然に見つけた古い手紙に実の父親のことがあり、その父親に会いに行く。

その父親は、“電球”という変な名前の骨董屋のおやじで、そこから奇妙なことが起きて、という展開で、それが予想外でおもしろおかしく、でもペーソスもある。それを、おなじみの俳優陣が演じるのだからたまらない。このおやじなんか今は化石になったヒッピーなんですよね。それが足を洗えなくなって骨董屋もやめてまた放浪しちゃうわけです。笑ってしまいます。

出演者は三木監督の作品ではよく出てくる、ふせえり(実はこのひと三木聡の奥さんなのだ)、松重豊、岩松了、それに笹野高史、温水洋一、村松利史とくる。そしてこの作品にはまたまた個性的な俳優さんが出演している。“電球”役の風間杜夫、パンクロッカー“ガス”役の加瀬亮、麻生久美子の母親役の松坂慶子、相田翔子、クドカンと、もうこの人たちを見るだけでも楽しくなる。

前に言ったように、物語は確かに奇想天外で、ディテールではおかしなセリフ回しがあったり、へんな小道具がでてきたり、そして圧巻はあっと驚くラストシーンなのだが、全体をきちんと見ていくとしっかりとした構成でできているのがわかる。

三木ワールドからますます目が離せなくなった。

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  • DVD / ポニーキャニオン (2009-11-27)
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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 5 三木ワールドの住民登録ができるかどうかがカギ
    • 5 まるで奇跡のような作品です
    • 3 おもしろいですが
    • 5 「時効警察」好きにオススメ☆
    • 4 相も変わらぬ確信的なその作家性、バカバカしいけど可笑しい。
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2010年01月21日

扉をたたく人

この渋い映画はまぎれもない傑作である。トーマス・マッカーシー監督、リチャード・ジェンキンス主演の「扉をたたく人」は、味わい深い余韻をぼくの心に残してくれた。

最初は注目されたわけではなかったが、徐々に口コミで広がって、主演のリチャード・ジェンキンスが、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされるまでになった。確かに、リチャード・ジェンキンスは素晴らしい演技で、孤独でさびしい大学教授役を見事に演じきった。

その大学教授は、妻に先立たれ、やる気もなく学校でもずっと同じ講義録で教壇にたっている。そんな彼が、行きたくもなかった学会出席のためにニューヨークの別宅のアパートに入ったら、そこにアラブ人の男とアフリカ娘のカップルが暮らしていたというハプニングが起こる。

そこで一旦は追い出すのだが、何かあったのか行くあてもない二人を呼び戻して、同居することになる。そして、そのアラブの若い男はジャンベという打楽器の奏者で、亡くなったピアニストの妻の影響でピアノを習っていた教授が上達の見込みのないピアノから、その打楽器を演奏するようになる。

この単純な3ビートの音楽に目覚めていくのである。それとともに、徐々にこの移民のカップルと心を通じ合うようになるのである。まるで鼓をたたくのと同じように自分の閉ざされた心を開くようにたたいていく。

ところが、そのシリアから移民の若い男が逮捕されて、収容所に入れられてしまう。それを何とか助け出そうとするが、不法滞在という壁が越えられない。そんなときにその男の母親が訪ねてくる。そして、この母親と教授の間にも情が流れていき、二人で協力しながら行動するのである。

結果は言わないが、こうしてアメリカという国のある意味上層に暮らす大学教授と下層に暮らす移民との対比でアメリカという国の悩みや病巣が暗示される。そして、9.11以降のあの寛容だったアメリカが、外への扉を閉じようとしている現実のやるせなさが残っていく。

決して、饒舌でもなく派手さもなく、むしろ内向きの陰気なトーンであるにもかかわらず、強く心にしみる印象的な秀作であった。
  

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    • 5 孤独な大学教授の閉ざした心の扉を開いたのは、移民の青年との出会いと“ジャンベ”の響だった。必見の秀作!
    • 4 買いです。
    • 5 ぜひ見てほしい映画
    • 4 9.11ですべてが変った
    • 4 いい映画だった
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2010年01月30日

マルタのやさしい刺繍

この題名から皆さんはどんな映画を想像しますか?2007年度アカデミー賞外国語賞のスイス代表作品である「マルタのやさしい刺繍」(ベティナ・オベルリ監督)は、スイスの小さな山村に住む80歳のマルタという名の老女が主人公の映画である。

こういう設定だと、やさしいおばあちゃんの心あたたまる物語と思うでしょう。ところが、そんなありきたりのものからかなりかけ離れた非常にユニークで楽しいストーリーなのである。

マルタは、最愛の夫に先立たれて9カ月、元気なく過ごしていたが、ある時かつて持っていた刺繍の腕を見込まれその村の団旗の繕いを頼まれる。そこで、若かりし頃のことを思い出し、その時抱いていた夢を実現しようと発起するのである。

その夢はなんとランジェリー・ショップを開くことだった。ところが、旧い体質が染みついた山村では、異端扱いで、牧師の息子からも恥だとののしられる。そこであきらめないのがこのおばあちゃんのすごいところで、3人の友達と一緒になって店をオープンしてしまう。

このマルタの夢へのチャレンジがその女友達をも目覚めさせて、一人は体が不自由な夫を病院に送迎するために自動車免許をとり、もう一人は、老人ホームで男の友達をつくり、インターネットに挑戦するのである。

こうして、老人たちが既成概念を壊すように新しいことをしているの対し、その子供世代の若い男たちの保守的で伝統を守ることを第一義とする姿とを対比させている。通常は逆に年寄が若者の変革意欲の壁になっているのがよくあるパターンであるが、この話は反対なのである。

この痛快な展開はほほえましく、思わずスクリーンの向こうの老女たちにガンバレと叫んでしまう。それとともに、美しいスイスの山々や花、そして民族衣装とそこに縫い付けら得た刺繍、アップルパイとキルッシュ酒をたしなむ生活と多くのシーンでほっとする気分を味わうことができる。

日本も高齢化社会の先進国だが、老いても夢を失わないで生きることがどんなに楽しいのかと思い知らせれ、日本の田舎でもこんな生活をする人たちが増えてくればいいなあと思ってしまう、そんないい映画である。

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    • 5 良い映画でした。傑作。
    • 5 おばあちゃんたちの歩みに和みます。
    • 4 ゆっくり流れる時間
    • 5 スイスの文化も垣間見れる作品
    • 5 いくつになっても夢は叶えられる
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2010年02月05日

ハンサム★スーツ

古今東西、だれでもハンサムであった方がいいと思っているが、しょせん生まれながらのものだから、そうならなかったらあきらめるしかない。いくら整形したところで、どこやらの犯罪者が逃げおうせなかったのと同じように正体は隠せない。

だから、これも昔からハンサムとブサイクの格差は厳然とあるのだが、それをもろに対比させたのが「ハンサム★スーツ」(英勉監督)という映画だ。演じるのが、ハンサムを谷原章介、ブサイクは塚地武雄である。さらに女版もあって、北川景子と大島美幸である。

ストーリーは題名からもわかるように、そのスーツを着ると(なんと青山が提供する)ブサイクがハンサムに変身できるというやつで、変身してみると、女からはもてるし、みんなからちやほやされる。

人間は誰しも変身願望があって、現実には叶わないから映画ででも擬似体験したいと思うわけで、その意味では、この手の映画は手軽に楽しめるものかもしれない。

ただ、観終わって、まあこんなものかなあと思っていたら、なんだか徐々に腹が立ってきた。なぜかと言うと、あまりにも類型的すぎて、ありきたりの人物設定に違和感を持ったのである。

すなわち、ハンサムは容姿のよさとひきかえに性格がというのに対し、ブサイクは気が優しくてといった風に描かれるのである。ハンサムにだって性格いいやつもいるし、ブサイクでいじわるやつもいるのが現実だ。そんなステレオタイプ人間ばかりではない。

だから、やっぱり人間は見た目ではなく心だななんて言われても、ハンディがあっても明るくいこうと言われても、そいういうノリは素直に面白がれなかったのである。ブサイクをネタに笑わすのはテレビのバラエティだけで十分じゃなのか。

あまり言いたくはないが、少々辛口になった映画であった。
  

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  • DVD / 角川エンタテインメント (2009-03-13)
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    • 5 ブサイクも元気になれるコメディ
    • 4 ベタベタのハッピームービー
    • 4 お約束的なハッピーエンドがむしろ心地よい・・・ラブコメだからこれでヨシ!!
    • 4 美醜は時代によってかわる
    • 4 感動しました
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2010年02月09日

好きなハリウッド男優

この間、偶然につけた「スマステーション」というTV番組で「大人がハマった好きなハリウッド俳優<男性編>ベスト25」というテーマで放送していた。そしてそれぞれの男優さんのブレイクするきっかけとなった作品とファンが選ぶ1本というのをちらっと見せてくれる。大変面白かった。

一応その時のランキングを示す。順位と名前、それと「彼がブレイクするきっかけ」/「ファンが選ぶ1本」というふうに書いてあります。もちろんぼくの選んだものと違うのでその後にその相違を言っておくことにする。

 第1位 ジョニー・デップ
 『シザーハンズ』(90年)/『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』(03年)

 第2位 リチャード・ギア
 『アメリカン・ジゴロ』(80年)/『プリティ・ウーマン』(90年)

 第3位 トム・クルーズ
 『トップガン』(86年)/『ミッション:インポッシブル』(96年)

 第4位 アーノルド・シュワルツェネッガー
 『ターミネーター』(84年)/『ターミネーター2』(91)

 第5位 レオナルド・ディカプリオ
 『タイタニック』(97年)/『タイタニック』(97年)

 第6位 ブラッド・ピット
 『セブン』(95年)/『オーシャンズ11』(01年)

 第7位 トム・ハンクス
 『ビッグ』(88年)/『フォレスト・ガンプ/一 期一会』(94年)

 第8位 ウィル・スミス
 『インデペンデンス・デイ』(96年)/『メン・イン・ブラック』(97年)

  第9位 キアヌ・リーブス
 『スピード』(94年)/『マトリッ クス』(99年

 第10位 ダスティン・ホフマン
 『卒業』(67年)/『レインマン』(88年)

 第11位 ヒュー・グラント
 『ノッティングヒルの恋人』(99年)/『ラブ・アクチュ アリー』(03年)

 第12位 シルヴェスター・スタローン
 『ロッキー』(76年)/『ランボー』(82年)

 第13位 クリント・イーストウッド
 『荒野の用心棒』(64年)/『ダーティハリー』(71 年)

 第14位 ブルース・ウィリス
 『ダイ・ハード』(88年)/『シックス・センス』(99年)

 第15位 エディ・マーフィ
 『ビバリーヒルズ・コップ』(84年)/『ド リームガールズ』(06年)

 第16位 ロバート・レッドフォード
 『明日に向かって撃て』(69年)/『スパイ・ ゲーム』(01年)

 第17位 オーランド・ブルーム
 『ロード・オブ・ザ・リング』(01年)/『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』(07年)

 第18位 ケヴィン・コスナー
 『アンタッチャブル』(87年)/『ボディガード』(92年)

 第19位 アンソニー・ホプキンス
 『羊たちの沈黙』(91年)/『羊たちの沈黙』(91年)

 第20位 ショーン・ペン
 『デッドマン・ ウォーキング』(95年)/『ミスティック・リ バー』(03年)

 第21位 アル・パチーノ
 『ゴッドファーザー』(72年)/『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』(92年)

 第22位 マット・デイモン
 『グッド・ウィル・ハンティング /旅立ち』(97年)/『ボーン・アイデンティティー』(02年)

 第23位 マイケル・J・フォックス
 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85年)/『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85年)

 第24位 ロバート・デ・ニーロ
 『タクシー ドライバー』(76年)/『レナードの朝』(90年)

 第25位 ジョン・トラボルタ
 『サタデー・ナイト・ フィーバー』(77年)/『パルプ・フィクション』(94年)

うおー、すごいでしょ。ジョニー・デップが1位ですよ。なかなか、いいところをついていると思いませんか。しかし、“大人がハマった”(どこまでを大人というかがありますが、勝手におじさんとしました)という形容詞がつくとちょっと待ったと言いたくなる。そこで入れ替え戦を行ってみる。

降格は、レオナルド・ディカプリオ、キアヌ・リーブス、オーランド・ブルーム、マット・デイモン、マイケル・J・フォックス、ジョン・トラボルタの6人です。

昇格は、ジュード・ロウ、ラッセル・クロウ、ジャック・ニコルソン、ニコラス・ケイジ、モーガン・フリーマン、デンゼル・ワシントンの6人となります。順位はそのまま入れ替わりでいいでしょう。どうです、すばらしいラインナップでしょ。こりゃ楽しいですね。
  

2010年02月10日

今度は愛妻家

年末から年始にかけての邦画の封切りが少なく、あまりいい作品がラインナップされないように思う。これはどうも各種映画祭の選考がこの時期に集中するので、いま公開しても1年後くらいに評価されるので、鮮度が落ちてしまうからではないだろうか。

ですから、2月くらいからやっと出てくる。そんな作品の「今度は愛妻家」を観る。監督が行定勲で主演が豊川悦司と薬師丸ひろ子である。この作品はストーリーを言うとネタバレになるので多くは語れないが、感動的な物語で良質の作品に仕上がっている。

トヨエツはカメラマンなのだが、仕事もしないでぶらぶらしているダメ亭主を、薬師丸ひろ子はその夫を支えるしっかりものでかわいい妻を演じる。この夫婦を演じる二人が素晴らしいのである。タイトルからもわかるように、最初、夫は妻の尽くし方を素直にありがとうと言えなくて、偽悪的にふるまう。

ところが、そのありがたみや本当は感謝しているのにそれが言えない自分を取り戻すわけだが、どうしてそうなるかを言うと最初に言ったようにネタバレになるのでここまでなのだが、言えないということは、そのカラクリを知ったら感激するということなのである。

この二人と薬師丸ひろ子演じるさくらの父親でオカマの役の石橋蓮司が絡むシーンはすごくおもしろいし、そのオカマが男と女の間を取り持つ狂言回し風でいい感じだった。そして、薬師丸ひろ子のかわいらしさが秀逸であり、トヨエツのダメぶりもよかった。

ただ、これで終わったかなあと思えるシーンからかなり引っ張るので、感動のピークを一旦過ぎてしまい、だらだらしてしまったのはもったいなかった。一気にたたみかけて終わらせればよかったのにと思った。

しかし、こうしたある種の乾いた夫婦の姿をしゃれた感じで撮る映画は好きですね。ハリウッドの映画なんかにもありそうで、それこそヒュー・グラントあたりがダメ夫を演じそうだが、邦画でもこの手の映画がでてきて、しかも結構お客さんも入っているようでいいんじゃないですか。
  

2010年02月13日

ダメジン

三木聡監督の作品でまだ観ていなかった「ダメジン」を観る。公開は2006年で「イン・ザ・プール」と「亀は意外と速く泳ぐ」についでなのだが、撮影は2002年にクランクアップしていたので、これが彼の最初の映画作品である。でやはりというか、しょがないというか、まだ三木ワールドとして評価される前だからダメジャンというのが正直な感想である。

やはり第一作は試行錯誤や戸惑いみたいなものがあって、完成度がイマイチになってしまうようだ。だから、順序が逆になって、前2作のあとで見ると余計そんな気がするのかもしれない。

ストーリーといったものはあってないようなもので、毎日何もしないでぶらぶらしている3人の男が登場して、そのダメぶりとその周囲のこれまた何かはしているんだけど違ったダメぶりを発揮するというエピソードが続く。

こういうのを脱力系というらしいが、まだこのときはそうしたコピーはつけられていなかったと思う。だからかどうかわからないが、ぼくは脱力というより、モラトリアムという感じで受け止めた。何かしたいのだが、どうしていいかわからないので、何となくブラブラしているふうに見える。

この辺りは、これからの三木作品ではよくあらわれてくるモチーフで、それを否定的ではなく肯定的にとらえていて、みんなあらかじめ引かれたレールに真面目くさって乗っていくというのもどうだろうか、ちょっとそこから外れてみてもいいんじゃないという感じである。

このころから、三木組の脇役オールスターズの出演である。これ以後三木作品に頻繁に登場する、温水洋一、ふせえり、笹野高史、岩松了、村松利史らである。かれらの面白さというのは、まじめに“オカシサ”を演じることで、とくに岩松了なんて、正常と異常の境目がわからない不思議な存在感で好きです。

毎回ですが、こんな変な映画を観るのもたまにはいいものです。

  

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2010年02月18日

長江哀歌(エレジー)

2006年ベネチア国際映画祭でグランプリを獲得したというふれ込みなので期待して観た。ジャ・ジャンクー監督の中国映画「長江哀歌(エレジー)」は、期待が大きかった分だけ、感動とまではいかなかった。

長江というのは、最下流にくると揚子江というが、源流はチベット高原でそこから延々と流れてくる。その揚子江の中間にあるのが三峡で、そこに1993年着工のダム建設が始まり、2006年に完成した。そのダムにより水没してしまう奉節という都市がこの映画の舞台である。

三峡というとぼくらは景勝地として知っていて、行ったことはないが船によるその眺めは素晴らしい。そこに、16年前に別れた妻を捜しにくる男と、夫を捜しに来る女が登場する。消えていく街を映し出しながら、そこにいる人々の普通の生活を対比させている。

最初は、ドキュメンタリーかと思ったくらい、自然な感じで現代中国のいまを伝えている。それは、ひずみのようなものも表現されていて、いわゆる国策的な映画からずいぶんとはみ出ていて少し驚いた。ぼくは昔の中国を知っているので隔世の感がする。

ただ、そのダム建設のことと人探しにくる男女とがどう結びついているのかが弱く、しかもその男女が全く無関係な存在で、そういう意味で、かなり観る側が想像力を働かせながら観ないといけない。この辺は中国映画の限界なのかもしれない。

おそらく、自然や暮らしは変わっていくが、人々の暮らしはいつの時代でも変わらないままであり、日々の営み、男と女あるいは家族といった関係は同じことの繰り返しではないかということを言いたいのかもしれない。

ということで、評価が高いし、悪くないできだと思うのだが、やはりぼくにはよく分からないところがある。どうもヨーロッパの映画祭の受賞作は難解のものが多いような気がする。だからといって、アカデミー賞のようなものにも首をかしげるわけで、だから映画賞を無条件に信じることはやめているのである。

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    • 2 私には合わない映画だった
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2010年02月20日

おとうと

監督にも旬というのがあるように思う。たけしもそうだが、山田洋次はもう終わった感じがする。「おとうと」を観てそう思った。それがいいとか悪いとかいうことではなく、時代の変化に作者自身の変化が追いつかないということだ。

そんなことを言うと、いや普遍的なことはずっと変わらないはずだという反論が返ってきそうだが、そういうことではなく、そうした根っこのところも表現の部分は時代を反映するもののような気がする。

それにしても、山田洋次の吉永小百合への思いは強い。あの歳で顔のアップを撮ってしまうし、もう非の打ちようがない完璧な女を演じさせるのである。これは永遠のサユリストにとっては当たり前かもしれないが、今の時代の感覚とマッチしているのかと思ってしまう。こんな女どこをさがせばいるのかと皮肉りたくなる。

この作品は、「母べえ」で吉永小百合と鶴瓶が演じた姉弟の設定を引き伸ばしたような感じだ。そして、市川昆監督の「おとうと」へのオマージュなのであるが、岸恵子と吉永小百合、川口浩と鶴瓶の比較になるが、ぼくにとっては全く違うものとなる。

そしてさらに言うと、何か姉弟という人間関係ドラマかと思いきや、後半はどうやって安らかに死ねるかという話にすりかわっていく。その辺のところも、こんな善意だらけの人々がいるのだろうかとつい思ってしまう。

「男はつらいよ」の寅さんの人情と似たような設定ではあるが、時は変わった現代ではずいぶんと違ってきてしまっている。どうも予定調和の世界がリアリティを失ってきたということかもしれない。はぐれものを温かく見守る余裕ななんてなくなったのかもしれない。

そして、せっかく蒼井優と加瀬亮という組み合わせで期待したが、もう少し突っ込んでほしかった。なぜか、辛口コメントばかりになってしまったが、山田洋次は一貫として庶民的な人情のよさを描いている(現にその対極の医者をスノッブとして登場させている)が、そうした価値観も時とともに変節していくわけで、そこの違和感が口を突いて出てくるのだ。
  

2010年02月26日

夜のピクニック

長澤雅彦監督の「夜のピクニック」は恩田陸の同名小説を映画化したものである。恩田陸が卒業した水戸一高の恒例の夜通し80キロを歩くという「歩行祭」という行事を題材にした青春ドラマである。

このモチーフを出会ったら、ほぼいい映画ができる予感がしたのではないかと勝手に思ってしまう。だって、もう筋書きとして出発があって終点が決まっているから、あとはそこにどういうドラマを当て込むかになるからである。

そこの挿話が肝になるが、この映画では主人公の男女が異母兄妹という設定である。それが級友たちには知れていなくて、しかも二人の間でのわだかまりも引きずったままで歩き出すのである。

ただ、これはちょっと異常な設定のような気がする。だから、その分等身大の高校生を描いているといわれても、こんなケースはありえないわけで、そこの機微をテーマに置かれてもちょっとと言いたくなる。それが、評価を落とさざるをえないところだとぼくは思う。

さわされど、青春の悩みや葛藤を無意味な歩行をつづけるうちに友達と共有していく、そのことが人生の歩みの縮図であるように活写される。登場する高校生群像がみずみずしく素直に感動させられる。

その高校生を演じる若手俳優が素晴らしい。多部未華子、石田卓也、郭智博、貫地谷しほり、松田まどか、柄本佑、そしてあの加藤ローザも出ている。彼ら、彼女らが生き生きと躍動していて観ていて気持ちがいい。

「青空のゆくえ」もそうだが、こういう映画は、一種の清涼剤のように思え、特におじさんは、おれにもあんな時代があったのだという述懐にふと心が洗われるというわけだ。長澤監督にはこんな映画を作り続けてほしいと思うのである。

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2010年03月01日

第19回東京スポーツ映画大賞

昨日は、東京スポーツ映画大賞の授賞式が赤坂プリンスホテルであった。例年のように招待されたので出かける。チリ地震による津波のために、一部電車が不通になっていたので心配したが、何とか電車に乗り込む。

今年は、東スポ創刊50周年記念ということもあり、その特別賞の授与もあった。これは、東スポの紙面をにぎわせたという意味でスポーツ界、芸能界から5人が選ばれた。長嶋茂雄、松井秀喜、亀田兄弟、石川遼、宮沢りえである。松井と石川は不在であったが、その他の人たちは出席していた。長嶋さんの姿には感激した。

その他、10回目となる「エンターテインメント賞」の授賞式も行われ、話題賞に石田純一、日本芸能大賞にオードリーとU字工事、特別賞がビートたけしと所ジョージ、期待賞にマキタスポーツという面々である。

さて、「第19回東京スポーツ映画大賞」では、それぞれ表彰状と盾が贈られ、たけし審査委員長のコメントと受賞者の喜びの声が聞けた。以下、写真を交えて順番にレポートしてみる。

・主演女優賞 :ペ・ドゥナ(空気人形)
あいにく本人が来れなくて、代理の人が本人からのメッセージを代読。たけしはこの映画を見ていなくて、従ってちゃんとした感想はなし。

・助演女優賞 :深田恭子(ヤッターマン)
ぼくはこの映画を観ていないので何とも言えないが、深キョンもこんな役(ドロンジョ役)もやるんだとちょっぴり驚く。この子は以前たけしの「Dolls」という映画に出演していたのでそれで選ばれたのかと思ったが、それだけでもなく、演技の幅が広くなったことが評価されてきたのではないだろうか。
たけしが、この「Dolls」という映画がロシアでロングランを続けたという話をしていた。

・助演男優賞 :三浦友和(沈まぬ太陽)
最近の三浦友和は当初の青春アイドルから脱皮し、しかも悪役の演技に存在感を増している。たけしも前から悪役をやらせたらいいと思っていたと話していた。何と言っても58歳にはみえない若々しさを目の当たりにする。
受賞の感想では、たけしの次回作に出演していて、その話ばかりしていた。

・監督賞 :西川美和(ディア・ドクター)
西川監督は2007年の第16回で同じ監督賞を「ゆれる」で取っている。たけしが、本当は作品賞も他の映画賞と同様に「デイア・ドクター」にあげるべきだと思ったが、あえて外したと言っていた。この監督には変に小さくまとまってほしくないからだという。ということで、たけしも西川監督には一目置いているのがわかる。何と言っても、オリジナル脚本で撮ることのすごさをぼくも評価しているので同感だ。たけしも、はっきりとテレビドラマの延長みたいな映画(ROOKIESを名指していた)を撮ることを批判していた。

・主演男優賞 笑福亭鶴瓶(ディア・ドクター)
今年の映画賞の多くに顔をだして今や俳優としての地位を確固のものにしてしまった鶴瓶師匠だが、芸人としての偉大な先輩たけしから授与されるということでたいそう感激していた。とはいえ、やはり芸人なので、ハプニングを演じることを計画していたらしいが(おむつをつけていて、何かの拍子にズボンを脱ぐという)、それを仕込んでいるのを所ジョージに見られたのでばれてしまい舞台ではやらなかったのだが、帰り際に舞台のそでで実行した。

しかし、たけしも似たようなことを言っていたが、もうある程度名も知られていて、芸もある人だから、そこそこのレベルの演技は保証されているわけで、そうなるとそこからどれだけの上澄みを発揮できるかになる。そこがこの作品ではできたということなのだろう。(少なくとも「おとうと」よりはいいと思う)

その他、外国作品賞に「THIS IS IT」、特別作品賞に「上島ジェーン」が輝いた。

今回は、50周年記念ということもあり、終了後、立食だが酒と食事がでる。もちろん受賞者は帰ってしまうが、関係者や招待者が集まる。何か怪しげな男女(アントキの猪木とか)がいっぱいいてさすが東スポらしい。そしてしばらく、地方の映画祭の人たちと歓談する。

今年もまた、大いに楽しめた一日であった。下に写真を載せてありますのでここをクリックしてください。

東スポ映画大賞

2010年03月05日

のんちゃんのり弁

「いつか読書する日」の緒方明監督の作品「のんちゃんのり弁」を観る。主演は、小西真奈美で、子持ちの30歳前半の主婦がだらしない夫と別れて弁当屋を始めるまでを演じる。

題名からもそれほどシリアスさは感じないし、軽い映画かなと思っていたら、いやいやなかなか面白かった。大上段にふりかぶるわけでもなく、ごく日常的な風景の中で、しかし、なにげなく世相の問題もあぶりだすのである。

主人公の主婦は、ある日作家志望だという夫に離婚届けを置いて家を出て行ってしまう。どうにもグータラな亭主に愛想をつかしたのである。幼稚園の娘を連れて、下町の実家に戻るのだが、母親はそんな娘を甘やかすわけではないので、とりあえず働かなくてはいけない。

ところが、32歳の出戻り主婦がそう簡単に就職口がみつかるはずがなく、しかたなしに水商売にも手を染めるが、すぐに辞めてしまう。家を飛び出したはいいが、女手ひとつで育てていく大変さを実感するのである。甘いといえば甘いのだが、おおかたの人も同じように気楽に考えていて、いざその境遇にさらされるとその厳しさが分かるのではないだろうか。

そんな彼女のまわりに同級生の写真屋の息子が登場して、いいところまで行くがその男はやがて去って行ってしまう。(緒方明は「いつか読書する日」もそうだが、同級生同士の恋が好きだなあ)そして、さらにしつこくつきまとう元夫が絡んで展開する。この前の旦那とのけんかのシーンはすさまじく迫力がある。

で結局、その辺の周囲の温かい助けなどもあり、幼稚園児の娘に作った弁当が好評であったことにはたと気づいて弁当屋をはじめることになる。こうして書いていくと、どうということがない物語のようだが、何といっても小西真奈美演じる主人公が、明るくのびのびしているのが好感できる。

ぼくはこういうフツーの情景とフツーの男女がいて、ちょっと非日常的な事態になったときに、意外としっかりとしてしまう的なストーリーはわりと好きで、この作品はそんな感じに仕上がっている。
   

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2010年03月08日

インビクタス/負けざる者たち

この映画は、1994年に南アフリカ共和国の大統領に就いたネルソン・マンデラと同国のラグビー代表チームキャプテンのフランソワ・ピナールとの1995年に自国開催されたワールドカップへ向けての交流を描いたものである。

監督がクリント・イーストウッド、マンデラ役がモーガン・フリーマン、ピナール役がマット・デイモンという布陣。3者の持ち味を出した秀作に仕上がった。何と言ってもマンデラにそっくりなフリーマンの演技が光る。実際にマンデラから主演を熱望されたようだ。

このストーリーは実際にあった話なので迫力がある。主題は、アパルトヘイトに反対したため、27年間も投獄されていたマンデラが出所してすぐに初の黒人大統領になったときの彼の振る舞いにある。それは当然、獄につながれた復讐を予想されるが、彼は復讐ではなく「赦し」を選択する。

ここがすごいところで、昨日書いた「人間の器量」という意味で大きな器量をもっていると言える。自分の内部になかろうはずのない怨念を捨て、膚の色や言葉の違いを乗り越えて国民が一つになることを希求したのである。

こうした、シンボルとしてラグビーのワールドカップを活かしたのである。スポーツイベントは、ラグビーもそうだが、サッカーにしてもオリンピックにしても国威発揚の場になっているが、この南アフリカのことは、政治的な色彩が濃いのだが、混乱あるいは過渡期であったがゆえに非常に効果的であったのだ。

さて、クリント・イーストウッドである。このところ、老体にムチ打って「チェンジリング」、「グラン・トリノ」。そしてこの「インビクタス/負けざる者たち」と立て続けにいい作品を送り出している。映画を知り尽くした監督という感じがする。ただただ感服する。

ただ、ちょっと言わせてもらうと、時間の制約があったかどうか知らないが、すこしばかり雑なところが見受けられたのだ。むだなシーンがあったり、最後に試合に勝つところまでの盛り上がり方が不足していたように思う。

そんなことを言っても、作品全体はすばらしく、アカデミー賞の主演男優賞候補にもなっているモーガン・フリーマンがはまり役であるということもあり、ぜひ観てほしい映画であった。
  

2010年03月12日

しあわせの隠れ場所

この作品で第82回アカデミー賞主演女優賞をサンドラ・ブロックが受賞した。「しあわせの隠れ場所」である。サンドラ・ブロックといえば、「スピード」の印象しかないのだが、そういえば初受賞である。

作品は、実話に基づいたもので、ホームレス同然だった黒人少年を助け、プロフットボール選手にまで育てた家庭とその黒人少年の物語である。サンドラ・ブロックはその家庭の母親役を演じて、その優しさ、明るさ、強さなどを見事に表現した。

この黒人少年こそ、全米で誰でも知っているスター選手マイケル・オア―である。といってもぼくは知らなかったけど。フットボール派でもなく、ラグビー派でもなく、サッカー派だから。しかし、映画はこのフットボール選手の出世物語のようであるが、実はそうではなく、彼の後見人となった家族の物語であると思う。

もちろんその家族の中でもサンドラ・ブロックの母親が主役なのだが、ぼくはむしろその夫と二人の子供のほうに興味を持った。この家族は、いくつものレストランチェーンを所有する金持ちで、大邸宅に暮らしている。そんなところに黒人でしかも戻る家もないような少年を迎え入れたときにどう反応するかである。

最初はどうしても偽善的な臭いがするわけで、特権意識的な感覚で接しているうちに徐々に本当の“家族愛”に目覚めていく。その過程で、妻の気まぐれ的な行動ともとれることに対して、ティム・マッグロウ(このひとカントリーミュージックのスーパースターなんですね)演じる夫が実に寛容で包容力を発揮するのである。

また、リリー・コリンズ演じるその黒人少年と同級生となる娘は、学校での変な目線をはねかえすこの母親にしてこの娘ありといった勝気な女の子なのである。男の子は、おしゃまで可愛く、それをジェイ・ヘッドが見事に演じている。すごい子役である。

ということで、もう完璧な家族すぎて、かえって違和感を覚えてしまうが、アメリカの田舎の倫理観のある裕福な家庭というのも実際にあるのかなあと思える。家族というものを深く考えさせられるいい作品であった。

2010年03月16日

人間失格

これは、生田斗真の映画である。何しろ、本の累計売り上げが夏目漱石の「こころ」と最高記録を争っているらしいから、いまでも非常に多くの人に読まれているわけで、そうなるとストーリー性とか言うことではなく、誰がどう演じるかになるからである。

「人間失格」は監督が荒戸源次郎、その主演に生田斗真が起用された。この俳優さんはぜんぜん知らなかったが、テレビの「情熱大陸」でこの映画の撮影を中心に放送されたので、実際の映画を観てみたかったのだ。

ポイントは、あの堕ちていく中でニヒルに笑う表情なのだが、その点では生田斗真はよく演じていたと思う。雪の日に喀血して仰向けになってにやっとするシーンや病院のホールで立ちながら薄笑いを浮かべるシーンなどはなかなかのものだ。

それと何と言っても彼を取り巻く女優陣だろう。こういうある意味ふしだらな男はなぜか女にもてるのだ。これは太宰治の自伝的な色合いが濃いので、太宰自身も女にもてた。さて、その女優陣は、寺島しのぶ、石原さとみ、小池栄子、坂井真紀、室井滋、大楠道代、三田佳子という豪華というかバラエティに富んだ面々である。

主人公と入水自殺を図るが自分だけ死んでしまう未亡人を演じる寺島しのぶは、ベルリン国際映画賞の最優秀女優賞を受賞しただけのことがある演技で彩りを添える。中でも出色は三田佳子であのお歳で色気むんむん発揮して、息子よりも若い主人公を抱いて寝るなんて、まるで実生活を彷彿とさせてくれる。

なぜこう深刻な小説がいまだに人気を保っているのだろうか。あの戦争前後の時代という背景では生きることへの懐疑に悶えることもあるかもしれないのだが、現代でもそうした気分があるのだろうか。

映画館では、結構若いひとも多く、学校帰りの女子高生もいた。生田人気や太宰の生誕100年ということもあるかもしれないが、小説そのものあるいは太宰治の生き方みたいなところに共感するのだろうか。ここのところ太宰治の作品が「斜陽」「パンドラの匣(はこ)」「ヴィヨンの妻」と立て続けに映画化されているので、いくぶんはそうなのかもしれない。

ただ、ぼくとしては今の時代にあんな男があんな生活をしたら誰も見向きもしてくれないと思うのだけど。

2010年03月19日

恋愛小説

なぜこの映画を観ようと思ったのか忘れてしまったという変な話である。というのもDMMで旧い映画をウィッシュリストに載せたのが届いたというわけである。森淳一監督の「恋愛小説」はそんな映画である。金城一紀の原作を映画化したものである。

そんなわけで、大したことはないかもしれないと思いつつ観ると、意外とと言ったら失礼だがこれがおもしろかった。主演は、自分が好きになったり愛するとその人が死んでしまうという運命をもった大学生を玉木宏、その彼を愛した女子学生を小西真奈美、その狂言回し的な役の池内博之である。

その変わった運命を持つ青年は、子どもの時から死神と呼ばれて、結局両親も自動車事故で亡くなってしまい、そんな子だったので親戚中をたらいまわしにされる。やっと、高校生になって、親が残してくれた大邸宅に一人で住むようになるが、相変わらず他人との接触を避け、孤独な生活を送っている。

そんな時に語学クラスで一緒だった池内博之扮する学生に遺産相続のための目録作りと遺言作成を依頼するところから物語が始まる。そんな奇妙なやり取りから、自閉的だったら恋愛なんかしたことはないだろうと聞かれて、いや恋愛をしたことがあると昔を語り出すのである。

それが、小西真奈美扮する女子学生との出会いから別れまでなのである。この別れは、結局死なのだが、この恋愛によって自分の運命を乗り越えていく葛藤が描かれる。

こんな設定なんかありそうもないと思いつつ観ているとだんだんひきこまれていく。閉じた心を一生懸命開かせようとする女子学生とそれに応えようと徐々に変わっていく青年が撮しだされる。こういうのって、どこかヨーロッパ映画的な雰囲気でよかったですね。

まあ、小西真奈美の「のんちゃんのり弁」もいいけど、こちらの可愛さはまた別のよさがあります。
  

2010年03月21日

棚の隅

いろいろな意味でかなり渋い映画だ。ぼくの高校のサッカー部の後輩のS君が製作陣のひとりに名を連ねている映画「棚の隅」は、もの静かでじわっと心にくる小品である。ここで一幅の絵のたとえでも言えばいいのだがそこまで素養がないので陳腐な表現ですいません。

監督は門井肇でこの人は、「休暇」というこれまたじわっと系の佳作を作ったひとで、派手さはないがいい感じです。主演は大杉連で脇役が多い俳優さんですが、この作品では主役で、別れた女と現在の妻との間で揺れ動く男を好演している。

原作が連城三紀彦で、ストーリーはおもちゃ屋を営む親子三人のところにいわくありげに女が登場するところから始まる。何となく昔関係したなというのが臭いつつ進行し、徐々にその過去があぶりだされる。

ここに登場する夫婦と子供の三人家族、昔関係した女とその女に思いを寄せる職場の同僚という人々のそれぞれの距離感がこの映画の真髄なのだろう。その距離感は全部、いわゆる普通ではないわけで、しかし、一人ひとりが異常でもない。不思議な関係性が描かれる。

秀逸は、ラストの遊園地に行って観覧車に乗るところで、その関係性を確認するとともにゆがんだ距離感を修正しようとするのである。こうしたことができるのはおそらく時間というものが必要なのだと思う。観覧車に乗っているときその時間の力を思ったに違いない。

とかく男と女の距離はむずかしい、というか人それぞれで感じるものなのだろう。そして、そこに時間というファクターが絡み合って気持ちの交換が形成されるわけで、そんな微妙な世界が落ち着いた雰囲気で表れてくる。

ということで、こういう映画って案外映画館で観るより、DVDで自分の部屋にとじこもりひとり酒をちびりちびりやりながら観るというのがいいと思う。

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    • 3 せつないけれど暖かい
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2010年03月28日

マイレージ、マイライフ

ジョージ・クルーニーが素晴らしい。ぼくはポール・ニューマンからこのかた、この手の役者が大好きだ。ただこの作品ではかっこいいだけではなく、情けないところやだらしないところも見せてくれる。

マイレージ、マイライフ」はまさにジョージ・クルーニーのための映画のようだ。監督は、まだ30代の若いジェイソン・ライトマン、共演がヴェラ・ファーミガ、アナ・ケンドリックである。

ジョージ・クルーニー演じるのは、リストラをするために北米中の会社を駆け回る男で、バックパック一つで年間322日も出張という仕事で、飛行機で空港間を軽やかに移動する生活を送っている。だから、この男の目標はマイレージを1000マイルためることなのだ。

ところが、その会社に若い優秀な女性社員が入ってきて、首切りを言い渡すのを直接面談するのではなく、ネットを使ってやれば出張費が浮くという提案をする。自分の役割がなくなってしまう危機である。で、そうしたシステムに移行する前に、その提案者を実際の現場に同行させて経験させることになる。

新旧の考え方の対立や泥臭いやりかたと今様の技術を使ったやりかた、あるいはマニュアルどおりと経験に基づく融通性といった対比を見せてくれる。そこに、旅先で出会う同じように出張ばかりのキャリアウーマンとの恋愛や妹の結婚式が絡むという味付けである。

中年の男前で仕事ができ、しかも一人で気楽にふるまうのをみていると、家族やもろもろのしがらみを持った身を振り返ると、自分もこんな身分になりたいなと思うのである。しかし、人生そんなお気軽にはいかないもので、やはり、孤独も抱えているし、家族のぬくもりもほしいしといった悲哀がすこしづつ襲ってくるのである。

だから、象徴であるマイレージを貯めることに生きがいを求めたが実際に成し遂げてしまうと、多分当初想定した喜びとは違ったものになったのではないだろうか。彼の人生の価値が、徐々に変化していっているのである。若い監督のくせに大人の演出である。

ところで、このリストラで首を宣告するシーンが数多く出てくるのだが、よくアメリカの会社はドライで契約社会だから普通に首を言い渡して、はいわかりましたとなるのかと思いきやわが国と同じような感じで面白かった。この機会にいままで忘れていた夢を実現してみたらというくだりなんかしびれますよ。

いやー、ジョージ・クルーニーをみるのもいいし、ストーリーを楽しむのもいいし、しかもユーモアやウィットもあってなかなかいい映画であった。

2010年04月04日

秋深き

八嶋智人と佐藤江梨子という組み合わせにびっくりする映画「秋深き」は池田敏春監督の大阪の夫婦の悲哀を描いた作品である。大阪の夫婦といったら夫婦善哉でしょう、織田作之助でしょうとなるわけで、そうなんです、織田作の原作でっせ。

仏壇屋の息子で中学校の理科教師はもちろんまじめを絵にかいたような男である。そんな男が行く先はそうです北新地のクラブです。こういう男が行ったらどうなるかは古今東西だまされるか、稀少価値として珍重されるかのどちらかである。

ぼくは幸か不幸かふまじめ要素が勝っていたので違ったストーリになるのだが、そのまじめ男はどうなったか。当然のようにそこの女の子に惚れる。でその女の子がどんな子かで大きく揺れるが、だまされたら映画にならないから、こういう場合はすごくいい子になる。

そうして、結婚する二人だがあるとき嫁さんのほうにがんが見つかりという展開になる。そりゃ病気をもちだされたら終わりで、こうなると予定調和の世界が待っている。

主演八嶋智人はあのトレビアの泉のとぼけた味の印象が強かったが、献身的で子供のような教師を熱演している。ぼくはそれ以上に相手役の佐藤江梨子がいいと思う。あの風貌からは何となく“イケイケ感”が漂うのだが、スクリーンでは意外に可愛らしい女になるので不思議だ。

「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」というなんとも全共闘的なタイトルの映画でも、そのアンバランスな健全さに驚いていてしまったが、今回も同じような感覚であった。

けっこうユーモアもあって、面白かった。何ったって脇役が、佐藤浩市、赤井英和といった面々で、多少ふざけたところやおかしなところもあるのを締めていたように思う。織田作だから夫婦関係の設定には幾分古臭い感じは否めないが、現代への夫婦へのアンチテーゼとしてこうした映画も大事なのだろう。

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    • 5 なんとなく
    • 1 罪深き
    • 3 最強おっぱい女優佐藤江利子最高
    • 2 命は大切にしたい
    • 2 「違和感」
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2010年04月10日

クヒオ大佐

何とも奇妙なタイトルの日本映画だ。これを聞いて、ぱっと浮かんだのは、以前家の近くの道路わきの電柱に貼ってあったビラの「ヌキ大佐」である。派手なピンク色の紙で風俗店の名前なのだがそれを思い出してしまった。そういえば、最近こうしたいかがわしいビラを見なくなった。草食系男子が増えたので店もすたれたのかもしれない。

横道にそれたが、映画のことである。吉田大八監督、主演が堺雅人という「クヒオ大佐」を観る。実は奇妙といっても実在の人物をモデルにしているという。日本人でありながら、外人のように偽り、結婚詐欺を繰り返した「ジョナサン・エリザベス・クヒオ」と名乗った男のことで、結局逮捕されたが、刑期を終えて出所してもまた結婚詐欺をしたという。1億円もの詐取をしたそうだ。

この話はにわかに信じがたいだろうが、ぼくらの年代のものはひょっとしたらありえるかもしれないと思うのではないだろうか。それは、一昔前の日本人は、外人とりわけアメリカ人をみると無条件に畏敬の念を抱いてしまうからである。

そんなだましだまされる男女の関係を吉田監督は「まじめに」描いている。詐欺なんて、まわりからみているとなぜだまされるのかとつい思うのだが、そういう人がなぜあとを絶たないのだろうか。おそらく、だまそうとする側がだまそうと思っていない、もっと正確にいうと、最初はだまそうと思って近づくがそのうちだましている意識がなくなってしまうからではないだろうか。

この映画でも堺雅人の怪演もあるのだが、こっけいなくらい必死になったり(なぜか突然必死に腕立て伏せをしたりする)、間が抜けていたり、けっして筋道立ててだましているわけではないがゆえにひっかかってしまう様子が非常に面白かった。

詐欺師というと頭が切れて、スマートでというのが定石なのだが、だまそうとした女の弟に簡単に見破られて反対におどされてしまうというふうに良く言えば人間味がある、まあ何とも情けない主人公だから変に共感してしまうのではないだろうか。

「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」に続くこの作品で吉田監督のぼくの評価は高いものになった。

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    • 3 この貧乏くささはいったい・・
    • 5 日本アカデミー賞を受賞すべき映画!!!
    • 5 堺雅人、最高!!
    • 5 天然さがウリの詐欺師は笑えます!
    • 1 ブルーレイで発売して欲しかったデス!
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2010年04月16日

TOMORROW 明日

黒木和雄監督の戦争レクイエム三部作と言われるのは、「美しい夏キリシマ」「父と暮らせば」とこの「TOMORROW 明日」である。作られた順で言えば、「TOMORROW 明日」が一番最初で1988年の製作である。この作品で、三部作を作ろうと思い立ったのかもしれない。

キリシマとヒロシマが舞台の2作に対して、この映画の舞台はナガサキである。ご存知のように1945年8月9日に原爆が投下されたが、その前日の姿を描いている。明日に原爆が落ちることも知らずに、戦争末期に生きた市井の人々が登場する。

黒木監督はもう亡くなってしまったので、もうこのような作品はもちろんできないのだが、あと誰が作ってくれるのだろうかと思ってしまう。もう65年も経ってしまったのだ。こうして、語り継ぐ人がひとひとり亡くなっていってしまう。

ということは、この時代、この悲劇は徐々に風化していってしまうのだろうか。ぼくらの世代は直接戦争は知らないが、戦争を知っている人たちの近くにいて、その匂いを覚えているので、戦争レクイエム三部作を観て感動もする。

しかしながら、今の若い人はどう感じているのだろうかと思うのだが、それよりも何よりもこのような映画を観るのだろうかということが気になりだす。おそらくわれわれが是非観るべきだと言ったところで、観ないのではないかと思う。

戦争というシチュエーションが想像がつかない人たちに向かって、その残酷さ、悲惨さ、無念さを訴えても届くのだろうか。映画の内容とはかけ離れてしまったが、ストーリーを伝えるより、そんなことを考えさせられる映画であった。
  

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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 5 明日という時間を永遠に奪われた人々への鎮魂歌
    • 4 原爆投下前日の長崎
    • 5 今とは。
    • 4 黒木監督戦争3部作の原点
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2010年04月21日

半分の月がのぼる空

近頃観るべき邦画がないので、しかたなしというか、純愛ものだけど観るかという感じで映画館に入る。ところが、なかなかいい映画で得した気分になる。

純愛ものというのはめったにはずれない。だれでも表面上はそんな甘ったるいことなんてと言っていても心の中では“世界の中心で愛をさけんで”ほしいのだ。「半分の月がのぼる空」は、そんな純愛ものなのだが、それだけではないものがある。

監督が「60歳のラブレター」の深川栄洋、1976年生まれというからかなり若いのでびっくりする。今作品を見ても若さに似合わない熟練した演出で驚く。このぐらいの年齢の若者が挑戦してこそ映画界も活性化されるだろう。

純愛を演じる男の子に池松壮亮、女の子に忽那汐里である。この恋愛ものが単なる純愛ではないところは、純愛って結ばれないのが普通なのだが、これは純愛その後が描かれている。そしてその後を演じるのが大泉洋である。

最初はこの時間的な出し入れがあって少しとまどうのだが、「今度は愛妻家」もそうだったが、それがわかるとぐっと共感がわくのである。こういうストーリーは素直に感動する。

この映画を見ていて何となく懐かしい気分に陥った。なぜかというと、全編三重県伊勢市でのロケなのだそうだ。だから、登場する人物も伊勢の人間だから、当然のように伊勢弁をしゃべる。それが聞き覚えのある音を奏でてくれというわけだ。

ぼくは、長いこと三重県四日市にいたのでそのときに周りでしゃべっていたのが、語尾に“な”が付く「伊勢のな言葉」である。いつも四日市弁は名古屋弁に近いのですかと言われたが、いつもいや伊勢ですよと答えていた。言語圏は川で分断されるようだ。木曽三川で名古屋と桑名が分断されているから違う言語圏になっているのである。

話は映画からそれてしまったが、恋愛の相手が病気でいつ死ぬかわからないというシチュエーションは純愛ものの定番だが、もちろんこの映画もそういう設定であるが、この映画のキャッチコピー「あなたにとって「ずっと」って何ですか?」にあるように、ずっと運命を背負い込むことが幸せなのかどうかという問いがここにある。

このことはけっこうずしりと来るものがあって、決して純愛年齢の若者だけのことではなく、いくつになっても持ち合わせる心根かもしれない。そういう意味で、「60歳のラブレター」とつながるのである。
  

2010年04月24日

LOFTロフト

黒沢清監督というと「アカルイミライ」でおおーときて、「トウキョウソナタ」でやるなあと思ったので、その2作の間に作られた「LOFTロフト」を観る。ホラー映画というか、サスペンスというか、そんなジャンルのものだが、ぼくにはイマイチだった。

物語は、中谷美紀演じる小説家が筆がなかなか進まないことから、西島秀俊扮する編集者が見つけてくれたとある一軒家に引っ越しするところから始まる。そこで、豊川悦司が演じる考古学者が登場し、奇怪なことに出くわす。

その教授がミイラの研究をしているが、女流小説家はそこで起こる現実と非現実の境がわからないような出来事に翻弄されていく。さらに編集者のストーカー行為や教授との恋愛が絡んでくる。

と書いて見てもよくわからないし、ストーリーをなぞる必要もないのだが、観ている方は恐怖とともにいったいどんな世界がまっているのだという思いに駆られる。そういう意味では黒沢清の世界なのだろう。

しかしながら、それが監督だけがわかっているような気がして、観客はなんじゃこれって思ったに違いない。誰でもわかるようにとは言わないまでも、もう少し理解できるように作ってほしいところだ。ということで、監督の自己満足作品ですね。
  

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  • Amazon おすすめ度の平均: 3.0
    • 2 なんといっていいか
    • 5 古典的こそ黒沢映画
    • 2 意味が分かりません
    • 3 ありえないことの連続
    • 4 ラストのドッキリ感がたまらない。いい作品です。
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2010年04月26日

ソラニン

ソラニンってジャガイモの表皮や芽に含まれる毒の一種のことらしい。映画の中でもこのことは語られるし、ジャガイモにまつわるシーンも出てくる。だからって、何を意味しているのかはわからない。(食べごろを逃すと毒が出る?)

映画「ソラニン」は原作が浅野いにおの同名のベストセラーである。大学を卒業して2年経つ若者たちが主人公で、軽音楽サークルで一緒だった仲間が登場する。主人公の種田はフリーターでOLになった芽衣子という女の子と一緒に暮らしている。その種田とバンドを組んでいた、実家の薬局をついだビリーやいまだ留年中に加藤たちとの青春のひとこまが語られる。

「ソラニン」は言ってみれば、“モラトリアム”映画である。モラトリアムというのは社会に出ても一人前の人間となることを猶予されていることを指すが、映画でも、一体自分はこれから何をしたらいいのか、それがみつからないということが繰り返し口から出てくる。

だから、聞いてるほうからすると何をぐたぐた言っているのか、もっとしっかりせよと説教したくなる。ところが、よくよく考えてみると、自分が同じくらいの年齢のときどうだったのだろうかと思うと、やっぱり同じようなものだったみたいなのだ。

だいぶたってから、小此木啓吾の「モラトリアム人間の時代」を読んだとき、そうだあの時のおれはまさにモラトリアムそのものだったと感じたものだ。意外とこのモラトリアムな若者が映画に登場してこないのではないかと思ってみる。燃える男や、暴走する若者、最近は単なる草食系男子にくらべると映画になりにくいのかもしれない。

映画では、種田がフリーターをやりながら、学生時代のバンドも続けていて、続けるといってもただ練習しているだけなのだが、音楽をあきらめきれないでいる。そんなとき、芽衣子もOLをすぱっと辞めてしまうのだが、種田にバンドをやったらと働きかけるのである。

それでなんだかんだあって、CDを作って音楽事務所にも声をかけられるのだが、アイドルのバックをやれと言われて断ってしまう。結局、どこからもオファーがなくあきらめてしまい実家に帰ると言いだす。結局、またその挫折から立ち上がろうとする矢先に交通事故に合う。

てなことは、若者は誰でも経験するようなことかもしれない。こうしてみな大人になるのだ的なことだ。その若者を、高良健吾、宮崎あおい、桐谷健太、近藤洋一、伊藤歩が演じているのだが、みな自然な感じでとてもよかったと思う。そんなに評判はよくないみただけど、ただ長すぎたことを除けば、ぼくはとても面白く観た。
  

2010年04月30日

鈍獣

もともとはクドカン(宮藤官九郎)の芝居でそれを映画用に書き下ろしたものを、CM界で名が知れている細野ひで晃が初監督という作品「鈍獣」を観る。タイトルからや、そして人物設定などから、はちゃめちゃなコメディかと思いきや、ぼくには非常に真面目な映画に思えた。

始まりは、失踪した小説家を捜しに女性編集者がある町に着いたところからで、この町が相撲の町というなんとも訳のわからない設定で驚かされる。その町で、その小説家の同級生や友人から消息を聞き出そうとするが、そんな彼、彼女の言っていることがまたまたハチャメチャで、ウソかマコトかもわからないという展開である。

そのうち、同級生3人の小学校時代のエピソードが語られ、その知られたくない過去をその小説家が「鈍獣」という題で雑誌に連載していることがわかる。その過去を書くのをやめさせようとしてその小説家を殺そうとするが、何度も殺されかけるが死なないのだ。鈍感な男、すなわち鈍獣である。

その知られたくない過去というのは、同級生を鉄橋を渡る肝だめしで死なせてしまったと思いこんでいることで、この辺りになると、ドタバタ「スタンドバイミー」の世界になるわけで、過去の苦い思い出を共有する大人が過去を振り返るという物語である。

この小説家に浅野忠信、同級生だったやくざに北村一輝、警官にユースケ・サンタマリア、女性陣は編集者として真木よう子、やくざの情婦に南野陽子、ギャルに佐津川愛美とうという布陣。それぞれのキャラが立ちすぎているがおもしろい。

さすが、宮藤官九郎の脚本と思わせるギャクの連発で笑ってしまう。あまり、デフォルメした表面だけみていると、何だ悪ふざけも過ぎるなんて思う人もいると思うが、例えば、地方と東京の対比といった現代の悩みみたいなものもまじめに採り入れていて、けっして作品の質を落としているとは思えない。
  

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    • 5 相撲の町の不条理
    • 4 ポロしてもポロしても…
    • 4 凸やんは「強靭」なのか「怨霊」なのか?クドカンらしい1本。
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2010年05月03日

プレシャス

いくつかの映画賞を取って話題になっている映画「プレシャス」を観る。ハーレムに生きる異様に太ったアメリカ人少女プレシャスが主人公で、数々の不幸を背負ってもなお前向きに生きようとする姿が描かれる。

もう何とも言えないくらいひどい母親のもとで虐げられて、なおかつ父親からレイプを受け2度も妊娠するというとんでもない境遇なのである。娘をそんな目に遭わせておきながら、私から夫を奪ったといって娘をなじる屈折した母親は信じられない。でも、近頃の日本のとんでもない母親をみているとあり得ないことはないなんて思ってしまう。

こうした情況に対して、学校の先生やソーシャルワーカーなどが手を差し伸べるのである。そして、自暴自棄になってもおかしくないのに希望を抱いていく。しかし、更に悲惨な状況が待ち構えている。

もうやりきれないのであるが、周囲のあたたかい援助と本人の努力する姿が感動をもたらしてくれる。アメリカという国の強さのようなものを感じざるを得ない。「しあわせの隠れ場所」という映画もそうだが、多少偽善の匂いも無きにしも非ずだが、弱きを助ける義務感があるように思う。

そして、それを持ち合わせているのが女性ばかりであるというのも面白いのである。アメリカの強い女が登場することで、男の居場所が薄くなってしまっていることに何となく哀しくなったのはぼくだけだろうか。

それにしても話はそれるが、貧しい生活保護を受けているような人々がなぜあんなに太るのだろうか。あのフライドチキンのバスケットを抱えて食べる姿にちょっと待てよと思わず叫んでしまった。
  

2010年05月04日

武士道シックスティーン

毎日が日曜日のような生活をしていると連休はどこかに出かける予定もなく過ごすのだが、それでもたまには誰かと外に出たくなって、高校時代の友達で映画の師匠のS君を誘って映画館へいく。S君はこの連休中に以前神戸に住んでいた時に隣にいた娘が10年ぶりに訪ねてきているとのことで、その子を秋葉原に案内したあとに新宿でおちあう。

何を観るかになって、東スポ映画賞のノミネートの頭があるので邦画の「武士道シックスティーン」(監督古厩智之)にする。主演が、成海璃子と北乃きいで剛柔の対照的なキャラクターの女子高生を演じる。特に、北乃きいは「幸福な食卓」でファンになってしまったので期待大。

この二人は、剣道を通して友情を育むのだが、かたやガチで剣道にのめり込む子と一方で楽しくやろうとする子が出会いからお互いに悩みながら成長していくというストーリーである。

こういう設定だともうだいたい内容が読めますよね。なぜ剣道に夢中になるのか、勝ち負けにこだわることに意味があるのか、続けた先に何があるのか、とかいった部活の定番の悩みである。それに、家族のことやらが絡んできて、特に、父と娘の葛藤みたいなものがちりばめられる。

だから、最初から設定がベタなのだ。どうしたらそのベタさを抑揚のあるものに仕上げるというのが、脚本と演出の腕となるはずである。そういった意味で言うと、残念ながら物足りなさが残った。

ぼくとS君は高校のサッカー部で一緒だったから、この部活をやったやつのお決まりの悩みは共有していて、勝つことに向かうのだが、それだけではない別の何かがあるというのを実感として持っているので、もうちょっとひねりが効いたものを映画だからということで要求したが平板になったきらいがある。

とはいえ、主演の成海璃子と北乃きいのふたりが非常にいい。なんというか、違ったタイプのみずみずしさをいかんなく発揮して光っていた。こうしてみると、この女の子が際立っているだけ周りの男どもが薄いのだ。「プレシャス」でも書いたが、どうも最近の映画が女性上位になってきたようで、がんばれ男どもと叫びたくなる。

観終わったあとは、新宿の喧騒の中を歩き居酒屋で感想会をひらく。S君もぼくとだいたい同じような感想で、5点満点で3.0だと言っていた。S君はこの4月にリタイアしたのだが、もうちょっと仕事をやるそうでまだまだ忙しいのに、もう今年に入って20本近く映画を観ている。いつも感心するのだが、彼から推奨作品を聞いてから映画に行くというのがぼくのスタイルなので、昨日も仕入れておいた。ということで連日の映画評でした。
  

2010年05月09日

ベンジャミン・バトン数奇な人生

ストーリーが生まれた時が老人でだんだん若くなっていくといった奇をてらった感じだったので、単なる“こけおどし”的映画と思っていた。しかし、ちゃんとフィッツジェラルドの原作があると聞いて、観てみようかと思ったのである。そんな映画がデヴィッド・フィンチャ―監督、ブラッド・ピット主演の「ベンジャミン・バトン数奇な人生」である。

まずは観終わった時の感想は、大変おもしろかったということだ。もちろん、老人で生まれて年とともに若くなるという設定にはびっくりするが、生と死とか老いといった人間のもつ根源的な問題を浮かび上がらせてくれる。

特におもしろかったのは、男と女の関係だ。ひとりの愛する女に対して様々な形の関係を体験するというところである。どういうことかというと、普通は一緒に歳をとるわけだからいつも見かけも実質も同じ歳の差である。だから、同じ歳の差でそれ相応の年齢における恋愛を体験する。

ところが、男が逆の成長をするわけだから不思議なことになる。相手の女性がまだ子供のとき、自分は老人であるから、下衆な言葉で言えばロリコンだ。そして、中間点でノーマルな関係となり、女性が熟女になると自分は若者になるという仕掛けだ。

すいません、ちょっと変な話になってきました。このように同じ相手に対して全く違った相対性を経験するということがこの物語のポイントであろう。それは、単に男女関係だけではなく、家族や友人に対しても同様である。

たぶん、多くの人は後戻りできない人生をいきていることの悲しみみたいなことを感じるのかもしれないが、ぼくは不謹慎かもしれないが、精神と肉体のアンバランスがもたらす交錯する人間関係を楽しませてもらった
  

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    • 4 ベンジャミンと彼を取り巻く人々の人生をやさしく描いた良心的な映画です
    • 3 ポータブルDVDによる車内鑑賞レビュー
    • 1 超・駄作
    • 5 幸せな時を感じる
    • 3 疑問が残る
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2010年05月13日

阿修羅のごとく

気になっていた作品である。監督が森田芳光で「家族ゲーム」という秀作を送り出している人がまた家族というテーマでどんなものを作ったのか。また、向田邦子の脚本をベースにしているのでそのテイストがどう感じられるのか。4人姉妹を演じる大竹しのぶ、黒木瞳、深津絵里、深田恭子の演技がどうなのか。

こうして、盛りだくさんの興味があったにも関わらず、ずっと観る機会がなかったのでやっとという感じで「修羅のごとく」を観る。予想どおりいい出来栄えで面白かった。もともとはテレビドラマとして作られたので、それを一本の映画にするというのは、凝縮させ方がむずかしいところがあるはずで、これは監督の腕前ということになる。

森田監督は、そこをテンポのよさでうまくさばいている。何しろ、4人姉妹の男との関係のエピソードを組み込みながらだから、そこにはムダがあってはいけないし、性格付けもきちんとしなくてはいけない。監督の手腕であろう。

この物語は、ある日70歳になる父親に愛人がいるというのを三女がそのほかの姉妹を集めて告白するところから始まる。ところが、そこからがこの父親の物語というより4人姉妹の男のことが語られるのである。親父のことをとやかく言う前に自分たちだってそれぞれの事情があるというわけだ。

そういうことなので、4人の女優たちの競演が始まる。長姉の大竹しのぶは夫に死に別れて華道の先生をしているのだが、料亭の旦那と不倫をしている。その次の黒木瞳は幸福な家庭のように見えるが、夫が会社の秘書と浮気をしているのを知っていながら平気を装う。三女はくそまじめな図書館員なのだが、最近親父の素行調査をしてもらった興信所の調査員からプロポーズされている。末っ子の深田恭子はプロボクサーと同棲していて、できちゃった婚をするという具合だ。

こうして、4人を比較すると何となく女の典型が並べられているようでもある。それを4人の女優さんが見事に演じている。こんな姉妹が実際にいるのかどうかはあるのだが、それは映画の世界だからいいのじゃないだろうか。

いやー、特に傑作だったのは、大竹しのぶの不倫相手の男の奥さんに桃井かおりが扮しているのだが、その桃井かおりが大竹しのぶの家に乗り込んでいった時のやりとりはすごいというしか言いようがない。

いずれにしろ、女のしたたかさを十分見せつけられる映画で、最後に黒木瞳の旦那の小林薫が、“女は阿修羅だ”とつぶやくのを聞きながらうちにも阿修羅がいるのを実感したのである。

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    • 3 はっきり言って
    • 5 原作通りでないではありませんが、面白いです。
    • 3 キャスティングが・・・
    • 4 映画版はそれなりに良く出来ている
    • 3 緊張感ない画面
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2010年05月15日

ウルトラミラクルラブストーリー

何ともウルトラでミラクルな映画である。「ウルトラミラクルラブストーリー」はわけのわからない不思議な映画だ。監督が、「ジャーマン+雨」で注目された横浜聡子。主演が松山ケンイチと麻生久美子である。

舞台が青森で全編青森弁である。青森出身の松山ケンイチがしゃべるから最初は何を言っているのかまったく聞き取れない。慣れてきてやっとかすかにわかる。しかし、この方言で驚かせておいて、もっとびっくりするのはその奇妙な内容である。

松山ケンイチが演じる多動症というらしい障害をもつ青年が、東京からやってきて幼稚園の先生になる麻生久美子が演じる女性に恋をする。恋といっても一方的に強引につきまとうわけである。ところが、あるとき農薬を浴びると落ち着いた状態になって、普通につきあうことができるようなり、女性の方もだんだん心を開いていく。

この設定からして荒唐無稽だが、もっとすごいのは首のなくなった女性の元恋人が登場して、普通に会話するのである。また、ときどき農薬をかぶるものだから体がおかしくなって心臓が止まるのだが、すぐに生き返ってしまうのである。あれーとびっくりする。

ことほど左様に変な映画である。だからいいのか悪いのか、面白いのかつまらないのかさっぱりわからないというのが正直なところだ。どうも横浜監督は、前作もそうだが肉体的なハンデをもった人物を置くというのがベースにあるようだ。(前作はブスな女だが)それとの対比で人間を描いているように見える。

この作品ではさらに肉体と精神といったことを強調しているように思える。頭がなくなった男が出てくるし、農薬をかぶることで人間本来の持つ純粋さがなくなるとか、その純粋さが理解されるかもしれないと思った瞬間に熊と間違われるという皮肉などである。

しかし、そう言ってみたところで相変わらずよくわからない。最後のシーンなんてもっとわからない。頭(脳)で考える恋愛ともっと自然に考える恋愛の対比をしたかったのだろうか。きっと出演していた俳優さんもどういう映画なのかとまどったに違いない。

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    • 1 私には意味がわかりませんでした
    • 4 忘れていた気持ちを思い出す
    • 5 どんだんず?!にんげんだもの。
    • 4 混じりっ気なしの好き
    • 5 映画に片思い。
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2010年05月21日

川の底からこんにちは

この映画に頻繁に出てくる言葉が、「中の下」、「しょうがない」、「がんばる」でこれをつなぎ合わせると、中の下のあたしだけどそれはしょうがないのでがんばるしかないよねとなる。若手の有望株である石井裕也監督の「川の底からこんにちは」は、どこにでもいそうな女の子を主人公とした映画で大変面白い快作である。

主人公の女を演じるのが満島ひかりで、これがまたすごい演技で絶賛ものだ。中の下の女という設定で、田舎から東京に出てきて5年で派遣のOLをやっている。そして、5人目の男として、その勤めていた会社のバツイチの課長とつきあうが、実家でしじみ販売会社を経営していた父親が倒れたので、家に戻ることになるという話である。

ところが、東京へ行ったいきさつがわけありで迎えてくれた故郷は冷たく、実家の会社でも従業員のおばさんたちからいじめられるというわけである。一方、つきあっていた男は会社を辞めて一緒にしじみ会社を手伝うと言いながらそこの若い従業員の女と子と東京へ戻ってしまうというだらしない男なのである。そんな男だったら別れりゃいいのにずるずると関係してしまう。

こんなストーリーは中の下、いや中の世界ではありそうな話であり、そこを面白おかしく描いてみせる。会話のやりとりや間のとりかたが秀逸で大いに笑うし、引き込まれていく。このあたりは若い監督だからこそできる現代に生きる若者の雰囲気の表現であろう。

父親の病気を機に娘が実家に戻って様々な困難に立ち向かって家業を立て直すというある意味古風な筋立てではあるが、現代世相を皮肉っぽくはめ込んだり、庶民のたくましさや、何といっても圧倒的な満島ひかりの演技力がこの映画のおもしろさを際立たせている。

映画の存在理由として、ぼくは人生の応援歌であるというふうに思っている。要するに、観終わったときにさあこれからがんばるぞと思えるかということである。そうやって元気をもらえる映画がいい映画の一つであると思う。この映画はそうした評価基準に対して見事にクリアしている。

2010年05月26日

オーケストラ

また、お薦め映画を発見。「オーケストラ」は近頃の洋画では出色の作品である。フランス映画なのだが、舞台はロシアで俳優さんもロシア人が多い。一応コメディ映画なのだろうが、シニカルな笑いもちりばめ、悲しみもあり、いろいろなものが詰まった映画らしい映画に仕上がっている。

かつては、ロシアのボリショイ交響楽団の指揮者だった主人公が今は劇場の清掃員をしているが、偶然にもパリの劇場から現在のボリショイ交響楽団へ出演依頼のFAXが来たのを盗み見てしまう。そこで、ある企みを考えつく。昔の仲間を集めてにわか仕立ての楽団を編成して、なりすまそうというのである。

それから、救急車の運転手やら今では音楽から離れているものやらをかき集めるのである。傑作なのは、マネージャに共産党員でブレジネフ時代に主人公が指揮したチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を途中でやめさせた男を雇うのである。この男のエピソードがおもしろくて、今だにパリの共産党大会で演説することに憧れるのだ。この時代錯誤が笑いを誘う。

そんなこんなで、パリに乗り込むのだが自由な世界に解き放たれたものだから、劇団員たちがどこかへ行ってしまうのだ。だから、リハーサルもできずにやっとのことでぶっつけ本番に間に合わすのである。

もうひとつのストーリーが、ヴァイオリンソロをいまや売れっ子のヴァイオリニストに依頼して出演してもらうのだが、その女性奏者の秘密が徐々に明かされていく。この女性を演じるメラニー・ロランの美しさは尋常ではない。「イングロリアス・バスターズ」でもその美貌に打ちのめされたが、さらに磨きがかかったようだ。

さて、こうしてどちらかというとあり得ないような設定なのだが、そんなことはどうでもよくて、音楽にかける思いや、いくらおちぶれてもそれを忘れない意思や、そして彼らのたくましさを感じるのだ。

ソ連の共産党政権下の重くて暗い世界に対して、深刻になるのもいいかもしれないが、むしろ普通の人たちはこの映画のようにそんなものは笑いとばすくらいしたたかであったのだと思う。

圧巻は最後のチャイコフスキーの演奏のシーンで、ここであらゆるものを昇華させて大きく謳いあげる。と同時にそこでその指揮者と女性ヴァイオリニストの因縁も明らかになるという演出も秀逸である。泣いて笑った感動の一作であった。
  

2010年05月28日

パルプ・フィクション

もう前から見たくてしょうがなかった古い映画で、1994年製作というからもう16年も前の作品である。クエンティン・タランティーノ監督の「パルプ・フィクション」はやっぱりすごかった。

クエンティン・タランティーノといえば、ごく最近では「イングロリアス・バスターズ」でブラピを使って奇想天外な物語を作りだしたように、何というか面白いのだ。その面白さは彼の映画好き心情丸出しのところだろうと思う。ほんと、画面から醸し出される映画ってこんなに面白いんだぜというメッセージである。

ぼくは近頃アメリカ映画をあまり観ないのだが、タランティーノとウディ・アレンはちと違うように思う。この映画はカンヌでパルム・ドールを受賞したそうだがなるほどと思う映画である。

映画は、いくつかのPulp Fiction(くだらない話)が交錯して、時間も入れ替わったりするストーリーで、だからと言ってでたらめでもなく納得がいくのである。だから、ストーリーを追いかけてどうのというより、それぞれの場面ごとで楽しむこともあってもいいだろう。

そうしてみてみると、ジョン・トラボルタがツイストを踊るシーンとか、ブルース・ウィルスが縄抜けして脱出し、刀を持って切りつけるとか、パロディとおもえるようなシーンが連発で思わずニヤッとしてしまった。

ここで映画の中に出てくるジョークを。マフィアのボスの妻を世話することになったトラボルタがその妻が元女優だったのでその出演した番組でいう冗談を聞くシーンがあって、そうしたら、「トマトの兄弟が3人いて一緒に歩いていたら、どんどん遅れるやつがいてそいつに向かって、ケチャップって言ったの」と答えたところ。これはぼくにもわかったのだが、Catch upとKetchupをかけたジョークなのだ。すいませんくだらない話をしてしまいました。

繰り返すが、タランティーノの映画は映画好きにはたまらないということである。

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    • 5 英語字幕
    • 5 理屈抜きに、素直に好きになれた作品。
    • 2 たで食う虫も・・・・・・・・
    • 5 何回見ても…
    • 5 えー こんなに面白かったのか
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2010年06月05日

タカダワタル的

ある特定の人物を追いかけるドキュメンタリーの場合、その映画評というのは、映画そのものよりそこに描かれた主人公について書きたくなってしまうのが人情だろう。「百万円と苦虫女」や「俺たちに明日はないッス」を監督したタナダユキの初期の作品にあったので観たいと思った「タカダワタル的」のことである。

タカダワタルは高田渡である。ぼくと同学年で1960年代に登場したフォークシンガーである。何といっても「自衛隊に入ろう」であろう。自衛隊に入ろうと連呼する歌詞が今でも耳に残っているが、自衛隊をおちょくった反戦フォークである。のちに放送禁止歌になってしまった。

ちょうどぼくらは大学生で反戦とフォークソング一色の世界であった。高田渡はどちらかというと関西で活躍していたから僕らにはいくぶんなじみが薄く、東京では新宿西口のフォークゲリラが一世を風靡していた。

その高田渡が50歳を少し超えてもなお唄い続けている様を柄本明が企画して映画にしたのである。この歌いっぷりがまたすごい味があるのである。そして、歌の間に語るその話がおもしろい。吟遊詩人でもあり落語家でもあると思う。語り口はおもわず立川談志だと思ってしまった。

映画では、コンサートの様子もさることながら、街の中の姿も描いて見せる。しかし、やたら酒を飲んでいるシーンばかりである。特に、吉祥寺のいまは立て替えてしまったらしい古い焼き鳥屋で飲むのである。こんな生活はうらやましいですね。いまの時代でもみなさんあこがれるみたいで、この映画も結構うけたようです。

若い時に反戦でフォークを歌い、会社にも入らず、自由な生活という生き方を選んだ人たちは多くいたはずだ。その人たちは多かれ少なかれ「タカダワタル的」生活をして今や還暦を過ぎたじいさんばあさんになっていることだろう。

その高田渡は2005年4月北海道で帰らぬ人となった。享年56歳。早すぎる死であったが、最も「タカダワタル的」な生活を堪能したわけなので満足しているんじゃないだろうか。

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    • 5 映画の展開 フィクション ドキュメンタリーを越えて
    • 5 存在自体に価値があった人
    • 1 高田渡は何故喰い物にされるに甘んじたのか?
    • 5 宝物
    • 5 心の中の大切な
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2010年06月10日

RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語

RAILWAYSという素人っぽい安直なタイトルでちょっと腰が引けたが、評判がよさそうなので映画「RAILWAYS」を観てみた。副題にもあるように、大会社の幹部社員でありながら、49歳で生まれ故郷の鉄道会社の運転手になった男の物語である。

舞台は島根県の一畑電鉄である。監督も出雲市出身の錦織 良成。ここ電車は宍道湖の周りを走っていて、松江から出雲大社を結ぶ小さなローカル鉄道である。だから、島根県と鉄道ファンは必見の映画です。

物語は、もうすぐ役員かという地位のエリートサラリーマンが主人公で、そこまで築いたということはご多分にもれず仕事一途で家庭もかえりみない男である。だから、一人娘とも妻ともなじめないでいるのである。そして、仕事も非情に徹し、工場閉鎖やリストラも断行し、同期の友人からも冷たい人間と見られている。

そんな折、彼の故郷の島根に一人で住んでいる母親が心筋梗塞で倒れたという報が入る。その時も、仕事のことが気になってしまい、娘からそんなに仕事がだいじなのと責められてしまう。

ところが、そうして度々故郷に帰り母親を見舞っているうちに、昔の夢がよみがえってくるのである。それが、電車の運転手になることであった。しかも、自分の家の前を走る一畑電鉄の運転手なのだという。そして、思い立ったらすぐに辞表を出して会社を辞めてしまう。

49歳の運転手誕生である。そこまでの前半はテンポよく進むのだが、運転手になってから、彼の母親が亡くなるまでが後半部分なのだが、そこがけっこうだらだらとした感じになってしまっている。だから、会社を辞めて転職するまでが本筋かと思っていたら、そうではなくて、故郷での生活というのがメインになるわけで、そうなるとインパクトが少ないのだ。

それとともに、たしかに感動的で涙も出る癒され映画なのだが、出てくる人々がものの見事に全部ものわかりがいい人ばかりなのでありえないと思ってしまった。娘にしたって、妻にしたって、一家の主人が突然一流会社を辞めて、田舎の電車の運転手になるなんて言い出したら荒れるでしょう。みーんないい人の世界もちょっと気持ち悪いのである。

とはいえ、気持ちがほんわかなるのは間違いない。自分の経験から言っても会社勤めのときはまさに映画の主人公と同じように、乾いた企業の論理、必要悪の競争原理、サラリーマンだから当然の出世意欲などなどをあまり深く考えないでいた。しかし、ふと立ち止まったとき、それでいいのかと思う時期がくるのだ。それが、49歳頃なのかもしれない。自分の本当にやりたいことは何だったのかという述懐がはじまるというわけである。

いまのように、右肩あがりの経済はのぞむすべもなく、縮小均衡の世の中にあっては、そういうふうに考える人が増えているように思える。それはそれでいいことなのだろう。

ただ、安直に故郷に帰って働いて、生活できるというように考えると痛い目に合うのではないだろうか。それなりの覚悟をしないといけない。この映画は立派な家もあり、暖かいご近所さんがいてというとても恵まれている環境だからこそという面があるので気をつけないといけないと思う。
  

2010年06月12日

ノン子36歳(家事手伝い)

映画というものをなめていると感じられる作品がときたまある。そういう作品の特徴は、登場人物の掘り下げ、性格付けが甘いことが多い。すなわち、いい加減な人物設定なものだから、リアリティもないし、観ている方の感情移入もできない。

現実離れしたテーマでも、それこそアニメでも、ここのところはきちんと練り込まないと薄っぺらなものになってしまう。逆に緻密に役柄がきまり、それを役者が理解して演じると、その人物に自分自身を投影したり、反面教師として眺めたり、あこがれとして感じたりといったことができるのである。それが映画のだいご味である。

だいぶ、前説が長くなったが、これからけなされる映画が紹介されるというがお分かりでしょう。熊切和嘉監督の「ノン子36歳(家事手伝い)」はそんな映画であった。

主人公は題名のとおり36歳で今は田舎の神社である実家で何もしないでぶらぶらしている女性である。坂井真紀が演じている。そんな彼女の前に、純真な若者と元夫だった芸能事務所のマネージャーが現れる。彼女は昔タレントだったのがそれを捨てて、離婚もして実家に戻っていたのである。だから、実家も冷たく、先行きも見えないというわけである。

まあ、その手の話はよくあるのだが、まず、いつの間にかその実家の神社にいついてしまう若者なのだが、きっかけは、その神社のお祭りに店を出したいというのをかけあったことからなのだが、その子が世界に飛び出すのだとか言って世界地図を貼って眺めている。

わけがわからないのだが、それは許すとして、そんな世界へ飛躍する夢を語るやつがその神社の祭礼で売るのが、なんでひよこなんだ。なんでお祭りでひよこを売るのが純真なのだ。そんな子供みたいな若者に女は惹かれていくってありえねえ。

しかも、出店する場所を貸してくれないといって、チェーンソーを振り回して暴れ出すって、誰が悪いんだ。みんな普通に対応しているのに怒り出してしまう。バカじゃないの。そのあと。女はその若者と逃げ出すのだが、また戻ってきてしまう。ええー。

こんな調子だから、途中に日活ロマンポルノ並みの濡れ場描写があるんだけど、これとてどうしていきなりこんな濃厚なラブシーンを入れるの意味ねえじゃんと、ニヤニヤしながら(笑)叫んでしまう。

最後に致命的な欠点は、全く希望がないことである。ここに出てくるみんなが愚か者でちったあ救いがあるのかと思ったら、最後もまたまたみんなアホやねで終わっていくというひどい話である。ちと辛辣すぎたかな。
  

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    • 1 期待外れ
    • 4 ハッピーになれる類の映画ではありませんが
    • 1 坂井真紀が出演する価値ある?
    • 2 人間失格の三十路女
    • 1 ひとりよがりな映画だなあ 
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2010年06月19日

アウトレイジ

カンヌ映画祭で話題になったとか言われているがホントなのだろうか。北野武監督主演の映画「アウトレイジ」はちょっと首をかしげたくなる作品だ。「コマンドゥール」を授与されたからとか、あのお笑いビッグ3のたけしだからとかいった先入観を取り去って考えてみた。

結論から言うと平均的な出来栄えで可もなし不可もなしといったところか。テレビなんかに流れる「みんな悪人ばかり」という惹句も、ぼくには登場人物がみなそんなに悪人には見えなかった。変な言い方だが、悪人としてふるまっているわけではなく、単にヤクザという組織でそこの成員として行動しているに過ぎない。少々残虐だが。

いまどきヤクザ映画かよとツッコミたくなるが、物語は、ヤクザの組同士の縄張り争いと裏切りによる抗争が延々と続くだけの映画なのだ。そして、下っぱの組長が親分のいうことを真に受けて、鉄砲玉になるのだが、そんなのは最初から使い捨てにするつもりだから、割の合わない結果になる。

そして、だましだまされて最後は殺し合いになって散っていく、さて最後に笑うのは誰だみたいな感じになる。これってどこか既視感がありますよね。そうなんです。高倉健の世界であり、「仁義なき戦い」なのである。

だから、北野武が今の時代にそうしたヤクザ映画を撮った意味がわからない。というか、「昭和残侠伝」や「仁義なき戦い」を超える、あるいは現代ならこうだみたいなものをねらったのだろうか。それにしたら、討ち死にですね。

最後の最後までがまんしてひとりでかたき討ちに出向く健さんの美学には足元にも及ばない。だいいち、子分が加瀬亮のインテリやくざ以外みんな殺されてしまうのに、自分は敢然と首謀の会長の首を取りにいくのかと思いきや、自首しちゃうんですよ。それで刑務所で昔いじめた対抗組織の若頭に刺されて死んじゃうんだから。あれれーです。

仁義なき戦いにある多くの若い衆が眼をぎらつかせて躍動する姿はどこにもなく、バカヤローばかり叫ぶ兄ちゃんばかりだ。ただ、こうして比較してもらいたくないかもしれないが、もう一度言うが、いまなぜヤクザ映画なのか。

前にも書いたが、北野武はもはや時代の風に合わないレガシーになってしまったようだ。
  

2010年06月26日

愛のむきだし

なんと237分、約4時間の映画である。「沈まぬ太陽」が202分だからそれよりも長い。そんな長尺映画「愛のむき出し」を観る。監督が園子温で主演が西島隆弘と満島ひかりである。

4時間の映画のストーリーを説明したら大変なことになるので、超簡単にいうと、父と子の関係性が壊れてしまった子供たちの喪失と再生の物語である。それも父と息子、父と娘の両方ともに当てはめている。

そして、もうひとつのキーワードが「変態」である。変態の父親に痛めつけられた娘、厳格な神父の息子がいきついたのが、自ら変態になることだった。その神父の息子を西島隆弘が演じ、変態のオヤジを持った娘に満島ひかり、そして安藤サクラ扮するこの二人に迫りくる新興宗教の女も父親からひどい目にあうのである。そして、みな父を捨てた。

題名が「むきだしの愛」ではなく「愛のむきだし」で、しかもむきだしという激しい語彙を選んでいるのがおもしろい。だから映画では、まさにきれごとではない、どろどろの深層をさらけ出す。そういうことを追いかけるとどうしても宗教のほうにいくんでしょうね。

主人公の若者が盗撮魔になるなんてふざけているんだけど、狂気や異常を描くことで正常とは何か、深層にあるものをさらけ出すことで何が生まれるかといった問題を提起しているように思う。

こんな世界を出演者たちが熱演している。AAAという人気グループの西島隆弘は本職も顔負けの演技力で、満島ひかりは体当たり演技で迫力満点である。さらに、ぼくがびっくりしたのは、安藤サクラのあの意地悪そうな表情である。また、エロい女を演じたら右に出るものはいない渡辺真起子にこのスケベ女めと叫んでしまう。

ということで、重厚でもなくシリアスでもなく、むしろふざけんなようと言いたいような映画なのだが、深くしみるものがある。そんな作品であった。
  

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2010年07月03日

路上のソリスト

ずっと前に日比谷シャンテで何回も予告編を見せられきっといい作品ではないかと思いつつ見損なっていた「路上のソリスト」を観る。監督がジョー・ライトで、主演がジェイミー・フォックスとロバート・ダウニー・Jrである。

結論からいうと期待はずれであった。物語はロスアンゼルス・タイムズのコラムニストが、路上生活をしている音楽家と出会いその交流を描いている。実話にもとづくのだそうできっとそのコラムの読者に感動をもたらしたのだろう。

しかし、だからといって映画が感動的なものであるかは別問題である。何といっても焦点がぼけていることで、結局何を言いたいのかがあいまいなのである。ホームレスになり下がった音楽に光を当てるのか、記者の人生をその音楽家との交流を通して浮かび上がらそうとするのか。

そして、そのホームレスが統合失調症でそのための不安定さを描いているのだが、いかにも安易で記者の安直な善意の押し売りも含めていい加減にしてよと思ってしまう。ぼくなんかアメリカの白人のこうした偽善的な匂いのする行為が好きではないので余計にそう思う。

全体としてムダが多い演出である。映画の冒頭のシーンはLA・タイムズの記者が早朝自転車で事故に遭い大けがをするところであるが、こんなシーンその後の展開に何にも関係しないのだ。何の意味もない。そんなシーンをやめて、もっとこの音楽家が今の状態になってしまったことを丁寧に描いてくれといいたくなる。

ということで、ハリウッドはドンパチ映画やスペクタクルは得意なのだろうけど、監督がイギリス人でもこういう映画は下手ですね。
   

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    • 4 Happy?
    • 2 期待しすぎた
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2010年07月10日

告白

こりゃまた衝撃的な映画である。中島哲也監督の「告白」は凄惨なバトルを繰り広げる。原作が同名の湊かなえの小説で、ぼくは読んではいないのだが、題名のように関係者の何人かの告白で展開している。

小説では、文章として描写しているのでおそらくそれほど残酷な感じではないと思うが、映画はその殺人の様子を克明に活写しているし、血が飛び交うことでより衝撃的である。

最初に、ある中学校の1年生の3学期の終業式の日に、松たか子演じる担任の女教師が告白を始める。それは、自分が教師をやめるということと数カ月前にその学校のプールで死んだ自分の娘は実はこのクラスの2人の男子生徒が殺したものであると告げるのである。

この告白が、クラス全体がざわついた中で思いつめるわけでもなく、怒るわけでもなく淡々と語るのである。そして、徐々にその告白の重大さ、恐ろしさが伝わっていくという導入には驚かされる。そして、その男子生徒に復讐を仕込んだというのである。

そこから、映画はそのクラスの異様な動きを追っていく。13歳の中学生の不安定な精神と母親との関係性が焦点となる。「愛のむきだし」では父親と娘の関係だったが、ここでは母親と息子である。主犯の男の子は溺愛する母親で、もう一方の子の母親は、電気屋の夫と別れて学者として自立する道を歩むとともにその子を捨てるのである。

ぼくの子どもはもう社会人だからいまどきの中学生の生態がよくわからないのだが、いじめみたいなものがクローズアップされるが、この映画に描かれる中学生はそんなものを超えて、自分の世界にのめり込む身勝手さのようなことの恐ろしさが浮かび上がってくる。

その子らに対して、女教師は命の大切さをその子らへの復讐として提示するのである。これまた恐ろしいことである。もちろんそこには大いなる哀しみがあるが、それにはまた大いなる憎しみがあるからこそであるという何とも切ない物語なのである。

以前に北野武の「アウトレイジ」を批判したが、たけしはもうこういう映画が撮れなくなったと言いたかったのだ。それだけインパクトのある映画であった。

2010年07月17日

ジェネラル・ルージュの凱旋

ぼくは、海堂尊の原作も読んでいないし、テレビドラマも見ていないし、前作の「チーム・バチスタの栄光」も見ていないのだが、何となくおもしろそうだったのと、中村義洋監督だったので「ジェネラル・ルージュの凱旋」を観る。ところどころでバチスタの影がちらつかされてちょっとと思ったが、概して上出来の映画に仕上がっていた。

大学の付属病院で繰り広げられる医療問題やそこに絡む人間模様、そして事件が展開される。そうした、事件を竹内結子扮する心療内科医と構成と阿部寛扮する厚生労働省の技官の二人が解決するというストーリーである。

事件は、救命救急センターのセンター長である医師の医療メーカーと癒着しているという収賄疑惑である。このセンター長を堺雅人が熱演していて今の医療現場の問題点をあぶりだしている。

中村監督の演出は、こうした社会性の強い問題を肩の力を抜いて、むしろ淡々と描いている。テンポもよく進むのだが、ただ若干謎解きが軽い感じがするのは否めないが、ユーモアもシリアスもあり娯楽作品としてはよかったのではないだろうか。

ラストの事故で大量の患者が運び込まれ、それに対応するシーンなんかも、見え見えのセリフや行動なのだが、単純に人間はこう言うときは興奮するものだし、ともに高揚感を味わって拍手すればいいじゃんと思うのである。こういうのを素直な映画というのだろう。

それにしても、最初主演の竹内結子が松たか子に、看護師長を演じた羽田美智子が板谷由夏だとばっかり思っていた。似ていると思いませんか。まあ、ぼくのDVDプレイヤーがおかしいのか、画面がワイドになっていなかったせいかもしれない。そうなんです、阿部寛の顔が異様に長かったのです。

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    • 4 堺雅人扮するジェネラル速水センター長の狂気と優しさ紙一重の演技
    • 3 原作をうまく凝縮した佳作
    • 5 「血まみれ将軍」と呼ばれる救急医。
    • 5 原作の雰囲気を壊さずに作られていると思います。
    • 1 意外です。
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2010年07月24日

少年メリケンサック

宮藤官九郎の監督2作目の映画「少年メリケンサック」はおやじパンクロックのグループを率いて全国ツアーにでるというお話。その音楽事務所のOLを宮崎あおいが演じていて笑えるシーン満載のコメディだが、こんな面白いんだと再認識する。

クドカンだから相変わらずハチャメチャなのだが、どこか処世っぽいところもあって楽しめた。おっさんたちが、佐藤浩市、木村佑一、田口トモロヲ、三宅弘城が扮しているがこれがまたひどい。酒浸りだったり、牧場で牛にえさをやったりしていたのが、ひょんなことから25年ぶりにバンドを再結成してパンクをやるのだ。

そこで昔のことだとか兄弟の確執だとかのエピソードが語られるが、変に湿っぽくあるいはこれを機に大人になるみたいなまじめさはないのである。いくつになっても粗暴にはじけていればいいんだというのが伝わってくる。

クダカンは、大人になっても子ども心を失わない大人を描くのがうまい。それは自分自身がそういう大人であるからに違いない。それを幼稚だとかふざけるなと思う人がいたりするが、そういう人こそ子ども心を失ったつまらない大人だということを白状しているようなものだ。

ぼくの高校の同級生のI君も昨年バンドを復活させて江ノ島でコンサートを行った。今年も9月に演奏会をやるという。映画の中だけではなく、身近なところでもおっさんたちががんばっていますよ。

まあ宮崎あおいが可愛いい。最新のソラニンでも笑いをとっていたけどコメディアンヌとしても評価できる。
   

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    • 1 空回りに次ぐ空回り・・・
    • 3 ツボにはまればよいかも?
    • 4 宮崎あおいの奮闘ぶりが、本当にカワイイ
    • 4 佐藤浩一の「チ〇コでかいのかよ?!」がウケた。
    • 5 最高です。
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2010年07月28日

シュアリー・サムデイ

最近は、テレビ番組のなかで映画の宣伝を盛んにやる。まあ、テレビ局が出資しているから仕方ないのかもしれないがあまりいいものでもない。このところよく見かけたのが小栗旬で、それが俳優としてはなく監督として自作のPRをしていた。

シュアリー・サムデイ」は全国規模では初めてとなる2 0代の監督作品だそうだ。これはもちろん良くも悪くも小栗監督だからという評価がつきまとう。ぼくの評価をひとことで言うと、素人の域をでない未熟な作品だが、光るものも少しはあったというところだ。

ストーリーは、5人の普通の高校生が鬱屈した日々から逃れるようにバンドを結成するが、それを発表する場である文化祭が中止になることを知り、学校を爆破すると脅かすところから始まる。その3年後ひょんなことからかつての仲間がまた集まることになるが、その3年間にそれぞれが様々な人生があったことがフラッシュバックされる。

そして、ヤクザが登場した事件へと展開し、それに家族のことも絡んでドタバタ的様相ながらもいかにも青春をかけぬける感のムービーとなる。そんな脚本をどう演出するのかが新人監督に対する注目である。そこが素人の域を出ていないのだ。

小栗監督の私は映画が好きです的な映像はところどころに出てくるが、最初の演出でそんなことをしてはいけない。エンドロールのあとの映像もやりすぎなのである。この作品で思いをぶちまけたいという気持ちもわからないわけではないが、そうした高揚感を抑えるような演出をすべきだったように思う。

映画の前半の何とも落ち着きがない、ふらふらしたカットがそれを如実に表していると思う。小栗監督がテレビで百戦錬磨のスタッフを相手に大変でしたでしょうと聞かれて言っていたこと印象に残っていた、それは、現場でカット割りが早いのでスタッフが後ろで「テレビドラマじゃあるめーし」てなことを言われたらしい。そのことである。

ある種の青春のもつ躍動感だとかスピード、ハチャメチャ感を表現したいのだろうが、だからといってカメラが同じようにしてはいけない。それを客観的な冷めた捉え方のほうがより表現力が増すように思う。後半はそれが少しできていたようだ。

細部では荒削りで首をかしげたくなることもあるが、同世代の若者を同じ目線で等身大に描いていることは評価してもいいと思う。(ただし、男の若者はいいのだが女の描き方に疑問がある。どうもよくわからないのではないだろうか。というのも小西真奈美が生きていないからである)だから、“男”の俳優たちもそこの共感部分でリアルな演技を見せてくれた。そういう意味で光るものもあった。

小栗旬は「Surely Someday(きっといつか)」いい映画と作るかもしれないという期待感はかろうじて残った。
  

2010年08月06日

鴨川ホルモー

なんとも変てこなタイトルである。鴨川は京都の鴨川なのだが、ホルモーは意味不明で、競技のことなのか、でもなんか最後に叫ぶ言葉でもある。そんなおかしな映画「鴨川ホルモー」を観る。万城目学の同名の小説を本木克英が監督した。

物語は京都大学に2浪で入学した山田孝之扮する冴えない学生が、青竜会というわけのわからないサークルに誘われ、最初は胡散臭そうにみていたが、ご多分にもれず可愛い女の子につられて入会してしまう。

それからが、このサークルの実態が徐々に明らかになるのと、その可愛い彼女との恋愛ごっことそれに割り込む栗山千明が演じる独特の雰囲気の女子学生もからんでドタバタが始まる。ホルモーというのは、鬼を戦わすという変な競技でよくわからないが、CGでつくったキャラクターが可愛い。

まあ、言ってみればキャンパス映画なのであって、サークルが奇妙なだけでそこで繰り広げられる恋愛や友情、自立していく様などは普通の青春映画である。このあたりは、いつの時だでも、あるいはどこでも変わらない青春がある。

それにしても変てこな映画だが、こういうハチャメチャを楽しむ心根は忘れないでいたいものだ。くだらないと言ってしまえばそれまでなのだが、たまには破目を外したくなる時があるように、何にも可も忘れて笑い転げるのもいいものだ。

出演している、山田孝之、栗山千明の他にも、荒川良々や濱田岳、石田卓也、芦名星などいい味を出している。最近、こうした若い俳優さんが健闘している。時々、2世だと思うがひどいのもいるが、概して個性的でいきいきしてたのもしい。
  

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  • DVD / ポニーキャニオン (2009-10-07)
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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.0
    • 4 好き嫌いが別れる? (内容の記載あり)
    • 5 原作も映画も面白い。
    • 2 原作本の方がかなり面白かった!!映画は肩すかしです…
    • 3 これはあの漫画の良い所どりなのでは…
    • 5 山田ー
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2010年08月13日

引き出しの中のラブレター

これは、シチュエーションを思いついた時に勝ったと思ったのではないか。同じラブレターという言葉が出てくる「60歳のラブレター」よりは一般受けする映画であろう「引き出しの中のラブレター」を観る。「60歳のラブレター」も非常によかったのだが、それはぼくら団塊だけに受けたようだ。

監督が三城真一で主演のラジオパーソナリティを演じるのが常盤貴子である。いまマスメディアがネットに移行している中、ラジオの存在感はあまり変わらないような気がする。とはいえ、ぼく自身がラジオを聴いているわけではないのであまりえらそうなことは言えないが、自分の経験(オールナイトニッポンにはまったことなど)とうちのばあちゃんが深夜や聴いているのをみるとそう思うのである。

その特徴は、パーソナリティと一対一の対話をしているという錯覚なのではないだろうか。お気に入りのパーソナリティが自分だけに語りかけてくれていると思い込むのである。そんな女性ラジオパーソナリティの番組に北海道の高校生から手紙が届く。

ぜんぜん笑わない祖父をどうしたら笑わすことができるかという内容である。そして、番組でその方法を募るのである。どうして思い入れたのかというと少し前に亡くなった自分の父親と重ね合わせたからである。死ぬまで父親とうち解けなかった自分がいたのである。

そこから、実際にその高校生に会いに函館に行ったりする。でクライマックスは、実家に残った妹が送ってくれた父親が書き遺したが投函できなかった手紙を読むシーンで、あれだけ頑なに家をでてパーソナリティをやることに反対していた父親が、実はひそかに応援しているということをつづった文面である。もう涙ボロボロになる。

そこからこのパーソナリティが、胸に秘めた思いを伝えられないことって誰でもあって、そんな人たちをラジオがちょっと背中を押してあげられるようなものをつくりたいと願い、それが叶って「引き出しの中のラブレター」という番組が作られる。

そして、メインは函館の高校生一家なのだが、様々な境遇の人々が登場し、その人々を追いかけるオムニバス映画と化していく。これまた、最後はお決まりではあるが、笑わないじいちゃんのその理由もわかり、そして番組に過去にわかれた妻への思いがつづられた手紙が届くというストーリーである。これも涙ボロボロである。

素直にこう言う映画は感動します。でもだいぶ涙腺が弱ってきたなあ。
  

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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.0
    • 3 良かったけど謎がたくさんです。
    • 3 昔見たような懐かしい感じ
    • 3 TV的演出が惜しいなあ・・・。できればオール北海道ロケで観たかった。
    • 5 手紙の効力って凄いです
    • 4 目新しさはないのだけど・・・
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2010年08月20日

ブロークバック・マウンテン

「ブロークバック・マウンテン」はアカデミー賞監督賞やヴェネチア国際映画祭金獅子賞など2005年の映画賞を数多く受賞した作品である。そのとき話題になったので観たかったのだが、仕事がムチャクチャ忙しかった時期でもあり、見逃していた。

何とも切ない映画だ。ゲイの映画だというふれ込みなのだが、何のことはない不倫の映画でもある。不倫の相手がゲイであったとともとれる。そう考えると二人の男の身勝手さが浮かび上がってきて、それぞれの伴侶がかわいそうになる。

だから、映画の高い評価の割にぼくはちと首をかしげてしまった。たしかにゲイの二人の男側でみていくと、1963年という人々の偏見や嫌悪は大変であった時代に生きずらかったのはわかる。そうした中で禁断の世界に入り込んでしまった2人が、どう生きていったかを描くことは社会性もあるわけだが、上で言ったように彼らの結婚相手や家族から見たら、私たちをどうしてくれるのと言いたくなるのではないでしょうか。

ただ、人間の世界は大なり小なりこうしたいろいろな形の愛情があるのが現実で、そういった意味では同性愛だからというっだけでない普遍性をもった映画という見方をするとおもしろい。

監督のアン・リーは、ゲイの映画を撮るというより、1963年という保守的な時代のワイオミングという保守的な土地柄で、そうした保守的な風土を揺さぶってみたくなったのかもしれない。何もない静かな水面に石が投じられたときその波紋はどうなるのか。

そして、同性愛の表現も非常に抑制が効いていて、しかも自然の中にそれを置くという映像表現は好感が持てる。静かな中にもゲイの二人以外に登場する人々の心の中は激しいはずであるが、ここでも切なく寂しげである。

結局、最初に少し批判めいたことを言ったが、最後はいい映画だったと言っておきます。ところで、イニス役を見事に演じた主演のヒース・レジャーは、2008年に28歳という若さで亡くなってしまった。死因は複数の処方薬による急性中毒だったという。
  

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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 4 愛情のベクトルが同性に向いていた。それだけのことなんだね。
    • 5 苦しみを奥に奥に綴じ込めて
    • 5 愛というもののままならなさ、抜き差しならなさ…。それでも「生きる」ことと「愛する」ことは不可分なはずで。どれだけ破壊的であったとしても。
    • 5 生涯最高の映画
    • 2 日本はリベラルになったよ
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2010年08月23日

キャタピラー

映画友だちS君と久しぶりにテアトル新宿に出かける。このクソ暑い日でも満席という盛況であった。若松孝二監督「キャタピラー」は、主演の寺島しのぶのベルリン映画祭主演女優賞受賞もあってか多くの観客がつめかけた。

これは衝撃的な作品である。戦争で四肢を奪われ、顔も焼けただれて帰還した兵士の妻がその夫とどう向き合いかが描かれている。最初のとまどいから、献身、そして嫌悪と様々な屈折した思いに心揺さぶられる。

この凄惨な姿の兵士はすぐに江戸川乱歩の「芋虫」を想像させられる。やはり、この小説からヒントを得ているのは間違いないと思われるが、まったく同じでもない。すなわち、この姿形が異様だから、衝撃的であるというわけでもないというところにこの映画の意味があるように思う。

最大のみどころはやはり寺島しのぶの演技だろう。賞をもらうのもうなずける熱演だ。上で書いたように、心の葛藤の変化を時には痛々しげに、時には腹立たしげに、時には本能的に、時にはたくましく表する。そのなかに、戦争のむごたらしさ、むなしさ、そしてこっけいさを潜ませていた。若松演出の冴えだ。

ただ、これはぼくの個人的なものかもしれないが、単に反戦映画であるというレッテルは適当ではないと思う。むしろ、人間のもつ本源的な心性、あるいは欲のようなものが強く描かれているように感じたのだ。ただひたすら食べることとやることしかできない男が、その存在の証である勲章と新聞記事を眺めることでかろうじて生きていくが、その救いがはずされたとき・・・。

だから、最後に広島や長崎の原爆投下の映像を流し、死者が何人だったというシーンはむしろ必要なかったのではないだろうか。それがなくとも、十分反戦というより戦争の一断面が多くを語っていたのだから、そこからの広がりを観客に持たせるだけでよかったと思う。

それにしても、S君も言っていたがこれは製作費がぜんぜんかかっていない映画だ。出演者だって名の通った俳優さんは寺島しのぶくらいだし、セットもほとんどないし、撮影日数も少なかったようだ。このあたりは、ピンク映画出身であるという面目躍如である。それでも優れた作品は作れるのだ。


観終わったあとは、時間が4時半と早かったのとS君の家の近くということもあり三軒茶屋の「味とめ」を久しぶりに訪れる。こんなに早いので空いているのかと思いきやすでに満席状態。というのもサンバ祭りをやっていたらしい。

それあるし、今年の2月に放送された「とんねるずのキタナシュラン」で紹介されたこともあり、それを見て来たという人が隣に続けて座る。だから、この暑いのに「いわしのすいとん風鍋」を食べていた。というわけで、映画と酒を楽しんで、また次回の映画観賞会を約して別れたのであります。
  

2010年08月31日

瞳の奥の秘密

これはまぎれもなく傑作だ。第82回アカデミー賞外国語映画賞を受賞したアルゼンチン映画「瞳の奥の秘密」である。平日の午後3時半からの上映というのに3時前に窓口で入場券を買おうとしたらもう数席しかりありませんという。前から2列目の端の方の席をやっと確保する。

口コミで良さが伝わってのことだと思うが、期待にたがわずずっとスクリーンに引き込まれてあっという間の2時間ちょっとであった。何がそうした評価になっているかというと、全体の構成から、時間と場所の出し入れ、細部の描き方の丁寧さ、意外性、ハラハラドキドキ感、ユーモアなどなど多くの要素を無駄なく見事に収めてあることだと思う。

主人公は、刑事裁判者に勤めるベンハミンという名の男で、定年を迎えてやめるのだが、25年前のある事件を題材に小説を書こうとする。それを元の女性の上司イレーネに見せながら、その過去の事件へとシーンが移っていく。

この事件のいきさつを縦糸に、イレーネとの愛を横糸にそれぞれが交錯しつつ物語が進んでいく。その事件は、新婚早々の女性が自宅で乱暴されて殺されるが、犯人をでっちあげて事件の終息を図ろうとすることに疑問をもった主人公が真犯人を追いつめていく。

この流れが、ストーリーの中核を占めているが、そこに殺された女性の夫がずっと真犯人を捜すために駅に通い詰める姿や、いつも酔っぱらっている主人公の同僚の味のある存在感などがちりばめられる。

そして、最後の衝撃的なラストにつながる伏線が仕掛けられている。こうした肝の仕掛けもさることながら、ディテールにも仕掛けがほどかされていて、例えばタイプライターのAという文字が壊れていて打てないというセリフが何度もでてくるが、それもちゃんと意味のあることだったとあとでわかるのだ。

そして、横糸の主人公のベンハミンとイレーネが25年の歳月を経て、一方で事件のことは忘れようという心理とは違い、忘れられない、いや忘れたくない思いを貫くのだ。ここで観客は救われる思いがするのである。

いま言った衝撃的なラストについて書きたい衝動にかられている。非常に重く根源的なことなので言いたいことがあるのだが、しかし、ネタバレになるのでやめておこう。いやあ、実に多くのことを考えさせられる映画であった。久々の星5つですのでぜひ観てください。
  

2010年09月04日

それでも恋するバルセロナ

ウディ・アレンは最近マッチポイントとかタロットカード殺人事件などニューヨークではなくヨーロッパを舞台に作品を作っている。その延長なのかどうか知らないが、今度はスペインを舞台に「それでも恋するバルセロナ」を監督している。

この物語は、性格や行動パターンが違うアメリカ人の女の子二人がバルセロナにバカンスに来たところから始まる。一人は、芸術家っぽくて奔放な感じのクリスティーナ、もう一人が既に婚約者がいてまじめタイプのヴィッキーである。

その二人があるパーティで魅力的な画家である男性アントニオにめぐり合う。奔放なクリスティーナが惹かれていくのだが、実は、アントニオには別れた妻がいて、その妻が戻って来てしまい、そこから三角関係が展開される。

このスペイン人の男と女を演じるのが、ハビエル・バルデムとペネロペ・クルスというスペインを代表する俳優なのだが、何というぜいたくな布陣だ。この元夫婦がおかしいというかおもしろい。女がスペイン語でしゃべろうとすると英語でしゃべれと何回も諭すシーンは思わず笑ってしまった。

もっとおもしろかったのは、三角形の関係が成立している時には、うまくいっているのに、それが崩れたとたんに喧嘩ばかりするようになるのだ。男を取りあうのではなく、女同士でも仲良くやるのだ。

この屈折した関係性はウディ・アレンが得意とするところで、さらにこの関係にもう一人の女、ヴィッキーを絡ませるのだ。婚約者がいながら、アントニオとの一夜のアバンチュールが忘れられずに入り込んでくる。

おいおい、これじゃ4角関係、いや5角関係じゃんと突っ込みたくなるが、こうした人間模様がおふざけでもなく、さりとてシリアスでもなく繰り広げられる。そして、おもしろいのは、アメリカとヨーロッパの対比が随所にでていて、それを見ているとアメリカ人は田舎者みたいに思えてくる。アレンはあえてひねくれてみたのでは。

それにしても、74歳になろうというウディ・アレンがその歳を感じさせない演出は見事である。色気とか女好きはいくつになっても変わらないというのが男の性かもしれませんね。ウッディ・アレンらしい作品です。
   

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2010年09月10日

トイレット

監督と常連の出演者で醸し出す特有の雰囲気というものがある。そういう映画は誰が観に行くのだろうか。やはり、“お仲間”が足をはこぶのだろうか。それは、予定調和の世界だから観る人に安心感をあたえ、相槌を打ちにくろのかもしれない。

「かもめ食堂」や「めがね」の荻上直子監督の「トイレット」を観る。この作品は、カナダで撮影されたもので、セリフも英語で日本語の字幕が付く。いつものもたいまさこだけが日本人の出演者で後は外国人である。それでも荻上ワールドは変わらない。

ひきこもりの兄とオタクの弟、そしてヘンテコリンの大学生の妹たちの母親がなくなるところから映画は始まる。ところがその家には、もたいまさこ扮する“ばあちゃん”と呼ばれる日本人の老人が同居している。“ばあちゃん”は英語もしゃべれないし、なぜそこにいるかも謎なのである。

そして、ばらばらだった兄弟たちが、徐々に“ばあちゃん”を媒介として絆を深めていくというストーリーである。言葉は通じなくとも心は通うというわけである。その間に、様々なエピソードがちりばめれていて、とくに今回も食べ物がアクセントになっている。

荻上作品では「かもめ食堂」はそのものずばりだが、「めがね」でも食べ物のシーンが楽しい。今回は、すしとギョーザである、みんで手作りのギョーザを作って食べるところなどは日本の家庭を思いださせる。

ところが、その他のちょっとした挿話がよくわからないものが多いのである。ミシンを持ち出すはまだいいかもしれないが、“ばあちゃん”がエアーギターにはまって、その影響で妹がエアーギター選手権に出場するというのは何なのだ。バスの停留所にいるサチ・パーカーはどういう意味なのだ。

それもそうだが、もっと不可解なのは、このばあちゃんはいったい何者なのかが最後まで明かされない。本当の祖母なのかもわからない。そして、毎回トイレを出るとため息が出るといってオタクの弟が職場の同僚のインド人に言うとそれは日本人だからウオシュレットがほしいからっだというといううのはどういうことだ。しかも、それがタイトルとは解せない。

やはり、ある程度説明的にやってもらわなくてはと思う。そこはお仲間だから察してでは困るのである。ぼくもそうだが、このサロンにどっぷり入れない人にとっては、仲間内だけで通じる“何となくわかる”空気感はあまり好きになれないのではないでしょうか。そういう意味でもうすこし丁寧にオーソドックスに撮ってほしかった。

2010年09月17日

悪人

深津絵里のモントリオール映画祭女優賞受賞の影響もあってか、満席の109シネマズで李相日監督の「悪人」を観る。まずは、深津絵里は賞をもらっただけのことはあって素晴らしかった。決してとびきりの美人ではないが、魅力的な女優さんだ。

この作品はご存知のように吉田修一の同名の小説を映画化したもので、実はこの映画の脚本に作者自身が参加している。ということは、かなり脚本を煮詰めてのだと思う。ところがそれを知ってか知らずかこの映画は原作の良さを生かしていないという批評をするやつがいるからおもしろい。だから、いつも言っているように本と映画は別物と思うべきなのだ。ぼくは原作を読んでいないので何ともいえないが。

さて、ストーリーは妻夫木聡扮する長崎の港町で解体屋で働いている若者が出会い系サイトで知りあった保険外交員の女を殺してしまうところから、警察に追われるが、深津絵里の洋服店の店員と逃避行となる。

そして、その殺人の加害者と被害者の家族が登場する。さらに、被害者がつきあっていたもう一人の若者がその事件のきっかけを作った人物として、そしていいかげんな今時の大学生として描かれる。そうした人物たちの心理劇でもある。

この物語のポイントの一つが出会い系サイトであろう。主人公の殺人犯は、殺した相手も、逃避行の相手もいずれも出会い系サイトで知り合うのである。この背景には、地方で暮らす若者の息が詰まる日常の悲痛な叫びがあることを映している。

象徴的なのは、深津絵里がラブホテルで、「ここを通ったとき、靴屋があったでしょ。そこの先に私の通った高校があるの。その近くにに小学校も中学校もあるの。結局、私はずっとこの国道沿いからでていないのよね」というようなことをつぶやくのである。

一方の妻夫木聡にしても、祖父母のもとで解体の仕事に出て帰ってくると祖父を病院につれていくといった日常なのである。その日常をちょっと破るものとして、頭を金髪に染め、車を乗り回すことぐらいしかできないのだ。そして、出会いが欲しくて・・・。

だからといって、その犯罪を許すわけではないが、こうした鬱屈した心情に二人は感応して、出会ってすぐに求めあったに違いない。いずれ捕まることはわかっていても、二人でいることでおのれの存在を相対された形で確かめたのだ。被害者の父親が問いかける、あなたには大切な人がいますか?

こうした重いテーマを監督、脚本、音楽(久石譲)、そして主演の二人もさることながら、脇を固めた樹木希林、柄本明、満島ひかり、岡田将生など共演陣が忠実に表現していて秀作である。
  

2010年09月19日

私の中のあなた

最近、日本でも臓器移植法の改正があって、人の臓器提供の意思が不明な場合にも、家族の承諾があれば臓器提供が可能となった。そしてこれまで15歳未満の臓器提供ができなかったのが、脳死下での臓器提供も可能になったのだ。

なぜこんなことを書いたのかというと、この問題にもろ絡むテーマの映画「私の中のあなた」を観たからである。キャメロン・ディアスが初めて母親役に挑むということで話題になったが、内容はすごく重いのである。

白血病である姉のために自分の腎臓を提供するのを拒み両親を訴える11歳のアナという少女が主人公である。このアナという少女は実は、その姉のドナーとなるべく生まれてきたという恐ろしい話である。要するに、余命いくばくかという白血病の子どもを救うには適性があるドナーとなれる子をいまから遺伝子操作で産めばいいという医師のささやきにのっかったのだ。

だから、生まれてから臍帯血移植から始まって血液を抜かれたりしたのだが、腎臓移植という段階に来てはたと拒否行動に出たのである。病気の子に対してできることは何でもして延命することが使命だと思っている母親に反旗を翻したのである。

そこから、実際に裁判になったりするのだが、それとともに病気の姉はどんどん衰弱していくわけである。その間には、同じ病気の男の子との淡い恋が挿入され、またアナと兄や父親との通じ合いが描かれていく。

そして、大団円を迎えることになるが、結果は意外なことになり、あっと声を出してしまう。ここでは、やはり家族というのがキーになるのだが、つい日本の家族の関係とはずいぶん違うなあと思ってしまう。だいいち、子供が親を訴えるなんて考えもおよばないでしょう。

しかも、最初は母親は姉のことばかり気にしていて、妹のアナのことなんて眼中にないような振舞いをする。さらに自分が姉のドナーになるために遺伝子操作で生まれてきたことまで知ってしまうわけで、そんなことを平気で話し合うことにどうしても違和感を持ってしまう。いくら個人主義のアメリカとはいえ驚かされる。

しかし、強烈ではあるがつい引き込まれて家族とその中の喪失と再生の物語に大いに涙し、考えさせられた。
   

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    • 4 愛、尊厳、倫理。意義深い言葉に彩られ真摯な内容だけれど、温かい家族愛と切ない人生が涙腺を刺激する珠玉の物語
    • 5 3回泣きました。いやもっとかもw
    • 5 答えを提案する作品ではない
    • 4 号泣しました。
    • 5 感動したな〜
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2010年09月24日

さまよう刃

当代の人気作家東野圭吾のベストセラーを映画化した「さまよう刃」を観る。主演が寺尾聡、監督が益子昌一。この監督は全然知らなかったが、この作品が2作目みたいで、監督だけではなく脚本や小説も書くらしい。

作品全体の印象を先に言ってしまうと、テーマは重いし、衝撃的だし、演じている役者さんたちもいいのだが、ぼくにはありきたりの映画というか、ある種のお約束映画とでもいったしろものであった。すなわち、なにもかもワンパターンのような気がしたのだ。

寺尾聡演じる自分の娘を殺された父親が警察になんか任せられないから自分でリンチをくらわすといって犯人を捜すわけだが、その設定って外国映画なんかにもみかけることがあって、確かチャールス・ブロンソンの「狼よさらば」はそんな映画ではなかったか。

そして、その娘殺しの犯人の若者ともやはや“さまよえる刃”となった被害者の娘の父親を追いかける刑事に竹内豊と伊東四朗が扮するのだが、これまた年配の物わかりのいい刑事とまだ場数を踏んでいないので正義感をもちだす若い刑事というコンビもどこかでみたような。

さらに、逃亡の途中で泊った山の中のペンションの父娘の応対ぶりもさもありなんというシーンが続く。ということでどうも重いテーマの割に軽い感じがしてしまうのだ。

この犯罪者に対する被害者の家族の気持ち、もっと直載にかつ乱暴に言うとどうやって復讐するのかはすごく大きな問題で、死刑の是非にも関係してくる。なんかそんなところに肉薄してほしかったなあ。

似たような話がある「瞳の奥の秘密」という以前紹介したアルゼンチン映画と比較してもイマイチであった。なんか批判ばかりを載せてしまったが、料理のしようではもっといい作品になっただろうと思う惜しい作品であった。
  

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    • 1 退屈きわまりない2時間弱でした
    • 1 あっちゃ〜
    • 4 おもしろい
    • 1 ひどすぎる。。。
    • 3 そんなにサマよってはいけない・・
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2010年09月28日

愛を読む人

もうこの時代になってくると戦争の傷跡を描く映画も少なくなってきているが、ドイツの戦後の断面を捉えた「愛を読む人」を観る。監督が、「めぐりあう時間たち」スティーヴン・ダルドリーで主演のヒロインを演じるのが「タイタニック」のケイト・ウィンスレットである。

物語は、戦争中にナチスの収容所の看守であった主人公ハンナが、戦後に戦犯として裁かれるというストーリーが一本の筋としてある。もう一方でそのハンナに関係する男マイケルの15歳からのの人生も絡んでくる。

もう冒頭は不謹慎だが男冥利に尽きるエピソードである。マイケルが15歳の時家に帰る途中病気で気分が悪くなり吐いてしまうが、それを助けて家まで送ってくれたのが、21歳年上のハンナである。ハンナは一人暮らしで路面電車の車掌をしている。

病気療養後、お礼にとハンナの家を訪れたマイケルはそこでハンナから情事の手ほどきを受けるのである。年上の女にあれを教えてもらう理想の展開(すいません)。それからというもの入り浸りの生活になるが、やがてハンナはマイケルに本の朗読を頼むようになる。そうして、甘い生活が続くのだが、ハンナはある日突然行方をくらますのである。

そして、法学部の学生となったマイケルは授業の一環である法廷見学でナチス戦犯として裁かれるハンナを見つけるのであった。そのときハンナは罪をかぶるような形で有罪の判決を受け服役するのである。この時の証言が、本を朗読してあげていたという事実を明らかにすれば覆ったかもしれなかったのである。

こう書くと、ハンナの戦争を引きずった苦悩が痛いのだが、それ以上に悶えたのがマイケルなのである。昔関係した女を救えるかもしれなかったのにそれができず、服役中にも朗読したテープを送り続けるのであった。

さすがにダルドリー監督で、こうした男女の苦悩を、大きな時間の流れのなかで、行きつ戻りつしながら、見事に描ききっている。こんな形で戦争を語る映画に驚きつつ、それを超越した愛が美しい。良質の映画だ。
  

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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.0
    • 5 デモはどっちが?両方来ていると教授は答えた
    • 4 それぞれの生き様、、。
    • 5 青春と戦争 責められるべきは戦争
    • 5 傑作
    • 5 より深く理解するために原作を読もうと思わせる映画
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2010年10月01日

サマーウォーズ

ぼくは、アニメーションは全くと言っていいほど観ない。大人になってから観たのは「宇宙戦艦ヤマト」と「となりのトトロ」くらいかもしれない。別に確固たる理由があるわけではないのだが、何となく生身の人間ではない絵空事感がなじまないのかもしれない。似たような理由でSFもあまり観ない。

ところが、けっこう評判がよいという情報がはいってきていたので、まあ観てもいいかな程度の軽い気持ちで観た。「サマーウォーズ」である。これがおもしろかった。もう、見入ってしまい、何と恥ずかしながら涙をポロリと落としたのである。

この作品、どうも口コミで広まったようだ。そういう作品は見応えのあるものである。監督が「時をかける少女」の細田守で、作品のテーマは田舎の大家族とデジタル世代の対比である。このコントラストが生きている。

長野県上田にある旧家のおばあさんの90歳の誕生日を祝うために、一族郎党が集まる。そのなかに高校生の孫娘の即席のボーイフレンドとして招かれた男子高校生が主人公である。この子は数学オリンピックの日本代表になりそこなったという数学の天才という設定である。

そして、その夏のある日に、いまや誰もが利用しているOZネットというシステムのアカウントが誰かの仕業で盗まれてしまい一大パニックを引き起こす。それに向かって、そこの家の子どもと一緒にそのアカウントを取り戻すのだが、それはストリートファイターの世界なのである。

実は、その悪さをしたアバターを作ったのが、ばあちゃんの旦那が妾に産ませた子だったというすごい展開になる。ちょっと話がそれるが、そのシーンで、ぼくは悪いことをするものを作ったわけではなく、それができる技術だけを考えただけである。その技術を悪事に使ったのは別の人間だ。というセリフがあるが、デジタル技術も持つ恐さの一端が出ていた。あのウィニーのことと同じである。

さて、こうして大騒動になり、ばあちゃんも死んでしまうわけだが、最後はこの大家族が一致団結してこの難事を乗り越えるというアナログ仕立てになるが、そういえばこうしてデジタル世代もアナログ世代もいがみ合うことなく仲良くやっていくというのがこれからの時代を生きぬく知恵なのだろう。
  

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    • 1 なんだか
    • 5 世のため人のため
    • 1 マジで呆れた
    • 1 たーてーたーてーそんなのやーだー
    • 5 今の時代だからこそ
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2010年10月10日

ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない

ブラック会社と聞くと悪徳金融業だとか、マルチ商法だとかいった会社を連想してしまうが、この「ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない」という映画に登場する会社は何とIT企業なのであった。表面上は普通の会社なのだが、中味は酷いという設定だ。

監督が、「キサラギ」の佐藤祐市、主演が小池徹平、脇を田辺誠一、品川祐、中村靖日、森本レオらが固める。正直期待していなかったし、どうせぐちゃぐちゃな映画だろうと思っていたら意外にもおもしろかった。

映画は、この会社に勤めるようになった元ニートが2チャンネルにタイトルのようなスレッドをたてて経過を投稿するという展開である。プログラマーを主役にした映画ってあったかなあと思うくらいレアな設定である。

ブラック会社と言われるくらいだから、デスマのオンパレードである。デスマとはデスマーチのことで、Wikipediaでは「ソフトウェア産業において、デスマーチとは、長時間の残業や徹夜・休日出勤の常態化といったプロジェクトメンバーに極端な負荷を強い、しかも通常の勤務状態では成功の可能性がとても低いプロジェクト、そしてこれに参加させられている状況を主に指す」と書かれている。

まさにそのとおりでとても無理な納期でも徹夜で何とかしのぐとかのシーンが出てくる。登場人物がかなりカリカチュアされているが、ひょっとしたらいるかもしれないキャラで何気にリアルなのである。

やたら威張り散らすが自分は何もしないリーダ、そのリーダに媚びるお調子男、言われたままに仕事をするだけの弱いヤツとかがいるかと思うと、どうしてこんな会社にいるのかと思うすごくできるヤツとか、大手ベンダーから転職してくるやつとかがいる。

最初はみなバラバラで文句の言いあいみたいなことが頻繁に起こり、主人公の元ニートは、そんな職場に愛想を尽かすのだが、結局またもどるとその主人公のひたむきさに皆が感化され、協力しあいながら困難なプロジェクトをやり遂げてしまうのである。

そんなラストでジーンときてしまい、おいおいこれは単純にいいい映画じゃんとさけんでしまった。やはり映画は希望があるのがいい。
   

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    • 5 IT系って頭おかしい奴おおいよね
    • 4 システム屋さんでも、そうでない方でも楽しめる
    • 1 見る人によってはこれからの事が不安になる
    • 4 小池徹平はいい役者だと思う。
    • 4 楽しめました
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2010年10月16日

ハゲタカ

題名のとおりハゲタカファンドと呼ばれる投資会社の争いを描いたものである。大友啓史監督の「ハゲタカ」はNHKテレビドラマで話題になったものの映画版である。大手の自動車会社の買収を仕掛ける中国系ファンドとそれに対抗する日本のファンドという設定である。

その攻防はスリルがあっておもしろいのだが、何か奇妙なリアル感というか、ありそうでやっぱりないわという感じなのである。たしかに、日本の大手企業といえども今や中国マネーにやられるご時世なのだが、こんなことが本当にあるのだと思われるとちょっとちがうんじゃないと思える。

経済映画というのかどうか知らないが、実のところはなかなか見えないところがあって、しかも、日本の企業の風景はもっと古いもので映画のような状況はなかなか考えられないと思うのである。おそらく、こんなファンドは日本にはないだろう。

だからというわけではないが、登場する自動車会社の社長はいかにも能なしでひどいといったふうに描かれているが、ぼくにはそんなに悪くは思えない、よくいるタイプの普通の経営者に見えたのだ。

ということである意味類型的になっているとも言える。従って、あまり現実にあることだと思わず、実際の会社を想像するなんてこともしないで、劇画の世界だと思って観ることを勧める。
  

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  • Amazon おすすめ度の平均: 3.5
    • 3 「鷲津政彦の苦悩や喜び」みたいなものをもっと存分に感じたかった
    • 5 「走資派」の孫としての「赤いハゲタカ」
    • 5 いい意味で予想を裏切ってくれます!!
    • 1 残念
    • 2 絶賛?
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2010年10月21日

乱暴と待機

これまたシュールなタイトルの映画「乱暴と待機」は本谷有希子の原作を富永昌敬監督がメガホンをとった作品である。本谷有希子は注目の若手劇作家、小説家で「劇団、本谷有希子」を主宰している。彼女の作品の映画では、佐藤江梨子が主演した「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」というこれまた変なタイトルのものがある。

こちらの作品は、もともと舞台用に書かれたものを映画にしている。だから、出演者も小池栄子と山田孝之という夫婦と浅野忠信と彼をお兄ちゃんと呼ぶ美波のエセ兄妹の4人しか登場しない。しかも、とある住宅街の一角というか、家の中(天井裏もあるが)だけでほとんどのシーンが展開する。

そうなんです、舞台ならそれでいいんですが、それを映画で見せられるとちょっと違和感がある。映画と舞台はやはり違うはずなのであって、舞台は良かったが映画ではねえというのもあるし、逆に映画はいいがこれって舞台にはならないなあということはよくある。

「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」は元は小説だからちゃんと映画になっている。だから、戯曲は映画になりにくいのであって、つかこうへいの作品では、「蒲田行進曲」くらいしか映画化されていない。(これとて、戯曲を小説化した)逆に、映画も演劇にしにくい。大変極端な話、アバターは舞台にならない。

舞台は、空間的な広がりがない代わりに、狭い空間での濃密な人間関係が描かれる。人間同士の愛憎を言葉を媒介にあぶりだすようなものに向いているように思う。景色を眺めて無言で涙を流すなんてシーンはないのである。

ということで、この映画どうもしっくりこなかったのだ。今言ったようなこともあるのだが、もうひとつ、人物設定として、4人のキャラがよくわからないというのがおじさんの率直な感想である。若い人は、共感できるのだろうか。

で、この4人の登場人物はこうだ。やたら乱暴な妊婦、その高校時代の友達でその妊婦から嫌われている、人をいらつかせる面倒な女、その女からお兄ちゃんと呼ばれていて、天井裏から覗きをしている、オタクっぽい男、妊婦の夫なのだがいいかげんなヤツでその面倒女を誘惑するダメ男が4角関係を繰り広げる。

その折々にいろいろな仕掛けがあって、笑えることから身につまされることなどそれなりにおもしろいのだが、やっぱ、なぜそんなに怒ってものを壊すのかとか、なぜそんなに軽いのかとか、なぜ急に変身しちゃうのかといったひっかかりが取れないままだ。そういう感覚が今の時代受けるのだろうか。
 

2010年10月24日

母なる証明

近頃、本もそうだし、映画もそうなんだが、タイトルの付け方に文句を言いたくなることが多い。原題をひねるのもいいのだが、ほんのちょっとした違いなのだが、中身と違ってしまうことがある。この「母なる証明」という韓国映画もそんな“タイトルだまし“の映画である。

原題は「MOTHER」なのである。これはいかようにもとれるネーミングで、だからこんな母親もいるのだという意味がある。ところが、「母なる証明」となると、母親とはこうあるべきでそれをこういうときに証明するのだといったトーンがあって誤解される。

そう言う意味では、この映画は「MOTHER」である。だから、タイトルで損していると思える出来栄えで楽しめる。女子高生殺人事件の容疑者にされた息子の無実を信じて戦う母親が主人公である。監督がポン・ジュノ、主演の母親役がキム・ヘジャ、息子役がウォンビンである。

息子は障害のある子でその殺人事件のことを覚えていないのだが、逮捕されてしまう。さあ、こうなると母は強しである。様々な手を使い、息子の無実の罪を覆そうと思うのだが。こうした母親の行動力はどこの国でも同じだと思うが、この母親のバイタリティはすごい。

物語は、母と息子の関係だけではなく、謎解きの要素もあったり、スリリングなシーンもちりばめられていて、こうした筋立ても楽しむことができる。脚本と演出はなかなかのものだ。

これ以上ストーリーは言わない方がいいが、秀逸なのは最後のシーンでこの母親が踊りだすところで、それをキム・ヘジャが母親の強さというか、それよりもしたたかさとでも言ったらいいが、それを説明的でなく表情だけで表現しているのが印象的であった。

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  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 4 先は読めないけど、衝撃度は低い
    • 3 愛から生まれる人間の常軌を逸した行動に衝撃を受ける。人間の心情の劇的な変化を映し出す
    • 5 「永遠の子供」と「母」
    • 5 期待通り、まさにパワフル。。。
    • 5 静かな一撃
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2010年10月31日

十三人の刺客

集団抗争時代劇の傑作と言われた工藤栄一監督のオリジナル作品は、ぼくが高校生の時に封切られたのでもので、壮絶な殺陣シーンが話題になった。それのリメイク版「十三人の刺客」が三池崇史監督によってつくられた。

なんとオリジナルでは13人対53騎で30分の戦いだったのが、13人対300人で50分ということでかなりパワーアップしている。俳優陣も、役所広司、山田孝之、伊勢谷友介、稲垣吾郎、松方弘樹、平幹二郎、松本幸四郎、市村正親、岸部一徳、古田新太といった面々である。

今の時代、なかなか大がかりな時代劇を作れないでいるが、久々のチャンバラがふんだんに出てくる大型時代劇である。あれだけのセットを組んで(二億円くらいかかったそうだ)あれだけの、馬を集めるんだからすごい。それだけでも、少々長くはあったが、ぼくはかなり楽しめた。

物語は説明するまでもなく、時は幕末、将軍の弟でもうすぐ老中になろうかという明石藩主が、傍若無人で残虐を繰り返す振舞いに怒り、危機感を抱いた現老中が暗殺を役所広司演じる島田新左衛門という御目付に暗殺を命じるところから始まる。そして、参勤交代で明石に帰る途中で襲う計画を立てる。

この映画のポイントは、この大名行列の大人数に守られている殿様の首をたったの十三人で奪うという設定である。そのためには、もちろん命を捨てる覚悟でなくてはできないわけで、そこでその命を捨ててもいいという人間を集めるというのがこの島田新左衛門の器量なのである。これって、現代に当てはめると会社の命運を左右するような一大プロジェクトのリーダーみたいなものかもしれない。まあ、命とクビとではずいぶん違うが。

そうした、俺についてこい式の人間ぶりを演じたら評価が高い役所広司がその名のとおりの演技で安定感がある。その一方で出色だったのが、暴君を演じた稲垣吾郎である。SMAPメンバーでありながら汚れ役を見事に演じていたのには驚いた。

この二人は、単純には真逆の人物に見えるのだが、ぼくにはなぜか似ているように思えたのだ。その時代、すなわち長きに渡って君臨する徳川の政事に対する閉塞感を同じように感じているのである。例えば、山田孝之演じる島田新左衛門の甥もそんな鬱屈した気分を博打に吐き出したりする。そして、人も斬ったこともない侍ばかりで、武士とは戦とはどこに行ってしまったのかという思いもある。

明石藩主はそれがひどくエキセントリックで猟奇的な方向に走ってしまうのだが、この攻防を楽しむようなニヤッと笑う表情が秀逸で、もう徳川時代の末期症状の象徴として描いている演出はよかった。だから、討った13人にしても暴君を斬るだけではない目的をそれぞれに抱えていたようにも思える。「侍など、ほんとうにやっかいなもの」なのかもしれない。

戦闘シーンもすごかったが、いま言ったようにぼくにはこの幕末の時代の匂いが印象的であった。

2010年11月04日

パブリック・エネミーズ

ぼくの好きな男優のひとりにジョニー・デップがいる。多くの人と同じように「パイレーツオブカリビアン」のジャック・スパロウのあのやんちゃぼうずのような奔放なキャラクターを鮮やかに演じて彼の虜になったのだ。

そんなジョニー・デップが主演する「パブリック・エネミーズ」を観る。監督はマイケル・マンである。大恐慌時代に実在したと言われる銀行強盗を繰り返すが義賊といわれたジョン・デリンジャーとその恋人ビリーの逃亡の果てを描いたものである。

このシチュエーションはどこかにあったと気がつくでしょう。そうです、「俺たちに明日はない」です。ウォーレン・ビーティとフェイ・ダナウェイ演じるボニ―&クライドも同じように銀行強盗をくりかえし、最後は銃で撃たれて蜂の巣のようになる。この映画にまだ大学生だったぼくは熱狂したものであった。

そんなイメージがあるので、この映画は物足りない。「俺たちに明日はない」のボニーとクライドのほうが時代感がほとばしっているからである。例えば、義賊だと言いながらそんな場面は一瞬しか出てこないし、大恐慌の雰囲気もどこにあるのか薄いのである。そしてワクワク感もとぼしく平板に流れている。

だから、「パブリック・エネミーズ」はジョニー・デップのための映画、デップのカッコよさを引き立たせるだけの映画であった。ぼくは、それでもいいと思っている。その最たるものが、最後に死ぬときに言うセリフであろう。それはこう言う。

バイバイ、ブラックバード!

これだけだと何ことだかわからないでしょうが、もちろん前に伏線があって、最初にジョン・デリンジャーがビリーに会ったときクラブでダンスをしたときに演奏されていたのがブラックバードという曲だった。その時のセリフがまたしびれる。あなたは今何が必要なの?というようなことを聞かれて踊りながらこうささやく。

時間を取り戻す。君みたいな神秘的な美人と。
この歌の鳥のように、ブラックバード!

これってたまらんでしょう、こんなきざなこと普通には言えませんよ。現実の人生は“映画のようにはいかない”のはここですね。

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  • Amazon おすすめ度の平均: 3.0
    • 5 すごすぎます
    • 4 デリンジャーの放つ不思議なカリスマ性。
    • 2 マイケル・マン監督だと知ってたら・・・。
    • 3 超凡作
    • 1 起承転結のない映画
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2010年11月11日

マザーウォーター

あーあ、こんな映画ができたんだと思う。どうも「かもめ食堂」、「めがね」、「プール」に続く第4段なのだそうだ。監督がこれまでの荻上直子、大森美香から松本佳奈に変わっている。「マザーウォーター」は舞台を京都にして、そこに暮らす男女の静かな交流を描いた映画である。

例によって、みんなひとりもので、非家族的な匂いがする。赤ん坊が出てくるがその親もわかるようではっきりしない。いったいどんな人で、どんなバックグラウンドがあるのかといったいわば人物設定が希薄なのである。だからなのかつかみどころがない。本作に出てくる豆腐みたいな映画だ。

この手の映画は、一部のスローライフ好きだとか、草食系には受けるだろうが、ぼくみたいな生臭オヤジには、「かもめ食堂」、あたりはOKなのですが、だんだんそんな癒し系映画に、以前も書いたが、「ジジ臭く、ババ臭く」なるなよと言いたくなる。

出演が、おなじみの小林聡美、もたいまさこ、市川実日子、加瀬亮、光石研に今回は小泉今日子が加わる。小林聡美はウィスキーしか出さないバー、小泉今日子は喫茶店、市川実日子は豆腐屋、加瀬亮は家具店、光石研は銭湯で働いているという設定。そこをそれぞれが往来するだけのストーリー。そしてこれまたおなじみの飲食シーンの連続。

まあ、京都の街並みは良かったが、何といっても、出てくる人がみないい人ばかりで、この世はそんなに気分でいけるほど優しいとは思えないのである。つい「悲観主義は気分のものであり、楽観主義は意志のものである。およそ成り行きにまかせる人間は気分が滅入りがちなものだ」というアランの言葉を持ち出したくなるように、しっかり意志を持とうよと叫んでしまう。

これだけ、同じような空気感の気分映画を出されると食傷気味になる。癒しというのは、がんばったり、活動的なことをやったあとで癒されるべきもので、続けて癒されるものではないと思う。ということで、毎年のようにこうした映画が出てくるのは考えものだ。
  

2010年11月17日

森崎書店の日

神保町で先週の夕方ある若い子と会うことになっていたので、その前に神保町シアターで映画を観ることにする。なぜ、映画館の話から始めたかというと、「森崎書店の日々」という映画を観たいと思ったからである。この映画は、神保町の古書店を舞台にした物語なのだ。

これは近頃出色のいい映画です。原作が、第三回ちよだ文学賞大賞を受賞した八木沢里志の同名の小説で、脚本、監督が、日向朝子である。この日向朝子は「青空のゆくえ」という秀作の脚本を書いた人です。

物語は、内藤剛志扮する神保町の古書店主サトルのもとに菊池亜希子演じる姪の貴子がやってくるところから始まる。恋人の意外な裏切りに落ち込んで会社も辞めているところに、その母親から頼まれたのだろう叔父さんから電話がかかってきたのである。そして、古書店の2階で彼女の神保町生活が始まったのである。

ご存知のように、神保町は世界一の「本の街」です。古書店から新刊書店かで数多くの店が軒を並べている。そうした街の雰囲気に最初は慣れなかった貴子が徐々にその町に溶け込んでいく姿が描かれる。本もあまり読まなかったのが、少しずつページをめくるようになり、変化していくのである。

叔父さん以外にも彼女を取り囲む様々な人々がまた優しく暖かいのだ。そんな情景がこの町にふさわしいのだろう。ぼくも時々神保町を歩くのだが、言葉で言うのは難しいのだが、何となくちゃらちゃらしてなく、知的な感じがしてとても気持ちがいい。それは、街の至る所にある書店が醸し出した匂いのようなものである。

話はそれるが、ぼくは5年くらい前に短い期間ではあるが、文京区白山に住んでいたことがある。そのとき、街の静かで落ち着いた雰囲気が気にいったのだが、なぜかと考えたら、そこはお寺と学校だらけだったのだ。

この映画のヒロイン貴子はこうした生活を続けるうちに失恋の痛手からも立ち直り、多くの人と出会い、学びそして読書により人間的な成長をとげてく。ぼくが感心したセリフで、これは脚本の良さなのだが、サトルがなかなか値付けができない本があって、それを貴子に付けさせるのである。

そのあとで、“価値を売る人間より、価値を創る人間になれ」というようなことを言うわけである。古書店の主の真骨頂ですよね。ぼくの高校の時の友達にも古書店主がいてそいつとこの間久しぶりに呑んだのだが、なかなかそんなセリフは言えそうもなかったな。

こうした、そんなに劇的でもない日常を切り取って、それでいて人生あるいは人間の機微を際立たせる演出は大したものだ。ただ、まだディテールではもうちょっと何とかできるとか、ここでこのセリフをもう一度言えよとか叫んでいた。

しかし、つい「マザー・ウオーター」と比較してしまうが、決定的に違うのは、こちらは旅立ちがあるということだ。とどまることの快適さを振り払う意志がある。これが映画なのである。次の写真は、映画を観た後すぐ近くだったので立ち寄った、ロケを行った書店です。今は誰も住んでいません。

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2010年11月19日

442 日系部隊・アメリカ最強の陸軍

ぼくの映画友だちのS君からの強い推薦があったので、二人で新宿ですずきじゅんいち監督の「442 日系部隊・アメリカ最強の陸軍」を観る。S君はすずき監督の前作「東洋宮武が覗いた時代」を観てそれがよかったので推奨したのである。

これは、傑作だ、すばらしい映画である。

442部隊と言うのは、第二次世界大戦のときに日系人だけで編成された部隊で、その勇猛さで軍人の鏡と言われた。ヨーロッパ戦線に送られた彼らは、フランスのヴォージュという街をドイツ軍から解放したり、山中に孤立してしまったテキサス部隊を、それまで他の部隊が何回も救出を試みたが成功しなかったものをたった32分で救出してしまうといった殊勲を立てる。

しかし、それには多大の戦死者を出すという犠牲を払うのである。助け出した兵士の数より救出を行った部隊の戦死者の方が多かったという。そして、さらに、ホロコーストで収容所に閉じ込められたリトアニア系のユダヤ人を解放することも成功させる。

このあたりは、実は山崎豊子の「二つの祖国」にも出てくる。この本の主人公である天羽賢治の末弟の勇がこのテキサス部隊救出戦で死んでしまうのである。

映画は、こうした戦線を経験したかつての兵士たちにインタビューを試みる。そこで語られる事実をその当時の映像とオーバーラップさせながら、いったい442部隊とは何だったのかを追いかけたものである。

戦争はもう60数年も前のことだから、彼らは皆高齢で90歳を越える人もいる。そのシーンに奥さんはもとより子どもや孫も登場するのだが、口々に初めて聞くことばかりだと言うのである。60数年経ってやっと語れるようになったのだろう。それだけすさまじいばかりの経験だったに違いない。その証拠にみなPTSDに悩まされ、毎日のように悪夢で跳び起きてしまい、ついに離婚されてしまったというようなことも口から飛び出すである。

最初は、勇猛さを象徴するようなシーンで出てきて、いくつかの勲章をもらったりしたこと、英雄扱いを受けたことなどが語られるが、徐々になぜ収容所に入れられてしまうような、あるいはジャップと言われるような日系人がアメリカという国のために戦ったのかとか、収容所に入れられた人間が収容所を解放するという皮肉などが語られてくる。

そして、アメリカ人として功績をあげることが、偏見と差別から救う道だと信じることや、なぜアメリカのために戦うかに悩んでいたときに、東條英機と松岡洋右が軍人とは所属するその国のために戦うものであるという演説に促されたとかがわかってくる。

きわめつけは、数々の武勲を立てて叙勲した元兵士が、自分の勲章は一緒に戦って散っていった戦友のためのものだと言って、涙ぐみながら、その戦友の名をひとり一人あげるところだ。例え生き残ったとしても、みんな戦争の犠牲者であるのだ。

まだまだ、考えさせられることがいっぱいあるが、みなさんぜひご覧になってください。映画の後はいつもの通り呑みながら映画談議をする。S君は、ちょっと前までJICAの仕事していて、日系人に関することに詳しく、その話からこれまた多くのことを知る。彼も、こうしたことを語り継いで行ける人が少なくなっているのを憂いていた。いやー、多くの今の日本人に見てほしいとせつに思う映画である。
  

2010年11月23日

SP野望篇

最近、多摩センターというところに行く機会が増えて、しかも夕方という設定なので、昼ころ出ると映画を観ることができるというシチュエーションなのである。しかも、この間、新百合丘のマイカルで6回通うと1回無料になるというカードをもらったものだから、行くことをうかがっているのである。

ということで、先日「さらば愛しの大統領」というどうでもいい映画(これは別にけなしているわけではなく、ぼくの好きなジャンルでもある)を観ようと思って行ったら、何と上映時間を間違えるという大失態。しかたなしに、唯一時間的に間に合う「SP野望篇」を観ることにした。

やっとここで映画の話になるが、全くといっていいほど事前知識がなかったので、あとで知ったのだが、人気のテレビドラマの劇場版らしい。しかもまだ完結していなくて継続中なのだという。ええー、これじゃあテレビの延長みたいなものだし、テレビを観ている人のために作った映画でしょう。

どうりで、筋書きや人物設定がテレビを見たこともないぼくみたいな観客にはさっぱりわからないのだ。しかもですよ、最後に次の「革命篇」の予告篇が流されるという図々しさである。だからかどうかしらないが、次の作品も観ないとおもしろくもなんともない。

この映画で完結していないから、98分の予告編を見せられた感じで、ぼくみたいなこれだけで終わりという観客には全く捨て金になる。こりゃぁひどい話だ。

製作がフジテレビで要するに「踊る大捜査線」の2匹目のドジョウをねらったというわけだ。作品の良し悪しの前にこういう映画製作の姿勢が許せない。そりゃあ、冒頭のアクションはけっこう迫力あって、少しは期待をしたのだが、その後がいかん。

こんな具合だから、同じ金を出すならハリウッドのアクション映画のほうがよっぽどもいいと思ってしまう。ということで、映画評はなし。

2010年11月25日

かいじゅうたちのいるところ

この手の映画を還暦を過ぎたおっさんが観るのもなんかおかしい気がするのだが、あの「マルコヴィッチの穴」のスパイク・ジョーンズが原作者のたっての希望で監督をしたというので観ることにした。

原作が絵本だから子供向けファンタジーなのだろうけど、残酷なエピソードが出てきたりするし、主人公の少年マックスの家庭の事情みたいなものも垣間見られたりして、単なるおとぎ話ではない。

いたずら好きで空想家のマックスがあるとき母親や姉といさかいを起こして家を飛び出してしまい、船に乗ってたどり着いたのがかいじゅうたちが住んでいる島だったのである。こういうのって、男の子はかならずといっていいほど空想する。それは、現実を受け入れるために、繰り返される精神的エクササイズなのである。

この映画でも、家族から相手にされない孤独感から一時的な逃避願望がこうした空想をもたらしている。しかし、そこでも全く単純な暖かい世界でもなく、けっこう現実的な世界が描かれている。登場するかいじゅうたちが要するに“かいじゅう臭い”のである。

まあ、そんな場面を見ながら思ったのは、ここには物語がないなあということだ。エピソードの羅列のような展開で、最後はもちろん夢から覚めるように家に戻るのだが、ただそれだけのものかという感じで若干期待外れであった。

ただ、ぬいぐるみの怪獣が実に表情豊かでそこのところは十分楽しめたのである。観た子どももそこだけだったんじゃないだろうか。

  

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IT関連の記事のエントリーを「wadit blog.」に移行しました。正確に言うとITでも仕事に関すること、つまり息子と一緒に創ったwaditという会社でやっていることに関係する記事は、基本的にはそちらに掲載されますので、そちらの方を見てください。もちろん、こちらの方も変わらず書き続けますので、今後とも両方のブログのご愛顧をよろしくお願いいたします。

2010年11月27日

紀子の食卓

「愛のむきだし」の前奏といった趣のある園子温監督の作品である「紀子の食卓」を観る。登場するのは、父親とその娘二人が中心で彼女たちが自殺サークルのようなものにはまって家をでてしまい、それを父親が追いかけるというストーリーである。

ですから、家族とは、あるいは家族のつながりとはということから、生きるということはといった深遠なテーマとなっている。吹石一恵扮する女子高生が父親(光石研)との確執や将来への不安などから、ウエブサイトにある同じような悩みを抱えた女子高生と接触していく。そして、そのサイトの主みたいな子に会いに東京へ出てきてしまう。映画はそこから始まる。

ところがその子が属するサークルがこれまた変なところで、レンタル家族という商売をしているのだ。家族に飢えた人々に向けて擬似家族を演じてあげるというもので、やさしい子ども夫婦と孫を求める老婆、娘との食事に贖罪を求めたり、ひどいのは殺されてしまうなんてこともある。

ここらあたりはおもしろかった。結局、こうすればよかった、あるいはこうしたいを形にできなかった思いをそうした擬似的な追体験できるというのだ。そうした、変なサークルの行動と、やがて妹も姉を追ってそのサークルに入ってしまうので、その娘二人を捜しに行く父親とがオーバーラップしてくる。

しかしながら、その父親が娘との距離に気がついたときにはもう遅いいのであって、決して取り返せないことを思い知らされる。ですから、やり直そうと言っても無理なのである。そうした、関係性がこの映画の重要なポイントでもある。

ただ、映画では親子の葛藤や敵対があまり描かれていないのが気になった。娘にとって壁となっている父親という設定に現実感が乏しいのだ。ひどいオヤジにはみえない。それと、母親の存在が希薄で、現代で母と娘の関係性が濃くて、どちらかというとそちらの方が問題になりそうなのだが、あっさりと自殺してしまう。

映画には、吹石一恵の他にその妹役で吉高由里子、サイトの主宰者としてつぐみといった女優陣が出ているが、彼女らがなかなか頑張っている。「マザー・ウオーター」の対極にあるような関係性にのめり込んだ作品である。両方に出演している光石研の役どころが全く違うところがそれを物語っている。  
  

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2010年11月30日

さらば愛しの大統領

前に見損なった「さらば愛しの大統領」を観る。監督が柴田大輔とお笑い芸人のナベアツで、主演が宮川大輔とケンドーコバヤシそしてそのナベアツである。大阪の芸人のノリで作った喜劇映画である。映画会社はこれを究極のお笑いギャグ・エンターテインメントと言っていたり、本格的なコメディー映画と言っているがそれは違う。

近頃、喜劇映画というのをみかけない。ここ3年間の鑑賞リストを見てもみつからない。阿部サダヲの映画がそうかというとちょっと違うだろということになるし、松本人志は残念映画だし、ということでちょっぴり期待して観る。

映画が始まる前に大写しで何やら書いてある。どうもこの映画は、アホになって、アホな気持ちになって見てくれ、偉そうに、まじめに、理屈っぽく見るなとか何とか言っている。ところが、ぼくの印象では、割とまじめな映画に仕上がっていると思う。

ストーリーは、ナベアツが大阪府知事選に当選して、そのあと独立国になると宣言してそこで大統領に就任する。その大統領を暗殺しようとする組織があって、その暗殺を食い止めることを命じられた宮川大輔とケンコバの府警刑事コンビが暴れるという設定である。

そこに、多くの芸人が出てきて得意のギャグやら芸を披露するわけである。更に仲村トオルとか大杉蓮といった連中までかりだされてギャグをかますのである。まあ、ここのギャグはそれはそれでおもしろいのもあり笑ってしまうが、それって別に映画ではなくて、テレビでやればいいじゃんと思ってします。

結局、期待した割には消化不良でもうちょっと何とかならないのかと思ってしまう。どうしてかと考えてみたら、どうも動きがないことではないかということだ。セリフとか単発的な芸はおもしろいかもしれないが、もっとダイナミックな動きが欲しいのだ。宮川大輔が扉をあける時に開いているのによじ登るシーンなんてよかったがそのくらいなのだ。

ぼくらの子どもの頃って、喜劇映画がものすごく好きで、それこそエノケンや堺駿二(堺正章のお父さんです)の軽妙な身体のこなしに抱腹絶倒したものだ。まあいまの時代とはずいぶん違うから単純に比較してはいけないのだろうが、動く笑いがなくなってしまったようでさびしいのである。
  

2010年12月03日

選挙

この秋に社長(息子)の友だちでぼくもよく知っているK君が某市の市会議員補欠選挙に立候補して当選して晴れて議員さんになった。そして、今日も会うことになっているが、地域活性化プロジェクトのメンバーの一人で社長と全く生年月日が同じY君もまた京都のある町の議員である。

そんなこともあって、「選挙」という映画を観た。これは観察映画というジャンルらしい。監督は想田和弘で、要するに出演者も俳優ではなくて、従って、セリフもなく、テロップもなく、普通に人がしゃべったりしているのを淡々と映すというものである。

主演?が、山内和彦という川崎市の市会議員補欠選挙に自民党から立候補したその人の選挙戦を追ったものである。ドキュメンタリーといえばそうだが、それ以上にストーリーがあるドラマである。イベントに際してどう振舞うかをありのままに表現しているから、もちろんリアリティそのものなのである。

山内候補は、政治家としては全くの素人で、しかも川崎市在住でもないといういわゆる落下傘候補なのだが、小泉旋風の残り火でぎりぎりの当選を果たしてしまう。そこまでで映画は終わるのだが、実は、彼はその後1年半ほど議員を務めたあと、次の選挙には立候補しなかったのだ。

どうして立候補を見送ったかはわからないが、ひとつには補選と本選とでは全く違うことがあると思う。これは補選を戦ったK君も言っていたが、補選は党の戦いであるが、本選は個人の戦いになるということだ。補選では党の全面的なバックアップを受けられるが、本選ともなると党から複数の候補者が出馬するわけだから、個人戦になるということである。従って、地盤もないものにとっては大変難しい戦いを強いられる。

ただ、映画の山内和彦はそれだけではなく、おそらく選挙そのものに厭気がさしたように見えた。つまり、地盤も看板もカバンもない中で勝つには党のやりかたあるいは地元の党員のサポートに全面的におんぶしなくてはいけない、彼らの操り人形のようにふるまわなくてはいけないわけで、そのことに対して矛盾を感じたのではないだろうか。彼の妻はあきらかにそうした不満を漏らしていた。

あまり地方議員の選挙運動の実態を知ることがなかったが、この映画でどぶ板選挙の意味とか効果や、選挙カーから妻が呼びかけるには「山内の家内です」と言わなくてはいけないなどけっこうおもしろかった。山内和彦の今は、「主夫」をしているそうだ。
  

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2010年12月07日

クローズZERO

先日、「十三人の刺客」を観て、そう言えば三池崇史監督の代表作品の一つに数えられる「クローズZERO」を観ていなかったと思い、DVDを借りて観る。これは、まぎれもない三池監督作品である。

この間、喜劇映画がなくなったという話を書いたが、それもそうだが、チャンバラ映画やヤクザ映画もなくなったなあと思った。そりゃあ、時代劇だとか、「アウトレイジ」のような情けないヤクザは出てくるのはあるが、活劇といった趣は少なくなっている。

「十三人の刺客」では大立ち回りのチャンバラを見せてくれたが、この作品でも高校生たちの集団抗争を描いていて、気持ちいいくらい暴れ回る。おそらく眉をひそめた大人が多くいたと思うが、けっしてそんことはないと思う。例えば、「アウトレイジ」は多くの人間が死んで行くが、この作品には死者がいないのである。

小栗旬演じる主人公の高校生の家はヤクザもので、それと抗争中の若い組員と主人公は友だちになるのだが、それがばれてしまうと、組長から渡世の掟だからといって、射殺されるはずで撃たれるのだが、その前に防弾チョッキ付きの背広を着せれていたため助かったというエピソードが出てくるくらいなのだ。こういうことが、ある種の気分悪さを消している。

それと、単純なのだろうが、てっぺんを取ろうというエネルギーが伝わってくるし、しらけていないし、意欲的な若者が登場するのである。それだけでもちょっとは元気が出てくるような映画である。どこかで“健全な不良映画だ”と言っていた。

最後に、多数の不良どもが入り混じったすごい乱闘シーンがあって、小栗旬ともう一方のリーダである山田孝之がタイマンを張って終わるのだが、そのところでぼこぼこになった小栗旬が上目使いに見る姿がある。これがまったくあの矢吹ジョーとそっくりなのだ。来年2月に、映画「明日のジョー」が公開されるそうだが、あの小栗旬の表情はジョーのものと同じように思えたのはぼくだけだろうか。三池監督は絶対に意識していたと思う。
  

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2010年12月10日

笑う警官

DVDを借りて古い作品を観る場合は、どうしても評判情報が入ってきてしまう。だから、無難なのは評判のよかった作品を観ると外れない。しかしながら、あまりにも評判が悪いとかえって観て観たくなるというのも人情であり、ひょっとしたら一般の観客には理解できないものだったかもしれないと思う映画ファンの心理もある。

そんな映画「笑う警官」を観る。監督、脚本が角川春樹である。その商業主義、すなわち、本などで話題を作っておいて、それから映画化するという手法はぼくは好きになれないし、彼の監督した作品も評価していない。

だが、実はその角川春樹が作ったということも知らないで観たのである。エンドロールでおお監督が角川春樹だと気がついた。さらに脚本も書いていた。

いやー、こりゃーみなさん見る目があると思った。一抹の期待を持っていたが、残念ながらひどい作品で、目もあてられない。もう、演出も脚本もどちらも最悪だ。映画の体をなしていない。

ぼくは、佐々木譲の原作を読んでもいないので、原作との比較でどうのと言っているわけではなくて、結局、本で読む代わりに映画の出演者がしゃべってくれただけなのである。つまり、セリフがただ朗読しているふうに思えるのだ。これでは、映画にする必要は全くない、本を読めば済む話である。

それもあるし、あり得ない設定をしているのもびっくりする。百条委員会に出頭する警官を射殺するために待ち構える警官隊なんてあり得ないでしょう。他にもどこまで裏切りゃいいんだみたいだし、時間が迫っているのにまるで緊迫感がない、隠れているはずなのに家の前に平気で現れるとかもうどうしようもない。

映画というものが小説とは違うということを全く分かっていないという致命的な欠陥があるので、映画のことを語りたくないのだが、なぜかここでも「バイバイ・ブラックバード」が使われていた。ジョニデプの「パブリック・エネミー」にも出てきたが、多くの人が好むこのジャズの曲が時を同じにして日米の映画に使われるのもおもしろい。「バイバイ・カドカワ」

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2010年12月17日

酔いがさめたら、うちに帰ろう。

ぼくにはほんのちょっぴりアル中(今はアルコール依存症という)恐怖症というのがある。ひところよりだいぶ量が減ったとはいえ、ほとんど毎日呑んでいるので気になることもたまにはある。

東陽一監督が6年ぶりにメガホンをとった「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」は、漫画家の西原理恵子の元夫で戦場カメラマンだった鴨志田穣の原作をもとに作られた映画である。題名のように、アルコール依存症から生還して死ぬまで家族と一緒に安定して暮らした物語である。

そのアルコール依存症の夫を浅野忠信、その妻で漫画家を永作博美という布陣である。その他脇を固めるのが、市川実日子、香山美子、利重剛、光石研、高田聖子など芸達者が揃う。この浅野、永作のコンビは適役だと思う。

ストーリーは単純だ。重度のアルコール依存症となった夫からの暴言や暴力を受けたために離婚するが、それでも二人の子どもの“かすがい”のもとに関係は継続する。実家に戻った夫は、そこで10回目の吐血をして病院に担ぎ込まれる。よく生きているといわれるほど体は痛み切っている。

しかし、酒を断つことを誓いながらどうしても誘惑に負けてまた飲みだすということを繰り返すのだ。このあたりは、ぼくにも似たようなところがるのでほんのわずかながら共感してしまう。そして、ついには精神科に入院ということになる。そこから治療が始まり、何とか克服することに成功して、子どもたちのいる場所に戻ってくるというものだ。

だから、主人公の中では大変だろうけど、全体としては波乱万丈でもなく、ことさらすごいことが起きるわけでもないわけなのだが、その静けさというか淡々とした中にほんのちょっとした深いものが垣間見せているのである。その最たるものは、元妻が台所で野菜をきざんでいるときふと悲しみが襲ってきて泣きだすとそれを見つめる子どもというシーンなどは、つとめて明るくふるまう元妻が見せた本音なのだ。

それとか、これも大げさに自分のプロフィールをしゃべらせるわけではなく、退院真近の体験発表でそれを語らせるといったのも効果的である。そうそう、高田聖子演じるここの病院の精神科医との会話が秀逸である。関西弁を操りながら、徐々にコミュニケーションをとっていくのが大変面白かった。

こうして、抑制を効かしたトーンや忌野清志郎のエンディングソングはすごく共感でき、なかなかの秀作であった。ただ唯一の難点は、アルコール依存症から抜け出すのは至難の業と言われているにもかかわらず、見た目簡単に直ってしまうことで、これならぼくも・・・と思ってしまうことである。
  

2010年12月22日

オーシャンズ

このブログでもたびたび登場するぼくの行きつけの店である銀座の「M」の女性バーテンダーのKちゃんは、スキューバダイビングが大好きでしょっちゅう海に潜っている。そして、その魅力についていつも語っている。

ぼくもちょっぴりはやってみたい気もないわけではないが、まあやめておくかとなる。それは、基本的に海が恐いという気持ちがずっと残っているからだろう。ぼくの家は比較的うみに近いので、子どもの頃は海水浴もよくいったし、海釣りもやった。

ところが、小学校のとき年下の子だったが顔も知っている子が溺れて死んだのだ。これはショックだった。また、ぼく自身も溺れかけたことがあった。鎌倉とか江の島は遠浅だからいいのだが、辻堂まで行くと、すぐに深くなるので注意しなくてはいけないのだが、安易に遊んでしまった。

それと、中学生のとき、江の島の岩場でよく釣りをした。そんなあると先の方の岩に乗って釣っていたら、いつの間にか潮が満ちて孤立してしまったのだ。夢中になっていたので全く気がつかなかったのだ。もう必死の程で戻ったときには腰が抜けそうになった。

そんなトラウマがあるので、海は恐いのだ。大変前置きが長くなったが、海の中での起こっていることを映像化した「オーシャンズ」(監督ジャック・ペラン)を観る。ここには、美しさと残酷さとしたたかさが映し出される。当たり前の自然の摂理である。

魚の泳ぐ姿や、色とりどりの動物たち、ダイナミックな群れの動きなどすばらしいシーンには感動する。しかしだ。そこでは単純にそれこそ自然に映せばいいものを人間の作為が入ってきてしまったのだ。そうなると、美しさも何となく人工的な匂いを感じてしまう。

決定的なのは、イルカ漁のシーンを挿入しているわけで、もちろん「The Cove」ほどではないが、それでも何かを訴えているようだ。ぼくは日本人だから、正直こうした西洋的な観念を押しつけられるとあまりいい気持はしない。

飛躍してしまうかもしれませんが、今回のノーベル平和賞にしても、西洋的な思想の押し売りには多少の抵抗感があるのは否めない。あまり一方的にならないような適切なバランスというのは難しいのだろうか。だいぶ映画から離れてしまった。

2010年12月25日

シャーロック・ホームズ

これはシャーロック・ホームズではないとけっこうな人たちが思ったことだろう。派手なアクションを盛り込んだガイ・リッチー監督作品「シャーロック・ホームズ」は大方の人が抱いていた従来のイメージを壊した設定になっている。

ご存知シャーロック・ホームズを演じるのが、ロバート・ダウニー・Jr、その相棒のワトソンを演じるのが、ジュード・ロウである。やはりぼくも含めてホームズは知的で静かでという像があるが、この映画では大立ち回りを展開するのである。

確かに、小説上では武術家としても描かれているから、おかしくないといえばそうなんだけど、それは格闘試合のシーンまでは許せても火を吹いたり、建物が崩れたりといったスペクタクルはやり過ぎだろう。

ぼくはジュード・ロウが好きだから、ホームズよりワトソンを見ていたが、やんちゃなホームズを御す姿がよかったと変なところを評価してみる。ホームズのように固定化されたイメージのある人物像を変えてもいいが、大きく逸脱すると失敗すると思う。

結局、アクションと謎解きが一緒くたになっているから追いかけるのが大変なのである。謎を考えているといきなりドンパチと派手な動きが加わるから混乱してしまう。ラグビー部と数学研究会に同時に入れるようなヤツはいいかもしれないが、普通はどっちかにしてくれっていうのではないだろうか。
  

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2010年12月29日

書道ガールズ!!-私たちの甲子園-

最近は、女子会だとか、山ガールズや歴女、鉄子といったように、女子の元気良さを象徴する呼称が増えてきている。それに比べると男子の情けなさが際立ってくる。草食系男子や弁当男子では元気とは遠い感じがする。

この「書道ガールズ!!-私たちの甲子園-」は、書道パフォーマンスで街の活性化を図ろうとした女子高生を描いたものである。話は実話をもとにしていて、紙の街として知られている愛媛県の四国中央市を舞台にして、地元の高校の書道部の生徒がさびれていく商店街やそこに暮らす人々を勇気づけるべく、書道パフォーマンス甲子園という企画を実行する。

主演が、成海瑠子で、この子はそのちょっと前の「武士道シックスティーン」にも主演しているので、この手の部活女子にうってつけの俳優さんなのかもしれない。そういえば、外見もやわくはなく、引っ張る女のイメージもわくので適役である。

この成海瑠子がキャプテンで、その他に山下リオ、桜庭ななみ、小島藤子などが出演していて、彼女らが主力の書道部員なのだが、それにたよりない男子部員3人加わるという、ここでも女性上位の構成である。

こうした映画は、単純に楽しめるし感動する。ワンパターンで予定調和の世界とわかっていながら、局面局面ではらはらするし、応援してしまうのだ。もちろん、そのためには最低限きちんとした脚本がなければいけないのだが、この作品はそういう意味では及第点であるので映画がしまっている。

ところで、ぼくの二人の息子には、子どもの時にやらせた習い事が3つあって、それが水泳とピアノと書道である。上の子には更にそろばんをやらせたが、四日市から横浜に引っ越したらそろばん塾がなかったので、下の子はそろばんをやっていない。

それぞれに理由があって、水泳は溺れないように、ピアノは情操教育で、書道は落ち着きを身体で覚えさせたかったのだ。きちんと正座して、背筋を伸ばし、静かに筆先に神経を集中させることで落ち着いた精神を涵養することだったのだ。

ところがこの書道パフォーマンスを見て驚いてしまった。こりゃあ、落ち着きもあったものではなく、スポーツである。まるで新々体操といった感じだ。さすがに、ちょっぴり主人公の書道教師である父親が諌めるのがわかるような気がする。だが、最後に子の父親が理解を示したように、ぼくはこれは書道とは別物だと思うことにして、それでいいのだと納得したのである。わりと好きなタイプの佳作であった。

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2011年01月05日

映画三昧(2011)

正月は、やはり仕事をする気にもなれないので、時間があるのでぼーっとテレビを見てしまう。でもほんとスポーツ中継以外は見るべきものがないので、さりとて出かける気もしないので、家で映画を観ようと思う。そんな映画のことを少し。

【プール】

ぼくの高校の時の友だちが、近々にタイでのロングステイを企図していて、ぼくも誘われているのだが、なんだかんだと日本での生活を脱し切れないので無理だと言っている。でも、話だけでも聞いていると何やら楽しげになるのも不思議だ。日本の時計とまた違った時間がタイにはあるという。そんなタイを舞台にした映画「プール」を観る。

「かもめ食堂」、「めがね」のスタッフが作った映画なので、出演者もおなじみの小林聡美、もたいまさこ、加瀬亮で、それに加わるのが新人の伽奈である。場所が、タイのチェンマイでそこに暮らす小林聡美扮する京子、もたいまさこの菊子、加瀬亮の市尾さんのところに、さよという京子の娘(伽奈)がひとりでやってくる。

しかしそこで繰り広げられる物語は、劇的なものではなく日常の淡々とした流れを映しだす。相変わらずのまったり感で、いつものようにまるで生活感がない。京子が働いているゲストハウスにお客さんが来るわけでもなく、市尾さんにしてもどんな仕事をしているのかもわからない。

そして、ほとんどがそこゲストハウスとその庭にあるプールが舞台なのである。この固定した場所に出入りする人間の交流というか、何気ない会話にゆったりとした解放感が感じられるのである。結局、メインは勝手に娘を置いて出てきてしまった母親と娘が少しずつ解けていくところだが、娘は母親のそうした身勝手さをなじるのだが、母親は好きなことをやればいいじゃんといって受け流すところであろう。

それで思ったのは、この母親の血液型は絶対B型だということだ。映画でタイでは生まれた曜日で占うらしいが日本では血液型だ。というのは、昨日は義弟の一家4人とうちの家族3人で会食したのだが、7人のうち息子を除いて6人が皆B型で、そうなんです、みんなが勝手なことを言って、人の話を聞かない状態で、O型のうちの息子が一生懸命とりなしてくれたのである。

映画の話である。おそらく、この映画を観た人は、なんだこの緩さは何なのかとか、現実感がないといった批判があると思うが、ぼくはそれがかえっておもしろかったのである。

【噂のモーガン夫妻】

大人のラブコメディというジャンルは、日本ではあまり見られないが、欧米の映画には楽しいものがあって、それこそ大人になるとけっこう身にしみたりする。この「噂のモーガン夫妻」は、主演が、サラ・ジェシカ・パーカーとヒュー・グラントだから、それだけでもいかにもと思わせる。

なんたって、ダメ亭主を演じたら右に出るものがいないヒュー・グラントである。今回もその魅力をいかんなく発揮している。弁護士と不動産セールスウーマンという夫婦が夫の浮気から関係が冷え切ってしまう。そして、夫はよりを戻そうと必死になるが、なかなかうまくいかないとき、一緒に食事した帰りに殺人事件を目撃してしまうというところから急展開する。

二人は殺人事件の目撃者ということで、ニューヨークからワイオミングの田舎に隔離されてしまうというわけだ。最初は都会と田舎のギャップに困惑したり、それから田舎の生活に慣れるとともに、徐々に二人の間で打ち解けてくるといったあたりがおもしろい。

もちろん、最後は和解するというハッピーエンドであるが、実は夫の浮気をなじっていたその妻も浮気をしていたというのを打ち明けるわけで、そのときの夫のとまどいがまたおかしい。これはあくまで、ほんと仮定の話だが、うちでそんなことがおきたらどうなんだと一瞬考えてしまった。これはあくまで、ほんと仮定の話だが、まずはぼくは絶対にばらさないし、妻から告白されたら許さない。これはあくまで、ほんと仮定の話です。(しつこいな)

この作品はのよさは、主演の二人もさることながら、筋立てではないかと思う。だから、物語の流れがスムーズですんなりと溶け込める映画であった。こんなのもたまにはいい。

【第9地区】

正月なのにこんな映画を観るのかと言われかねないが、「第9地区」のことである。この間ばあちゃんがさかんに宇宙人の話をするので、まあいいタイミングかなと思っただけである。どうもテレビで、UFOがやって来て、連れ去られて生還した人もいたり、ほんとうに頭が三角になっている火星人が映っていたということを放映していたらしい。

ぼくがそんなのウソだと言っても聞かないで信じきっていた。まあ、別段害があるわけではないのでいいのだが、この映画をばあちゃんに見せようかと思ったくらいだが、いささか刺激が強いだろう。

その刺激というのは、SFでありながら、妙に現実感が匂うのである。まずは、舞台が南アという設定も、そしてエイリアンが差別された住民として隔離されているなんてこともつい現実世界と対比してしまう。このように、SFの世界と現実世界が交錯しながら、一方で人間とエイリアンとの交流が描かれたりとかつてなかったような作品である。

そう言う意味で、いろいろなものが詰まっていて大変おもしろかった。こんな不思議な映画を作ってしまうアメリカに驚かされる。
  

2011年01月15日

ノルウェイの森

村上春樹の超ベストセラーとなった作品の映画化となる、トラン・アン・ユン監督作品「ノルウェイの森」は注目の作品である。主役のワタナベ君が松山ケンイチ、直子に菊池凛子、緑に水原希子、そしてキズキに高良健吾、レイコさんに霧島れいか、永沢さんに玉山鉄二といったキャストである。

これだけ、小説で有名になった作品を映画するということは相当大変な作業だと思う。今こうして、登場人物とキャストを並べたのも、それぞれの人物像が小説から浮かび上がるので、そのイメージに合っているのかという見方をしてしまうからである。

おそらく、原作を読んだ人はぼくと同じようにあの本から抱いたイメージを持って鑑賞したはずで、みな原作とは違うよなと思ったはずだ。それはしょうがないわけで、だいいち皆がみな同じ読み方をするなんてことはないからどこかに違和感を持つはずである。

ぼくは、やはりもの足りなさというか、“はしょった”感じがして、もうちょっと何とか掘り下げてほしかったと思った。しかしながら、皆さんの評価よりは高いと思います。それは、ぼく自身が映画の設定と同時代に生きていたから、その雰囲気に浸れたのである。この物語の時代設定は、1967年からだから、ちょうどぼくが大学に入る前年でほぼぴったりなのだ。

もうすべてのシーンが懐かしい。服装からして、細身のシャツに少し裾が広がったパンタロン風のパンツ、それと今では見かけなくなったホワイトジーンズ、昔はみんなが黒い服を着ていたわけではないのですよ。ただ、ロングヘアーの子がいなかったのはちょっと違っていて、“ぼくの髪が肩まで伸び”た男の子が多くいたはずだ。ぼくの髪も肩まであって、ブックバンドで綴じた教科書を片手に歩いたものだ。

学校生活も、モデルの学校と同じところに通ったので、映画でも語られるように学食の定食のAが120円、Bが100円、Cが80円で、Cも食べられないやつは60円のラーメンを食べていた。これは映画のシーンにも出てくるがタクシーの初乗り2キロが100円の時代だったから、値段の感覚がわかるでしょう。

そして何よりも、あの“安保反対、闘争勝利”のシュプレヒコールである。授業もそうした嵐の中だからまともにはできなくて、映画でも当時は向こう側にいただろう糸井重里が教授役で出ていて、学生運動家に授業を妨害されて苦虫を噛みつぶしたような表情をしていたのが印象的であった。

どうも懐かしんでいてばかりで映画の話にならないのだが、ぼくには、ワタナベ君や緑さんやレイコさんの「喪失と再生」よりもなぜか当時の風景が思い出されて、その時ぼくはどんなことを考えて、何をしていたのだろうかをずっと考えて涙していた。

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2011年01月20日

クレアモントホテル

平日の岩波ホールは、年配の女性客でいっぱいだ。最近の映画館は年寄が多くて驚くが、ここは場所柄年齢層が同じでもどちらかというとインテリっぽい人が多い。「クレアモントホテル」(ダン・アイアランド監督)は、イギリスを舞台に老婦人と青年のハートウオーミングな物語である。その主人公に自分を写しているのか、老婦人のお客さんが多かったのである。

主演の老婦人と青年を演じるのが、ジョーン・プロウライトとルパート・フレンドである。このおばあさんがいい。品があってユーモアがあってしかも快活的でイギリス婦人然としている。

この老婦人がロンドンのホテルに長期滞在すべくやってくるのだが、そこからユーモラスな会話とシーンが展開される。イギリス料理をからかった定番のジョークから始まって、予想と全く違ったホテルにとまどいながらもすぐに溶け込んでしまう。

そこのホテルでは、老いた人たちが人生の終わりを過ごしていたのである。何やら高級老人ホームといった趣で、退屈な日々の生活に加わった主人公は、徐々にそこの滞在者たちと交流していく。そんなときにある親切な青年と出会う。作家の卵だという彼は食えないので路上でギターを弾いて糊口をしのいでいる。

そして、ひょんないきさつからその青年に孫の身がわりを頼むことになる。老人というのは、身うちの自慢をしたがるもので、そうした話題が日常の会話を占め、時にその自慢の身うちが実際に現れると鼻高々ものである。このあたりは万国共通なのだと思わされる。

こうして、その替え玉にまつわる滑稽な場面や老男性からプロポーズされたりするが、徐々に家族のことや自分の持病のことなどが明らかになってくると老いのさびしさ、不安などが描かれていく。それと対をなすかのように青年は新しい恋人が出現して、前途は明るくなるのである。

実はシリアスな話なのだが、それを落ち着いた演出とユーモアをちりばめた味付けで非常に楽しめた映画であった。阿川弘之が「大人の見識」で書いていたように、イギリスのユーモアとは単なる滑稽感覚ではなく、人生の不条理や悲哀を鋭く嗅ぎとりながらも、それらを笑いとばすことで、陰気な悲観主義に沈むのを斥けようというものだ。改めて、さらりと描かれた、あるいは描いたイギリス人のユーモア感覚にしびれた

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2011年01月23日

ミルク

いまや、ゲイといってもそれほどの偏見もなくなって、むしろそれを売り物にする芸(ゲイ)人もいる世の中になっている。まさに隔世の感があるが、30年、40年前までは保守的な人たちから蛇蝎のごとく嫌われていた。そんな時代にゲイの人権を守る戦いを挑み暗殺されたハーヴェイ・ミルクという政治家の伝記ドラマである「ミルク」(ガス・ヴァン・サント監督)を観る。

この実在の人物であるミルクは、ニューヨークの保険業界で働いていたが、自分がゲイであることをカミングアウトして、サンフランシスコに移り住んでカメラ屋を開く。この店があるカストロ通りはゲイなどの同性愛者やヒッピーが多く、たちまちそうした人たちのたまり場になるとともに、指導者となっていくのである。

このミルクを演じているのがショー・ペンで、悩めるミルク、立ち上がるミルク、かわいらしいミルクを熱演する。暗殺されることを予期したように、録音テープに吹き込む自分の歩んできた道をなぞりながら映画は進行する。

このミルクが起こしたムーブメントは、徐々にクローゼットに隠れているひとびとを引っ張り出して、自分たちの存在と持つべき権利を主張して、その波が大きくなっていくのである。このような運動は強い共同体意識を植え付けていき、ついには保守派を破ってしまうのである。このあたりは、ショーン・ペンの抑えの利いた演技が秀逸で最後は泣いてしまった。

映画を観ていて感じたのは、偏見というものがどうして出てくるのかである。自分たちの道徳や倫理感から外れたものは異端であると思うわけで、そのとき、その違いが本人の責任あるいは犯罪的であるなら、そうした排除は仕方ないかもしれないが、そうではない場合、例えば肌の色や人種といったことなどもそうだが、それは多様性であり、マイノリティであっても認知すべきことだろう。

いまでこそ、そうした考え方も市民権の得てきたが、当時はまだまだであった。そんな時代で権利を主張し獲得するのは命がけであった。アフリカ系アメリカ人公民権運動のキング牧師と同様にすさまじい戦いを行ったのである。キング牧師が「私には夢がある」といった有名な演説があるが、この映画でミルクが録音テープに吹き込んだ最後の言葉が印象的だ。

希望がなければ、私たちはあきらめてしまう。もちろん希望だけでは生きられない。 でも、希望がなければ人生は生きる価値などない。 だから、君やあなたやあなたたちは希望を与えなくては。彼らに希望を。
  
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2011年01月25日

パレード

若者というのはどうも共同生活をするのにあこがれるようだ。ぼくらが若いころ、テレビドラマで「俺たちの旅」とそのあとの「俺たちの朝」というのがあって、前者は中村雅俊、後者は勝野洋主演で悩める若者群像が描かれてよく見ていた。特に、「俺たちの朝」は鎌倉の極楽寺が舞台で、そこで共同生活を始めるという設定には親近感もありうらやましく思ったものだ。

吉田修一の同名の原作を行定勲監督がメガホンをとった「パレード」は、共同生活を行う現代の若者を描いたものである。藤原竜也、小出恵介、香里奈、貫地谷しほりが演じる男女4人が東京の2LDKマンションを借りてそこに住んでいるという設定である。

それぞれは映画会社の社員、大学生、イラストレーター志望、フリーターといったお互いにつながりがあるわけではない4人が暮らしている。だから、ぼくらがあこがれた「俺たちの朝」からはかけ離れた生活である。ウエットな世界とドライな世界の違いなのだが、やはり時代とともにずいぶんと意識が変わってきているのだろう。

だから、お互い干渉するわけでもないし、映画の中でも言っていたが、ネットの掲示板みたいなもので、たまたまその場にいるだけで、刹那的な関係なのだ。ぼくらの歳のものにとっては信じがたいのだが、それが現代なのかもしれない。そんな世界を映画では、4人の個別の素状を別々に追い上げることで描きだしている。

ところがそうした心的関係性のない生活空間にサトルという男娼が登場するとにわかにざわめきが起こる。そうなんです、一見静かに見える水面は石を投げられると一気に波紋はひろがるものなのだ。そして4人の生き方に変化が起きてくる。

しかし、この映画は恐ろしい映画だ。日常に潜む狂気があっと驚くように見ている人の前に現れてくる。その狂気を前に、その凶器を前に、正気とは何か、暴力とは何かを鋭く突いてくる。これが別に特殊なことではなく、どこにでもあるような気にさることでなおいっそうの恐怖を抱く。行定監督の狙いなのであろう。

マサルを演じた林遣都も含めた5人の若手俳優たちの演技も非常に自然体でなかなか見応えのある映画であった。
  

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2011年01月28日

食堂かたつむり

小川糸原作の「食堂かたつむり」(富永まい監督)を観る。小川糸は女性に人気の作家なのだそうで、この本は2008年にあの噂のポプラ社から出版された。第1回ポプラ社小説大賞に応募したが最終選考にも残らなかったらしいが出版された。昨年の第5回大賞が斎藤智裕(水島ヒロ)で話題をさらったやつです。

だからといって映画には関係ないことだが、若干気になるところでもある。なぜって受賞してなくてもベストセラーになる作品とひどい出来なのに受賞してベストセラーになる作品を対比したいと思うからである。はたして、映画ではそんな評価ができないという当たり前の結論である。

ただ、映画評では原作の良さを消しているとかけっこう評判が悪い。しかし、ぼくにはそんな酷評が理解できないくらいまあまの出来に見えた。物語は、だらしのない母親から見放された少女が祖母のところで料理を教わって、料理人になり、最後はその母親とも和解するみたいなストーリーである。

ぼくには娘がいないので、母娘の関係というのがよくわからないのだが、女性にとってはいろいろな葛藤や、好悪もあって複雑なような気がする。この映画でも、自分を捨てたような奔放な母親とそりが合わないが、徐々にその内面へと入り込みながら理解できるようになる。

こうした母娘の関係という横糸ともう一方で得意な料理の腕を生かすべく食堂を開くという縦糸が織りなす世界が展開する。原作にないファンタスティックな世界を中島哲也風に見せたことも不評みたいだが、ぼくにはこれも楽しかった。

ただ、この映画を観ていてちょっと感じたのは、現代の母娘はこの映画のふたりのように修復可能な関係を維持できるのだろうかとふと思ってしまった。ぼくの持論は、幼いときの親の愛情が濃ければ濃いほど大きくなっても壊れた関係を修復できると思っているからである。つまり、この映画はぎりぎりのところで母親の愛を感じられていたからこそ再生できたという話である。
  

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2011年01月30日

ソーシャル・ネットワーク

最近、うちの社長(息子)のまわりでFacebookが盛り上がっているし、社長もそれがらみのサービスを作ったりしている。デヴィッド・フィンチャー監督「ソーシャル・ネットワーク」は、そのFacebookの創設者であるマーク・ザッカーバーグの物語である。しかし、世界で5億人ものユーザを抱えるSNSに育て上げ、億万長者となった若者の成功物語ではない。

そもそもマーク・ザッカーバーグを知的財産権の侵害で訴えた側が書いたものを原作としているから、良くは描かれていない。そして、技術者というより起業家としての側面が多く登場する。それでもフィンチャーは好意的に映し出していると思う。もう時代は変わったのであって、既成概念での評価はあたらないぞと言っているようである。

たとえば、あちら側の人間として訴えたほうの双子の兄弟や親友でCFOとして一緒に会社を立ち上げたエドゥアルドがスノブに見えてくる。彼らは今までの価値観でいうと普通なのだろうが、マークやその後パートナーとなるナップスターの創設者であるショーン・パーカーの前ではたじろがざるを得ない。

これはいいか悪いかではなく、現に起きている変化なのである。それはもちろん頭の中の理屈で考えることではなく感じることなのかもしれない。その典型的な言葉が「Cool」である。エドゥアルドがFacebookに広告を載せるモデルでお金を生み出そうと言うが、マークは、それはCoolではないと言ってはねつけるのである。逆に、ショーンが、最初はThe FacebookだったのをTheを取ったほうがいいと進言すると、すぐにそれを実行する。それはCoolだからである。

この映画で、マーク・ザッカーバーグは人のアイデアを勝手にパクリ、ガールフレンドにはカチンとくるようなことを平気で言う鼻持ちならない“子ども“として描かれる。では、マークはオタクなのだろうか。ぼくはそうには思えない。5億人もの人間が使いたがる道具を作れるやつが単なるオタクではありえない。そうしたサイトを作れるにはぼくは昔から言っているのは3つのIが必要だということである。

それは、Imagination、Idea、Intelligenceの3つのIである。豊かな想像力から生まれた斬新な着想を高い知性で実現することなのだ。マークはこれができる人間だったということである。ですから、双子の兄弟が、自分たちのアイデアをパクられたといって訴えたが、そんなものは単なる思いつきであり、それが知的財産になるわけではないのだ。

そうしたことは、Webのサービスではよくあることで、みんなアイデアと称して持っている(と思いこんでいる)。しかし、それは持っているだけでは何にもならないのであって、それを形に変える、サービス化して初めて価値が生まれるのである。そこが実は非常に難しいからこそ、天才がしのぎを削るのである。

エドゥアルドにしても、投資会社が入っていつのまにか自分の持ち株比率を大幅に減少させられて怒るわけだが、Facebookの自分のプロフィールを変えられないという、そんなイケてない人間をもはや必要ではなくなったことを理解できないのである。

おもしろかったのは、こうした精神は別に若者の特権ではなく、年寄も変化に対応できるということである。そういうシーンがあって、ハーバードの学長が双子の兄弟が倫理規定違反だと訴えたことを軽くあしらってしまったところで、どちらが若者かわからないくらい痛快であった。

それにしても、この疾走感はすごい。マークのしゃべりの早さもさることながら、テンポのある音楽も相まって現代のスピード感覚を味わうことができる。うちの会社も多少この近くで仕事しているので、ネット世界のビジネスの一端を知ることができ大変おもしろい映画であった。


2011年02月09日

冷たい熱帯魚

これはすさまじい映画である。あの「愛のむきだし」の園子温監督の「冷たい熱帯魚」は、もうずいぶん前に埼玉県で起きた愛犬家殺人事件を題材にしたもので、猟奇的な事件として注目されたのを記憶している人もいると思うが、この映画でも気持ち悪くなるくらい衝撃的だ。

実際の事件では、ペットショップを営む夫婦がトラブルが発生した顧客を次々に殺した事件なのだが、死体をバラバラにして焼却して遺棄したため、遺体なき殺人と言われた。映画では、犯人の職業がドッグブリーダーから熱帯魚店主に変えているが、あらかたは似た展開になっている。

なので、死体を風呂場でバラバラにするシーンが出てくる。これがもう反吐が出そうなくらいグロテスクなのである。そして、そんな残酷シーンでも驚くなかれ笑いをとる言動が差しこまれているのである。そして、もっとびっくりしたのはそんなシーンの最中に笑う観客がいるのである。ぼくには、到底笑う気にはなれないのに大きな笑い声が一部から聞こえたときには、そっちの方がなぜか気持ち悪かった。

もう、そんなことだから気持ち悪さをずっと引きずって観ていたのだが、それ以外は、おもしろいというか、考えさせられる。要するに、非常に突出した行動や心理ではあるが、それは本質的な問いでもあるということである。

殺人鬼の夫婦である村田とその妻愛子にでんでんと黒沢あすか、その夫婦に脅迫されながら共犯者に引き込まれていく同じ熱帯魚店主の社本に吹越満が扮しているが、それぞれが渾身の演技で見応えがある。とくにでんでんの悪役はいつも人のいい役ばかりなので、意外なのだが、そのためかえって不気味さが倍加され出色である。

人間というのは、表面的ではないところで、この村田的な部分と社本的な部分を併せ持っていて、それが極限のところで表面化し、それがもう後戻りできず、どんどん泥沼にはまっていってしまうのだ。そのどうしようも堕ちかたが、センセーショナルな場面としてこれでもかと投げかけられると、これは特異なことだという思いが徐々にみんなが同じように持っているものなのかと砕かれてしまう。

だが、救いはないのだろうか。最後のシーンでも驚かされるのだが、やっぱりぼくには一縷でもいいから希望のようなものがほしい気がするのだ。それにしても、すさまじい映画である。

一緒に観た映画友だちのS君と、見終わったあと新宿の居酒屋で、こんな話をした。もちろん、レバ刺しと唐揚げは食べなかった。

2011年02月12日

ゴールデンスランバー

おなじみ、伊坂幸太郎と中村義洋監督のコンビの映画「ゴールデンスランバー」を観る。「アヒル鴨のコインロッカー」、「フィッシュストーリー」に続く3作目で、原作は、本屋大賞にも選ばれたベストセラーである。このコンビは、こうだとはっきり言えないが雰囲気が合っているような気がする。

映画は、仙台で時の首相がパレード中に車が爆破され暗殺されるという事件が起こるが、その犯人に仕立て上げられた青年が逃げ惑う様を描いている。それは、学生時代のサークルの友人が事件直前に示唆されていて、友人は自分の車も爆破されて死んでしまう。そこから、なぜか大きな権力に追われていく。

こう書くと、推理とサスペンス風の匂いがするが、映画はそうではない。学生時代の仲間の物語である。自分が知らないうちに暗殺の犯人にされたのも、学生仲間の借金が原因で脅されていたからでもあるが、その友人がぎりぎりで逃がしてくれたり、その後の逃亡もそうした友だちたちの助けを得てできたのである。

この大きな首相暗殺物語と学生時代の仲間との変わらぬ友情物語という大きな物語と小さな物語が併行して走るのだが、この小さな物語が核になっている。伊坂ワールドは、ある意味荒唐無稽な設定があるのだが、実は中心的主題が狭い人間関係だったりするのだが、これもそうだ。

この青春の仲間たちに、堺雅人、竹内結子、吉岡秀隆、劇団ひとりが扮していて、堺と竹内が学生時代に恋人同士であって、その恋人になるときと別れのシーンがあるのだが、彼らがバイトで花火の打ち上げをやっていたとき、そこで結びついたことや、あるときふと堺がチョコレートを割って竹内に渡すとき、きちんと半分に割ってくれたときのことを、そんな小さくまとまるなと思ったとか言って別れを切りだすところなんかまさに日常的な小さな物語である。

とはいえ、謎解きの部分や彼を助ける人々の行動などユーモアも入れ込まれてとても楽しい映画である。こうみるとやはり伊坂幸太郎の作品は映画的なのだと思う。きっとこれからも多くの作品が映画化されていくのだろう。

2011年02月19日

時をかける少女

原作が筒井康隆で、アニメも含めて何と4度目の映画化だそうだ。「時をかける少女」は、それだけ人気のあるストーリーだということなのだろうか。ただ、まったく同じ筋書きというわけではない。

この昨年封切りされた谷口晃監督の作品は、原作と違って主人公が芳山和子からその娘あかり(仲里依紗)というふうに変わっている。しかし、未来から過去、現在から過去へワープしてしまう(医がでは、タイム・リープという)ことは変わらない。こうした設定がおもしろいのだろう。

ここでタイム・リープするのが、1974年(本当は1972年に行くはずが間違って1974年なってしまった)なので、映画のストーリーがどうのというより、その時代をなつかしく思いだしてしまった。だって、ぼくが、26歳の時だから、ほぼ似たような時代感覚なのである。

しかも、タイム・リープしたあかりがころがりこむ中尾明慶扮する涼太は、映画青年で自ら8ミリ映画を撮っているという設定である。ぼくもこのころ8ミリカメラを持って、映画監督気取りで大したシーンではないが撮ったりしていた。そして編集機でフィルムを切り、継ぎしながら遊んだものだった。

そして、神田川の世界である。だからこうした思い出でもうジーンときてしまう。そんな見方で評価した人もいたのではないだろうか。こうしたことができるのは、ちょうどぼくらの年齢の人たちである。ということは、また何年か後に例えば1980年にタイム・リープする作品を作ればまた受けるのではないだろうか。一粒で何度でもおいしいのだ。

時をかける少女

原作が筒井康隆で、アニメも含めて何と4度目の映画化だそうだ。「時をかける少女」は、それだけ人気のあるストーリーだということなのだろうか。ただ、まったく同じ筋書きというわけではない。

この昨年封切りされた谷口晃監督の作品は、原作と違って主人公が芳山和子からその娘あかり(仲里依紗)というふうに変わっている。しかし、未来から過去、現在から過去へワープしてしまう(医がでは、タイム・リープという)ことは変わらない。こうした設定がおもしろいのだろう。

ここでタイム・リープするのが、1974年(本当は1972年に行くはずが間違って1974年なってしまった)なので、映画のストーリーがどうのというより、その時代をなつかしく思いだしてしまった。だって、ぼくが、26歳の時だから、ほぼ似たような時代感覚なのである。

しかも、タイム・リープしたあかりがころがりこむ中尾明慶扮する涼太は、映画青年で自ら8ミリ映画を撮っているという設定である。ぼくもこのころ8ミリカメラを持って、映画監督気取りで大したシーンではないが撮ったりしていた。そして編集機でフィルムを切り、継ぎしながら遊んだものだった。

そして、神田川の世界である。だからこうした思い出でもうジーンときてしまう。そんな見方で評価した人もいたのではないだろうか。こうしたことができるのは、ちょうどぼくらの年齢の人たちである。ということは、また何年か後に例えば1980年にタイム・リープする作品を作ればまた受けるのではないだろうか。一粒で何度でもおいしいのだ。

2011年02月26日

蛇のひと

第2回WOWOWシナリオ大賞を受賞した三好晶子の脚本を森淳一が監督した映画が「蛇のひと」である。シナリオの賞というとぼくらの年代だと「城戸賞」を思い浮かべる。昭和49年から始まったもので、印象的な作品は中岡京平の「夏の栄光」が最初の入選作で、これが「帰らざる日々」という題名で藤田敏八ヶ監督した。同時に入賞したのが大森一樹の「オレンジロード急行」である。なんだか懐かしい。

城戸賞はかなり壁が高く、映画化も難しい。一方でWOWOWの方は映像化を前提なので大賞を受賞すればドラマ化されるようだ。「蛇のひと」は、ある出来事がきっかけで直属の上司が失踪してしまい、その上司を探しだすOLが主人公のサスペンスドラマ仕立てである。

それを、ぼくの好きな永作博美が演じ、失踪した課長に西島秀俊が扮している。非常に身近にいたはずだから、その課長のことを知っていると思っていたら実は何もしらなかったという現実が徐々にわかってくる。このあたりの導入はなかなかのものである。

そして、彼の知り合いと言われた人びとから聴取していくうちに、非の打ちどころのない完璧な人間像が浮かんでくるが、何かが違うことが少しずつあぶりだされる。結局、彼の生まれ故郷の大阪へ行くころには、その生い立ちが影を落としていることが浮かびあがってくる。

というような展開で、人間は自分の近くにいる人のことをわかっているとようで、その内面的なところにも入り込めていないし、その過去にもたどれない、そんな関係性の中に生きていることを痛感する。ここを永作と西島がそれを熱演していて、おそらく二人の間にいくばくかの恋愛感情があったはずだが、それを近付きそうで離れる間合いをうまく表現していたと思う。

ただ、横溝正史ばりのおどろおどろした世界を持ちこむのがどうかというのと、カットバックを多用しているが、そのシーンがどうも説明的になってしまって、脚注といった趣になっているのが残念であった。


2011年02月28日

東京スポーツ映画大賞

昨日は恒例の東京スポーツ映画大賞の授賞式に出席する。今年は第20回というからずいぶんと長く続いている。今年の会場は、いつもの赤坂プリンスホテルだが、ここが来月一杯で閉館するというので、来年からは別の会場となる。赤プリはぼくらの世代ではけっこうこだわりのあるところで、その名を聞いただけでうずく人も多いのではないだろうか。ロビーには、1955年開業からの年譜が飾ってあった。

さて、授賞式であるが、相変わらずビート・たけしの独断と偏見で選ばれるから、たけしの作品が対象となった年は、たけし作品がメインになる。これは別段目くじらを立てることでもなく、そういう了解のもとで成り立っているからそれはそれでかまわないと思う。

だから、今年の作品賞と監督賞は「アウトレイジ」と北野たけしだし、助演男優賞(石橋蓮司、椎名桔平)と新人賞(北村総一朗)も「アウトレイジ」絡みである。他の受賞者を紹介すると、以下のとおりである。

主演男優賞 :豊川悦司(「必死剣 鳥刺し」、「今度は愛妻家」)
主演女優賞 :仲里衣紗(「時をかける少女」「ゼブラーマン─ゼブラシティの逆襲」)
助演女優賞 :夏川結衣(「孤高のメス」)
外国映画賞 :「第9地区」
特別賞   :阪本順治監督、是枝裕和監督

この映画の審査のやり方は全国各地の映画祭がノミネートしたものの中からたけしがそれこそ独断と偏見で選ぶという方式で、ぼくは映画友だちのS君とともにいちおう「三重映画フェスティバル」の東京支部のメンバーということにしてもらっていて、自分でもノミネート作品を提示している。

昨年は、ほとんどがぼくらの推薦したものと変わりなかったのだが、今年は豊川悦司と石橋蓮司だけで、あとは予想外である。というのもたけしはおそらくろくに映画を観ていないはずで、明らかに観たと言っていた「第9地区」でも飛行機のなかで観たと言っていたくらいだ。

冒頭たけしが言っていた中で印象的だったのが、最近はまともな映画記者がいないということで、それこそ沢尻エリカを追いかけている芸能局のヤツがインタビューにくると嘆いていた。そんなレベルなのでちゃんとした映画評論も書けないということだ。

それと、たぶん各地の映画祭が「アウトレイジ」を推さなかったからかもしれないが、映画祭といったって本当に活動しているのかと皮肉っていてちょいとドキッとした。とは言え、監督賞は圧倒的に北野たけしに票が入ったと言っていた。本当だろうか。

受賞者について、ひとことづつ。北村総一朗は75歳の新人賞ということで驚いたそうだが、悪役とは反対の役柄ばかりだったので、そういう意味での新人賞だとのことである。トヨエツは、デビュー2作目がたけし監督作品だったそうで、そのとき監督から言われたのが、「何もしないでいい」ということで、今でも忘れずに心がけているのだという。それにしてもかっこいい。

女性の二人では、夏川結衣についてはあまり語ることがなくて、演技のうまさを冷やかしていた。仲里衣紗は、ぼくらは新人賞ならいざ知らずいきなり主演女優賞をもらったので驚いたが、たけしは、これだけ振れ幅の大きい演技ができるのはたいしたものである、だから先行評価したと賛辞を送っていた。

あと、同時にあった「エンターテインメント大賞」では、ピースとブラックマヨネーズが日本芸能大賞、AKB48が話題賞ということで出席していた。他にノミネートされていた沢尻えりかとかマツコ・デラックスなどが見れるかと思ったが欠席で残念であった。写真を掲載しておきます。遠くからだったのでよく見えませんね。トヨエツ、仲、全員写真です。

2011年03月05日

ハートロッカー

先月に発表されたアカデミー賞の作品賞は「英国王のスピーチ」であるが、前年の作品賞は「ハートロッカー」であった。監督のキャスリン・ビグローは監督賞も同時に受賞している。日本ではそんなに評判にはならなかったと思うが、アバターなどを尻目に受賞した。

この作品は、イラク戦争における爆発物処理班の兵士を主人公に据えたアクション映画でもあり、爆発と背中合わせなのでスリルとサスペンスでもある。前任者が爆死してしまったあとの中隊にジェームズという名の二等軍曹が配属されてくる。この男は非常にクールでそして勇気があるのだが、独特の行動なので、こう言うやつに限って仲間とはうまくいかない。

映画は、この爆弾処理の風景を中心に進むのだが、だからどちらかというとドキュメンタリーをみているかのような気になる。そして、節目になると「除隊まで○○日」というテロップが流れる。最初は抑揚がないので眠くなるくらいだ。

しかしこの作品の真骨頂はラストのところだとぼくは思う。ジェームズ二等軍曹は晴れて除隊となって、アメリカの妻と子どもが待つ家に戻るのだが、そこには彼を迎え入れるような空気が薄くなっていることに気づく。そして、彼は自分の居場所は戦場であるかのようにまたイラクに戻るのであった。

これを描くために爆弾処理という作業を乾いた感じで撮り続け、そこにある危険と隣り合わせに身を置くことでやっと自己を保てている人間がいるということを焼きつかせる演出は見事だと思う。このことは、戦争を身近に感じていない平和な日本人には到底わからないことかもしれない。

2011年09月19日

朱花(はねづ)の月

「殯(もがり)の森」でカンヌ国際映画祭審査員特別グランプリを受賞した河瀬直美監督の「朱花(はねづ)の月」を観る。この映画も、カンヌ国際映画祭コンペティション部門にノミネートされたそうで、カンヌというかヨーロッパの人たちというか、彼らはこの手の映画が好きですね。

この手というのは、非常に観念的で寡黙でフォトジェニックな映画のことである。しかし、今度もまたよく分からない。そりゃあ、先日のエントリーで近頃の若者は即物的で抽象論ができないと言ったが、この映画はもうちょっとわかりやすくしてくれよと言いたくなる。一緒に行ったいつものS君も出てくるなりわからんと唸っていた。

朱花(はねづ)というのは色のことらしいが、朱色に魅せられた染色家の加夜子(大島葉子)は、地元PR紙編集者の哲也(明川哲也)と一緒に暮らしているが、木工作家の拓未(こみずとうた)と愛し合うようになるという女ひとりを男二人で奪い合うという典型的なシチュエーションである。そこに、戦時中の祖父母の悲哀や、古代万葉の歌がオーバーラップするという仕掛けである。

この女一人に男一人という関係は映画ではよく出てくるパターンで、その時二人の男がどちらかというと対象をなす場合が多く、その間を女が揺れ動くというのが定番である。ところが、2人の男の差とか違いがさっぱりわからんのだ。どうも拓未のうじうじしたところをなじるシーンがでてくるからそのあたりが違うのかもしれないが、だからといって一生懸命尽くす哲也をないがしろにして拓未に向かう心理が理解できない。

それは、寡黙だからである。確かにドキュメンタリータッチのカメラワークと、きれいに映し出される奈良飛鳥の自然が言葉の代わりに表現しているとでも言いたいのかもしれないが、監督の回路とは同じであろうはずがない観客に向かって、その異質を埋めるためには言葉は大事だと思うのだが、ひとりよがりがまだ強いと思うのである。

だから、ヨーロッパでどうして受けるのか、なぜ理解できるのかが不思議だ。香具山、畝傍山、耳成山の大和三山(の神)が神代に恋争いをしたという歌が流れてもわかるのだろうか。とはいえ、河瀬直美の映画はまたもやわけがわからなかったのだが、それでも次もきっと観るだろうという不思議な作家なのだ。

hanedu.bmp
  

2011年09月21日

あしたのジョー

あしたのジョーといえば、ぼくら近辺の世代ではだれでもが知っているヒーローであり、熱狂したものである。マンガの連載が、1968年から1973年だからぼくの大学時代とかぶる。ぼくはマンガを読まない方だったがこの作品は読んだ。

その「あしたのジョー」が映画になった。「ピンポン」の曽利文彦が監督を務め、主人公・矢吹丈を山下智久、運命のライバル・力石徹を伊勢谷友介が演じている。二人とも映画のために鍛えに鍛えたと思われる肉体を披露してそれだけでも見る価値がある。特に、伊勢谷友介の減量に耐える力石の姿がマンガと写しなって迫ってくる。

原作の時代背景は、まだ暮らしぶりがよくないながらも希望が見える時であり、そこから這い上がろうとする若者がいっぱいいたころで、みな目がぎらぎらしていた。ジョーと丹下段平が暮らす山谷というドヤ街にしろ、岡林信康は「山谷ブルース」の中で、“今日の仕事はつらかった後は焼酎あおるだけ”といいながら、最後は“だけどおれ達や泣かないぜ、働くおれ達の世の中がきっときっと来るさそのうちにその日は泣こうぜうれし泣き”と叫んでいたのだ。

そうあの頃は明日があったのだ。いまは明日があるのだろうか。そして、映画は受けたのだろうか。ぼくには、何はともあれ大変面白かった。当時がよみがえるというより、今でも単純に強くなりたい、あいつに勝ちたいという上昇志向の若者が一心腐乱に努力する姿に感動するのだ。

そして、ライバルがいることの幸せである。またまた今との比較になってしまうのだが、競い合うライバルをあまり見かけないような気がする。王・江夏、長嶋・村山、栃若、柏鵬、瀬古・イカンガ―(ちと落つるか)を持ち出すまでもなく、多くのライバル関係があった。今はどうなのだろうか。田中・斎藤じゃレベルが違う。

矢吹丈と力石徹は永遠のライバルである。力石が言う「初めて会った人です。命をかけても倒したい男に」。だからこそ、階級が違う身体を削ってまで、ジョーと闘う。自分と闘う前に倒れてはいかんのだ。「立つんだジョー」と叫ぶ力石には己の生きざまをぶつける魂がある。

ボクシングは亀田兄弟や井岡ががんばっていてもいまや衰退のスポーツのようなので、この映画を見て日本の草食系男子も奮い立ち、しずちゃんのようにボクシングに目ざめてくれるといいかもしれない。

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2011年09月24日

クレイジー・ハート

ジェフ・ブリッジスはほぼぼくと同じ年齢だから何となく仲間みたいな感覚があって、映画でも共感してしまう。そんな映画「クレイジー・ハート」を観る。この映画でジェフ・ブリッジスはアカデミー主演男優賞を受賞する。長年「無冠の名優」と呼ばれていたがこれで名実ともに名優となった。

シンガーソングライターとして一世を風靡したバッド・ブレイク(ジェフ・ブリッジス)というカントリー歌手ももう57歳となり、かつての栄光は色あせ、いまや地方のクラブやはたまたボウリング場で唄うドサ回り生活である。そんな生活だから、自らの落ちぶれぶりと孤独から酒浸りとなり、りっぱなアル中となってしまった。

そんな彼のところに地方の音楽雑誌の記者であるシングルマザーの記者ジーン(マギー・ ギレンホール)がやってくる。インタビューを重ねるうちに徐々にお互い惹かれ合う。彼女の息子とも仲良くなり、酒も控えめになったように見えるのだが、あるとき飲んだせいで子どもを迷子にさせてしまい、ひどく怒られ離れていってしまう。

一方で、歌の方は自分の弟子 だったトミー(コリン・ファレル)がトップ歌手として大人気なのだが、その前座を務めたりもするわけだが、そんな屈辱も受け入れるのである。このあたりは、過去の栄光を引きずってはいるものの変に意固地になるわけでもない渋さが出ていて共感できる。ジェフ・ブリッジスの演技もすばらしい。

弟子のトミーもバッドに向かって新曲を書いてくれと頼む律義さがあり、結局それに答えていい曲を書くという照れた子弟愛みたいなものもあって、これまた滋味のあふれるシーンが続く。最後も離れたジーンも現れてなんとなくわかりあえるのだが、もう昔にはもどれない。男の人生の哀歓を感じる。

バッド・ブレイクはカントリー歌手なのだが、映画でも多くの唄うシーンが出てくるが、アメリカの田舎ではカントリーばっかりだ。日本の演歌のようなものかもしれない。それが、生活臭があり、人生があるという具合に映画とよくマッチしている。でも考えてみると、日本の映画にこうした落ちぶれた歌手を題材にした映画ってあったけかと考えてしまう。

多少の難といえば、最初からアル中とわかっていながら、アル中だからと詰って別れるという安易な関係性に落として軽くなった感は否めないのだが、ジェフ・ブリッジスの名演技が光る秀作であった。

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2011年09月30日

ボローニャの夕暮れ

映画というのは、時間と場所というのが非常に重要だということは言うまでもない。いつの時代背景で、どこの場所での物語なのかということである。「ボローニャの夕暮れ」は、イタリアの北のボローニャを舞台に、世界大戦がはじまろうとしている1938年からの物語である。

原案、脚本、監督の名匠プピ・アヴァティは自身の故郷であるボローニャにこだわりがあり、生まれたのが1938年なのである。そうした状況設定の下に、娘に過剰とも思える愛情を注ぐ美術教師の父親(シルヴィオ・オルランド)、夫や娘と距離を置き、夫の友人と不倫を続ける美しい母親(フランチェスカ・ネリ)、そして母親を嫌悪し劣等感をもつ17歳の娘ジョバンナ(アルバ・ロルヴァケル)という家族を置く。

この家族がつつましやかにも平凡な生活を送っていたある日、父親と娘が通う学校で女生徒が殺されるとい事件が起こる。そして、その犯人として、ジョバンナが疑われるのである。父親もあり得ないと思いつつ徐々に彼女の仕業と自覚させられていく。結局、拘束されるが裁判では精神疾患として無罪になり収容されるのである。

そこから、平穏であった家族が音を立てて崩れて行くのである。どうにか取り繕っていた家がほころびを見せてしまうのである。映画はその崩壊を少しずつ観客に示しながら、一方で、戦争の足音も響かせるという、ああ何もかもが壊れれていくというじっくりとした恐怖感を味わわされる。この大きな単位と家族・個人という小さな単位での崩壊と再生がこの映画の主題である。

さて、その再生は何もかも失った父親があきらめずに娘への愛情を注ぎ続けることで希望が見えてくる。このあたりは、過保護的なにおいがして、娘を持たない身にとっては理解しがたい感じもある。不貞を働く妻に対しても許す姿勢を貫くわけで、こんな打たれっぱなしのオヤジでいいのかとつい思ってしまう。だからこそ、再生ができたと言いたいのだろう。

ただ、ちょっと気になったのは、ひとつの大きなエポックとして殺人事件があるのだが、殺人者である娘の側から描かれているわけで、それは映画として当然なのはわかるのだが、逆の殺された側の視点も必要、というか配慮が要るような気がしたのである。もうひとつの家族の崩壊と再生の物語が、殺され女子生徒の家族にも当然あったわけだからである。

父親役のシルヴィオ・オルランドはこの作品で第65回ヴェネチア国際映画祭の男優賞に輝いている。いかにもイタリアの男優と思わせる渋い演技である。
  
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2011年10月02日

探偵はBARにいる

こういう映画は好きです。観ていて楽しいからです。波長が合う感じでノッテいけます。東直己原作、橋本一監督の「探偵はBARにいる」はそんな作品である。映画は原作そのままではなく、下敷きにしているので、縛りがなくて古沢良太、須藤泰司の脚本が冴えている。主演は探偵に大泉洋、その助手のアルバイトの高田が松田龍平でこのコンビもいい感じである。

こんなノリのいい映画も久しぶりだ。しかもところどころにしびれるネタをちりばめている。地下のバーの寡黙なバーテンダー、探偵の飲む酒がフィリップ・マーロウばりのギムレット、助手の高田が飲むのがバーボンソーダ(今はハイボールといっているが、ぼくはずっと前からバーボンソーダがお気に入りである)だ。たばこは両切りの缶ピーだ。茶店(さてん)のナポリタンと色気丸出し女、オセロとゲーム機などなど。更に、カルメン・マキ本人が登場して「時計を止めて」を唄う。こういうディテールやルーティンに凝るのは好きだな。

探偵は、「ケラー・オオハタ」というすすきののバーを事務所代わりにして、そこに電話がかかってきて仕事を受ける。事務所もない、携帯電話も持たない、車も運転できない(だから高田を運転手としても使っている)という変わった探偵であるが、時代遅れのカッコよさなのである。

そんな探偵にあるとき「コンドウキョウコ」と名乗る女性から電話がある。「ミナミという弁護士に、去年の2月5日カトウはどこにいたか?」と聞いてくれという依頼であった。そこから、だんだんと事件の匂いの中に引きずり込まれていく。最初にその筋のひとに連れ去られ、雪の中に埋められてしまう。

さあ、そこから謎解きとアクションと駆け引きが展開するのだが、登場人物の個性も面白い。謎の女沙織(小雪)、花岡組のヤクザ(高島政伸)、北海道日報新聞記者(田口トモロヲ)、桐原組幹部(松重豊)、銀漢興産会長(石橋蓮司)などばっちりと存在感がある。特に驚いたのは、あのヤマダ電機のお兄さん高島政伸の悪役ぶりで、いい人キャラが悪党になるとハマることがあるが、まさにその通りでびっくりした。

おそらく、この映画はシリーズ化すると思うが、まあまあの人気を博するのではないだろうか。主人公となる二人のキャラクター設定がうまくいっているのと拠点が北海道というのもいい。ただ、その周りにも少し面白い人物を配置したほうがいい。

バーのマスター、喫茶店の看板娘、キャバレーの客引きとか新聞記者がいるのだが、それほど絡んではこないので、ぼくなら、もう一人の助手となる可愛い女の子を持ってくるけどな。その候補は本作で写真で出てきた眼鏡美女の吉高由里子である。ぜひ、加わってほしいものだ。
 
観終わったあと、いつものBAR「M」に行く。バーテンのKちゃんが黙っていてもバーボンソーダを作ってくれる。タバコは吸わないけどカウンターに肘を立て、「おれに電話なかったかい?」と言ってみた。Kちゃんは、探偵が電話で仕事できる店ってよっぽど空いているんだね。うちみたいな店だと秘密が筒抜けになると言った。それもそうだ。
  

tanntei.bmp
 

  

2011年10月09日

湖のほとりで

またまたイタリア映画です。イタリアのアカデミー賞といわれるダビッド・ディ・ドナテッロ賞で作品賞、監督賞をはじめ史上最多の10部門を受賞したという作品である「湖のほとりで」を観る。監督が「息子の部屋」で助監督をつとめたアントニオ・モライヨーリで、主役の刑事サンツィオを演じるのがトニー・セルヴィッロである。

冒頭のシーンで、少女があやしい車に乗り込むところから始まり、その少女の行方が分からなくなり、サンツィオ刑事が乗り出してくる。少女を連れ去った男も変質的でその父親も同じである。こんな出だしを見ると、おどろおどろしたサスペンスの予感が漂う。北イタリアの小さな村のことである。

そして、湖のほとりでアンナという若い女の死体が発見される。争った形跡がないので知り合いの犯行と推定する。そこからアンナの周辺の探索が始まるのだ。小さな村のことだから、その関係者はすぐにつながる。サンツィオはあるとき、アンナがベビーシッターをしていたとき、そのアンジェロという子が不慮の事故でなくなってから様子がおかしくなったということを聞く。

そこから、アンジェロの離婚した両親、アンナの恋人だった男、先の変質的な親子などに疑いがかかってくる。犯人は誰だという謎解きの流れもあるが、むしろ徐々に村人たちの人間関係とか、親子の葛藤といったことが表に出てくる。ここが、この映画の面白いところで、単なる犯人探しではなく、家族とは、親子とは考えさせられる。

刑事であるサンツィオの家族でさえ、若年性認知症に冒されていく妻とぎごちないない関係で悩む娘が描かれる。「ボローニャの夕暮れ」も似たようなところがあったが、いまのイタリア映画は、家族特に親と子の関係性をテーマにしたものが多いように思う。崩れかけているのかもしれない。

ただ、少しばかり気になったのは、そうした関係性の中に「障害」という要素を安易にほうりこんでいるように思えることだ。この映画でも、変質的な親子というのも両方とも障害者だし、不慮の死をとげたアンジェロも自閉症だし、サンツィオの妻も若年性痴ほう症というように、障害を持つことそれだけで劇的性を見せるのはずるいとも言える。

結局、犯人も途中誤認逮捕というのを経て真犯人がつかまるのだが、そこでアンナの優しさが浮かび上がってくるという仕掛けである。ということで、サスペンスではなく、家族とはいったい何なのだろうというシリアスドラマであった。
  
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2011年10月14日

はやぶさ

この題材で映画にして面白くないはずがない。日本中のだれもが感動したあの小惑星探査機「はやぶさ」の物語である。だから、監督にはプレッシャーがかかるのかもしれない。その映画「はやぶさ」の監督は堤幸彦である。

こうした映画は、事実としての物語があるわけで、それをなぞっていては単なるドキュメンタリーになってしまう。だから、だれを主人公とし、登場人物をどう配置するかが勝負である。映画でも「はやぶさ君」というように擬人化されて描かれていたので、はやぶさ自体を主人公に置いてもおもしろかったかもしれないが、水沢恵(竹内結子)という女性スタッフにしている。

この設定は、実在の人物ではなく、ミックスして作られた像だという。他の登場人物は、プロジェクトリーダの川口淳一郎(映画では、佐野史郎演じる川渕幸一)や的川泰宣(西田敏行演じる的場泰弘)など実在の人物で、しかも似たような俳優さんをもってきている。それと、応援している一般人もちりばめている。このあたりの仕掛けが成功していて、リアルな感じもあり、娯楽的な要素もあって楽しく観ることができた。

ストーリーは、みなさんよく御存じなので追いかけてもしょうがないのだが、どんなトラブルがあって、それを乗り越えて無事帰還するというのは初めからわかっていながら、スクリーンを見ながら手に汗握ってがんばれと応援してしまうし、うまく危機を乗り越えるとホッと胸をなでおろし、最後の地球に戻るところでは涙を流してしまうのである。

日本人としての誇りを感じる壮大な成功物語は無条件で感動するし、何よりも元気をもらえる。いまの沈滞した世を嘆いている人はぜひこの映画をみて、まだまだ日本も捨てたものではないと感じ入ってもらいたい。やっぱり、2番じゃだめだし、こんなプロジェクトにお金を使うのもいいのものだと思いますよ。

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2011年10月18日

神様のカルテ

純でまじめで照れずに直球勝負といった趣の映画「神様のカルテ」を観る。監督が深川栄洋で、主演の医師栗原一止に嵐の桜井翔、共演が妻榛名に宮崎あおい、患者の老婆に加賀まりこ、その他、医師役の柄本明、要潤、看護師役の吉瀬美智子、池脇千鶴、同じ旅館の住人の原田泰三、岡田義徳といった面々である。

いろんな悩みがいっぱい詰まっている。もちろん医師として現場にとどまるのか、医局での研究に進むのか、患者にどう向き合えばいいのかといった悩みがメインなのだが、他にも、新人看護師の悩みとか同じ旅館の住人である一向に絵が書けない画家とか、論文が書けない学者とかが登場する。妻の榛名はそうした悩みはないようだ。

ただ、桜井君のキャラクターがイマイチなのだ。設定された役柄が良くないのか、演技者としての桜井君が未熟なのかよくわからないのだが、茫洋として昼行燈みたいな軟弱な人物が、実は大学病院のえらい教授に見込まれるくらい腕がいい医者だというギャップが信じられないのだ。

患者に対しても、自分で新人の看護師に対し、特定の患者に思い入れをしてはいけないとたしなめているのに、自分は加賀まりこ演じる元小学校教師に特別に対応している。こんなことをすべての患者にやっていたら持たないわけで、現実の医師はある程度の非情さをもって対処している。そりゃあ、いちいち相手できませんよ。

おそらく、原作があってかなり話題になったということだから、原作にはこのあたりがきちんと書かれていると思うが、少し安直な感じが否めない。誰かが、桜井翔ではなく堺雅人にすればよかったと言っていたが、確かにその方がイメージが合っているような気がする。それじゃあ、ツレがうつになっちゃうか。

ただ、面白かったのは様式美的なシチュエーションで、古びた旅館に住んでいて、そこに典型的なモラトリアム人間を置き、夫に敬語を使う妻というわざと時代錯誤を演出していることで、そこは評価できるし、もちろん筋立ては悲しいので涙線の弱いぼくだから泣いてしまったのだが、いかんせん主役の人物設定の掘り下げと配役が不十分だったような気がする。
  
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2011年10月21日

モテキ

マンガやTVドラマで人気を博しているのを知らないし、ぼくみたいなおじさんが観る映画ではないと思うのだが、予想外に面白かった。「モテキ」はそんな映画である。監督がテレビでも演出した大根仁、主演のモテモテ草食系男子である藤本幸世に森山未来、彼を取り巻く女子たちに、みゆきに長澤まさみ、るみ子の麻生久美子、愛の仲里依紗、素子の真木よう子である。

ストーリーは、31歳で派遣社員からニュースサイトのライターになった金なし彼女なしの冴えない男が突然ある日からモテモテになる。ど真ん中のストライクのみゆき、その友達で清楚な美人のるみこ、ガールズバーの愛、職場の先輩でこわい素子の4人が彼の回りに現れ恋愛合戦が繰り広げられるのである。

そうした展開に今様の雰囲気が持ち込まれる。Twitter、Webサイト、カラオケ、フェスティバル、それに彼の現代言葉使いのナレーション、極めつけは、インド映画も真っ青というダンスシーンまで登場と、従来の映画では考えられない斬新さである。

なので、おそらく評価は大きく二つに分かれると思う。がんがんノッていけるやつと、ふざけんじゃねーぞと思うやつである。これって、この映画での主題であるセンスが合うか合わないかということにも通じる。映画では、幸世とみゆきは初対面から相性がいいのだが、幸世に好きと言って迫る美人のるみ子とは、センスが違うというのである。

面白かったのは、るみ子がつぶやく「私って、重い?」というセリフである。わかるんだなあこれ。悪女の深情けとまで言わないが、あなたのためなら何でもします、尽くしますと言われてもセンスが合わねえとなってしまうともうダメだ。このるみ子を麻生久美子が好演している。

“重い人“にはこの手の映画は何コレと言うことになるだろう。ぼくは、遊び心のある、悪く言えば軽薄な映画もすきなので十分楽しめた。最初にぼくみたいなおじさんと言ったが、実はおじさんだからこそわかるという面があるのではないかと思っている。なぜかというと、主人公は31歳ということはちょうど息子と同じ年代なのである。つまり、子どもを育てながら、あるいは見まもりながら、彼らが過ごした時代の風を同時に感じていたことも影響していると思っているからである。

ただ、男の31歳ってこんなだったけか、僕のころと比べてずいぶんと違うなあと思うのも確かで、それに比べて女子は昔と変わらないかもしれないと変なところに感心してしまった。

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2011年10月23日

エンディングノート

この作品「エンディングノート」が成功した理由については、撮影・編集・監督である砂田麻美が助監督として仕え、本作でも製作を務めた是枝裕和が語った言葉がかなり言い表している。

僕は、ドキュメンタリーを撮る時には「私はあなたではない」という倫理観が前提として必要だと考えて来た。取材対象の内面を他人が安易に語ってはいけないという、ある種の諦めからしかスタートできない方法だと思ってきた。だから家族や恋人といったいわゆる「身内」を撮影したセルフドキュメンタリーというものが正直好きではなかった。(中略)

しかしである。この限りなく高くなったハードルを「エンディングノート」は軽々と超えて来た。いやあ面白かった。それは、主人公(父)のキャラクターもさることながら、カメラを向けている人間(娘)の非常に冷静なふたつの批評性(撮られている者と撮っている私の両方へ向けられた)によって、アクロバティックにドキュメンタリーとして成功していた。

こりゃ驚く作品である。何がってこれだけ赤裸々にカメラで父の死や家族のことを映しだしたことであり、よくぞこれだけ映像を残してあったことにびっくりする。映画化を前提に意図的に映していたと言う人もいそうだが、それでも昔の8ミリ映像も出てくるから、そんなことはないのだろう。

撮られているのは、砂田麻美の父親である。2007年に67歳である化学会社を退職したが、2年後に胃がんが見つかり、しかも末期のがんだった。そこから、この父親の癖であろう段取り好きと空気読みを発揮する。40年以上勤めあげたサラリーマン生活もこの性格で乗り切ったのである。ぼくも、年齢も近く、同じ化学会社のサラリーマンだったのでこの人の歩みはまさにぼくの歩みと重なってくる。

エンディングノートというのは、遺書よりも軽いのだが死ぬまで何をしなくてはいけないのかを書き残すのである。例えば、葬式をどこでやるのかというようなことなのだが、この人キリスト教に入信してしまうのである。時々見かけた教会が気にいったこと費用がリーズナブルだろうということなのだ。だから、洗礼を受けたり、会場を下見したりもする。

その他、孫と遊ぶとか94歳になる母親を伴って最後の家族旅行をする。このあたりは僕の身近なこととも関係して面白かった。ちょっと話はそれるが、家族旅行の行き先が伊勢、鳥羽で最後にこれだけは食べておきたいというのがアワビのステーキでそれを食べるのだ。おそらく、志摩観光ホテルだと思うが、ぼくも会社の慰安旅行でここのアワビのステーキを食べて感激したことがあったのでそれを思い出してしまった。

カメラは徐々にやつれていく姿も冷静に映し出していく。もうそうなると生きる支えは孫の顔をみること、おしゃべりをすることになる。このこともぼくがつい最近味わったことに似ている。ぼくの72歳のいとこがこの夏ぜんそくと肺気腫が併発してかなり危険なところまでいって、家族や兄弟が呼ばれたくらいだったのだが、孫がインドから駈けつけてくれてその顔を見たとたんに持ち直して今は元気になっている。ぼくには孫がいないのだが、こんなこともあるのだ。

死を扱うわけだからどうしても深刻になるのだが、ここにはユーモアがちりばめられていて、泣き笑いのストーリーなのである。これで救われる。まあ、功なり名をとげて経済的にも豊かで三人の子どももりっぱでうらやましいと思う人もいると思う。ただ、そういうことではなくぼくが感激したのは最後の最後の病院のベッドで奥さんに向かって「愛している」とはじめて言うシーンである。日本の経済成長を支えた企業戦士が消えていく。
  
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2011年10月26日

ツレがうつになりまして。

堺雅人と宮崎あおいが夫婦役で出演している「ツレがうつになりまして。」を観る。監督は安定感のある佐々部清。内容は、題名のとおり、IT企業に勤めるツレと呼ばれている夫がうつ病にかかり、やがて会社を辞めて家にこもり、漫画家の妻が働いて生活を支えるというストーリーである。

うつ病になりやすいタイプというのがあるようだが、その典型みたいなツレが描かれる。毎日お弁当を自分で作り、しかも曜日ごとに詰めるチーズの種類が決まっている。さらに着て行くネクタイも曜日ごとに決まっているという几帳面を絵に書いたような性格で、これまたパターン化されたようにブラックに近いIT企業に勤めている。

一方の妻の方はといえば、いちおう漫画家なのだが、それほど気合いが入っているわけではなく、連載を打ち切られてもまあしょうがないなといった感じである。家事もいいかげんでのんびりとした生活を送っている。

こうした夫婦関係がツレのうつからがらりと変わる。妻がしっかりものとなり、夫はぶらぶらしだすのである。前の生活が逆転してしまう。うつ病は心のかぜだといわれるのだが、そんなふうに達観できたらいいのだが、うつ病になった方は自分を嘆き、周囲はがんばれと励ますのである。こうなると場合によっては地獄に陥り修羅場となる。

この映画では妻は深刻になるどころかまあしょがないなあと言って、けっしてはげましたりせずに、人生の夏休みだと思えばいいじゃんと言うのである。ほんとうにできたヨメでよかったですねと思ってしまう。結局、軽いうつだから、こんなハートウオーミングな物語になるのではないだろうか。

ただ、あまりうつという病気を注目するのではなく、夫婦の物語として、お互いで役割を補完し合うというもちつもたれつの関係がうまくできている姿を描いたというところであろう。しかし、結婚5年目と若いのに円熟した夫婦みたいで、いさかいも一回ぐらいしか出てこないのでちょっと不自然な感じもする。でも、ホンワカするのでお薦めです。
  
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2011年10月28日

僕は世界を変えることができない。But, we wanna build a school in Cambodia.

下の息子との定例会を今回は趣向を変えて映画を観ることにする。というのも、「僕は世界を変えることができない。」というタイトルの映画が、カンボジアに小学校を建てようと奔走する若者を描いたものであることがわかったからである。息子は今年の連休にひとりでカンボジアを旅してきたので、一緒に観ようと誘ってみたのである。

そうしたら、原作も読んでいて是非観たいという。ということで、新宿で待ち合わせて映画鑑賞となる。二人で映画を観るなんていつ以来だろうと言ったら、以前一緒に観たのはミッション・インポッシブルだったと覚えていた。この作品の製作年は1996年だから、そうか15年前で、息子は中学生だったのだ。

さて、「僕は世界を変えることができない。」だが、監督が深作欣二の子の深作健太で主演の医大生に向井理、その友人たちに松坂桃李、柄本佑、窪田正孝、村川絵梨といった面々。原作があって、だから実話に基づいていて、現地のガイドで出演している人は、実際にも原作者の葉田甲太がカンボジアに行ったときに世話になった俳優さんではない実物なのだそうだ。

ストーリーは単純だ。平凡な日々を送っている医大生がふと見つけたカンボジアに学校を作ろうというパンフレットを見て、実際に募金活動を始めてしまう。日常的なところから何とか逃げたいという気持ちがそのチャンスをつかんだのだろう。友だちを引き込み、サークルを作って、イベントを行い夢を叶える。

これだけの話なのだが、ストーリーというより、どこにでもいそうな、あるいは僕らもかつてはそうであったようなフツーの大学生がフツーに悩み、フツーに感動する姿を素直に見ることが大事なような気がする。なぜカンボジアなのか、なぜ学校なのかと問われても答えられない。

何も大上段にふりかぶったような大義名分だとか、崇高な思想などがあるわけでもないし、金集めもクラブで何度もイベントを打つくらいしかできない。いわば、誰でもやれそうだがなかなか前に踏み出せないことをやったというだけなのだが、でもそれでいいのだと思う。その小さな一歩に心打たれる。

この映画はもちろんカンボジアの現地ロケがふんだんに出てくるが、先ほどの本物のガイドさんの話は涙をさそう。ポルポトによる主に知識人に対する大粛清が自分の父親にも及んだことや、収容所の様子や実際に足枷につかった鎖とかを説明しながら涙を流すシーンには、これはドキュメンタリーかと思ってしまった。

観終わったあと息子と感想を言い合ったが、彼も直球勝負の純な映画ですごくよかったと言っていた。ただしということで、彼がカンボジアに行ったときのエピソードを話してくれたが、経済的に恵まれていないところで上から目線で“施しをする“感覚がどうしてもぬぐえないというか、金銭を要求されたとき(おねだり感覚でもある)どうしたらいいかとすごく悩んだと言っていた。映画でもそうしたセリフも聞こえた。悩ましいところである。

若い人には、映画をみてそうしたことを真剣に考えてもらいたいと思う。映画のあとは、銀座にでてニュートーキョーで遅めの食事をして、いつものように「M」でママと海外旅行話に花を咲かせていた。

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2011年11月02日

一命

これは昔小林正樹監督、仲代達矢主演の「切腹」のリメークである。こちらは、三池崇史監督、市川海老蔵のコンビである。海老蔵の映画は初めて観たが、仲代に劣らない“眼力”にはびっくりする、さすが梨園の御曹司である。六本木でもこの“眼力”を使ったのだろうか。

時は江戸時代の初期、戦国時代も終わり長い徳川の時代がはじまろうとした頃である。そんな折、名門井伊家に切腹の場所を貸してくれと訴える津雲半四郎と名乗る武士(市川海老蔵)が現れる。井伊家の家老である斎藤勘解由(役所広司)は、しばらく前に同じように申し出てきた若い侍・千々岩求女(瑛太)の顛末を話出す。

そのころ、狂言切腹というのがはやっていて、貧乏浪人が裕福な屋敷に行って本気で切腹する気はないが庭先で切腹させてくれというのだが、面倒を避けたい屋敷では仕官させたり金銭を渡して追い返すということをしていた。千々岩求女はその狂言切腹にやってきたのである。

ところが、井伊家ではその時追い返すどころか、真剣を売ってしまって竹光でしかない刀で切腹させてしまったのである。瑛太がこの竹光で腹を切るシーンはカンヌでも話題になったそうだが、すさまじいものがある。でその話を聞いた津雲半四郎が語り出したことが驚きの事実であった。

海老蔵の眼力はさておき、気になったのは井伊家に訴えにきたときは孫がいる身なのだ。ちょっとネタバレになるけど、娘(満島ひかり)の旦那が千々岩求女の瑛太だから、瑛太の親役なのだ。これは無理があるでしょう。もう30代のムンムン男の迫力だから違和感がある。むしろ、これは役所広司の役でしょう。

この映画の特異ところは、復讐劇ではないというところにある。だから明確な敵がいない。家老の斎藤勘解由にしても、単に切腹したと言ったからやらせただけだという話であり、貧乏になったのだって井伊家のせいでもない。たまたま、福島正則の家来でお家がとりつぶされてしまったという不運なのである。

だから、津雲半四郎が最後に捨てぜりふのように「世が世ならおぬしとは立場が逆転していたかもしれない」なんて言う。こんな泣きごとを武士が言っちゃあだめだと思うが、当然のように家老は同情の余地もなく制度や体面、家を守ろうとする。このことが徳川の長期政権が保てた秘訣なのである。

ということで、一命ではなく四命の話なのだが、武家の社会という大きな流れの中と家族という小さな流れのなかの葛藤というか、ある意味翻弄することで安定した制度を保持するという非情さのコントラストがおもしろかった。

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2011年11月06日

猿の惑星:創世記(ジェネシス)

映画友だちのS君から面白いから観ろというメールが届いたので「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」を観る。「猿の惑星」そのものは以前観ているのでその衝撃のラストシーンとどう結びつくのかとは思ってはいたが、あまり気にもとめてもいなかった。

そうしたら、何と後日譚ではなく前日譚だったのだ。これには予備知識なしで観たので驚いた。つまり、なぜ地球が猿の惑星になってしまったのか、その起源を描いているのである。あまり書くとネタバレになるので紹介HPの文を抜き出すと、なぜ人類が築きあげた文明社会がもろくも崩壊し、類人猿が地球の支配者になったのかが描かれる。

アルツハイマーの治療薬を研究しているウイルという若い研究者がその実験に使ったシーザーという名のチンパンジーに新薬を投与したことから大変なことが起きる。人間のアルツハイマーに効果があるということは、チンパンジーにとっても知能の発達を促すように働くということなのだ。人間には抗体ができてしまうが、チンンパンジーには抗体ができないで順応して進化してしまったら。

このチンパンジーのシーザーは着ぐるみや特殊メイクではなくCGだということなのだがこれには驚く。アバターと同じスタッフだそうだがすばらしい。まったく本物のように見えるので、現実味があってより恐ろしさも倍加するというものだ。

S君も「猿の進化と人類の滅亡を予測させるストーリーが素晴らしく、その展開も小気味よかったです」という評をくれたが、ぼくも同感で面白かった。
  
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2011年11月10日

ステキな金縛り

三谷幸喜はぼくのお気に入りの監督さんである。彼のこれまでの監督作品「ラヂオの時間」「みんなのいえ」「THE有頂天ホテル」「ザ・マジックアワー」はどれもが好きだ。もちろん今回五作目にあたる「ステキな金縛り」も気にいったできばえで、とても楽しませてもらった。着想のすばらしさと遊び心満載の映画である。

三谷は優秀な脚本家であるから、シナリオがしっかりして面白いのが魅力で、本作でも筋立て、セリフがよく練られているのでだれることなく観ることができる。上映時間が142分で長いのだが時間を忘れて飽きさせないところは見事である。

出演者はこれまた三谷一家とでもいうのかおなじみの俳優さんたちが数多く出演している。誰もが主演を張れるような人たちで、ですからエンドロールの出演者表示は登場順である。確か「THE有頂天ホテル」ではあいうえお順だったと思う。

主演はたぶん弁護士役の深津絵里で、落ち武者役の西田敏行、上司役の阿部寛、検事の中井貴一といったところが主なキャストであるが、他に竹内結子、浅野忠信、佐藤浩市、草彅剛、市村正親、小日向文世、KAN、山本耕史、木下隆行(TKO)、小林隆、戸田恵子、浅野和之、生瀬勝久、篠原涼子、深田恭子といった錚々たる面々が個性を発揮しますよ。

映画のキャッチコピーが「証人はただ一人、落ち武者の幽霊。」という奇想天外な設定である。うだつのあがらない弁護士で上司(阿部寛)から見放されかけている宝生エミ(深津絵里)は最後の案件だとまかされたのが、妻殺しの容疑をかけられた矢部五郎(KAN)の弁護である。その矢部が多摩の山奥の旅館で金縛りにあって動けなかったというアリバイを主張する。

エミが実際にその「しかばね荘」という旅館に行って泊った部屋(この部屋の名前が「耳成りの部屋」というのも笑わせる)で矢部に金縛りをかけたという落ち武者更科六兵衛の幽霊(西田敏行)と出会う。そこで、その落ち武者幽霊に法廷で証言するように頼むのである。

そこから、珍騒動が始まる。何しろ、その幽霊が見える人間と見えない人間がいるというわけで、見えない人にとっては、幽霊と話をしている姿が滑稽に映るからである。タクシーの運転手(生瀬勝久)のトンチンカンぶり、ファミレスのウエートレス(深田恭子)のメニューに見せ方などなどギャグが満載で抱腹絶倒である。さらに、阿部寛のタップダンス、中井貴一の手品、佐藤浩市のオーバーアクションも見せてくれる。

コメディであるが、法廷劇の面白さや、主人公の成長物語がちりばめられていて、笑いの中にも思わず涙がでそうになったりもする。このホンワカした暖かさも三谷作品のいいところで、観終わったあと気持ちがなごむのである。

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2011年11月13日

ぜんぶ、フィデルのせい

フィデルというのは、あのフィデル・カストロのフィデルである。「Z」、「告白」、「戒厳令」で有名なコスタ・ガブラスの娘、ジュリー・ガブラスが監督したフランス映画「ぜんぶ、フィデルのせい」は、やはり左翼的な色彩を帯びた作品である。

ただし、監督自身が「子どもが革新的でおとなは保守的という定石を覆し、保守的な子どもと左翼活動家になってしまった両親との対比によって、政治的、社会的なテーマを、新しい視点で描きたかった」と言うように、9歳のアンナという女の子の視点で描かれる。

アンナの父親は、スペインの貴族の出身という弁護士で、母親は女性誌の編集者という恵まれた家庭に生まれる。家も豪華で名門のミッションスクールに通っている。キューバから来た家政婦に弟と一緒に身の回りの世話をしてもらっている。

ある日、スペインのフランコ独裁政権に反対する伯父が死んで、スペインから逃げてきた伯母の家族がアンナの家にやってきて同居することから、父の様子が変わり始める。父は突然母とともに社会主義をめざす大統領選挙で沸くチリに旅立ち、帰国した両親は共産主義者へと変貌していた。

両親がそうなると、アンナの暮らしはそれまでのブルジョア生活から一気に苦しい生活になっていく。保守的なアンナは家に出入りする活動家を冷静な目でみつめ鋭い質問を発したりする。そんな環境の中、自分自身も成長していく。確かにこの時代(70年代)は左翼運動が盛んでパリでも大きなうねりがあった時である。

そうした激動の時代を子どもであるアンナの目線で描いたところは面白かった。アンナを演じたニナ・ケルヴェルは500人の候補の中から選ばれたそうだが、勝気な感じの仏頂面の女の子を見事に演じて監督の期待に応えている。ラストもおもしろく、こうした時代を経て今があるのだとぼくらの世代は懐かしさをもって思うのである。
  
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2011年11月17日

白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々

第55回 ベルリン国際映画祭で最優秀監督賞と最優秀女優賞を受賞した「白バラの祈り」を観る。2005年製作のドイツ映画で監督が新鋭マルク・ローテ ムントで主演がゾフィーを演じるユリア・イェンチである。

題名にあるように、反ナチス運動 を展開した「白バラ」メンバーのゾフィー・ショルが逮捕され、5日間という短い尋問の末の判決、処刑に至るまでを描いたものである。史実に基づいているのでゾフィー・ショルは実在の人物である。これまだは誰も知らなかったのが最近になって尋問記録が見つかってその存在があきらかになったという。

敗戦近くの1943年、ミュンヘン大学の学生らの活 動グループ「白バラ」がヒトラー政権打倒と戦争終結を呼び掛け非合法な活動を展開していた。その主力メンバーである兄のハンスの影響で彼女も参加していたのである。

ある日、危険を承知で大学構内でのビラ撒きを実行する。しかし最後のビラをゾフィーが階上からばら撒いた瞬間、目撃者の告げ口で2人は逮捕される。そこから、過酷な取り調べが始まる。この尋問官を演じたアレクサンダー・ヘルトの迫真の演技が光る。鋭い目つきで蛇のような恐さを見せるのだが、徐々にゾフィーに対する同情や理解が芽生えていくほんのちょっとした表情やしぐさがとてもすばらしかった。

たった5日間の尋問と裁判で処刑されてしまうが、映画はその5日間をドキュメンタリータッチで淡々と描いて見せるが、最初は普通の女子大生だったゾフィーが日に日に筋金入りの闘士のように映ってくる。それは、信念を貫く覚悟のようなものが徐々に醸成されていき最後は殉死という結果だったと思う。

人は何のために命を賭けるのだろうか。命を賭けられるようなものがあるのだろうか。おそらく、ほとんどの人々は、普段そんなことを深刻には考えていないし、激しい活動をしていたとしても命を賭けるほどの覚悟はできてないと思う。しかしながら、彼女はたった5日間でものすごい変化をし、信念の人になった。少なくともぼくにはそう思える。多くのナチス映画があるが、静かにしかし心の奥深く突き刺さる作品であった。
  
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2011年11月19日

ボルベール<望郷>

またもや女ばかりの映画である。2006年のスペイン映画「ボルベール<望郷>」は、血の繋がった三世代の女性による人間ドラマである。監督が舞台となったラ・マンチャ出身のペドロ・アルモドバルで主演がペネロペ・クルス、ロラ・ドゥエニャス、ヨアナ・コボらで、何とペネロペ・クルスを含む女優5人が第59回カンヌ映画祭で女優賞を受賞するという偉業を達成した。

だから、映画はもう女優たちのものです。もちろん男も出てくるが、血のつながりがないとはいえ自分の娘に手をつけようとするやつとかろくなやつではない。男なんてあてにしないよと叫んでいる。最近は日本映画もそうだが、女を中心にしたものが多い。たしかに、男の三代記だとか男三兄弟なんて面白そうではない。

スペインのラ・マンチャの小さな村の墓場で強い風に吹かれながら掃除しているところから映画は始まる。3年前の火事で失った両親の墓をライムンダ(ペネロペ・クルス)とソレ(ロラ・ドゥエニャス)の姉妹とでライムンダの娘パウラ(ヨアナ・コボ)ある。3人は普段はマドリッドに住んでいるのだがときどきこの村に来るのである。

そして事件はこの墓所の手入れから帰った次の日に起こる。ライムンダが電話をかけても全くつながらないので不審に思って通勤バスから降りると、バス停で雨に打たれながら待っている娘の姿があった。娘がライムンダの夫を殺してしまったのだ。実父ではないからと肉体関係を迫られたので思わず刺したと告げる。

また、その時ラ・マンチャにいる伯母の急死の報を姉から聞く。だが、そういう事情なのでライムンダは行けないと姉のソレに言う。ところがソレが伯母の葬儀に行くと信じられないものを見つける。死んだはずの母親が生きていたのだ。ソレは母親を連れて帰るが、ライムンダには内緒にしておく。

さてそこからは母親とライムンダの再会からそれぞれの過去があぶりだされる。三代にわたって男に対して同じようなふるまいをしていたのである。それはそれは「げに恐ろしきは女なり」を地で行った話で、強さ、たくましさ、したたかさが満載である。犯罪を犯しているのに平気を貫いているし、映画ではそれを非難するそぶりもないというすごい映画なのだ。
  
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2011年11月25日

ヴェラ・ドレイク

しばらくヨーロッパ映画の秀作を見続けている。ヨーロッパ映画のキュレーター(佐々木俊尚さんの「キュレーションの時代」を読んでみてください。水先案内人といった意味)である北野義則さんという方のブログで彼なりの歴代のベストテンを記録してくれているのでそこからピックアップして、観ている。

「ヴェラ・ドレイク」は彼の2005年ベストワン作品である。2004年度ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞と主演女優賞のダブル受賞を果たした作品で、監督がマイク・リーのイギリス映画である。主演がまじめなおばさんがお似合いのイメルダ・スタウントン。

時は1950年というから戦後まだ日が浅いころのイギリスが舞台である。働き者の普通の主婦のヴェラ(イメルダ・スタウントン)ではあるが、家族にも話すことができない大きな秘密を抱えていた。それは妊娠をして困っている女たちを助けるために堕胎を行っていたことだった。

まるで罪の意識もないように女たちを助けるヴェラだがあるとき彼女に処置を受けた女性の容態が悪くなって医者に駆け込んだところから違法な行為が発覚してしまう。このような社会のひずみがごく普通の人に降りかかることはよくあることで、だからこそ問題の大きさを知ることとなる。善意からでた悪事という歯がゆさを持った現実を許すのかという切実な問題を投げかけてくるのである。

そこに彼女を取り巻く、特に家族との絆にももちろん踏み込んでいくのだが、それが壊れるのではなく、さらに強固になって行くという救いを入れ込むことでこの作品がまた一層味わいのあるものにしている。

イギリス映画というとジェームスボンドやクイーンものだが、こうした地味で思索的な映画もあって、基本ぼくはあまり好きではないのだが、たまには深く真摯に向き合う映画もいいものだと思ったのである。何と言っても美男美女が出てなくてどこにでもいそうな感じの俳優さんばかりでこれもまたたまにはいいものだ。

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2011年12月02日

グッバイ、レーニン!

またまた、ヨーロッパ映画である。第53回(2003年)ベルリン映画祭で最優秀ヨーロッパ映画賞を受賞した「グッバイ、レーニン!」を観る。この映画は本国ドイツで記録的なヒットとなったそうだが、それだけのことはあるといえるおもしろさである。ベルリンの壁崩壊による東ドイツの混乱を背景に、家族の肖像を描いたコメディタッチの作品で、監督がヴォルフガン グ・ベッカー、出演はダニエル・ブリュール、カトリーン・ザースらである。

舞台は1989年、ベルリンの壁崩壊直前の東ベルリンである。テレビ修理店に勤めるアレックス(ダ ニエル・ブリュール)は、東ドイツ建国40周年を祝う式典の夜、改革を求めるデモ行進に参加。するが、その姿を目撃した母クリスティアーネ(カトリー ン・ザース)はショックで心臓発作を起こし、昏睡状態に陥ってしまう。アレックスの母は、夫が10年前に家族を捨て西側に亡命してから、愛国主義者になっていたのからショックだったのである。

彼女が奇跡的に意識を取り戻したのは8カ月後であるから、当然ベルリンの壁崩壊もドイツ統一も資本主義化も知らないのである。医者からまたショックを与えると命取りになる と忠告されたアレックスは、母を自宅に引き取って東ドイツの体制がずっと続いているふりを装うのである。

面白いのはテレビが観たいというのに対して、旧東ドイツのニュースを作ってビデオに編集して流したり、ピクルスの瓶詰をラベルを変えてみたりとか、誕生日に知り合いを連れて来て社会主義バンザイをみせたりとか様々な滑稽な芝居をうつのである。

ところが、そうこうしているうちにいつしかアレックスはその芝居にのめり込んでいく。取り繕ううちに西側の体制を称賛するわけでもなく東の時代だっていいじゃんみたいな気分になって冷静な目でみるようになるのである。この揺れ動きが楽しい。

そんな時、一家は郊外にある森の小屋に出かけた。そこで母は、 10年前に西側に亡命したアレックスの父は、家族を捨てたわけではなく、政治的意志で亡命し、西側に母を招き入れようとしたが危険で果たせなかったということを初めて告白する。

という具合に激動の時代をただ深刻にあるいは思想的にさばくのではなく、言い過ぎかもしれないが茶化して見せてくれるのが驚きとともに真実を知ることにもなる。実際に普通の人々の受け止め方はこんものだったのかもしれない。ユーモアもあり非常にいい映画であった。
  
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2011年12月08日

マネーボール

時は、巨人軍清武問題やDeNAのプロ野球参入というトピックスで湧いているが、(もうさめているか)海の向こうのアメリカ大リーグでの実話に基づいて作られた「マネーボール」を観る。オークランド・アスレチックスのGMビリー・ビーンが主人公の物語である。

ビリー・ビーンは将来を嘱望された選手としてニューヨーク・メッツからドラフト1位で指名された。同時にスタンフォード大学の奨学生の権利も得たのであるが、それを捨てプロの道を選んだ。しかし、短気な性格もあってか結局芽が出ず引退する。その後スカウトに転進して、1997年にアスレチックスのGMに就任する。

映画は2001年のポストシーズンにヤンキースに負けて、その年のオフにデイモンとかジアンビ、イズリングハウゼンという有力3選手が移籍してしまうところから始まる。彼らに替わる戦力補強をしなくてはいけないのだが、オーナーが渋くて資金を出してくれない。そんな折、イエール大学卒業のピーター・ブランドに出会う。彼は、セイバーメトリクスという統計から選手を評価する手法を駆使し、元選手のようなスカウト連中の評価とは違うことをしていた。その男を補佐として引き抜くのである。

ビリー・ビーンをブラッド・ピット、ピーター・ブランドをジョナ・ヒルが演じて、2人がチームの性格を変えていく様は素直に楽しい。何しろ貧乏球団だから、一流選手を集められないのでピーターの割り出すデータをもとに従来であれば評価が低い、例えば肩が弱くなったとか、年齢が行き過ぎているとか、そういった選手を「出塁率」という一点で評価して連れてくるのである。

データ野球ですね。野村のID野球かもしれない。ヒットと四球は同じだとか、盗塁はするな、バントされたら2塁に投げるなとか、そんなこともデータから分析する。そうした確率の高いことを続けることだというのだ。そして、ビリーが言うのが「野球はプロセスだ」である。いいですね、チームプレーというのは必ずプロセスから成り立っているわけです。個人プレーの連続性をもったつながりが大事なのである。

2002年のシーズンは、そんなポンコツ選手ばかり集めたものだから出足はにぶく最下位に低迷するのだが、徐々に勝ちだすと何とリーグ新記録の20連勝を達成してしまうのだ。ビーンの確固たる信念とピーターの分析力が威力を発揮したのである。このあたりの展開はフィクションのようでワクワクする。

それにしても、つい日米の比較をしてしまう。GMと監督の確執とか選手とのドライな関係とかずいぶんと違う。映画では監督よりGMの方が強く監督はどちらかというと運転手みたいなもので、GMがこれだけの選手を揃えたからうまくやれみたいな関係だ。これだと監督もやりにくいだろうなと思う。

横浜DeNAベイスターズの高田GMと工藤、あるいは巨人の清武GMと原監督の関係などを見ているとどちらがいいかはよくわからないが、日本はGMという立場の認知度も低いし、おそらく権限もないのではないでしょうか。もしそうでなかったら清武は選手獲得の失敗でとっくにクビになっていなくてはいけない。

そんなビーンにボストン・レッドソックスオーナーから史上最高額でのGM就任のオファーを受ける。ところがそれを蹴ってしまう。自分が金のために大学進学をあきらめた過去を思い出し、金のために人生を左右されるのがいやだと思ったのである。結局、何がそうさせたのかは、「野球を愛しているのか、夢を持っているのか」なのである。日本の某球団に聞かせたい言葉ですね。
  
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2011年12月17日

恋の罪

いまの乗りに乗っている園子温監督の「恋の罪」を観る。この作品は園監督が、1997年に実際に渋谷円山町で起きた「東電OL殺人事件」にインスパイアされて作った映画である。殺された女性は昼間はエリート女子社員で夜になると売春をしていたということで騒がれ、今は犯人とされているネパール人が冤罪であると争っていることでも有名である。

3人の女性が主人公である。殺人事件を追う女刑事(水野美紀)、貞淑な作家の妻(神楽坂恵)、昼は大学の教壇に立ち夜は渋谷で売春婦という大学助教授(冨樫真)という設定である。出だしは、殺人事件の現場に女刑事が急行するところから始まる。死体は、分断され、マネキンの一部とつなぎ合わされた猟奇的な事件であった。壁には「城」という文字が書かれていた。

そこから、死体の身元と犯人探しが始まるのだが、それと並行して時間を戻して、貞淑な主婦と女助教授の絡みが展開される。毎日夫に尽くすだけの生活にうっ屈し、日常からの逃避よろしく外に出た女はあるときモデルにスカウトされるがそれがアダルトだと知っても徐々に溺れていくのである。一度踏み入れたしまった世界にずるずるとはまって、渋谷で女助教授と出会うのである。

もう堕ち切ってしまっている助教授は彼女をもっと隠微な世界へ誘っていく。もはや戻れなくなり二人で男たちを引き込んでいく。売春という行為を通すことで自分の存在を確かめるように。一方、追う刑事はだんだんと被害者と犯人に迫って行くのだが、実は彼女自身も一見幸せな家庭をもちながら、不倫に溺れているのである。こうした三者三様の堕ち方を見せながら大団円を迎える。

園監督は、昨年の「冷たい熱帯魚」では徹底的なグロで観客の吐き気を誘導したが、今度はエロを前面に押し出したようでもある。ただ、このエロは性行為だけをみせるのであって、そこには愛はない。強烈なインパクトを与えるのはそうした情緒的な要素を排し、人間がかぶっている仮面をひきはがし、内部の奥底へ切り込んでいくからであろう。

最初「東電OL殺人事件」をモデルにということを言ったが、全く別物だろう。きっかけだけであって、園監督のすごい想像力がもたらしたものである。何かわからないがそこから抜け出したい女たちを描いて見事である。

途中でゴミ収集車のあとを追いかけていってしまいにはどこかに行ってしまった主婦のエピソードが語られるが、ラストシーンでは水野美紀扮する女刑事がゴミを出しに行くが収集車がでたあとでそれを追いかけていくと事件のあった渋谷の空きアパートに行ってしまうというのが非常に象徴的で印象深かった。
  
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2011年12月21日

海炭市叙景

佐藤泰志という作家がいる。芥川賞候補5回、三島賞候補にもなったが受賞せず自殺した。1949年生まれで函館出身である。「海炭市叙景」は、その佐藤の短編小説集から「まだ若い廃墟」「ネコを抱いた婆さん」「黒い森」「裂けた爪」「裸足」の5編を中心に構成されたオムニバス作品である。監督が熊切和嘉。

海炭市というのは函館を連想させる架空の都市である。そこに繰り広げられる人々の生活をばらばらに描きながら、最後はひとつにつながっていくという展開である。登場するのは、リストラにあい職を失う造船所に勤める兄妹、街の開発のために立ち退きを迫られている老婆、妻が派手な服に身を包んで夜の仕事に出かけてゆき、中学生の息子は口をきかなくなるプラネタリウムに勤める男、そのプラネタリウムに通う少年とその父親でガス屋の社長、そのガス屋に浄水器の営業に来た男と路面電車の運転手である父親、そんな人々が行き交う。

最初はそれらが無関係に映し出されるので何がどうなっているのか分からない。時代も場所も説明もないから何となく雰囲気だけから感じとる。佐藤泰志とぼくは年齢がほとんど一緒なので、時間的には共有しているので多少はわかるのだが、若い人はさっぱりなのではないだろうか。あまりに観念的で情緒的なのだ。しかも、季節は冬でどんよりとした天気の下だからなおさら陰な気持ちになる。

親子、夫婦の関係が壊れていく様を描いていて、それがもうどうにもならない状況となっていてそのため疲労感で満たされる。やるせなくなってくる。その再生の物語であるのだと思うが、明るい未来は見えてこない。ぼくは、ちょっと飛躍しているかもしれないが、映画全体の印象が中国映画と似ているのだ。例えば「長江哀歌(エレジー)」なんかの雰囲気と似ている。

しかしながら、決定的な違いは上昇中なのか下降中なのかである。どういうことかというと中国はこれから成長していくという過程にあるから先が明るい中の物語なのだが、こちらは、造船所のリストラが象徴的であるように、成長の限界と地方の衰退が始まった頃の物語であるからである。そういう意味では現代にも通じる日本の縮図のようでもある。

まあ、映画は言ったようにあまりに叙情的で観ていると沈んでくるのだが、出演している俳優さんたちはみなすばらしかった。造船所に勤めていた兄妹に、竹原ピストルと谷村美月、プラネタリウムの男に小林薫、ガス屋の若社長に加瀬亮といった面々がいい演技を披露している。

オムニバス映画というのは、「阪急電車 片道15分の奇跡」もそうだが、最後にどう絡んでいくのかが見どころで、その発散から収束への運びが大事なところである。そういう意味では「海炭市叙景」は少々難しかったようだ。
  
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2011年12月23日

ツーリスト

久々の洋画を楽しむべく、ハリウッドを代表するトップスター、ジョニー・デップとアンジェリーナ・ジョリーが共演した「ツーリスト」を観る。何といっても今が旬の二人だから期待感いっぱい。監督も「善き人のためのソナタ」のフロリアン・ヘン ケル・フォン・ドナースマルクとくればなおさらである。

ところが、期待はずれでがっかりである。ミステリアスなストーリーは、リヨン駅発べネチア行きの列車のなかでアメリカからやって来たごく普通の観光客(ジョニー・デップ)が、ボディコンシャスな衣装を身にまとった謎の美女(アンジェリーナ・ジョリー)に誘惑されてしまうところから始まる。

観光客はある男に間違えられるのだが、そのためまったくワケもわからぬまま、警察からも追われ、マフィアからも襲われ、命からがら逃げ回るハメになる。追いつ追われつが陸上と水上で繰り広げられ、だんだんと真相がわかってくる。

美男美女と美しい水の都ベネチアの街とくれば上等な活劇を見せてくれるものと思いきやどうもドタバタ風で緊迫感もないし底が浅いのである。騙し合いみたいな展開で適当に笑いもあり素材としてはおもしろいはずなのだが、監督が料理しきれていない。惜しいのだ。ドナースマルクは地味なほうがいいのかもしれない。

で結局、ポイントとなるツーリストもなんか中途半端で消化不良の映画であった。悪口ばかりで申しわけないのだが率直な感想だからしょうがない。だからヨーロッパの渋い映画の方がいいんだな。ホント。
  
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2011年12月28日

洋菓子店コアンドル

蒼井憂が好きだと言うのは何回か書いたと思う。映画だけではなく、テレビのCMなどで出ているので、ミルクティーは「午後の紅茶」だし、新ビオフェルミンで腸を整えている。今年のJPからの年賀状は蒼井憂だったし、その賀状にいま映画を撮っていると書いてあった「洋菓子店コアンドル」を観る。監督は、「60歳のラブレター」の深川栄洋監督である。

題名だけで何となく内容が想像できますよね。“東京の洋菓子店を舞台に、伝説のパティシエと上京したてのケーキ屋の娘が、人生の挫折を乗り越えて再生していく姿を描く感動ストーリー”なんいう惹句はすんなり入ってきそうです。その上京したてのケーキ屋の娘が蒼井憂で、伝説のパティシエを江口洋介が演じています。

この二人が東京の「洋菓子店コアンドル」で出会うのである。鹿児島のケーキ屋の娘なつめがコアンドルで働いているはずの恋人を追い掛けて上京するのであるが、その彼は別の店に移っていた。それであきらめて帰ってしまうかと思いきやそこの店で働きだすのである。

面白かったのは、その恋人の海君を見つけた時に言うセリフで、海君は手紙で別れたと書いたはずなのに分かってもらえなかったので、「おれは変わったんだ」って訴えているのを、「海くんができる訳ないって」というのがある。勘が悪いというか、ある意味天然の勝手な女の子という感じで笑ってしまった。

要するに、子どもがそのまま大人になったような子で何の悪気もないのだが、摩擦を起こしてしまっても本人はそれを改める気もないのである。そんな女の子は少ないかもしれないがある種の活性剤になるんですね。この映画でも、最初はみな呆れた感じで対処するのだが、そのうちこうした自然児的なふるまいにもっと素直になってもいいじゃないかと思いだすのである。

伝説のパティシエと呼ばれた男も過去を引きずっていたことを清算できる勇気をもらうし、同僚の女の子との確執も結果的にうまく収まるし、周囲の人たちにも少なからぬ影響を与えるのである。いずれにしても一生懸命に生きる姿というのは周りに何らかの良い影響を与えるのは確かで、そんな女の子を蒼井憂が好演している。この子はどんなキャラも演じられ変幻自在だ。

映画に出てくる洋菓子のように主食でもないし、軽く食べてそれでうれしくなる、甘いがべたべたの甘さだけでもなくちょっぴりビターも効いたそんな映画であった。
  
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2012年01月03日

映画三昧(2012)

正月は時間があるのでゆったりするが、テレビはスポーツ番組以外見るべきものがないし、パソコンの前に座るのも嫌なので映画鑑賞とあいなる。というわけで、映画評を並べてみる。

【ククーシュカ ラップランドの妖精】
みなさん、ラップランドってどこにあるのかご存知ですか。フィンランドの最北の地でサンタクロースで有名である。そのくらいは知っているかもしれませんが、そこを舞台にした映画はなかなか知っている人は少ないでしょう。ロシアアレクサンドル・ロゴシュキン監督による人間ドラマである。

時は1944年の大戦末期、ラップランドではロシア軍とドイツ軍、そしてフィンランド軍が戦っていた。フィンランド軍の狙撃兵ヴェイッコは、戦争への非協力的態度に怒った戦友らによってドイツ軍の軍服を着せられた上、鎖で大岩につながれたまま置き去りにされる。またロシア軍大尉イワンは、味方による誤爆を受けてしまい傷を負う。

そこにサーミ人の女性アンニがやってきてイワンの命を救う。さらにやっと鎖を解いたフィンランド兵士のヴェイッコも転がり込み、お互い全く言葉の通じない3人の奇妙な共同生活が始まる。この文化も言葉も違う三人の会話になっていない会話がおもしろい。アンニは夫が徴兵されたまま帰って来ないから男に飢えているから若いフィンランド兵を誘惑する。

それに中年のロシア兵が嫉妬して、あるときヴェイッコが ドイツ軍の軍服を着ていたため彼のことをドイツ人と思い込んだイワンは、墜落機の残骸から見つけたピストルでヴェイッコを撃ってしまう。アンニはヴェイッコを献身的に看病して命を救う。その間に今度はイワンを誘惑するのである。これだと淫乱だが、アンニはすごくかわいらしいそれこそ妖精のような女として描かれる。

いつも言うのだが、女一人に男二人というシチュエーションはおもしろくなる映画の定石で、この映画もまた男と女の間、男同士の関係が入り乱れた中で微妙なバランスをとるおもしろさがある。自然の美しさやラップランドの生活も見ることができ、またユーモアもある秀作であった。

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【ミッション:8ミニッツ】
これは年末に劇場で観た映画である。「月に囚われた男」で評判が高かったダンカン・ジョーンズ監督の第2作となるSFサスペンス。シカゴで乗客全てが死亡する列車爆破事件が発生するが、犯人を探すために政府が遂行する極秘ミッションが事故犠牲者の事件発生8分前の意識に入り込み、その人物になりすまして犯人を見つけ出すという作戦である。何かすごい設定ですよね。もうこの時点で引き込まれてしまう。タイトルの「ミッション:8ミニッツ」その8分からとっている。

その犯人を見 つけ出すという任務遂行のため、軍人であるスティーヴンス(ジェイク・ギレンホール)が選ばれ、事件の真相に迫るため何度も8分間の任務を繰り返す。ミッションは予告されている第2のテロを未然に防ぐためで、スティーヴンスの意識が死んだ乗客の記憶に基づく世界へと転送されるである。そこで限られた時間内に犯人を突き止める行動をするのだが、失敗を繰り返す。

このテロを防ぐためにというのをみるとあの9.11を思い起こさせる。戻せるものなら戻したいという声が聞こえてきそうなきがした。それにしてもアイディアからストーリー展開、そしてラストの衝撃はなかなかのもので期待以上の映画であった。

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【まほろ駅前多田便利軒】
直木賞に輝く三浦しをんのベストセラー小説を映画化したものである。まほろ駅というのは町田市を想起させられるが、そこで多田便利軒という看板を掲げている三十男の便利屋とその友達の話である。監督が大森立嗣で、主演の二人が多田を演じる瑛太とその中学校の同級生だった行天の松田龍平である。

正月のある日、客から預かったチワワが逃げてしまい探しているとバス停でその犬を抱いた行天と出会う。そして、無口でおとなしかった行天の変貌ぶりに驚くと行天は強引に多田の家に居候を始める。そこからの二人の便利屋稼業の生活が一年続いて行くのを描いていく。

二人ともバツイチでいわくがあるのだが、そんな生活の中で徐々に明らかになってくる。もちろん、偽悪ぶっているが本当は優しいみたいな話に決まっているのだが、それでもほろりとしてしまう。それに、2人の掛け合いがまた楽しく、ホンワカした三浦しをんワールドが展開される。

瑛太もいい味を出しているが、ぼくは行天役の松田龍平にしびれた。「探偵はBARにいる」でもその存在感に酔ったが、何というか無頼“感”がとてもいいのだ。

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2012年01月07日

毎日かあさん

最近どうして、こんなに西原理恵子がもてはやされるのだろうか。「女の子ものがたり」も「パーマネント野バラ」も「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」も西原の原作あるいは関係する作品である。本人曰く、低予算で映画化できる作品だからだそうだ。その最後の「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」と似たような話である「毎日かあさん」を観る。

「毎日かあさん」も主人公である女流漫画家とアルコー ル依存症の元戦場カメラマンの夫、そして二人の子どもの家庭を描いたものである。だからどうしても「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」と比較してしまう。こちらは、主演が永作博美と浅野忠信で、「毎日かあさん」は小泉今日子と永瀬正敏なのだが、そこから比較を始めてしまう。

ただ、映画の視点は違う。「酔いがさめたら・・」の方は夫だった鴨志田譲の原作を基にしているので、夫の視点からの作りになっているのに対して、「毎日・・」のほうが西原のマンガから採っているので母親の視点、というよりぼくには子どもの視点に映ったが、その違いがある。だからどちらがいいかというような話ではなく別物の作品なのである。

むしろ、小泉今日子と永瀬正敏の夫婦役に興味がそそられる。別れたのにこうして一緒に共演したりしているわけだから、映画の離婚しておきながら舞い戻ってくる夫との関係が似てなくもないので、やりにくくないのかと思ってしまう。しかし、映画を見る限りにおいてはその距離感というか、呼吸がすばらしく、彼らの実生活もこんなこともあったのではと想像してしまう。

ストーリーは、二人の子育てと漫画家としての仕事にと毎日忙しい日々を送っている漫画家(小泉今日子)には、戦場でのトラウ マのせいでアルコールにおぼれる元戦場カメラマンの夫(永瀬正敏)がいるが、酒をやめると言ってはまた呑み始めるということを繰り返す。あきれはてた結果離婚することになる。ところが、今度はがんがみつかり何回か吐血する。

そんなダメ夫ではあるが、口ではののしりながらも見離さないでいるのである。だから離婚しても家に舞い戻ってくるのだ。何もかも笑い飛ばし受け入れる包容力のある妻と母親がいるからである。そして、最後はほろりとさせてくれる。

監督の小林聖太郎はよく知らなかったが、演出はあまり深刻にはならずたくましくかつ陽気にふるまうかあさんと奔放でかわいい子どもたちを素直に表現させていてとても共感がもてる。一方、永瀬も迫真の演技でがんでやせ細っていくのを自らも減量して演じていてすばらしかった。

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2012年01月15日

水曜日のエミリア

「ブラック・スワン」でゴールデングローブ賞、アカデミー主演女優賞に輝いたナタリー・ポートマンが主演の「水曜日のエミリア」を観る。ナタリーはこの作品に惚れこんだらしく製作総指揮も務めたという。監督はドン・ルース。連れ子のいる上司と結婚したが、その子との関係や元妻との確執、また忘れられないつらい過去といったことに悩みながら乗り越えていく姿を描いた作品である。

弁護士であるエミリア(ナタリー・ポートマン)は、毎週水曜日になると夫ジャック(スコット・コーエン)の8歳の息子 ウィリアム(チャーリー・タハン)を学校に迎えに行って、家に泊まりに連れてくる。しかし、その連れ子である息子は、エミリアになかなかなつこうとしない。エミリアが両親の離婚の原因をつくったわけだから心を開かないのである。また、医師である前妻のキャロリン(リサ・クドロー)も冷たく当たってくる。

そんな状況に悩んでいるのだが、彼女にはもっと苦しい過去があったのだ。ジャックと再婚して生まれたイザベルと名付けた赤ん坊が生後3日で突然、亡くなってしまった。そのトラウマみたいのを引きづっていて自らのミスで死なせたと自分を責めるのである。

こうした葛藤って誰でも大なり小なりあったりして、周囲の見る目が自分を非難しているように感じ、どんどんと落ち込んでいくことがよくある。エミリアもそんな風に自棄的になるが、両親や同僚など様々な人々と接するうちに徐々にわだかまりが溶けていく。このあたり、ナタリー・ポートマンはブラック・スワンとは違って普通の女性の人生や愛や家族について悩む姿を素直に見せてくれる。

最後にもあっと驚く仕掛けもあって、新しい生き方を見い出していくプロセスが感動を呼ぶなかなかよい映画であった

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2012年01月21日

エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン

食通の人やスペインに興味のある人は知っていると思うが、世界中から予約が200万件来るが、席が45席しかなく、しかも半年しか開いていないのでおそろしく予約を取ることが難しいレストランがある。スペインのカタルーニャ地方にある三つ星レストランの「エルエル・ブリ」である。「エルエル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン」は、そのレストランを追ったドキュメンタリ映画である。

ぼくはそんな食通でもないし、料理にこだわりとかもないのだが、この映画を見てほんとうに驚く。主役は、レストランそのものというより、オーナーシェフのフェラン・アドリアである。それと彼に率いられたスタッフである。エル・ブリを有名にしたのは、毎年同じものを出さないという創造性豊かな料理である。

どうやって生み出すかは、そのための準備にカギがある。映画は、店から調理用の器具をバルセロナにある料理研究用の厨房に運ばれるシーンから始まる。つまり、その年に出す料理を半年かけて調査・研究するのである。その様子がまたすごい。様々な素材に対していろいろな調理法を試すのである。そのとき、フェランが言うのは、レシピを考えるな、素材の良さだけを見つけろである。そして、おいしさより驚きだという。

さらにびっくりさせられたのは、それらのデータベース化である。おもしろいシーンがあって、スタッフのシェフが実験した結果をPCに記録することになっているが、データを消してしまったときフェランが激怒する。なくしたスタッフは紙に書いてあるし、コピーもとってあるからいいじゃないかと言うのだが、フェランはデータとして保存しておかないとダメだとわめく。

要するにそれだけ膨大なデータを取得して記録することでそこから新しい料理のアイデアを引っ張り出しているのである。紙だと枚数がどんどん増えてきてどうしようもなくなるからだという。それとか、液体窒素を使うとか、料理というものの概念が変わっているのがわかる。料理人の腕でさばくという職人芸ではなく、芸術だという人もいるが、ぼくにはサイエンスあるいはプロジェクト管理だと思えてくる。

そうした実験を経て、多くの新作料理を編み出し、営業を開始する。何しろ1回に30も40もの料理を出すわけだから、寸分のミスもなく作業しなくてはいけないので、掃除をする人からウエターや調理人を訓練する。このあたりを見ていると一大プロジェクトだと思うのである。

普通のプロダクト開発のプロジェクトと同じで、デザイン思考で新しいプロダクトを開発し、それを作り出す、そしてメンバーの役割、スケジュールをきちんと決めて管理する、そんなシーンが描きだされる。例えば、映画では創作と調理はちがうということを強調する。だから、フェランは創作をするが調理はしないのである。

ただ、「エル・ブリ」は2012年、2013年は休業するそうだ。まあ、これだけ創造を続けたら疲れるだろうと思う。料理という世界から、もっとクリエイティブなプロジェクトはどうやるのかといった汎用的な世界を見ることができた。ということで、映画評ではなく料理プロジェクト評になってしまったが、是非ご覧になることを薦める。

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2012年01月28日

ジーン・ワルツ

医師ものの映画も「ジェネラル・ルージュの凱旋」とか「孤高のメス」とかけっこうあるが、「ジーン・ワルツ」は「ジェネラル・ルージュの凱旋」と同じ作者海堂尊の原作になる。監督が大谷健太郎で主演の女医役に菅野美穂、共演は田辺誠一、南果歩、浅丘ルリ子らである。

残念ながら、ジーンとくる映画ではなかった。映画の公式サイトの紹介では、「崩壊の 一路をたどる産科医療に潜む闇に迫るのは、主演・菅野美穂扮する<史上最強の女医>曾根崎理恵。(中略)体制に一人立ち向かう彼女の仕掛ける大胆なる計画。そして、そこに秘められた衝撃の真相が解き明かされるとき、想像を超えるクライマックスが押し寄せる。」とあるが、何が史上最強なのか、大胆なる計画、想像超えるクライマックスと言われてもさっぱりわからない。

ストーリーは、帝華大学病院の医師の曾根崎理恵(菅野美穂)は、非常勤で廃院寸前の小さな産婦人科医院「マリアクリニック」の院長代理を務めていた。この医院の院長の息子が手術のミスで逮捕されてしまうのが冒頭のシーンで出てくる。しかし、それとはあまり関係がなくて、産婦人科医は大変だねということぐらいである。

そこの医院に通うのはそれぞれ事情を抱えた4人の女性たちで、その中にタブー視されている遺伝子技術を用いた代理母出産を行おうとしているのを、同じく帝華大学病院に勤め、教授の地位が約束されたエリート医師・清川吾郎(田辺誠一)が嗅ぎつける。この二人の関係もよくわからない。

それで、2人が医学界を改革するんだ、私は外部から、あなたは内部からだとか言っているんだが、何が問題なのかも提示されていない。そして、クライマックスは台風が襲来した日に何と3人の妊婦が同時に出産なのだ。しかも病気で歩くこともできないので伏せていたマリア医院の院長(浅丘ルリ子)が急に元気が出てきて赤ん坊を取り上げてしまう。

あり得ないでしょう。観てるものをバカにするのもほどほどにしろと言いたくなる。多分原作はベストセラーになったくらいだから、きちんと作られていると思うが、映画はテーマがテーマだけにさばききれないという力不足がありありで全くひどい作品となってしまった。これだけ、酷評するのも珍しいのだがこのできではしょうがない。
  
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2012年02月01日

AlWAYS三丁目の夕日‘64

1964年(昭和39年)というと東京オリンピックの年である。ぼくはその年に高校へ入学した。そして日本中がオリンピックにわいて、日本の成長を実感したのである。前作「三丁目の夕日」で登場した鈴木オートの家族、小説家茶川竜之介の生活、その周りの住人たちの昭和39年が描かれる。

鈴木家の主人の則文(堤真一)とその妻・トモエ(薬師丸ひろ子)もいつものとおり仲のいい夫婦であり、長男の一平は電気ギターに入れ込み、住み込みで働く従業員の六子(堀北真希)は自動車修理の腕をあげ、後輩の従業員も入ってきた。茶川龍之介(吉岡秀隆)は小料理屋を営んでいたヒロミ(小雪)と結婚しお腹に子どもがいる。引き取った男の子古行 淳之介(須賀健太)ももう高校生になっている。

最近六子の様子がおかしい。毎朝おめかしして出ていくのだ。通勤途中の医者の菊池(森山未來)とすれ違い朝の挨拶をかわすためだったのだ。六子がやけどをした時に診てもらった医師である。しかし、その菊池によからぬ噂があって、周囲はヤキモキする。一方の茶川は「冒険少年ブック」の看板作家として連載を続けているが、新人小説家の作品に人気を奪われつつあった。そんなときある電報をヒロミが見つけてしまう。

という具合に映画は両家のエピソードを中心に展開していくが、その間にオリンピックの話題が挿入される。カラーテレビを買う話とか、東洋の魔女のソビエト(ソ連じゃなくて)との決勝戦、サッカーを見に行くシーンで、「何でサッカーなんだよ」「おもしろくないから券が手に入ったんだよ」「これはあんまりはやらないんじゃないの」みたいな会話が出てくる。ちょっと冗談っぽくっておもしろかった。

ぼくは高校ではサッカー部に入っていたから、オリンピックのサッカーの試合を楽しみにしていた。2度ほど見る機会ができた。最初は三ツ沢競技場で行われた予選リーグでのユーゴ対モロッコの試合で3-1でユーゴが勝った試合である。三ツ沢は狭いのでグランドがすぐ近くにあって、体がぶつかる音が聞こえるくらいで、しかも国際試合を見るのは初めてだったのですごく興奮した。

2度目は国立競技場で行われた3位決定戦で東ドイツ対アラブ連合共和国の試合で3-1で東ドイツが勝った。初めて国立競技場で見たのだが、こちらはスタンドのかなり上の方だったので選手が米粒のようでよくわからなかったが、その大きさに驚いたものである。ちなみに決勝は、ハンガリーがチェコを破って優勝した。このころは東欧勢がものすごく強かったのだ。日本は予選リーグで強豪アルゼンチンを破るという番狂わせを演じたが、準々決勝でチェコに負けてしまった。

映画を観ながらこんなことを思い出していた。オリンピックのことだけではなく、車もパブリカが出てきてそう言えばサッカー部の顧問の先生もこの車にのって学校にきていたなあとか、みゆき族っていうのもいたなあとか、感慨にふけってしまった。物語の続きは映画を観てください。

観客もぼくと同じような年配の方が多くきっと似たような感想だったのではないだろうか。ところが、ぼくの隣と後の方に中学生くらいの男の子の集団がいるのだ。これが不思議で思わず何がおもしろくて観ているのと聞いてみたくなった。まあ、あの時代の一平君や淳之介君つまりぼくらの子どもの時を知っておくのもいいかもしれない。

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